第38話・模擬空戦
1966年7月21日、ブリンディシ海軍航空基地
空軍の連中、ここまでいやらしいとは思わなかったぜ
『今日は編成を変えて、2機編成の模擬空戦を行う』
新政権の恩赦・・・特に罪が確定していたわけではないが、それで解放されたアクィラ第八中隊こと、初ら義勇ヘルシア航空隊であるが、解放されてすぐ空軍から名指しで異種模擬空戦(DACT)を申し込まれたのだ
『しかし、空戦をやれるのは、俺とエミリアぐらいだ。他の奴らはしっかり下で見てな』
本来であれば錬成中の身だ、飛ばして爆弾を落とすまでは出来ても、空戦まではとてもじゃないが、他の連中にはやらせられない
『エミリア、お前もあんまり無茶するなよ?』
隊内で先んじてジェット機に乗ったりしていた彼女は、それが出来るだけの技量はあるし、俺を撃墜判定に持ち込んだことはあるが、それは機体の特性に依るところが大きかった
『やってみてから考える。それでいいか?』
ま、パイロットの常として、おいてけぼりはカチンと来るわな
『ブロディ、ストッパーを頼むぞ。目を付けてないと何をするかわからん』
『了解、ついでに唾付けるのは・・・』
『却下』
しょぼーんと首を傾げるコ・パイのブロディ・・・まったく
『使用する機体は、こちらが烈風・・・まぁ、これ以外乗っていないからもともと無理だがな』
それで、相手は、とリストを見る
『相手はRー9Ⅱ、空軍の主力軽戦闘機だ』
イタリア空軍は運用能力の高い(Rシリーズは不整地などでの運用も可能だった)軽戦闘爆撃機と、日本からのライセンスである閃光(F-104相当)で高空迎撃にあたる制空戦闘機の組み合わせとしていた
『厄介だな』
Rシリーズの小回りの効き方は烈風より高い、いや、そもそも日本でも旋風(クルセイダー相当)の改良型の方を次期戦闘機にとする声が大きかったほど、烈風は鈍いのだ
『そもそも、会敵はどうするんだ?』
エミリアが聞く、ヨーイ、ドンで始まるわけではあるまい
『ちょっと待て、機数は・・・おいおい、あっちは8機かよ』
戦力差四倍はいくらなんでも・・・お?
『AEWの支援は受けられるそうだ。俺達の受けれる利点はこれだな。』
空戦状況は、母艦を飛び立った我々が、敵対航空基地のファイタースイープを行うといったところだ
『つまり、仕掛けるのはこちらからというわけだな』
面白そうにエミリアが言う。いや、本当に無茶するなよ?
『少なくとも、ミサイラーとしての機体特性は生かせそうですね』
プロディが眼鏡を上げながら不敵に笑う。なんかむかつく(ひどい)
『逆に言うと、ミサイルが当たらなきゃ手も足もでん。外したら罰ゲームな?』
『あら、それだと私もかしら?』
おお、レシィさん。そうだそうだ
『やだなぁ、プロディの罰はプロディの分、レシィさんの罰はプロディの分に決まってるじゃないですか?』
『そ、そんなぁ!』
俺様が女の子に罰なんて、そんなそんな。
『プロディ君、ダメ?』
『はい!レシィさんの為なら喜んで!』
うむ、プロディも良く訓練されておる。素晴らしい。
『しかし、ミサイル戦闘となれば、やはりフル装備か?』
ますます格闘戦はやりにくくなる。
『うーん・・・ちょっとレシィ良いか?』
『はい?』
ゴニョゴニョと耳打ちする。完全な思い付きなんだが
『うーん、出来ないことはないかもしれないけどねぇ』
困った顔をするレシィ
『なんだ?秘策か?』
『まぁそんなところだ』
初は子供っぽい笑顔でエミリアに答える。そんな所が魅力的なのだろう
『やつら、どうせこてんぱんにのしに来るに決まってんだからな。せめて、吠え面かかせてやる』
連中の驚く様が目に浮かぶぜ
『さて、こうしちゃいられない』
細工には時間が必要だった
翌日
直純とリヴァル一行は飛行場に呼ばれていた。外務省が用意したデートである。よりにもよって初達の居るところで、である
『とんだ茶番だなぁ、夫よ』
リヴァルに会って開口一番の言葉がこれである。不機嫌にならざるをえなかったが、説明役を任されている。しゃべらざるをえない
『この模擬空戦は、海軍の航空隊が空軍基地を攻撃する設定にあります』
『強襲侵攻という奴だな?心が踊るのぉ』
猪武者そのものの台詞でリヴァルは感嘆する。そもそも机上演習もそうだが、あまり未来の技術や戦術を見せてよいものではないだろうに
『害無能省め』
政権交替を皮きりに、外務省は様々なキャンペーンを打ち出していた。政権もそれを支援していたし、財務もやる気なので質が悪い
『お、報道が来ているぞ』
リヴァルがにこやかに手を振る。報道担当官は相当のやり手でシルヴィオとか言っていたな・・・リヴァルに向けてまで無類の女好きと公言していたのはどうかと思うが
『そういえば、貴国のマスコミはどうなっているのですか?』
アウドゥーラ皇国というからには、皇帝が居て統治しているのだろうが、完全な情報統制にあるのだろうか?
『うん?機関誌はそこそこ発行されているぞ』
・・・話を聞く限りでは、まんまソ連のプラウダだな。
『とはいえ、我々もそこそこ本国には戻っていないからな。文章にもちと飢えている。こちらの書物でも読めたら良かったのだがな』
リヴァルが国交を結ぶにあたって、一番落胆したのがそれだ。言葉は通じても文章が読めないというのは、知識の価値を知るものには大きい。机上演習の時はわざわざ翻訳したものを一冊用意するのにも難儀したと聞く
『寝物語に読んでくれまいか?』
『お断わりします』
ちぇ~と、リヴァルは唇をすぼめる。下手に許諾すると、住居まで一緒にされかねない
『そろそろ始まるのではないでしょうかね』
時計を見る。正確には既に始まっている。空軍側は既に飛び上がっているので、あとは電探で敵編隊を察知次第どうするか
『空軍は前進配置はしないのか?』
リヴァルは疑念を口にする
『海側にですか?何故です?』
それに対して質問で返してやる
『海の上なのだろう?海からなら、うん?海からでは無いと?まさか・・・いいや、そうか、そうだな』
リヴァルと多少過ごすようになって理解したことは、彼女の頭の回転は物凄く早いという事だ
『わざわざ海から来る必要も無いものな』
そして勝手に納得している
『聞けば聞くほど素晴らしいなぁ、貴国の軍備は』
まるでわが世の春が来たかのような笑顔を見せるリヴァル・・・うぅん、どうにも子供っぽいな
『どう対応したものかと頭を悩ませたりはしないのですかね、貴女は』
こっちの頭が痛くなってくる
『ふふん、まぁこの力の差を見れば、一世代は待たないと対抗出来んなとは思うよ』
相変わらず楽しそうに言うリヴァル
『こちらが出せるのは食料・資源・女の3つしかない。だが、国はそれによって成り立つ。我らが残るかどうかは・・・賭けよな、だが、分はただ戦うより悪くない』
『貴女が勝利者になるつもりはないと?』
いつまでも生きられるわけではあるまい
『戦いこそが我がリヴァルそのものである!』
ああそうですか、良くわかりました
『ん?来たか?』
先程から聞こえてきていたジェット機の轟音がいくらか遠ざかる
『みたいですね』
さて、どうなるか
『そうだ、賭けをせぬか?』
リヴァルが提案する
『いいでしょう』
その提案に、俺は乗った。俺が勝ったら、リヴァルは性欲に訴えかけるようなアプローチは抜き。負けたら、俺を含めた余人抜きでフィリネと1日話をさせる事だ
『さぁて、どうなるかな』
俺達は上空を見上げた
基地上空
《基地管制よりクレスタ編隊、高度八千より浸入する2機編隊を確認。迎撃せよ》
《基地管制に確認を要請する。本当に2機か》
初達を迎撃すべく、イタリア空軍クレスタ中隊、Rー9Ⅱ8機は手ぐすねを引いて彼らの入場を待ちわびていた。だが、2機だけか?
《ネガティヴォコンタット、2機だけだ》
《・・・敵は案外に高度を取っている。横合いから手を出されぬよう気を付けるべきだな》
編成されたばかりの航空隊で出来ることは少ない。それがたとえ新鋭機であったとしても、伏撃程度しか行えまい
《クレスタ5、シュヴァルムを組み、迎撃せよ。こちらは落ち穂拾いをやる》
《了解、海軍機を撃墜マークに入れる機会を与えてくださり、感謝です》
次席にあたるクレスタ5がバンクして、4機を引き連れ迎撃の為離脱する
《各機、警戒の目を緩めるな、不意打ちさえ受けなければいい》
慎重すぎるくらいがちょうど良いのだ
『ふぅ』
指示を出し終えて、改めてレーダーのスクリーンを見つめる・・・何かがおかしかった
『なんだ?この違和感は』
違和感の正体を確かめるか?いや、もうすぐクレスタ5らが会敵する。二倍、しかも、敵はシュヴァルムに慣れていない。やれるはずだった
初機
《よし!フルフラップにエンジンを絞る!失速するなよエミリア!》
《了解!》
二機の烈風が飛行最低速度ギリギリまで減速する
(急いでくれよ、レシィ、ブロディ・・・ここで気圧の穴なんかがあったら負けどころか事故死もありえる)
『・・・一機目ロック、二機目・・・捕捉』
やはり時間がかかっている。機体正面からのロックは熱量が足りないので、今のミサイルでは遠距離迎撃能力が足りない
『その為に高度を取って速度を落としたわけだが』
《二機目捕捉、少しかかるようだ》
エミリアからもブロディが後半の作業にかかったことを伝える
『二機目、ロック完了』
『さすがレシィ、仕事がはえぇぜ』
早速スロットルを全開にして運動エネルギーを確保せにゃ
『待って、一機はやれるわ・・・』
それは・・・ま、やられて当然の戦だ。やれることはやってみるか
『やっちまえレシィ、愛してるぜ』
『ふふっ、まかせなさい!』
《こちらは二機目も終わった!どうした、トラブルか?》
《この時点で一機落とす。かまわん、先行しろ。ケツを追うのが信条だ》
エミリアから心配の通信が入る
《わかった》
バンクの後、エミリア機が加速する。うん、教えた通りフルスロットル。空戦の基礎の基礎はたたき込めたかな
『チアマッタ、スプラッツォ!』
レシィがコールする。よっしゃ!
《管制機、二回ロックしたぞ!》
ちなみに、模擬空戦ではガンキルを除き、二回ロックオンされないと撃墜判定が出ない
《確認した、クレスタ6、撃墜》
《な、なにぃっ!?》
流石に慌てた通信が入ってきた。よっしゃ
《遠距離誘導か、流石は新鋭機!》
恐らく編隊長の命令だろう。軽戦闘機らしい高機動をはじめる
『上等だ!』
遅まきながら、こちらも加速をはじめる
《初!交戦する!》
エミリア機があまり機動を行わず、真っ直ぐ突っ込む形で敵編隊と擦過した
《ガンキル判定は!?無しか!》
そりゃそうだ、あてずっぽうに撃っただけなのだから
《あいつは俺がやる!》
1機が反転した。残り2機はこちらに。確実に追い込む機だな!?
《エミリア!上手くやれよ!》
エミリア機
《くっ!速い!》
一撃離脱の基礎であるヨーヨー機動の上昇機動に、敵の1機は素早くあわせてエミリア機に迫る
『怒らせましたかね?多分編隊長ですよ、あれは』
ブロディは割と余裕をもった口調で分析する
『力量はあっちが上か』
『今は、ですがね』
エミリアはクスリと笑った
嬉しい事をいってくれるじゃないか
『保たせる。なんとかしてくれ』
『アイ、早急に』
そういってエミリアは機動をはじめる。運動エネルギーは、上昇中とはいえ、二発のエンジンに最初の加速だ、十分にある
『まだ上がるわ!引き離してやる!』
グウゥゥッ
加速に身体が締め付けられる。くぅっ、このままではおっぱいが垂れてしまう、な!
『本、当に、良い腕です』
後席のGはなお大きい。ブロディが苦しそうに呟く
『ですが、おかげでロックオン、できます!スプラッツォ!』
《管制!ロックオン二回目だ!》
《・・・確認した。クレスタ5、貴機は撃墜された》
そのコールに、怒声が返って来た
《バカな!こっちは奴のケツ追ってんだぞ!機械の故障じゃねぇのか!?》
《クレスタ5、離脱する前に近くに来てみろ》
初機を救援するためにターンをしつつ、クレスタ5を呼ぶ。お、近づいてきたな?種明かしだ
《き、汚ねぇっ!こんなのアリかよ!?》
《こんな手を使うしか勝つ方法が見つからなくてな、すまん》
こちらの答えに毒気が抜かれたのか、バンクしてクレスタ5は離脱していった。そう、エミリア機はミサイルを真反対にして載せていたのだ。これなら真後ろをロック出来る寸法だ
初機
『狭えっ!空が狭えっ!』
やはりというべきか、旋風と較べて烈風は機動に劣る
『ちょっと!加減、して!』
そして後席にはあまり優しくない機動をしているが、でなきゃ保たせられそうにない
《クレスタ5は撃墜された》
よし!エミリアとブロディがやってくれた!明らかに追ってくる2機に動揺が走る。ここしか、ない!
『レシィ!我慢しろ!』
『っ!』
フルフラップに機首上げ、急減速だ。本来であれば運動エネルギーを失いリカバリーに時間がかかる機動だが
ヒュオッ
R-9Ⅱがオーバーハングした。ここだ!
《ガンキル!管制!》
《確認した。効果判定、撃墜》
この編隊は、残り1機
《くそっ!こいつだけでも!》
カモにするはずだった海軍機にここまでしてやられたことに、この1機 は頭に血が登っていた
《クレスタ7、後ろだ!》
《なぁっ!?》
エミリア機が後ろについていた。
《スプラッツォ!初、無事か!?》
《愛してるぜエミリア!》
バンクして合流する。残りの4機とは、まだ距離があった
《次はどうする。同じ手は使えないぞ》
レーダーを見ると、4機がブレイクしながらこっちへ向かってくる。遠距離誘導を警戒しての事だろう。慎重な奴だ
《やれるだけやってやるさ》
この慎重さなら、やっこさんこっちがまだ伏せてる機体が居るとでも思っているんだろう
《エミリア、突っ込め!敵はこっちが来るとはまだ考えてない》
消耗したこっちの機体より、数の多い伏勢が自分たちを襲ってくると考える筈だ。そんなものは存在しないが
《無謀じゃ・・・いや、最初からか。行ってくる!》
エミリア機が加速していく
『元気ねぇ』
『わりぃな、レシィ』
奇襲効果が見込めるなら、全力で行った方が良い
《その旨そうなケツに、噛りついてやるぜぇ!!!》
エミリア機に続いて初も機体を加速させる。彼らにとって、目の前の相手は、ただの獲物にしか過ぎなかった
結果、クレスタ中隊全機の撃墜判定と共に、初機撃墜判定、エミリア機ロック一回という演習結果を得ることになったのである。そして
『何でこういうときばっか勝つんだよお前はっ!』
『よりにもよって空軍側に賭けてる兄貴が悪ぃんだろ!俺ぁ悪かねぇよ今回は!』
見苦しい兄弟喧嘩を地上で繰り広げたのだが、そこはスルーである
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第39話【~邂逅~】
感想・ご意見等お待ちしております。
ちなみに初は、帝國海軍に於けるパイロットとしては乙種にあたります・・・甲種は夜間出撃も可な化け物ぞろいです。