第42話・飽和攻撃
volte+8T、ブリンディシ海軍航空基地
待機室にその人物が入ってきたとき、初達は驚いた
『兄貴、何であんたがこんなとこに』
あんた、損傷したムッソリーニの艤装委員やってたんじゃなかったのか
『・・・霜島一飛曹、任務中である。私語は謹め・・・アンサルド幕僚副長から、日本海軍の将兵が在席する部隊に、大使館武官の代理として今回の作戦に関する情報伝達を依頼された』
『そして、私のエスコートでもある』
別の声が響く。皆が振り替えると、銀の長髪で大時代的な衣服を身にまとった女が楽しそうにしている
『・・・彼女はリヴァル。アウドゥーラ皇国の皇女だ』
『アウドゥーラ!』
この前まで敵対していた国だ。ざわつくのも無理は無い
『リヴァルだ、よろしく頼む』
『あにk・・・いや、少尉、少尉はわかるんですが、何故皇女が?』
別国の組織の人間だ。そうそう基地内に入ってあれこれは出来ないはず
『それは私から話そう。義弟どの』
直純が話しだす前に、リヴァルが横から口を出した
『今回現われた化け物だが、よりにもよってこの国と我が国最初の交易船を沈めおった。そしてこのまま奴を放置しては、我が国とこの国の交易はふいになってしまうというわけだな』
事の始まりもアウドゥーラであれば、作戦目的もアウドゥーラの為、か
『ならばせめて激励に赴くは責務であろう。それに義弟も征くとならばなおさらな』
当の本人は当然とばかりに胸をはる。うっわー、ウゼェ
『敵状と作戦の説明を行う・・・お静かに願います』
ピクピクと兄貴のこめかみが震えている。おお、やばいやばい
『作戦開始時間は、現時刻より10時間後、夜間の攻撃を航空隊は行う。これは敵光線のチンダル現象による可視をより鮮明にするためである』
何が起きているかパイロットの判断がしやすくなる
『貴隊の役割は、貴隊の誘導可能な爆弾により、敵攻撃手段を漸減せしむることである』
初が手を挙げる
『今のお話ですと、初期投入戦力は我々と・・・スパルヴィエロの本隊だけですか?』
『そうだ』
初が唸る。誘導弾を運用出来るのは、今んとこそれだけしか無い。それだけの数だと、確率的に被弾率が高くなっちまう。それだけじゃない
『夜間の投弾となれば、烈風以外の機じゃ命中も覚束ない』
回された資料を読む限り、地上のタイプよりずっと小さく、移動力もある
『敵攻撃手段の漸減後、攻撃は第2陣へ移行。接近した第一艦隊各艦から可能な限り対艦ミサイル投射を行う』
攻撃時間を夜明け頃にしたのは、この時の為でもある。水平線上にある艦船の認知を少しでも遅らせる為だ
『この攻撃でも敵にダメージを与えられない場合、第三陣として巡洋艦部隊を投入して砲戦を行う。これでなお、敵の撃破がかなわぬ場合』
そうなって欲しくはないが、と言って、兄貴が一息つく。
『次段階は迎撃地点を本土側に寄せ、潜水艦による集中雷撃、及び入渠中の戦艦による砲撃、海軍航空隊の全投入をもって撃滅する』
再び初が手を挙げる
『入渠中の戦艦はともかく、潜水艦は最初の段階の戦闘に参加しても良いのでは?』
俺たちが行くよりよっぽど安全かつ大火力の投入になるんでね?
『偶然の産物で、近所に居なかった』
『たっはー・・・』
運もねぇとは最悪にもほどがあるぜ
『幕僚副長からは、被弾時は必ずベイルアウトするように言伝を受けている。いわく、必ず拾ってやるだそうだ・・・貴官らの奮戦を祈る』
そういって、兄貴は説明を終えた
『聞いたな、一番槍の栄誉だぞお前ら』
椅子ごとのけぞって初が仲間を見回す。多少青くはなってるか、うん
『なにか感じたらベイルアウトしろ、機体なんざ消耗品だ、乗り潰してなんぼだ。お前らはわりと貧乏癖がついてるからな』
ヘルシア時代に、機材を失ってはいけないというのを徹底していたせいか、必要以上に粘るタイプが多い。よく言えば堅実、悪く言えば思い切りが悪い
『ほう、義弟どのも中々の指揮官だな』
リヴァルが覗き込んでくる
『しかも一番槍ともなれば栄誉だ。是非とも間近で観戦したいものだが』
『まぁ、海の向こうの空の上ですから仕方ないでしょうよ。あと、個人的なアドバイスですが、あまり義弟義弟言わんでください。兄貴が怒りのあまり脳溢血で死んでまいます』
言うたびに兄貴のこめかみがぴくぴくしている
『忠告痛み入る。が、まぁあれだ。鞘当てというやつだ。しかし、見る方法は無くも無いぞ。そこまで行ければの話だが』
『はい?』
照れるリヴァルの言った言葉に引っ掛かかった
『あいにくヴィナの火を消していてな。接近さえ出来たら観測気球で観戦も出来ようものを・・・どうした?』
リヴァルがきょとんとしている。血相を変えたのは日本人二人
『あ、兄貴!』
『ああ、8時間以内に用意できるだけ用意する!あとはそれの運搬手段だが、どうにかするさ』
G.222で空母に乗り付けてやってもよかろう
『関係各所に連絡を入れてくる!』
直純は言うと、あっという間に部屋を後にした
『で、どういうことなのよ?』
興味なさそうに話を聞いていたレシィが、呆れたように聞く
『そこのお姫さまがヒントをくれた。おかげさまで、ある程度生き残る確立が高くなる』にやりと初、隊の皆がリヴァルを見るが
『あいにくだが、私にもさっぱりわからん。が、感謝なら受け付けるぞ、はっはっはっは!』
能天気極まりなく笑っている
『良い根性してやがるぜ、気に入った。俺は初、いつまでも義弟じゃ困る』
その様子にやや苦笑しながら自己紹介する初
『うむ、貴官とは話が合いそうだ。初どの、直純の子の次は貴様の子でもかまわんぞ』
『そいつぁいいが、俺の寿命は間違いなく縮んじまうわな。というわけで、そりゃ勘弁だ』
なっはっはっは!と二人笑う
『なんというか、バカが増えたわね』
『そうね。でも、これじゃやりにくいでしょうね、フィリネも』
レシィとエミリアはその様子に呆れる。天然も天然で悪意が無いから無碍にもしづらい
『それで、私たちのバカはどうする?』
『どうって、決まってるでしょ?』
エミリアはバールのようなものを何処からか取り出した
『まぁ、スタンダードよね』
レシィはスパナのようなものを出して微笑む
鈍い音が待機室に響き渡った
volte+9T、トラパーニ・ミロ
『おい!何してやがる!』
シチリア島にあるトラパーニ・ミロの飛行場に突如として降りてきたG.222は、到着と同時に兵士を吐き出し、倉庫を開放して中身を強奪していく
『おい!責任者を出せ!てめえらなんてことしやがるんだ!』
『緊急事態につき、貴局保有の機材を全て接収します』
現れた責任者らしき男に、近くに居た士官が答える
『接収?まずは命令書を見せろ!命令書を!何の説明も無しか!』
『緊急事態です』
にべもなく士官は答える。これが油に火を注いだ
『話にならん!おいバカ止めろ!そんな扱いをするな!』
その男は粗雑な扱いをしていた兵士の肩を掴んだ
『抵抗確認、制圧しろ。殺すな!』
『な、なっ!?うがっ!』
駆け寄った数人の兵士により、男は殴られて取り押さえられる。だが、元気なものだ。じたばたと無駄な抵抗をしている
『お前ら!それが!ここの仕事がどれだけ大事か分かってんのか!』
彼らが強奪しようとしているそれ、観測用気球を顎でさす。この基地はイタリアが転移する前には宇宙開発のためにと、気球による外気圧などの調査を行っていたが、転移後には今後の農業の為の気候調査をその機材を用いて行っていた
『明日の食糧生産のための観測に、そいつは必要なんだ!』
それを!それを国を守るべき軍隊が強奪するなんて!
『あの、分隊長。接収にはこちらの責任者の印が必要のようです』
『そうか』
部下の報告に、眉をひそめる。そうなれば仕方ないか
『貴官、利き腕はどちらか?』
『は?』
ダン!
ベレッタを足元に撃つ
『次は利き腕じゃ無いほうを撃つ。言わねば適当に撃つ。それでも捺さないなら足、耳を片方ずつだ』
『き、貴様ぁ!』
ダン!
『ギャァアアアアッ!!!』
『貴官を撃ち、治療費で必要経費が高くなるのは同じ公僕として悲しく思うんだがね』
肩をすくめて狙いを定める
『く、くそったれ・・・待て、今、捺す、持っていけ』
『貴官の忠誠と職務に敬意と感謝を。これで許されるとは思わぬが』
ダン!
士官は敬礼した後、ベレッタで自分の腕を撃つ
『ぐぅっ・・・!医療班として二人残す!治療を最優先でこの方に受けさせろ!病院を占拠してでもだ!他は移動する!』
『はっ!』
指名された兵士が彼を連れていく
『隊長』
『必要経費だ、少なくとも私の信条のためにもな』
その姿を、自ら止血しつつ士官は輸送機のそばで見つめていた
volte+10T、トリノ
『そりゃあ、うちの機材を出すのは構いませんがね』
机に腕をついて、オリベッティ社の担当者が悪態を吐く
『ようやっとオランダが開放したパテントで試作した奴を根こそぎ投入するわけだから、これの市販が2、3年は遅れるけれども、その損失はどれだけ補填してくれんのよ、ん?』
担当者が持ち上げたそれ、当時オランダで開発されたばかりのカセットテープである。オランダは英仏陣営内であり、その普及にはかなり差をつけられていた。帝國はレーヴァテイルのレコード好きもあり、特に興味を示していなかったせいもあろう
『国保有株率を下げる用意が我々にはあります』
交渉役を買って出たアルが、餌をちらつかせる。オリベッティ社は先年に公的支援を受けた際、株を国などに買われており、経営権がオリベッティ一族から離れていた
『・・・破格、ですな』
『財務の意向ですので』
今回の作戦は幸いな事に、財務省の事業を助けるという事で、裏取引のための資金はたんまりと用意できた
『それは重畳』
『では、録音が必要ですので』
いつまでも此処に居るわけにはいかない。自分から買っては出たが、こういうのはやっぱり苦手だ、あーやだやだ。虫酸が走るぜ
volte+11T、RMアクィラ
『確かに本艦は搭載機を地上に降ろしていたが、まさか気球母艦へと先祖帰りするとは思わなかったな』
ヴィエステは苦笑しながら甲板を艦橋から見下ろす。甲板には、用意された各種気球と、ジェットエンジンの轟音を録音した音響機材が並んでいる
それだけではない。艦尾にあるファンテイルでは、連続的に予備のジェットエンジンが炊かれ、まだ録音していない機材に音響を提供している
『伝令!空軍気象部より、該当海域の風の予測データを送って来ました!』
そんな中に、伝令が艦橋へ駆け込んできて、通信文を渡す
『よし、航海長!最大戦速で向かうぞ!うちの航空隊が一番槍だ、ならば母艦の本艦が支援してやらねばな』
制帽を被り直しながら、ヴィエステは命令を下す
『しかしこの作戦。風の噂じゃあの兄弟が思いついたそうですよ』
通信文をヴィエステから渡された航海長が、やれやれと笑いながら肩をすくめる
『我々は親子の代に渡って世話になってしまうようですな』
『きっちりと支援してやればよい。それが礼というものだろう』
それができる立場に、今我々は居る
『艦長だ。各員に達する。現時点をもって、Operazione・Zambeccariを発動する』
ヴィエステは艦長席のマイクを取って、艦内放送を始める
『すでに甲板で行われている作業は、各員とも把握していることと思う。本作戦の成否は、正に本艦の活躍次第にかかっているといっても過言ではない。各員の奮励努力を期待する。なお、この作戦の第一陣として霜島少尉以下、ヘルシアのエミリア女史らも参加する。以上だ』
マイクを切ると、艦内からジェットの轟音に負けない音量で、我らがエミリアたんの為に!との掛け声が響いてくる
『ま、予想の範囲内か』
事情をよく知らない野郎なら当然の反応だ
『航海長、作戦名のザムベッカーリという人物について知っているかね?』
『いえ、浅学にして』
フランチェスコ・ザムベッカーリ、モンゴルフィエより始まる航空パイオニアの一人で、海軍の人間でもある
『最期には、自らの気球が炎上して墜落死してしまうのだよ』
『それは』
縁起の悪い、と言いかけて航海長は口をつぐむ
『そうさせるな、との願いが込められている。幕僚副長のな』
わかる人間にはわかる、という奴だ。そして、人事を尽くしたあとに出来る事といえば、願うしかないという悔しさ、か
『神よ、どうか勇者達に祝福を』
ヴィエステもまた、願わずにはいられなかった
volte+16T、ブリンディシ海軍航空基地
『全機、機体の最終点検は終わったな?』
整備した上で出撃前に行われる、パイロット自らのチェック
『『『終わりました!』』』
隊の皆が胸を張って答える
『・・・出撃だ!全機搭乗!我に続け!』
『『『了解!!!』』』
初の号令のもと、それぞれが歓喜の顔を浮かべながら、烈風に乗り込んでいく
ピトッ
『はぅっ!』
その光景を、夜を徹して整備した為、機材に半分あおのけになりながら見ていたフィリネの額に、冷たいものが乗せられる
『レモネード、お疲れ様』
関係各所への連絡で疲れ果てた様子の直純だった
『ありがとなー、あう〜』
冷たいレモネードの入ったコップを、フィリネは頬摺りする
『・・・あれ?直純はん?』
気付けば、直純の姿は掻き消えていた
『離陸する。滑走路への進入許可を』
タワーと交信しながら初は滑走路へ機を進めようとする
《初、進入路右》
エミリアから、離陸する前だと言うのに通信が入る。なんだ、右?
『・・・』
『どうしたの?』
黙った初に、後席のレシィが覗き込む
『あの馬鹿兄貴・・・!』
かっこつけにも程があるんじゃないのか?
《全機、志摩少尉に敬礼!》
進入路の横で、直純はこちらにむけて敬礼していた。こちらも、コクピットから全員で敬礼を返す。絵になる風景ではあった
『さて、行くか』
滑走路に進入した烈風の出力を上げる。滑走と共に烈風の二基のエンジンは、その大型の機体を空中に持ち上げるに足るエネルギーを生み出して、空へ
『猛禽が征く、か』
直純は、順番に飛んでいく烈風の最後の機が空に消えるまで敬礼を続け、見えなくなってそう呟いた
『用意できたデコイは80余り、どれだけ確率を減らせるか・・・』
ようやくにして整えた飽和攻撃、それが功を成すのか成さぬのか
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第43話〜烈風荒ぶらば〜
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