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第3話・戸惑い

1966年1月9日・マルタ島沖、空母アクィラ



所属不明の復葉機がアクィラに不時着した事で、探索艦隊はイタリアへと引き返し、一種の隔離の為にマルタ島沖を遊弋していた



バダダダダダダダ



そのアクィラに、ダオスタの輸送ヘリが着艦する

『ありがとう、いってくれ』

礼を言って、少し大きめの白い包みを持った士官が降りてくる

『頼まれた手紙だが、分けるのは頼む』

甲板員に手渡すと、その甲板員は小躍りしてこう言った

『今日のヤギは十キロの手紙を食べ残したぞ!』

『イエーッ!』

歓声があがる、それをほほえましく見遣って艦橋へ

『ようこそアクィラへ、志摩少尉』

驚いた。ウ゛ィエステ艦長じゃないか!

『は!要請により赴任致しました』

『急な呼び出しだが、きちんと確認がとりたくてね』

アクィラに不時着した復葉機に乗っていた乗員二人の内、一人は既に死亡していた。だがその一人には、尻尾と耳がついていたのだ

『獣人はイタリアにいませんし、レーウ゛ァテイルは少ないですからね』

ダークエルフらを初め、日本では亜人種が多数居る。確認には日本の軍人、出来ればパイロット以外、となれば彼の出番となる

『何かの病原菌に感染していないのを祈るよ』

ウ゛ィエステは制帽を脱いでまた被り直した

『死体はミサイル弾庫で保存してある。受け入れ体制が出来次第、マルタの病院に移送したい。手早く済ませてくれると助かる』

ミサイル弾庫、信管や誘導装置の関係上クーラーが入っている。冷蔵庫室を除けば、保存に適している。そういえば、と直純は気になった

『もう一人はどうしておられますか?』

『打撲と疲労で寝ている。命に別状はない』

少し考える

『一度遺体を見せて、海軍葬なりをしてからの方が良いかもしれません。下手に隠蔽すると、ろくな事がありません』

ウ゛ィエステは頷いた

『考えておこう。だがそれも、運び出す前にその眠り姫が起き出せばの話だが』

そこで二人は会話を切り上げ、艦橋の中へと入る

『どうするかね?一度眠り姫を見ていくかな?』

『結構です。たぶん、人で混んでるでしょうから』

一応の封鎖の為の海兵隊員に、異世界の女の子が居るという物珍しさから、特に用事も無いのに、周囲を歩き回る将兵が沢山いるだろう

『少尉は随分弟君とは違うのだな』

ウ゛ィエステは笑った。こっちは典型的な日本人だ

『初が何か、艦長のお目にかかるような不手際を?』

『ま、眠り姫が生きているのは、彼のおかげでね』

ウ゛ィエステの話を聞いて、直純は頭を抱えた

『ああもぅ・・・あいつって奴は』

なんて危険な事をやらかしてやがるんだ・・・!

『何事もなければ、これは彼の大手柄にもなるがな』

この世界の情報を、一応はパイロットという高い地位に居るであろう人間から聞き出せるのだ。感染症さえなければ、確かに大手柄である

『しかし、言語もどうなるか解らない時点で、一体どれだけの事ができますやら・・・誠に、申し訳ない』

深々と頭を下げる直純

『まぁ済んだ事だ、これを奇貨にするのが先だろう。さぁ、着いたぞ』

ミサイル弾庫、その入口の窓は黒いフィルムが張ってあって、中が見えないようになっている。保安の為だ

『艦長!』

入ろうとした所で、声をかけられた。軍医長だ

『どうしたのかね?』

『患者が目を覚ましました』

直純とウ゛ィエステ、二人とも軍医長を凝視した。軍医長は居心地悪そうに体を揺すった

『会うべきかな?君はどう考える』

『・・・難しいですね』

いきなり艦長だ、と出て来られても、かえって話が胡散臭い。しかし、艦長が出て来てもらった方が、話は早かろう

『それで、出来れば異なる言語を使う方をとも思いまして、艦長に許可を』

軍医長はそう言った

『私は構いません』

直純は頷いた。出来ることはなんでもして来いと、間大佐からは言われている

『許可しよう。うむ、そうだな、事情の説明であれば、もう一人詳しい人間が居る。彼も呼び出して部屋に遣るようにしよう。それから私は会おう』

ウ゛ィエステは直純の肩を叩いた。まさか・・・!

『初、ですか?』

『パイロットはパイロットの事を知る。弟君は適任だと思うがね』

それはそうだが、あいつだぞ?

『軍医長、あとは任せる。ここに来る段取りが出来次第、私にまた連絡をいれたまえ』

『わかりました、艦長。少尉、こっちだ』

軍医長は敬礼をして答えると、急ぐぞとばかりに身を翻した

『は、はい。では、失礼します!』

直純もまた、ウ゛ィエステに敬礼して、軍医長の後に続く

『さて、何が出てくるか面白くもあり・・・』

見送ったウ゛ィエステは、艦内電話の受話器を探しに動いた。初の呼び出しと、いささかの準備をしておくために

『主計長はいるかね、艦長だ。いささか頼みがあるのだが、うむ。冷蔵庫の在庫には・・・』

あれこれとウ゛ィエステは指示を出す。年代もののなになにという言葉が入っている事からして、彼が彼等らしいと言われる物を用意するつもりらしかった

『げぇっ!兄貴!?』

医務室の前で、久々の兄弟再会に、初が発した言葉はそれだった

『なんだその、罠にかかってその首謀者に会ったような言葉は』

『いつからこっちに?』

『いまさっきヘリで降りた』

実は初、六ヶ月無給(加棒は出る)を言い渡された後、小隊長に絞られ、中隊長には座学をやらされて、ぱったんきゅうと寝てしまっていたから、ヘリの着艦には気付かなかったのだ

『白衣とマスクをつけたまえ』

軍医長から、言われたそれを受け取る

『そうだ、軍医長!』

着ながら初は声をあげた

『なんだ?』

『治療をなさったなら、彼女のスリーサイぐぎゃあっ!』

直純が初のすねをおもいっきりけたくった

『・・・お気になさらず』

『あ、兄貴!俺はそこの警備してる二人の無聊に・・・わかりました、黙ります』

直純が軍刀にかけた手を離す。初は警備にあたっている海兵隊員(サン・マルコ海軍歩兵連隊所属。二次大戦時、マルタ島攻略戦で壊滅・解隊されたあと、海軍版カラビニエリ部隊として復活した)に支えられて貰っている。微妙に慰められてるあたり、あいつは本当にイタリア人気質だな

『あまり白衣を汚してくれるなよ、少尉』

『失礼しました』

さて、準備は調った

彼女はベッドで上体を起こしていた

『美人だな、文句なしに』

誰かが何かを言う前に、初はそういった。直純がすぐに肘で脇腹をついた

『ここはどこの御座船か』



透き通るような声、決して医務室に入った三人の声ではない声



『今、御座船とかって聞こえたような気もするが』

『自分もです』

兄弟二人、軍医長に報告する

『私もそう聞こえた・・・マリスと同じような物の効果があるようだな。幸いだ、言葉が通じる』

安堵する軍医長、話が通じない化け物ではないだけでもずいぶんマシだ

『視界が暗い、どうなっている』

彼女は何かに捕まろうと手を振り回している

『血が長時間目に入っていたために、一時的に視力が落ちています』

軍医長が慌てて止めに入る

『御典医か』

『医者であるのは確かですが』

なんとなく、会話がズレている

『君は損傷した飛行機で着艦した。不時着に近い状態であったが。君達は何者だ?』

直純は単刀直入に聞いた。慌てて初が割って入る

『おいおい兄貴、女の子に何者だはねぇよ、俺!霜島初っていうんだ。あんたを見つけて、誘導したのは俺だぜ。あんたの名前は?』

彼女は戸惑ったあと、しっかりといった

『エミリアだ、ツィスカ・エミリア。所属は串刺しの日に参加していれば、わかるはずだ。もしや、皇国か?』

身構えるエミリアをよそに、俺達は顔を見合わせた

『なんだい、その物騒な串刺しの日ってのは』

初は呆れ

『我が国は昭和て・・・もとい、ウンベルト二世国王陛下を戴くイタリア王国だが』

直純は間違えそうになりつつも説明した

『イタ・・・リア?聞かん名だな。いや、その前に、串刺しの日を知らぬとはどういう了見だ!貴様が上官なら、どういう教育をしている!』

エミリアは怒った。怒ってる方向が誰もいない方向なので、微妙に滑稽な姿になっているが

『『『・・・』』』

医務室の三人が三人とも沈黙する

『ま、まさか・・・本当に、知らぬ、のか?余程辺境の、いや、御座船を動かす程の余力があるなら、そんなことは・・・』

一体何者なんだ、こいつらは・・・

『お、お前ら!』

急に恐怖が蘇ってきた。エミリアは後退りする

『あー、大丈夫。多少お付き合いしてからじゃないと襲わないから。安心しr』



ゴッチーン!



直純が宥めるにも馬鹿な事をぬかす初に、頭突きをかまして黙らせる

『安心なされてください。我々も混乱している所なんです。突然、国土が地図に無い大陸と繋がっていまして』

直純は言葉を区切った

『有り得ないほど旧式な復葉機に乗っていた、貴女ともう一人の方と出会ったのですから』

エミリアの目が見開かれた

『そうよ!ファムはどこ!?』

軍医長が前に出た

『残念ながら、手遅れでした』

『そんな・・・』

ソーティが終わった後、上は寒かったねぇと言っていたファムに、このもふもふが!もふもふがあるくせに!と、尻尾を掴んでじゃれあったりしたファムが・・・あの優しかったファムが・・・

『嘘よ、認めないわ!』

『では・・・遺体と面会していただきたい。艦長も、お会いになりたいと』

心痛が、痛いほど滲み出ている。しかし・・・

初がエミリアに近付き、肩に自然な振る舞いで手を置いて言った

『行ってやれよ、大切な相棒ペアなんだろ?俺達の流儀でよけりゃあ、ちゃんと弔ってやっから』

『・・・わかった』

エミリアは頷いた

『軍医長』

『封鎖と艦長だな、分かっている』

直純に言われ、軍医長は艦内電話を回し始めた

『歩けるか?』

『足の方は大丈夫だ、誘導さえしてくれるならな』

お安い御用で、と嬉しそうに初はエミリアの手を引く

『封鎖完了、行っていいぞ』

軍医長は、やっと仕事が終わる、と息を吐き出して彼等を見送った



ダタタタン!




正装をしたアクィラの乗員が、甲板に列を作って捧げ筒をし、空砲を発砲した。偶然にもマルタ島の受け入れ体制が整い、艦長と会う前に遺体を先に引き取る事になったのだ。もしエミリアが、このタイミングで起きなければ、出会えずじまいだった

『心遣いに感謝します』

流石に旗は用意仕切れなかったので、イタリア海軍旗で柩は包まれており、それを丁重にダオスタのヘリに積み込んでいる

『尻尾だけでも、彼女を連れて帰れる』

エミリアはミサイル弾庫で物言わぬ戦友と再会したわけだが、彼女がただひとつ我が儘を言わせてくれ、としたのが尻尾先を一本切り落として持ち帰る事だった

『そうですか、それはよかった』

その時刃物を貸した時点で、彼女は自分達に安心したらしい。切り落とす行為の方に、初は青い顔をしていたが

『そして、お前達が何者か考えるのも諦めた』

しばらく泣いて目が洗われたのか、視力が少し回復したのだ

『垂直に上昇して飛行する機体に、プロペラさえない航空機。そしてこの巨大な船。お前達は私達の世界の人間じゃない。お前達は規格外すぎる』

本当に幸いだったのは、彼女が理解力のある存在だったと言うことだ

『そりゃあもう、俺の』

ビッグガンは規格外と言おうとした初を、おもいっきり蹴り倒す

『思慮がこいつは規格外でしてね』

肩をすくめる直純に、エミリアはくすくすと笑った。それを見て(心が)撃ち抜かれたアクィラの乗員が何人か、おおげさに倒れてみせる。あ、馬鹿が一人、イヤッホゥ!と連続バク転して海に落ちたや

『それでこの船には、その、ウンベルト二世陛下が乗っておられるのか?礼を申したいのだが』

すぐに真顔に戻ったエミリアが問う

『あ、いや、この艦には居ませんよ。艦長にはこれから会っていただきますが』

『なんと!これより大きい船があると!?』

ううん、なんか話がややこしい

『ん?あぁ・・・すまない、まだこちらの王族は、地上から逃げ出してはおらぬのだな』

言葉の端々から、彼女達が置かれた世界の様相が零れ落ちるのだが、一体彼女達の世界に何があったというのか・・・





次回、享楽と絶望のカプリッチョ第四話【~串刺しの日~】

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