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第6話・触れ合い

1966年1月28日・ヘルシア



『はぁ・・・』

直純は溜め息をついた。今、エミリア達の使っていた飛行場は、派遣されて来た陸軍工兵部隊の手によって拡張整備が行われていた。必然としてエミリア達の出番は、一時開店休業となっている

『失礼する』

格納庫の扉を、覚悟しつつ開ける

『なんや、まだおったんかい』

格納庫では、フィリネが黙々と整備を一人で行っていた

『女漁りやったら、うちはハズレやで。別とこでしぃや』

『違いますよ、私は頼まれただけです』

物凄く機嫌が悪い、尻尾が六本。ゆらゆらと揺れている

『なにをや』

『エミリア護民官が、機嫌が悪いみたいだから、行ってやってくれと言われまして』

フィリネは作業をやめてこっちを向いた

『人選ミスやろ。このキス魔』

『勝手に人をヤバイ呼び方で呼ぶな!・・・俺は断ったが、対症療法だそうで』

ふんっとフィリネは息を漏らした。いくらかは怒りが収まったみたいだ

『ま、あんた怒ったかて意味ないやろし、で?なんか面白い事するんやろ?はよせや』

人を芸人みたいに見ないでくれ

『いや、特に芸はない』

『なんや、役立たずやなぁ』

機体を触る

『他の人はどうしたんです?』

『それをあんたらが言う?』

いかん、地雷だったかな?

『初はともかく、俺はそういうのに・・・疎くはないが、漁る気は無い。それに、俺達はイタリアそのものと管轄がいくらか違うんだ』

一緒にしないでくれ・・・といいたいが、こっちにきているアクィラの日本人は、初の他もファイターパイロットだから、結構素行がよろしくない。が、フィリネはどうでもいいらしい

『飛行場を拡げに来てる男どもにメロメロなんよ』

工兵部隊の隊員達だ

『串刺しの日以来、男は軒並み減っていったんやけど。その中でも筋骨隆々の奴らは特にや』

ああそうか、工兵部隊は土木工事やるから、そんな風な体つきの人間が多いやな

『それにやな、あいつら甘いもん持ってきよんのや』

やり方は簡単だ、セメント袋の一つをこっそり砂糖に入れ替えるのだ。あとは艦隊に居るコックを抱き込めば、女の子(八割が女性だとは後で知った)を釣る為の道具は出来上がり、という事だ

『うちらが今までギリギリで保って来た循環の均整が、狂ってもうてる。作業をサボってデートに出る子もぎょーさんおるからや。うちも気持ちはわからんや無い。あんなクオリティの物食わされれば、当然や!』

なんてこったい。俺達は女遊びだけで国を滅ぼそうとしているぞ

『艦隊上部に綱紀の引き締めを伝えておきます』

直純は頭を抱えながらも約束した

『期待はせーへんでおいとくわ』

フィリネは笑った。それもすぐに悲しげな物に変わったが

『ま、いづれは、持たなくなることぐらいわかっとったんよ。持久戦のストレスから自滅した都市もあるねんから』

いくらか贅沢できたんは、寧ろ幸せやったかもしれんやな

『そうさせないために我々は居たいと思っております・・・あなた方の機体を整備した整備長が言っておりました。この機体は、性能の低下をいかに抑えながら運用能力を失わないようにする為の苦心に満ちている、と。あなたは余程しぶとい人物なんだと私は考えているのですが。間違いだったでしょうか?』

・・・何で俺はこんな事を言っているんだ?つか、なんでこんな状況になってるんだ

『なんやそれ、慰めてるつもりかいな?』

尻尾を一本使ってはたかれる。いかん!なんかふいんき、いや、雰囲気がいかん!

『そ、そういえば気になったんですが、コックピットブロックが入れ換え式になっているのはなんでなんです?』

フィリネの顔が、整備班長の顔に戻った

『花粉対策や。春と秋に調子こいて低空を飛ぶと、密閉してない限り花粉症で即死やねん』

おいおい、しゃれにならんぞ

『串刺しの日から数年後ぐらいにこの手を使いよったらしゅうて、初めてやられたときは、累計で三百機近く落とされてもうたそうな。そのあと暫く理由がわからんで、最終的には一万機ぐらい落ちとる。街もぎょーさんこれで死んどるねんな』

まるでどころか、まんま毒ガスじゃないか!

『だから、根っこだけやのうて、あんまり街に近付けんよう。冬や夏は攻撃を欠かせん時なんや』

はよう滑走路が完成せぇへんと少々まずいねん。そう表情が語っていた

『工兵部隊に発破をかけさせましょう!・・・あなたさえよければ、あなたの部下にけしかけさせてもいいかもしれません』

こうはしてられない、もう2月に入る。下手すりゃ3月には花粉が出だす事だろう

『まぁ待ちぃや。うちの上かてそれぐらい言っとるやろう。あんまり聞いて気持ちのいいことや無い。下手に熱血されるのも、ちょっと困るやろうし。むしろうちは、あんたらの自信やと思っとる』

出ていこうとする直純を止めるフィリネ

『お茶ぐらい出したるさかい』

ひと月でヘルシア周辺の植物をどうにかしてみせる。そのつもりなんやろな。出来る限りのあらゆる手を使って。あらゆるって所あたりが問題やろうけど

『いいとこ教えたるさかい』

ティー(?)ポット片手にフィリネは誘う

『あ、ああ・・・』

まいったな。なんかペースが狂わされてる

『肌ざむいかもしれへんけど、ちぃっと我慢しぃや』

見晴らしのいい格納庫屋上で、二人は並んで座った

『いや、今日は温かいさ』

待て待て待て、俺は一体何をしているんだ。これではまるでデートみたいではないか

『か、艦隊が良く見えるな』

話題を硬い方に持って行こうと、直純は話しを振る

『そうやな、ぎょーさんおるで』

第二艦隊勢揃いだ。特にアクィラとムッソリーニが良く見える

『そや、いまさっきうちばっか情報漏らしてたんや、いろいろ質問してええやろ?』

艦に関する事か・・・造船なんてこの世界じゃ数十年先の話だろうな、ならば、問題は少ないか

『なんなりとどうぞ、わかる限りですが』

『やった!ええんか!?』

頷く。フィリネはガッツポーズをした。つなぎの内側で、胸がぽよんと動いたのを見たのは男のサガってやつか・・・認めたくない物だな、若さ故の過ちってやつは

『そやな!そやな!あぁん、なにから聞いたらいいんやろ?』

フィリネはムッソリーニとアクィラを、お上りさんのようにキョロキョロと見較べて迷っている

『元の計画だと、どちらも同じクラスなんですよ、改装してああなったんです』

フィリネは目を輝かせた

『ホンマ!?うちも艦尾の穴でちょっと疑っとったんや!』

艦尾の穴、大和以降に連なって装備されている短艇格納庫の事だ。唯一の共通項と言っていい

『そや、穴と言うたら』

彼女がアクィラを指す

『あの位置に穴があるのはいかんのやないか?』

おお、と直純は感嘆した。アクィラ左舷のアングルドデッキ先端に位置するサイドエレベーターを、彼女は指したのだ

『航海中がぶられたら、中に水入ってしまうで』

『うちの国は、それでサイドエレベーターを最初から左舷後部に移してます。結構荒れる海域ですからね。ですがイタリアは、内海の国でしたから』

前方配置のままでいいとしたのだ

『そうかいな、じゃあ海が荒れたら運用力減ってまうな』

『荒れるのですか?』

むしろそっちが大事だ

『んや、落ち着いとる。でないと事故や行方不明だけで、とっくに滅んどるよ。言葉の綾や』

戦闘損失よりも、事故損失が多い。そういえば大平洋戦争でもそんな統計が出されていたか

『そやそや、前見た時に飛んどった奴、速度は割り出したんやけど、着陸速度やら計算したら、長さが足りんで』

『それはですね・・・』

ワイヤーが張ってあることを教える。アングルドデッキのいい事は、引っかけられなくても再挑戦が出来る事なんですな

『そないにしても、減速率が高すぎやないか?』

『甲板には、ざらつく緩衝剤みたいな物が塗ってあります。甲板が黒いでしょう?それがそうです』

ふむふむとフィリネ

『うちとこで使えへんやろか?』

『いやぁ、難しいでしょう。陸上機には結構な負担であるからこその、ここの拡充ですし。下手するともげかねませんよ、あなたがたの機体が』

抵抗でひっくり返る可能性も無きにしもあらずだ

『そか、しゃーないな』

尻尾と耳がピコピコ動いた

『じゃああれや、あれの持っとる大砲の事やけど』

『はい』

どうやらアクィラにはそれだけで良いらしい

『どんぐらい太いん?いや、問題はどれだけ長いんや?』

ふっといだけなら、昔からあるねや、口径がそこは大事になる。と、彼女は興味津々といった体で聞いて来た

『46センチの四十五口径です』

『化け物やな・・・どこの御座船も、長くて30センチ四十口径程度しかあらへんのに、長さだけで二倍もあるわ』

資料でみた、戦艦の富士や敷島と同程度ぐらいか・・・

『射程はどれくらいありよるん?』

『砲弾によりますが・・・最大射程は四十二キロ~六十キロぐらいの幅があります』



ブパッ!!!



フィリネが盛大にお茶を吹いた。いや、顔に向けて吹かないでくれ・・・って

『目が!目がぁ~!』

『あいやや!ちょっとまちぃな、拭いたるさかい!』

つなぎの整備服から、慌ててフィリネが布きれを取り出した

『ちょっと待て、それ機械油で汚れtもごっ』

踏んだり蹴ったりだ。揉みくちゃに拭かれたあげく、逆に顔が真っ黒けになっちまった

『あ、あちゃ~・・・ま、まぁ勘忍したってやぁ、あははは・・・』

『・・・顔洗い場はあるかな?(怒)』

極力、極力怒りたいのを我慢して聞く

『下のトイレに洗面所があんよ、洗って来たらええ、まっとるさかい』

『行ってきます』

階段に行き、階下に降りようとすると下から声がした



『いいんですか?こんな私にホイホイ着いて来て』

『うほっ!いい女!』



下から訳のわからない会話が・・・お、降りるに降りれなくなっちまった

『どうしたんや』

『・・・尻尾になすりつけたら怒るか?』

ぼふんとフィリネがいきなり真っ赤になった

『な、なにいってんのや!うちの尻尾にそないな臭いつけんといてぇや!ア、アホーッ!』



アクィラ



『流石だな、兄者。いろいろ旗を立ててくれる』

おもいっきりはたかれる直純を、アクィラから双眼鏡で見ていた初が笑う

『どうだ?機嫌は治ってそうか?』

もぐもぐとパニーノをかぶりつつ、エミリアは聞いた

『バッチリだ、仲良くしてくれている』

『そうか、それはよかった。うん』

ファムが死んだ事を伝えてから、少し気を詰めすぎているきらいがあると、エミリアは見ていた。もちろん、現状に苛立っているのも、わかっているが、それではいけない

『しかし、直純殿は苦労しただろうな』

面白いが、なかなか難しい奴だからなぁフィリネは、と、エミリアは苦笑した

『いんや、結構相性良いと思うぜ。俺は』

兄者、もとい、兄貴は、女の子に対してろくに行動に出ない。いや、出なくなっていたというのが正しいか。それを動かしたんだからたいしたもんだ

『あの堅物が、会って二回目で屋上に二人きり、滅多にないこった』

『そうなのか、むぐむぐ』

・・・つか、あら水兵さん小腹~が減ったのね♪を、いい加減食うのをやめてくれ

『ん?うまいぞ、食べるか』

エミリアを見ていたら、おいおい、そんな食いかけを渡し・・・

『いただきます』

間接キスに、狂喜乱舞な俺様

『・・・どこの変態だよ、俺は』

『?』

リアルorzをやりつつ後悔する

『んで、ブリーフィングは終わったのか、エミリア』

対植物戦の空戦オブザーバとしてエミリアはアクィラに出向しており、各戦闘機隊に向けて講義を行っていたのだ

『あぁ、少々疲れた。それで今、休憩がてらに間食をな』

アクィラには八個戦闘飛行隊があるわけで、かなり手間だったのは間違いない

『みな真剣に聞いてくれて、やり甲斐があったから嬉しく思う』

いや、みな真剣に聞いていたのは、女教官に教え子というシチュエーションに痺れたからだと思う。ちなみにイタリア男は、マンマに頭が上がらないのにも関わらず。そのマンマや姉さん気質、すなわち甘えたい、あるいは叱られたいという願望に満ち満ちているらしい

『どうした初、さっきからぼーっとして』

『いや、なんでもない。しばらく泊まるんだってな?今度は部屋割りもらって、そこで寝起きするんだろ?』

雑念を頭から追い出して聞く

『一人部屋まで用意してもらって、申し訳ない気分だ』

そりゃ誰かと相部屋にしたら、部屋割り決めだけでアクィラが間違いなく沈む。一人部屋になるのはしょうがない事だ

『ああそうだ!初、質問、いや頼みがあるんだが』

『俺に出来ることには限界があるぞ?兄貴は大使館に属する、帝國の意思の一部であるという認識とお墨付きを、間大佐とベルガミーニのおっさんから得てるけど、俺にあるのはおっさんと結構仲がいいってぐらいだからな・・・んで、頼みってのはなんなんだ?』

エミリアは頭を掻いた

『ああいや、たいした事じゃないんだが・・・甲板で作業が行われていない時間にでも、ランニングがしたいな、とな』

ああ、そうか。と、初は思い付いた。うちのトレーニングルームは、ウェイトリフティングや、ボクシング等の設備こそ整っているが、こと、走る事だけは不自由する

『私はパイロットだし、なかなか手伝える事は少ない。その上航海に出るとなれば、身体が鈍ってしまう』

まさにプロポーションの危機!

『それはいけない。是非とも上申させていただきます!はい!』

『そ、そうか、頼んだ』

物凄い勢いで同意する初に、エミリアがちょっと引く

『あ~、でも』

エミリアのプロポーションが一番の懸案だが、飛行隊のローテーションは・・・いや、こんな時に訓練やって、事故に依り戦闘不能なんて事にならないよう自粛するだろうから、まっっっったく!問題ない。ならば

『ただ条件があると思うんだ』

初は言った

『甲板に何か物が落ちるとまずいから、走るには軽装で頼む。それに夜に甲板が開く事もあるだろうから、安全の為に、白い物を着てくれと言われると思うんだ』

『ああ、なんだそんな事か。白シャツと短パンで走るからそう伝えてくれ』

身構えていたエミリアが力を抜く

『あい分かった。たぶん許可はおりるとおもうぞ。それじゃ行ってくる』

エミリアに見えないように、だらしない笑みを浮かべながら初は艦内に入っていった




『ふははははは!計画通り!ランニングをしたエミリアは汗をかく。そしてシャツは白、つまり、イエス!イエス!!イエスッ!!!イエースッ!!!!な事に誘導したぜ!』

パイロット控室でそう話し、おまい天才じゃね?の、称賛の言葉と共に、パイロット衆全員の同意のもと、艦長に上申が行われて即日で許可が出たのは、まさにイタリアというべきかなんというか・・・しかし、いよいよ来るべき出撃の時が、彼等に迫っていたのである




次回、享楽と絶望のカプリッチョ第七話【~出撃前夜~】




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