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第31話・崩壊の序曲

ヘルシア




カラカラカラと映写機が回る。音は付いていない。それを気が付いたフィリネ、床に倒された直純、そして楽しそうなコパンが見ていた。内容は、ある薬の実験結果である

彼は十数年前の事を思い出していた





串刺しの日からしばらくのち、ヘルシアには、いや、世界には腐臭が漂い続けていた



ドサッ!



また城壁の上から人が降って来た。自殺者だ、あまりに多いので死体もほったらかし、警察、いや、ほとんどの社会生活を維持すべき機関自体が機能していない

『晴れ、ときどき死体』

彼の上司がウザったそうに耳をピコピコさせながら言った言葉を言ってみる。世界の植物がことごとく背き、各国陸空軍はことごとく全滅、昨日はあの都市が全滅した。今日はどこそこ、これで平気でいられる人間なぞ居はしない。物の解る人間から自殺していっているのが現状だ

『もふもふ』

『ふかふか』

合言葉を言いあって、ラボラトリーの中に入る。こんな状況の中で、頭が抜群に切れて、なおかつ諦めずにいられる人間がそこにいた

『おつかれさーん、おおきになぁ、結構な大仕事やったろう』

六本の綺麗な尻尾が揺れて、二人の子持ちながら美しさを失わない彼女が振り返って笑った

『だいぶ壁の中には詳しくなりましたよ』

多少ドギマギしながら答えた。ここのラボに居る男八人、全員が夫を失った彼女に惹かれていた

『制限はせなやし、味もそっけもないやろうけど、水の確保はこれで一応OKやな』

頼まれていた作業は、上下水道の水路内に濾過器を設置してくる事だ。人間が生存していくには水がまずいる。濾過フィルターの開発をやってのけたのも彼女だった

『再生産可能な食料の方もおいしゅうなかったし、料理べたなうちがいかんのやろか?』

『あの材料でおいしいも何も・・・』

例の固形物、コケ・アメーバ・プランクトン・化学物質の類は別として、水増しの原材料はあまり公言してよろしいものでは無い。でも、安定供給はできる。消化も良い・・・材料の中にあったときは流石に正気を疑ったが

『おいしい食事は一日の元気の源やで?』

そういう本人は野菜をとんでもなく煮詰めまくって作った自作の飴を口にほうり込んだ

『う゛っ』

袋を更にあさって悲しげな顔をする。残りが少ない・・・野菜の輸入がほぼ絶滅した現状では、補充はとても難しい

『ともかく、水、食、これはなんとかなった。問題は人やな』

悲しげな顔をする。レミング的に集団自殺を止めなければ



それからしばしの時がたった

『う゛ーん・・・』

『やはり嫌ですか?』

出来たのは依存度をかなり抑えた麻薬、精神を落ち着かせるというよりかは従順さをもたらす薬、今は民衆を落ち着かせる事が必要だった。幸い、水路は抑えている

『とてもやないけど良い薬や無い。ザ・御禁制品や、かあさんとうとうこんなもんにも手ェ出してしもたよ』

『必要な事です』

私はそう慰めたつもりだった

『そやな、必要な事、必要な事やったらなんでもしてええ、人体実験みたいな事もして当然や・・・て、んなわけあるかい!』

実験段階で自殺に未遂し、死にかけだった人間を利用してテストした。一般の道義から見たら、悪魔の所業そのものだ

『・・・やらないんですか?』

『もういまさら、や。歩みをとめたかて、やったことからは逃れられへん・・・ほな、やろか』




そして次の問題に突き当たった

『あー、駄目や、足りひん』

計算尺を片手に彼女は頭を掻きむしった

『人口を維持できひん。今の子供の数じゃ、もう全然人手が足りん』

一家心中やらで子供ごと、子供だけ残っても生活できなかったら、たどる先は結局は同じ結末や

『このままやと、いくら維持可能なシステムを作ったかて、維持できへん』

そして自嘲的に笑って言った

『この都市の人口をな、維持してさらに増やすためには、二年に一人の割合で14ぐらいから26まで産んでようやく増える事になるんよ』

妊娠して十月十日、乳幼児期だけを母親が面倒をみるとしても一年は普通に潰れる、そして身体的な負担。仮に不老不死だとしても、子供を体内で育成するための養分を母親は分け与えなくてはならない

『うちも二人産んだけどな、随分細うなったで、骨が。心臓も結構弱るし』

頭を抱えたままうんうん唸る

『やっぱ女の方をどうにかするしかないんやろなぁ』

妊娠するかどうかも女の身体次第やし

『うん、まずは作ってみるしかあらへんかな』

『博士ならやれますよ』




その日の夜だった、偶然にも研究員が全員纏まって帰っていたのは

『すげぇよな、うちの博士』

『ああ、医学、統計学、薬学、何個博士号持ってんだっけ?手先も器用だし』

実質一人で事を成し遂げようとしている

『今度の薬が出来れば、とりあえずは生き残れるよ。こんな中だけど』

『後は王室に伝えて、残存諸国に広げれば終わりだな』

それぞれが彼女を讃えた

『でも、今度の薬ってどうやって試すのかなぁ?』

『前の時、嫌がってたよな。他人で試すの』

『おい待てよ、するにしたって相手が要るだろ』

『旦那さんが亡くなって久しい、俺はそろそろと思うが?』

『まてまて、飽くまで薬の試用だ、きちんと経過等印さねばならん、何を考えている。試用である以上、死ぬ可能性もあるんだぞ』

そんな中誰かが言った。今となっては誰が言ったのかもわからない。無意識に自分が言っていたのかもしれない

『俺達がすればいい、出来た技術を広めるのは別に彼女じゃなくても構わない』

実際の作業や作っているのは俺達だ。これまでの結果を維持していくのも・・・しかし、名声は全て彼女が持っていく

『・・・』

『・・・』

誰もがおし黙った。憧れていただけに、よこしまな考えを持ったことは一度や二度じゃなかった。まさに魔がさしたというのが正しい

『子供はどうする』

『この街に残る奴が好きにすればいい』

この街に全員は残らない。他の国でも技術者は必要とされている。そこでも権勢を振るえるであろう、彼女が居なければ

『子供の事で脅せば確実だろう。生きていても秘密は漏れん』

『主従が代わるだけ、か・・・』




そうして我々は事を決行し、記録を映像に残し、幾度も試した。博士を含む何人かの犠牲者を出して、その薬は完成した



やがて早回し(流石にゆったりは見てられない)にしていた映写機がカラカラと白い画像しか映さなくなった

『貴様ら・・・!』

鬼の形相でこちらを見てくる青年、拉致して来た博士の娘は蒼白になって絶句している

『素晴らしい』

ただ一人コパンだけが喜色を浮かべていた

『我がアウドゥーラ皇国は間違いなく貴方方を歓迎しますよ』

『感謝する』

わざとらしくコパンは礼をした。こんな奴だが一応こちらも礼を述べた

『いえいえ、幸運でした。姉上が調略していた貴方方の所に、最初から接触できた。それに猪武者とはいえ、リウ゛ァル姉さんを貴方に娶らせずに済んだ上に』

フィリネの方を見る

『楽しめそうな玩具ももらったしね。あー、貴方の大切な彼女ですが、残念ながら私のモノになります。えー、死なせはしないんで安心してください』

コパンは靴で直純の頭を踏み付けて言った

『では、フィリネさんとか言いましたね?いいんですか?呆けてると何も伝えられずに彼、あの世行きですよ?』

動揺して視点の定まらなかったフィリネの目が直純に向けられた

『や、やめっ・・・!』

『ただ、私も鬼じゃありません。貴女が自分から私のモノになってくだされば、考えないこともないですよ?』

コパンは注射を差し出した

『自分で射って、私に尽くしてください。その間は彼を生かして置きましょう』

『フィリネ!止めろ!射つんじゃない!』

叫ぶ直純の頭を、銃で男は床に押し付けた

『直純はん・・・』

フィリネはコパンの手にある注射器を受け取った

『いままでありがとな、うちは・・・うちは・・・』

フィリネは心を押さえ付けて、言葉を繋げずに無理に笑顔を作った。両目から一筋の涙が零れる。妹を失い、仲間を失い、彼我の技術差を見せ付けられ。更には彼女を支えていた故郷への郷土愛も、母親への憧れも打ち砕かれた今、今まで支えてくれていた直純を失うわけには・・・

『フィリネっ!』

『うちはもう、あんたの愛してくれたフィリネやあらへん』

フィリネは自らの手で注射を射し、その液体を押し入れた

『結構、ではこちらへ』

コパンはフィリネの手を取って招き、この部屋からでようとする

『何処へ行く』

男が聞いた

『それは当然、床がある所に決まってるじゃないですか』

愚問とでも言わんばかりにコパンは言った

『フィリネっ!』

直純は叫ぶ

『ああ、彼は五月蝿いので口を聞けなくしといて下さい。頬から撃てばそうは死なんでしょう』

『そんな・・・っ!』

フィリネが蒼白になって絶句した。約束が

『おや、我が妻は頭を吹っ飛ばすのがお望みかな?』

『ナオ・・・っ!ナオっ!』

コパンに引きずられるように、フィリネは部屋から連れていかれてしまう

『・・・』

残るは直純と銃を持った男だけ

『こんな事をして!どうにか出来るとでも思っているのか!』

『今まで決起しなかった我々が、今決起したという事の意味ぐらいわかろう?説得できるとでも思ったか?』



ジャキッ



男は足で直純の頭を傾け、銃を向ける。くそっ万事休すか、フィリネ、フィリネっ!

『冥土の土産だ、あの薬は常用すれば精神を蝕む。悲しみに何時までも苦しむ事はなかろう』

常用させた女に、イタリア軍の内情を探らせるのは簡単な話であった。勝機はあるのだ、そうだ、私は負けない、常に生き残るのは俺達だ



ゴォオオオ!



正にその時であった、ジェットの轟音が響き渡ったのは

『馬鹿なっ!?』

早過ぎる。こんな時間に奴らが帰ってくるはずが・・・

『うおおおおっ!!!』

今しかない、直純は頭を急所にぶつけるように起き上がりながらタックルした

『こいつっ!』

小銃では間合いが!



ダン!



至近で放たれた銃弾に、直純の頬が裂ける



しかし直純は怯まず両手で男の両腕をつかみ、壁に押し付けたあと、唯一使える武器、己の歯で喉元に噛み付いた

『あがっ!』

びちびちと男の喉から血が流れ、二人の衣服をどす黒く染めていく

『う゛るぁっ!!!』

直純は抵抗の弱くなった男の喉を、すねをおもいっきり蹴り付けながら噛みちぎる

『はぁ、はぁ・・・ぺっ』

口の中にあった男の血と肉片を吐き捨てる。男は驚いたような顔をしたまま事切れていた

『フィリネ』

追わなければ。返り血で顔が真っ赤になった直純は、正に鬼のような姿になっていた

『だが』

今ヘルシアに起きている事態を艦隊は知らない。伝えなければ・・・格納庫か管制塔に行けば機器があるが、さっきの言いようだとそれなりに細工はしてるようだ。個人で行ってどうなる。いやしかし

『くっ、俺は親父じゃない!』

はっと気付いて駆け出した。悩む必要がどこにある!何が大事かはわかってるじゃないか!

『フィリネ!』

お前はお前だ、他のお前じゃ無い、お前が必要なんだ。だから、いにしえに記された狐と人の出会いのように、俺の所へ来て(きつね)て欲しいんだ

『フィリネ!』

直純は一目散で水路の闇の中へ跳び込む、まるで彼自身も獣になったかのように



ヘルシア上空




『ヘルシア管制塔、こちらアクィラ航空隊第八中隊の8機、応答されたい』

エミリアに頼まれたプロディが、隊の代表で通信を入れるが返事が無い。ただの屍のようだ

『おかしい、人一人居ない上に、滑走路に給油車とかが置きっぱなしなんて』

これじゃまるで、着陸させないみたい

『アクィラの方に一報いれてみますか?』

『一応そのまま呼び掛け続けてて。私達の預かり知らない事情でもあるのかな?』

ヘルシアの人間と、機器の扱いの問題から企業からでばって来ていた連中が殆どの第八中隊の面々では判断がつきかねた

『燃料は早めに帰って来たからまだあるし』

しかしアクィラには戻れない。私はともかく、他のみんなは技量不足だし

『しかし何やってるんでしょう、反復攻撃をしたり、戦闘機動後の機が来たらすぐに着陸させなきゃでしょうに』

それを狙ってしているなんてエミリア達には考えも出来なかった。沖合で爆煙が吹き上がるまでは





崩壊のプレリュードは、果たして穏やかな希望のセレナーデを迎える事が出来るのか




次回、享楽と絶望のカプリッチョ第32話【~稜火拡がる~】

感想・ご意見等ありましたらどうぞ



来て寝の話は実に良い話なので、オススメ。まぁ、鳴き声が由来の説もあるらしいですが

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