第36話・机上演習
1966年6月20日、ナポリ・イタリア海軍大学校舎トイレ
『納得できません!』
いきなりアルから参加を求められた机上演習が、敵国の姫君との見合い話であったことに、直純が憤るのは無理もなかった
『私にはフィリネがいます!』
『そうだろうがな、外務の言い分もわからんじゃないだろう?』
それでようやく、連れ立ってのトイレで抗議したのだが、アルも渋い顔をする
『フィリネさんは正妻じゃなくても良いじゃないか、戸籍上は。寵姫なんて立場はザラにある。父上だって、ミスミさんがおられたろう・・・いや、わかっている。そんなことを望んどらんのは俺も一緒だ』
二人の仲のよさげな状況を無理矢理作り出し、新聞に投げ込もうとしている。ゲスい遣り方だ
『だがな、CPUはもはや無く、ヘルシアも国家としては霧散してしまった。我々は人間相手に長々と戦争をしているわけにはいかん・・・それは確かなのだ』
価値が無いのだ、今となっては。維持するのも戦力の無駄ではないのか?という不安が付き纏う。しかも、我々は裏切られたのだ
『別に適任がおりましょうに!何故私が!?』
直純は食い下がる
『なかった事にはもはやできない。しかし、修正は必要とされる。君はこの異常事態に於いてのデマゴーグなのだ、我が国にとってな。付き合える女の子が増えるんなら喜ぶだろぐらいにしか考えとらんよ、あちらはな。場合によっちゃ俺もそう思うが、場合が場合だしな・・・』
最初はデマゴーグとして直純や初がそうなるのを俺も賛成した、まさかヘルシアでの政変、寝返りなぞあるとは思っていなかったし、直純とフィリネならばうまくいくと思っていたからだ・・・後者はその通りだったが
『今は、耐えろ。最左翼にはフィリネさんの処分すら議題に挙げられていたんだ。そいつらは俺が吊し上げたがな』
『・・・すいませんでした』
直純が謝る。これではフレンドリーファイアそのものだ
『気にするな、こえだめに入り込んだ時はそんなもんだ。さっさと下水道は整備したいもんだが・・・こんなふうにな』
アルはトイレの水を流す。
『だが、今は奴らが企てている事も確かに必要なのだ』
『・・・了解しました』
あくまで職務として、という意味をこめて直純は答える。そんな直純にアルは苦笑しながら退出する
『まったく、そこまで似なくたってよかろうに』
そして頭を切り替える。初の軍事裁判の件もどうにかしてやらにゃならん。さぁて、どうしたもんか・・・
同刻・ローマ、空軍収管所
立たされた初の前に、審問官達が椅子に座って並んでいる。表情は様々だ、侮蔑の表情を浮かべるもの、興味の対象としてまじまじと見つめる者、書類をみたあとは無表情のままのもの
『では、質問をさせてもらおう』
中央の椅子椅子に座る大佐が手を挙げていった
『あの~、その前に海軍の人間が一人もいないのですが』
『審問はこちらが行う、君の質問に答える義務は我々には無い』
初の質問を取りつく島もなく拒絶する
『へいへい』
『・・・貴官は先の作戦時に於いて、我が空軍機を撃墜した。間違いないか』
こりゃだめだ、挑発にはのらないか
『間違いありません』
『結構、では話を進めよう。君は空母アクィラの管制官に撃墜の許可申請を行った、違いないね』
ああ、間違いない。待てよ、だったら悪いが責任は管制の奴じゃないのか?
『はい、きりもみに陥りつつあった機体は、同じく海上着水を行っていた他パイロットに大きな危険性を孕んでいました』
『あの海域で我々は混乱状態にあった。我が空軍機は指示された艦艇にたどり着くことさえままならない、どれがどの駆逐艦か海の素人にはわかる筈もない』
おいおい、それじゃ俺に何が言いたいんだよ
『貴官は何故我が空軍機と交信を試みなかった?機体番号で照合しようとしなかった?彼には混乱を脱する情報を欲していた、そして貴官にはそれが出来た』
『空軍機とは交線周波数がつながっておりませんし、機体番号をみる余裕はありませんでした』
場の雰囲気がぞくりと変わった。
『問い合わせはしたのかね?機体番号もパイロットであるならば、先に確認するものだ』
『空母からは把握できない上に飛行場は占拠されていました!』
言っているのは無茶苦茶な机上の理屈だ、現場の人間に聞けばいくらでもわかるだろうに
『しかし、わかったかもしれない。だが問い合わせてはおらんのだろう?貴官の手落ちだ』
『・・・』
こ、この野郎め!できなかったかどうかの確認なんてしようがないじゃねーか
しかし、沈黙を肯定ととった審問官は質問を続ける
『で、だ。貴官は我が空軍機を撃墜するさい、配下を制止しているね』
最初に機動がおかしいことを報告してきたのはエミリアだった
『はい』
『何故止めたのかね?』
それは・・・それだけははっきりしてらぁ
『女に殺させる事もありますまい、それに彼女達は人間同士で争う為でなく、化け物から自分達の土地を守る為に武器をとったんです』
『簡単に言おう、貴官はクーデター派を匿っている、あるいはたらしこまれているのではないか?』
クーデター派の人間が、さりげなく撃墜しようとしたところを見咎めて、庇うために自機による撃墜を行ったのではないか
『あり得ません、彼女達はイタリアを知ってます、クーデターが無意味な事は熟知しているでしょう』
『どうかな?彼女達にそんな判断力があるかどうかも怪しいものだ』
例の薬、現在この男の兄が連れてきて治療を受けさせている狐娘の状態から考えて、かなり疑わしい
『はっ、身体でたらしこんでくれるならいくらでもしてもらいたいぐらいですよ』
懐疑的な審問官に、初は諦めたように肩を竦めてぶっきらぼうにそういった
『ジェット機に乗せるってんで連日訓練してりゃ、疲労でみんな死んだように寝てて夜這いも出来ないっつの!性欲を持て余すったらありゃしない!』
ましてやクーデターなんてややこしい事やってられるかよ!
『・・・』
『それで、俺はどうなるんです?決まってるんでしょ?』
こうなりゃ自棄だ、これ自体が不条理なんだから相手に合わせる必要なんてどこにもねぇ
『ここは審問の場であり、判決の出る場では無い、そして貴官に質問は許されていない』
それから二時間、あることないこと根掘り葉掘り聞かれて、解放される。待ち受けてくれていたのはレシィだった
『良く来れたな、こんなとこに』
見ればスーツ姿、すらりと伸びる足がうまそ(略)
『私は元々民間だし、空軍にはちょっとね』
納入機材やらなにやらで恩があるらしかった
『どう?なんとかなりそう?』
『カッコつけて出てきた割りには、全然だめだな』
あいつら有罪ありきだ、何言ったって無駄だ
『そ、私もちょっと隊には戻れなさそう。私だけじゃなくてコ・パイで来てた技術者はみんな』
『おいおい待てよ、それじゃ隊が成り立たねぇよ』
何の為の烈風で複座だって話になる
『ヘルシア、いいえ、海軍への投資が社の利益にならないって判断を下したみたいね・・・私だって嫌よ、ここで投げ出すのは』
だがエミリアも会社の人間だ、逆らえるものではない
『まいったな、俺のウハウハハーレム計画が』
『そうやって、馬鹿をやって慰めるクセは変わらないわね、それに私は大丈夫よ』
問題はエミリアとかヘルシアの隊のみんな
『どうするの?いいえ、どうなるの?』
『ま、あいつらのクーデター関与嫌疑だけは否定しつづけてっから安心しな』
だが、隊が解散されたらあいつら
『バイプレーンに逆戻りか』
こんな状況で、それはキツいな、確かに。あいつらはジェット機を知ってしまっている
『あーあ、新しい敵でも出てきたらいいんでしょうけどね』
レシィがやめやめ、と背伸びして話はおしまいと首を横に振った
『そう都合よかいかねぇか』
『ま、私としては初の顔が見れただけでもよしとしますか。拘置、続くんでしょ?』
そう、拘置所でしばらく過ごさなければなるまい
『ああ、まいったよ、ったくろくでもねぇ』
『また来るわよ、じゃね♪』
レシィはウィンクしながら投げキッスをして立ち去った
『・・・兄貴もおっさんも、大変だろうし』
うーん、どうしたもんか。アクィラのヴィエステ艦長やダンテ飛行長に頼ってみてもいいものかどうかもわからん
『ほんっと、新しい敵でも出てきてくれたらな』
俺達が出てかなきゃならないほど適当に強くて、わりと簡単にやられてくれる化け物
『・・・あほらし』
そんなもんが都合良く現われてくれる筈もない、ちょっと疲れてんのかな
『早いが休むか』
まだまだ審問と裁判は続きそうなのだから
ナポリ、海軍大学校机上演習室
『遅かったな、待ちくたびれたぞ』
用意されたソファーに座ったリヴァルは、楽しそうにルールブックを読みながら直純に呼び掛けた
『よりにもよって貴女だとは思ってはいませんでしたよ、リ・・・皇女』
『リヴァルで良い、夫よ』
ぶちキレそうになる。殺気を感じたのか、従兵の四人がリヴァルを守らんと囲む
『別にあの狐娘と別れろなぞ私は言わんぞ、肩書きでどうこうなるようなら、むしろ期待はずれだ』
クククッとリヴァルは笑った、さも愉快そうに
『恋いくさというのもまた楽しかろうよ』
『貴女は!』
リヴァルは満面の笑みを浮かべて立ち上がり、従兵をのけて直純の肩に手を乗せる
『貴公は落とされる城塞だ、あの狐娘は城主と手勢とでもいうべきか』
『なにを!』
さて、ここは素敵な宣戦布告と行こうか
『っ・・・!!!?』
何かを叫ぼうとする直純の唇に自分の唇を重ねた
『机上演習が済みしだい、帰って伝えるが良い、このリヴァル、一番槍はつけさせて貰ったぞ、とな』
全ては机上の駒、全てはルールに則って行われる。だが、誰のルールに従えば良い?誰が正しい?
享楽と絶望のカプリッチョ第37話【~終焉の時~】
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リヴァル『ほれほれ、ファンタジー世界には付き物の姫君じゃぞー、うりうり』
初『なんで兄じゃばっかりおいしい目に、かんしゃくおきる!』
直純『・・・勘弁してくれ』