間話・邂逅の後に
8月2日・ナポリ、夕方
『すいません、無理を言いました』
『ほんまになー』
リヴァルとの話をした翌日、直純は無理を言ってフィリネに休みを取ってもらっていた。直純側はムッソリーニが損傷修理中なので仕事が無いも同然だが、フィリネは別であるため、お願いするしかなかった
『それで、彼女とは?』
『別に当たり障り無い話題やったで、ホンマに。胸は揉まれたけど』
よいではないか、よいではないかって
『なんだとっ!?』
『いやいや、げんこつしたら、割と素直に謝ったでーって、コラ』
フィリネはいきり立つ直純の胸を拳でこづく
『明日休みを取ってまで呼び出しとって、聞くのが他の女の話ってどうなん?』
『あー、その。すいません。ですが、なにもされなかったですか?』
直純はんは心配し過ぎや
『見たまんまや、ぴんぴんしとるやろうに』
『・・・無理せず本当の事をいってくださいよ?』
だぁーっ、もう!
『大丈夫だった言うとるやろ!なんならリヴァルはんに聞こか!?』
『・・・そうですか』
そんな心配そうな目で見んでもええやろ、バカ・・・
『んで、直純はん。まさかそれだけで呼び出したんじゃないやろなぁ』
照れ隠しにそっぽを向きながらそういう
『え、ええ、まぁ・・・約束でしたからね』
いつかデートをするというのは
『それでは、行きましょうか』
手を差し出される
『あ・・・え、えっと、ええって、今うちの手、整備の帰りやからガサガサやで?』
そんな、手を繋いで行くとか、あわわわ
『やはり大変ですか、整備は』
『はは、大変じゃない整備なんてあらへんて』
重さ何トンもの塊が空を飛んで帰ってくるんや。どこかしらすり減っていくのは当たり前の話やで
『油も扱うし、溶剤も使う、火も空気も使う。手袋じゃ微細な感覚が掴めへんとこもあるから、素手でする事も少なくあらへん』
場合によっちゃ、規則で素手の扱いは厳禁な代物を素手で扱う必要が出てきたりもするし
『・・・ちょっと行き先を変えましょう』
直純はんが少し考えてから頷く
『別にええけど、何処にってあわわわ!』
『これなら、問題ないでしょう?』
引き寄せられて腕を組まれる。ちょ、ちょっと待って、近い、近い!
『うう・・・ちょっと強引ちゃう?』
『ヤケですよ、みなまで言わせないでください』
直純はんの顔も真っ赤である
『・・・そ、それで、何処に行くんや?』
『私も詳しいわけではありませんが、化粧品店に寄ろうと思っています』
直純に連れていかれたのは、割と大型の化粧品店だった。しかし、転移の影響からか、その店舗にすら品数は少なく、残っているのは高級品ばかりの有様だった
『ええって!こんな高いもん貰うとうちが困る!』
『良いから、使ってください。これ買います、お代を』
すったもんだの挙げ句、店員に言われるまま一通り全てを買い揃えて代金を払う
『・・・で、夕食はカフェになるわけやね』
フィリネのジト目が刺さる。い、いいじゃないか。別に・・・はい、すいません。使いすぎてレストランには入れませんでした
『全く、買いもんは最後にせぇへんと、荷物になってかなわんやろに』
大仰な箱に入れられてたため、かさばることかさばること
『ま、まぁいいじゃないですか』
『・・・腕組み』
ボソッと直純に聞こえないようにフィリネは呟く。化粧品のせいで両手が完全に塞がってしまったのだ
『ここは、パスタが旨いんですよ。お、来ましたね』
『うちの場合、今まで食べてたもんがもんやから、大抵の食べ物は全部美味しいで』
今まで食べてたのは犬のエサみたいなもんや。もちろん、都市国家維持の為にそれが必要だったからやけど
『基地の食堂より、ですよ。まぁ、大量に作るって事で色々手をかけられる面もあるでしょうが』
茹でたてのパスタを取り分ける
『さぁ、食べましょう』
『せやな』
直純は結構な食いっぷりを見せる。初達イタリアのパイロット連中もそこそこ食べるが、それ並みに食べている
『うまそうに食いよるなぁ』
それを見て、フィリネは微笑む。あぁ、こっちまでお腹減ってまうわ
『ん、美味し』
少しずつ少しずつ取り分けて食べる。貴重なものや美味しいものが出ることが少ないため、自然についた癖だ
『では、ワインを』
直純があれこれいってボトルを持ってこさせる
『ん・・・これ、甘いな。でも、お酒?』
いわゆるデザートワインというやつだ。貴腐ワインやアイスワインなどがこれにあたる
『私は酒はあまり飲みませんが、甘いこれなら、飲んでも良いなと思います』
『うちらの造った密造酒なんて、氷砂糖を口に含みながらじゃないと、とても飲めたもんじゃあらへんのに・・・すごく甘い、どうやってんのや?』
アルコールそのものが、糖分を分解してのもののはず
『詳しくは知りませんが、寒い地方では凍らせたり、乾燥させたりで、材料の時点から甘くしてるとは聞きます』
材料から手間暇かけて作り上げる。だからこそのこのクオリティ。フィリネ達の密造酒の氷砂糖も、加糖に近いが、程度が違いすぎる
『うちらの世界にも、本来ならこないなのもあったんやろけどな』
失われてしまったそれを取り戻すには、どれだけの時間がかかるのか
『ちょっと愚痴っぽくなったな。酔っぱらったんやろか』
『飲みやすいので、思うより飲んでしまいますからね。そろそろ引き上げましょう』
お代を払い、カフェをあとにする。
『フィリネ、ただそのまま戻るのもあれですから、寄りませんか?』
帰り道の途中の公園をさす
『そやね、ちょっと休もうか。直純はんは荷物持ったままやし』
公園の中に入る。周りを木に囲まれた噴水公園だ。噴水脇のブランコにそれぞれ座る
『それで、今日はどういう風の吹き回しやったんや?』
ニヤニヤ笑いながらフィリネは聞く
『なかなか、時間が取れなくなるかもしれませんから、なるべくと思いまして』
リヴァルとの関係や、フィリネの立場上、なかなか会えなくなる可能性は高かった
『そか、ありがとな』
『まぁ、その・・・好きですから』
あ、照れた
『そうだ、せっかくですから、今使ってみませんか?』
照れ隠しに直純はんはガサゴソと買った化粧品の箱を漁る
『はいはい、頼んますな』
少しぐらいなら、自分も化粧品の使い方ぐらいわかるが、ここは任せよ
『じゃあ、保湿液を使いますので、手を』
『はい』
手を差し伸べる。整備の訓練や実地でガサガサに近くなってしまっている。
『こういう手も、私は嫌いじゃないですよ。暖かいですし』
『最近弟はんに感化されすぎちゃうんか?』
なにそれ、完全に口説き文句やないの
『まいったな』
ペタペタ
『おおぅ』
苦笑しながら、フィリネの手に塗り付けるために化粧液を付けた直純が、変な声をあげる。効きそうな感じだ
『ひゃっ、冷たっ』
同じように、化粧液を付けられたフィリネも、尻尾を塗られるたびにふりながら反応する
『あー、しみるー』
『ただ延ばすのも、あれだから、マッサージもつけよう』
そういって直純は手や腕を揉む、妙に手慣れている
『んっ・・・どこでこんなん覚えたん?』
『親孝行の一環でですよ、なんでです』
労るように揉み続ける直純は、質問の意味自体がわからないとでも言うように顔をあげた
『誰かにしてあげてるんやないかと、思うただけ、や。うん・・・っ』
『母親以外は初めてですよ、女性にしたのは』
気持ちよさそうにしているフィリネに気をよくして、直純はもう一方の手にもかかる
『う・・・』
この・・・冷たいのの後に、直純はんの手が優しく暖かく広げながら揉んでくれるのは・・・
『はぁ、あっ・・・』
『痛かったら言ってくださいね』
あー・・・気持ち良過ぎて・・・
『よし、終わりました』
『ふぇ・・・』
半分惚けた頭から、快感が途絶える
『フィリネ、よだれよだれ』
片付けを終えて立ち上がった直純が、顔を見て呆れたように笑いかける
『じゅるっ、ぐぬぬ・・・』
物凄く恥ずかしい光景を見られた気がする
『さ、休憩はここまで。戻りましょう』
直純が荷物を持って促す。ここで怒っても仕方がないので、立ち上がる
『・・・なぁフィリネ』
『んー?』
直純はんの顔がほんのり赤い
『帰ったら、さっきの続きをしましょう』
なぁんだ、直純はんも同じやったんか
夜はまだ、始まったばかりである
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