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第4話・串刺しの日

『艦長、連れて参りました』

『入ってくれ』

ファムの遺体を見送ったあと、指示通り艦長室へと連れてくる。艦長室の扉を開けると、ほのかにチーズの匂いが溢れ出た

『ようこそ、我が城へ、眠り姫』

ウ゛ィエステは両手を広げてエミリアを迎えた

『君達も同伴したまえ、デザートぐらいなら分けてやろう。特に霜島君は給与カットだからな。志摩君も、一度は我が空母アクィラのデザートを賞味して行きたまえ』

直純は辞退しようとしたが、初は喜々として入るし、さらに促されては入るしか無い

『なんだこれは?』

エミリアが目を丸くしている

『せめてもの心づくしです』

机の上には、ほんわかと湯気を立てるリゾットと、ワインのグラス

『あーっ!』

初が声をあげた

『これ!ジャポニカ米じゃないですか!』

イタリアはその国土北部のポー川で稲作を行っている。そこで作られていたのは殆どがインディカ米で、ジャポニカ米は少数。日本から来た兵士にはその米か、基本的に日本から輸入した物を保存して、正月などの祝日に使うしかなく。ジャポニカ米は貴重品だった

『リゾットには適度な古米と、小さすぎず大きすぎずの大きさ、まさに君達の輸入分のジャポニカ米はリゾット向きなのだよ』

フフンとウ゛ィエステは説明する

『そうか・・・私は処刑されるのだな』

エミリアはくらくらと頭を押さえた。料理をみて、話をまったく聞いていなかった

『ん?何を言ってるんです?』

真っ青な顔になったエミリアに、直純が気付く

『こんな豪勢な料理を・・・』

『病人食ですよ、これは?いささか豪勢なリゾットですが』

うん、パルメザンチーズたっぷりだな

『慰めはいらんよ・・・』

『いやいやいや、違いますって!』

必死になって否定する。何してるんだ、と、初とウ゛ィエステがこっちを向いた

『普段どんな食事採ってるんですか!』

『私の服に入っていた筈だが・・・』

ちなみに今彼女は、病人服である青っぽい服に身を包んでいる



数分後

『これ?ですか?』

軍医長がもってきたパイロットスーツから出したケースから、箱を取り出す

『ああ、それだ』

開けて出てきたのは

『金太郎飴を切ったやつ?』

からんからん、と、落としたら音でも出しそうな代物が入っていた

『我々は普段からそれだぞ、それに多少付け合わせるが』

『うむ、ではそれと交換する形でいただけるかね?冷えてしまううちに食べようではないか』

ウ゛ィエステはケースを受け取り、一つを手に取る

『艦長、それはいけません』

いくらなんでも、艦長自ら毒味はまずい

『お、おい!兄貴!』

ウ゛ィエステの手から、現在の視点からはどうみてもドッグフードにしか見えないそれを直純がつまんで口に含む



もきゅもきゅもきゅ



『・・・どうかね?』

『・・・兄貴?』



ごくん



直純が嚥下して、冷や汗をかいた

『なんといいますか、微妙な味といいますか。茹でただけのじゃがいものような。長崎のチリンチリンアイスのような、脂身分を抜き去ったコンビーフのような・・・』

絶妙かつ微妙な味だ、何の味にも特定出来ない。なんだこりゃあ!

『こ、これは!』

もう一人、未知との遭遇を果たした人間が居た

『なんという・・・』

そういえば、十数年前にこんな食べものを食べていたような・・・

『おいしい・・・おいしいぞ!』

かつかつとスプーンを皿にぶつけつつも、エミリアはリゾットを口に運んでいる。そして沈鬱そうにスプーンを置いた

『御気分でも?』

ウ゛ィエステは腰をあげた

『いや・・・ファムにもこれを、食べさせてあげたかったな・・・とな』

スプーンをにぎりしめるエミリア

『なんでこんな時に腹は減り、うまいと感じて笑顔でいられるのだ・・・!』

『・・・デザートをお持ちしましょう』

しんとした空気のなか、ウ゛ィエステは静かに言った

『うちの主計長は北イタリア出身でね、どちらかというとクリームやバターといった料理に優れるのだが』

しばらくして運ばれて来たそれを、艦長みずからエミリアの机の前に置く

『近頃流行りの創作菓子でね、名前はティラミスと言う』

『ティラミス・・・』

エミリアは、そのお菓子を眺めた。その前にお菓子ってなんだろう?という疑問はあったが

『言葉の意味は、私を引き上げて。意訳すれば私を元気にして、ですか』

直純が言う

『私を元気に・・・』

『食事と言うものは、すべからくそういう意味があるものです』

ウ゛ィエステは微笑んでエミリアの肩を叩き、自らの席へ戻る

『気にすんなとは言わんが、食えよ、旨いから』

『おい!』

直純があまりな初を睨むが、初はぶっきらぼうに続けた

『今は食いたくなくても、そのうち腹が減って食う。食わなきゃ生きてけないからな。せっかく生きてんだ、食って生きなきゃ死んだ奴に申し訳たたねぇじゃねぇか』

初は予科練時代に僚機を事故で失ったことがあった

『・・・感謝する。同乗者を失ったのは、初めてで、な』

エミリアは、優しく笑った

『それで、話して頂きたいのだが』

デザートは全員で平らげた後、ウ゛ィエステはエミリアに問うた

『あなたの機体は損傷状態で空を飛んでいた。一体何と戦っていたのです?』

『本当に・・・知らないのか?』

エミリアは直純と初を見た。二人とも首を縦に振る

『皇国なんて、うちの陸軍さんでももう言わねぇしな』

『聞かんな』

わかった、話そう、とエミリアも頷く

『事の始まりは十数年前だ』





とある国境沿いの都市に、狂った学者が居たんだ。そいつはとんでもなく優秀な頭脳を持っていたが、人の域を外れられない事に苛立っていた。何故人は死ぬのか?何故これを越えられぬのか。彼、もしくは彼女は試行錯誤を重ねた。それで得た結論は、植物との融合だった。彼は全ての英知を注ぎ込み、自らを植物と融合させた

最初は誰も気付かなかった。奇特な人間が行方不明になった、それ以上でも以下でもなかった。その間、彼(彼女)は他の植物へと根を広げ、侵食を続けた。そしてある日、その都市の人間は一夜にして全滅した。しばらくの間、それは原因不明のまま。当然だ、誰がそこらの植物がそんな事をしでかすと考えるものか。国境沿いの都市であったから、外交上も緊張状態に陥った

ともかく実効支配しようと、周辺国は軍を派遣してな。雪だるま式に兵力は増えていたけど、それでも武力衝突は起きないと考えていた。当事国以外、どの国もが大規模演習のつもりであったわけだ、そんな程度だったらしい

総軍四百万、その足元にそれは根を延ばしていた



『ちょっと待て、串刺しの日ってやつは・・・!』

初がエミリアを一度遮った。そうなっていったとなれば、つまり

『そうだ。地面から勢いよく鋭い根が飛び出し、国籍性別、種族老若関係なく、その身体を貫いた。即死百万、呻きながら死んだのが約三百万、だ。わずかに残った者が、その脅威を伝えた』



ぎりぃっ



エミリアは悔しそうに歯を食いしばった

『侵食は、水面に藻が広がるように加速度を増して広がった。十数年で既存の国家の大半は無くなり、海岸線に点在する都市を残して滅んだ』

ようやくわかった阻止方法を、全世界で5%以下にまで消耗し尽くした軍・・・もはや自警団、か。が、機材が続く限りと守っているのが現状だ

『私の国、いや、都市は、かなり恵まれているほうだ』

機体はあるし、食べ物もある、燃料もなんとか

『串刺しの日という奴は、戦える都市が、生存報告もかねて攻撃を加える日の事なのだ』

あまりに壮絶な世界に、三人は息をのんだ。世界そのものが終わってしまっている

『名乗るのもおこがましいが、沿岸都市国家連合軍(CoastPoliceUnionForce・CPUF)護民官が私の役職になる』

階級的には、その上に護国官、護王官が居て、下に防人の四段階に分かれていると教える

『私は森の侵食を阻止するための空爆に出撃して、このありさまという訳さ』

『そうですか・・・』

ウ゛ィエステは、これは大変な事になったなと天井を見上げた。細菌の問題なぞ考えている場合ではないじゃないか。いや、上も信じてくれるかどうか・・・

『そういえば、まだ皇国について聞いておりませんね』

直純が質問した

『私達が居る海岸線とは大陸の反対側の海岸に存在する独裁国家だ。各都市の力を支配、糾合してこそ植物の侵食に対抗できる、と、今この時期に人間相手に戦いを挑む馬鹿どもだ。考えは・・・あながち間違ってないとも思うが』

エミリアはため息をついた

『こんな物でいいか?説明は』

『ええ、ありがとうと言わせていただきます』

と、ウ゛ィエステ

『無礼を承知で言いたいのだが』

彼女は頭を下げる

『せめて私の機体だけでも故郷に戻して欲しい。今は一機でも貴重な戦力なのだ』

『承りました。ただし、出来るとは保証できかねます』

この事は、ウ゛ィエステの権限を越えてしまう。言質を与える事は不可能だった

『ああ、感謝する』

しかしそれでも、エミリアは十分だった

『しばらく医務室で寝起きをしてもらいますが、よろしいですね?』

『邪魔ではないのか?どこかの倉庫、いっそ監獄で十分だが』

その言葉にだけは、初とウ゛ィエステの二人は全否定した

『いけませんよ、客人のレディを不衛生な所で寝起きさせたら。イタリア国家としての恥です』

『営倉なんぞに住まわせたら、なんか理由付けて、会いにもいけねぇじゃないk』

『行かんでよろしい!貴様は先に軍務だろうが!』

とりあえず愚弟にはツッコミを入れておく直純

『そうか、ならば、しばらく御厄介になるか』

彼女は苦笑しつつ頷いた

『ある程度出歩く際には制限をつけさせてもらいます。そうだ、案内にはせっかくですし、この二人を付けさせましょう。志摩少尉はしばらくの間、退艦不可能で無役ですし、霜島一飛曹には、ちょっとした罰が必要ですからな。いいかな?二人とも』

ウ゛ィエステは小首を傾げて同意を求める

『は、わかりました』

『そんな!罰だなんてとんでもない!さっすが艦長!』

二人が同意した事で、会食はお開きとなった

『大変だな、あんたの世界も』

医務室への道すがら、初が言った

『助けて欲しい、とかは言わなくてよかったのか?』

『私達の勇者様になってください、とでも言えばよかったのか?あ、いや、悪く思わないで欲しい』

正直な所、自分の都市を守るだけで手一杯で、他の都市を守る手伝いは不可能な現状がまずある

『これからお前達が、私達と同様な目に会うかはわからないが、手元に戦力はあるべきだろう?』

『そうですね。それに、我々は皇国とやらとも接触するでしょう。遅かれ早かれ。どちらかの勢力に肩入れするには、まだ早い。対立しているなら、尚更だ』

ピクッとエミリアの眉が動いた

『兄貴!』

『いや、当然の話だ。出来る事、出来ぬ事、それぞれの事情もあろうはずだしな・・・押し付けは出来ぬ』

直純が頷いた

『理解して頂いているなら幸いです。軍や国家が感情で動くわけにはいきませんので・・・さぁ、着きました』

医務室が見えてくる

『・・・ずいぶん助かった、感謝する』

エミリアは頭を下げた

『また来るぜ、必要なもんがあったら言ってくれ、調達してきてやっから』

『必要な時に呼んでくれ、出来る範囲の事はしよう』

エミリアが医務室に入ってからしばらく、二人に会話はなかった

『・・・』

ぽん、と直純は財布を初に放り投げる

『兄貴?』

『調達すると言った以上は、実弾が必要だろうが』

中にはそれなりの量が入っていた。しばらくの生活費にはなりそうなぐらいは

『食事代削って、栄養が足らんで墜落されてお前が死んだとあっては、ミスミおばさんに顔向け出来ん。適当に長持ちさせろ』

『兄貴・・・』

ありがたい、そういえば何の考えも無しだった

『・・・ふん』

直純は初を置いて、つかつかとその場を去っていった




この四日後の1966年1月13日

この日、マルタ島に送られた遺体の検死結果、及び保持細菌の検査により、一応の安全が確認された。その一報と同時に、アルプス山系の境界面まで来ていたアルバニア方面軍(モンフェラート第13軽騎兵連隊)のカラビニエリ部隊が保持するオートバイ小隊が、現れた大陸の森の中に入って、誰ひとり帰って来なかった・・・そう、一人残らず串刺しにされていたのだ・・・脅威が、存在していた






次回、享楽と絶望のカプリッチョ第五話【~交渉~】




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