第30話・レオネッサ!
1966年6月9日、クエルティア大隊正面
ナパームの作り出す爆炎の向こうから、黒いなにかがうごめいて向かってくる。それをキューポラから頭を出して見ていた戦車長達が嘆息した。見た目ほどには効いていないように見える
『ち、相手が植物だったらどうにかなるんだろうがな』
表面を焼くそれは、大いに有効だった筈だ
ガコン!
次はもっと至近にセモベンテの砲弾が降ってくる。良く測量したから誤射は殆どないだろうが、破片まで空気を読んでくれるはずが無い。キューポラから身を隠し、身を中へ滑り込ませる。視界はかなり制限されてしまうが、仕方ない
『ロシュ!弾は?』
ローダーに聞く
『初弾はAPだ』
AP、うん、そうだな。まずはそれだ
『一通りあるぶん全部装填し続けてくれ』
ヒュルルルル、ドゴァッ!
セモベンテの砲撃が始まったのか、地響きと一緒に擦過音と爆発音が始まる
『メーテ!俺が肩を蹴っ飛ばしたら後退全速!』
『うっす!』
セモベンテの砲撃帯の最近距離は6000、そこを越えて来る訳だから、止まっていたら目の前に来るまで残り6分しかない。ロシュが頑張ってくれても8発は撃てまい。それだけであれを止められるとはとても思えなかった
『・・・』
スリットから外の様子を窺う。相手の状況次第では遠距離から狙い撃ってやるつもりだった。少しだけ、セモベンテの砲撃で奴らが吹き飛び去っていることを願いながら
『まだ、居るな』
多少穴が空いているが、あの黒い津波は崩れていなかった。いくら自走砲といえど、専門の野砲ではない。やはり、火力発揮に難があったか
『まぁいい、やってやる!』
湧いた失望をどっかへ追いやり、照準を始める。この戦車は防戦だとレオパルドを圧倒するわけを教えてやる!
『距離・・・4000!テェッ!』
ドンッ!
トリガーを押し込むと90ミリ口径のそれが回転させられつつ空気を押し出て車外へと飛んでいく・・・命中!一匹が弾き飛ばされるように後ろへ消える
『リロード!』
ガコン
後退した砲身が開き、独特の燃焼臭を吐き出す。その中へロシュが次の砲弾を拳で嵌め込む
『HE!』
『上等!テェッ!』
どんどん近付いて来る。きちんと狙っている暇も惜しい。今は撃つべき時だ
ドンッ!
再び同じ動作と発射。セモベンテの砲撃や航空隊の爆撃はあるが、見えている範囲で数が減ってるようには見えない
『テェッ!』
後退したいという願望を抑えて踏み止まる。距離3000・・・ここまで持てばよかろう。機動防御だ!
『後退!』
運転手の肩を蹴たぐる
ブロロォオオオ!
エンジンが唸りをあげて戦車を後退させる。事前に選定しておいた位置までの後退機動はそれぞれ割り当てられている。そこまでの移動は頭に入ってなきゃならない。馬鹿みたいに慌てて後退し、あちこちで衝突を起こすなんて有り得ないのだ・・・第二防衛線以降はそうもいってられないが
ガコン!
『ふぅっ』
車長はキューポラから上半身を出す。回りの状況を見たかったのだ。そしてそれを目に止めて唖然とした。何やってんだあいつは!
『無線機かせ!』
ローダーに言ってマイクを寄越させる
《六号車は何してる!早く後退しろ!》
一両だけ持ち場に残って撃ち続けているのだ
《こんな虫風情、後退しないでも勝てます!ようし!前進だ!踏み潰してやれ!》
隊で一番若く、戦車が陸上の覇者と信じてやまない戦車長だった。畜生、何がだった、だ!
《六号車!命令に従え!》
甲虫の津波に前進した六号車には、信じられない事態が発生した
ザシュッ!
接触した甲虫の角が、戦車の正面装甲にいともたやすく突き刺さったのだ。本体そのものは吹っ飛んでいるが
《六号車!》
《し、車長戦死!装填手戦死!何かが外から・・・!串刺しです!後退!後退!》
運転手だろう、慌てながらそう伝えて来た。後退の為に戦車を止める。しかし、それが命とりだった
《六号車!上だ!乗られてるぞ!砲塔を旋回させて落とせ!》
角の無いタイプがのしかかっている
《な、なんだこの音は?》
ジュウッ・・・っと、何かが焼かれるような音がこっちの耳にも聞こえる
《おい!何が起きてる!?》
《アグァッ、ゴホッ!息が、できな、げぼっ》
彼等の持つ酸で、戦車に穴が開いたなぞ、この時わかるはずもなかった。彼の命を奪ったのは、強酸で溶かされた装甲が主成分のガスである。酸そのもので死ぬよりもっと苦しい
《おいっ!》
後は彼がもがく、ばたんばたんという音しか聞こえなくなってしまった
『最悪だ・・・!』
ガスだと?
『撃て!撃て!止まるな!』
キューポラから急いで中に入る。冗談じゃない
『車長?』
ローダーに聞かれたが無視して爪を噛む。角付きの角はこいつの装甲を切り裂ける。取り付かれたらガスで死ぬ。攻撃距離だけがアドバンテージ、数は圧倒的に向こうが上
ダダダダダッ!!!
上空からの擦過音と射撃音・・・空軍か!
『数が多過ぎる』
初はぼやいて舌打ちした。他の機体は爆弾を落とした後、二つの選択をした。一つは帰還しつつある。機銃掃射よりもう一度爆弾を抱えて来た方が効果があると思った連中。そしてもう一方は、効果が薄くなるとも、連続、継続的な支援として機銃を掃射にかかる連中。初は当然後者だった
『初、この子のガンの発射速度って知ってるかしら』
レシィが溜め息をつきつつ聞いて来た
『とりあえず、俺のガンのリロードより遅く、短く、軟らかくて冷たいぐらい・・・はい、すいません。おおよそ分2000ってところか』
25ミリガトリング砲、回転式の銃はこの烈風からの装備だ。え?俺のガン?ノーコメントさ
『トリガーの絞りをもっと緩くして、使いすぎよ』
レシィはコ・パイとして武器管制をしている。気になるのも無理は無い
『ドッグファイトでは射点に付けるのは数瞬、だから出来る限りの速射能力と集弾性をと三菱はガトリングを選択したけど・・・』
レシィはひとりごちる。地上掃射には不向きそのものよ、バラけないと範囲をやれないし、この調子じゃ後二回も掃射したら無くなってしまうじゃない
『くだんねぇ話だが、うちの国の海軍は陸軍をとことん支援しない、出来ない様に出来てんだよ』
あるもんでやるしかねぇさ、と察して初はレシィに声をかけた。この機の配備だって転移を受けて取り急ぎで行われた物だ。不具合はあって当然だ。レシィや、彼女の出向元に非は無い
『電装ばかりに気を取られ過ぎてたかしら』
『そりゃミサイルや誘導爆弾の運用向上がこいつの売りだしな』
機体をひねり、もう一度地上を掃射をする、少しでも下の連中を楽にしてやりたい
『ガンポッドの開発を要請するわ、とてもじゃないけど弾の量が足りなさ過ぎるし』
初の射弾が黒い絨毯の一カ所(普通はそう、並ぶように射撃が見えるのは余程の下手くそである)を吹っ飛ばしただけに終わったことを確認して言った
『ロケット弾あたりも欲しいねぇ、いっぺんにバァーッとぶちまける奴』
初は翼下に並ぶロケット弾の記録フィルムを思い出した。ああ、あれで赤城が沈んだっけか、被弾したときに誘爆起こして・・・対艦用でもあれば陸軍さん助かるのに、うちの陸軍はとことん運がねぇや
『確か、ドイツの試作機に機首へロケット弾をぎっしり詰んだのが』
『それは勘弁してくれ』
気付かないうちにレシィがとんでもない事を抜かしてたから止めに入る。冗談じゃない
『頼むから変態は床の上だけにしてくれよな』
フェインティア大隊
《撃て撃て撃て!こっちはとっくの昔にケツヘ火ぃついてんだ!弾数なんか気にしてんじゃねぇ!》
無線機に戦車長はがなり立てる。フェインティア大隊の配備箇所は鉱山内の螺旋道路、対岸には両翼の大隊の反撃や航空隊の攻撃で、あるいは後続から押し出されて転げ落ちた多数の甲虫群を撃ち据えている
『車長!AP、こいつで最後です!あとはHEが10発に空砲が2発!』
ええい、60発超を搭載してたのにこれかよ!その半分は当ててバラバラにしてやったが、相手が蟲じゃいくら倒してもコストに見合わない
《安心しろ!上から海軍がヘリをしこたま出してくれている!帰るのに問題は無い!》
これはどこから聞いてたのか、大隊長のありがたいお言葉
『空軍と海軍の奴ら、もう何機も見えんが、ちゃんと来てくれんのかよ』
直協が、直協が欲しい。航続距離さえ許すなら攻撃ヘリがとりあえず1ダースぐらい纏めて欲しい。両翼が崩れたら我々は鉱山内に孤立する。背後から襲われたらどうしようもない。弾が無くなれば前も背後もあったもんじゃないが
ドン!
自分のチェンタウロが残弾一桁になる射撃を行った
《諸君、聞け・・・最悪、ではないがまずい事態になった》
そうら来た。いつもいつもそうだ、こんなのですんなり上手くいった試しが無い!
《ヘルシアでクーデターが起きたらしい。詳しい状況は不明だが、ヘリに乗り込む間の航空支援は、空母の航空隊以外着きそうにない》
『はぁ!?』
本気で思った。クーデター?あの街でか?しかもこんな時期に、何故、誰が!
《よって、予定よりも可及的速やかに脱出するつもりでいろ。と、海軍から要請があった》
回収に来ないよりはマシだけれども、なんだそりゃ!俺達は空母に戻れるが、他の奴らはヘルシアに戻れないならどこに戻りゃいいってんだ
《眼前の敵に全力をつくせ、後方は我々が何とかする。我々はその為の存在だ。それに幸いにもヘルシアには我が海軍最強の戦艦が停泊中だ、とりあえずは何とかなる》
へいへい、頼みましたよ。つべこべいったってどうしようもないものはどうしようもないんだ、もうやる事やって結果を待つしかない
『上等だ、相手になってやんよ!』
戦車長はスリットから蟲達をにらみつけた
ドン!
チェンタウロは吠える。人間のひ弱な心の動揺なぞ必要無いとでも言うように
『けっ、悪かったよ、戦えばいいんだろう?』
どうにも戦いの女神様は意地悪がお好きらしい
クルエルティア大隊
凶報は他の大隊にも伝えられた。しかし、彼等に動揺は見られなかった。いや、動揺なぞしていられなかったのが正しい。聞いてる暇が無かったのも間違いでは無い。何故なら生き残るのに夢中だったからだ
『弾、今ので最後です。御武運を!』
第一防衛線を退いたクルエルティア大隊は第二防衛線で、最後まで残っていた工兵隊(セモベンテの射撃を今まで手伝っていた)から、弾の補給を戦場の合間で受けていた
『おう!ありがとよ!』
敵に遠距離攻撃力がないからこそ出来た薄氷を踏むような補給。車体には一本角が突き刺さっている。クソッタレめ、いとも簡単に貫通しやがって
『だが』
前を見て闘志を燃やす。セモベンテも後退を決め、空中支援もご覧の通り、だがな
『流石は末っ子のエグゼリカだ』
第二防衛線でクルエルティアとイミテイトの撤退戦を見ていたエグゼリカ大隊は隊を二分、二大隊の背後を迂回、セモベンテの誤射も省みずに横腹を突いたのだ。結果は成功、少なくとも敵隊列に穴が出来ている。槍を突き出した黒いファランクスは完全ではなくなっている。これなら戦える!不安材料であった弾も奇跡的に手に入った。奴らは無尽蔵でも倒せない相手じゃ無い!
《カッリスティ。、アバンティ!(戦車隊、前へ!)》
大隊長車からの無線と共に、隊の残存が前進する。無線アンテナや機器をやられた車の為に、中隊長が旗を振っている車もチラホラ見えるのが、少しだけ牧歌的な光景を残していた
『出るぞ!』
遅れずに続くよう車手の肩を蹴る、おそらく痣だらけだろう。生きて帰れたらおごらずばなるまい、スマンな
『とにかく正面からはぶつかるな!あとは轢き殺せる!停止!』
再び車手の肩を蹴り、車体を横にし、停止させてから砲塔を旋回させる。戦車戦なら横腹を曝すような行為は愚の愚だが、こいつらは戦車じゃねぇ。サイドの動きが弱えぇなら、そこを突いてやるまでだ!
ドン!
射撃を行う。一匹がバラバラに吹き飛んだ。突っ込んで来たエグゼリカの包囲に動こうとしてた奴らの横腹を、まさに突いた形だ
再び突進を開始した戦車の上で、戦場を注意深く見まわしてみるとエグゼリカの戦車が何台か串刺しにされている。そのいずれもが、履帯が外れていた。これは異常な事だ。横転したような車輌は仕方が無い。だが、爆発のろくに発生しないような攻撃、戦車ほどの重量がない相手が、どうすればそれを為せるのか
『・・・酸か!』
エグゼリカは敵の側面を突いて突撃した。串刺しのリスクを省みず。そして敵の蟲を踏み潰しもしたし、屍を踏み越えもした。六号車のように戦車の装甲を溶かすような強酸を持つ相手を。そうすれば当然足回りをやられる
『履帯が千切れたら足は止まる』
あの近接戦闘だ、後は口を挟む必要もなかろう。しかし、だ
《各車!敵を極力踏むな!足回りを溶かされるぞ!》
突撃を開始した以上、隊全体にそう告げるしか俺にはやりようが無い。今ここで躊躇っては、エグゼリカを救えない。それは全滅以上の恥辱だ
『我らは楯・・・』
同胞の楯にならずして、レオネッサの名が名乗れるものか!
ドン!
もう一匹の蟲が弾け飛んだ。蟲達がこっちを見始める。そうだ、こっちを見ろ!
『来いよ、相手になってやる!』
レオネッサ戦車師団は、その魂を燃やし尽くしつつあった
ヘルシア
時は少し遡る
『ね、案外と効くでしょう?』
直純は地面に転がった状態で小銃を突き付けられていた。フィリネが時間になっても来ないのが気になって辺りを回ってみたら、フィリネのハンカチが道に落ちていた。胸騒ぎがした彼はあたりを探索し、水道路に抜け道(ローマ水道タイプだった)を発見、矢も盾も堪らず潜入を開始した結果がこれだ
『この男が迂闊なだけだ』
ベッドに寝かされているフィリネを発見して、部屋に入ろうとしたら門の下に縄が張ってあって、それに転げた。あまりにも迂闊だった。それだけ焦っていたのだ
『新しい王妃に付いていた虫だ。ちょうどいい、殺しておく』
突き付けられた小銃の銃把が絞られる
『ちょっと待ちなよ、死に目に会えないんじゃあ僕の妻が可哀相だ。それに、例の薬の効果を、僕はまだ見せて貰ってない。これから彼女がどうなるか、この人にも見てもらった方が安心して死ねるよ』
年若い男が視界に入って来た。直純は知らなかったが、それは空に消えた筈のアウドゥーラ皇国第四皇子、コパンの姿であった
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第31話【~崩壊の序曲~】
感想・ご意見等お待ちしております
個人的には、赤軍戦車隊があのでっかい旗掲げて突っ込んで行くシーンが、結構好きだったりします。