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第29話・蠢くモノ達

1966年6月9日、コピ鉱山跡




『鉱山は確保されねばならない、か・・・鉱山が良質の資源を産出しないのであれば、逃げた方がいいのだがな』

レオネッサ戦車師団の師団長、ズッカーロ中将は、本土からの命令文を手に、苦々しくそういった。彼は前の大戦で騎兵大尉としてロシア戦線に存在し、その地獄のような戦場から帰って来たのもあって、自らが置かれた立場の困難さを理解していた

『セモベンテの集配状況はどうか?』

『ほぼ完了しています』

ズッカーロが偵察隊の報告を聞いて先ず最初に始めたのは、自走砲であるセモベンテ改の集中後方配置と運用である。彼は、昨日のミーティングを思い出した




『大群の阻止には、絶対的な火力投射が不可欠だ』

ウラーの雄叫びを上げながら突っ込んでくるソ連兵でも、穴だらけになってもなお迫ってくる死体でも、それは同じだ

『各大隊も文句があるだろうが、一括運用は絶対命令だ』

大隊ごとで好き勝手に使える火力を取られる事に、各大隊長達は抗議したが、彼はそれを一顧だにしなかった

『第一大隊クルエルティア、第二大隊イミテイトは鉱山の敵側から見て両翼に配置、第四大隊エグゼリカは鉱山配置の第三大隊、フェインティアを背後から援護する』

これにはフェインティア大隊長が隠しきれずに呻いた

『師団長!』

これではフェインティアに死ねと言っているようなものだ。鉱山に入る為の、まるで年輪のような道があったから、配置と遅滞戦術にはうってつけの場所ではあるが、逆を言えば隊の退避は他の大隊に比べて絶望的に難しい

『フェインティアに対しては、持久不可になった時点で戦車の破棄を許可し、空軍と海軍のヘリによる撤退を行う』

24機もあれば助けられる・・・危険だし、収容には発着陸が必要だろうけれども

『いっそ一丸となって敵陣を分断し、航空支援と共に各個撃破したほうがよろしいのでは?』

その進言に、ズッカーロは首を横に振った

『歩兵部隊ならともかく、航空支援を受けながらの前進は不可能だ』

爆弾や砲撃による穴があちこちに発生し、戦車は履帯の脱落を主として不具合をきたすのは目に見えている

『敵の突進力も解らぬうちに攻めるは天才か、愚者がする事。私はあいにく天才ではない』

アリエテやチェンタウロの奴らは自分達を天才ロンメルと自惚れているようだがな、と言ってズッカーロは笑った

『逆を言えば、私のような凡才ならばいくらでも換えが居るって事だ・・・やるしかなかろう』

『閣下・・・』

こうして野戦築城が丸一日を費やして行われたのである





『なんとか間に合ったな・・・自走砲のグリッド測定も、先程終了したと聞いた』

統制して火力を投射するのに、それは必要不可欠な物だ。前に出ていたら、各個照準で砲を撃つ事しか出来なかったろう

『閣下、我々は戦えます!』

『うむ』

参謀の言葉に頷く。自分の判断は間違いではなかった。少なくとも今の時点では

『師団長、そろそろ航空支援が到着し、戦闘が始まります』

『ああ、わかった・・・諸君、聞け』

ズッカーロは幕僚達の前で静かに始めた

『元来、我が師団は仏陸軍グランダルメより我が本土を守る為に存在している盾にして矛。ここを守れずして本土が守れず筈がなし・・・では諸君。菱にMの師団章が指す、菱とはなにか!』

『『『我らが機甲!我らが血肉!我らが魂!』』』

聞いていた司令部要員、全員が唱和した

『なれば諸君、師団章に記されたしMとは何か!』

『『『我ら壁(muro)なり!全ての災厄を受け止めんとする壁なり!』』』

ズッカーロは壮絶な笑みを浮かべる

『壁は土くれより造られる。我らは土くれ、死しても土くれ』

『『『されど神は、土くれより人を創られたり!』』』

あくまでも静かにズッカーロは宣言した




『では諸君、土くれを造りに行こうではないか』





ヘルシア・コピ間の空中




戦闘が始まる少し前に、時間は遡る

《こちらはソーマ1、アルジェント3、そちらの管制区域に入ったナヴィを頼む》

初は現在地をレシィに確認させて、TACに連絡をとった。ソーマは初達第八中隊をさし、アルジェントはアクィラの管制機隊をさす

《ソーマ1、随分愉快な御身分になって帰ってきたな》

《アルジェント3、おかげさまで生傷が絶えんよ。それより、タンカーの位置を教えてくれ》

少し待たされる

《ソーマ1、少し航路ズレてんぞ下手くそ。そこから真方位110で5分も行けば見えてくる筈だ》

《ありがとよ、アルジェント3》

やっぱりズレていたか。迷子機を出さないように陣形維持を最優先にしていたから仕方ない事ではあるのだが

『初って、下手くそなのね』

『レシィが言うと別の意味に聞こえるから勘弁してくれ・・・口閉じて、舌噛むぞ』

機体を傾かせて、方位を

110へと変える

『・・・やっぱり隊列は乱れてるか?』

聞いてみる。帰ってくる答えはおおよそ見当がついたが

『ダメね、隊列なんて存在しないわ』

位置遷移にバラつきが出てるし、配置に戻るのにも手間どっている。明らかに練度不足としか言いようが無い

『前途多難だな』

隊列も維持できなくて、空中給油を行うとか

『失敗前提なんだから、いいんじゃない?別に』

『良いわけないだろ』

ちなみにイタリアのある調査で、一番サボっている省庁は国防省だったりする・・・やらないで良いならやらなくて良いや、なんだろう。多分

『それに事故って死なれたら、俺の目覚めが悪くなる』

『あらあら。貴方も案外日本人なのね』

ったく、そんなに笑うなよ

『うるへー。ほら、見えてきたぞ』

空中給油機が視界に入る

《各機!手本を見せてやる!目ん玉食いしばって見とけ!》

《こちらペトロ2、貴機がソーマ1か》

給油機側から通信が入る

《そうだペトロ2、俺以外は全員が素人だ、優しく注いでくれると助かる》

《了解、ミルクをたっぷり飲ませてやる。ゆっくりしていってね!》

翼から給油管が降りてくる。風で揺れるそれを、正確に捉えなければならない

『レシィ、プローブを出す。速力とゲインの読み上げは任せる』

さて、失敗は出来ない。示しがつかなくなる。機首右側からにょきっとプローブが出てくる。こいつを給油機が垂らした漏斗状の給油管にぶっさすのだ

《おお、ソーマ1、案外上手いな。機速そのまま》

《おっぱいを吸うのには慣れてるからな》

給油管が近づいてくる。風は大丈夫、か

《噛み付くなよ》

《優しくが信条でね》




がぽっ




便所掃除のアレがくっつくような音がして、給油機と繋がる

《おーしソーマ1、固定した。たんと飲んでけ》

《あいよ、ごちそうさん》

それからしばらく機速を維持しながら給油を受け、機体を離した

《そぅら、やる気がある奴から名乗って始めろー》

それからがグダグダだった

《か、管が掴めない・・・!》

《きゃあっ!ダメッ!失速しちゃう!》

付け焼き刃な技量じゃ、やっぱり無理っぽい感が

《ば、バカっ!機速が早過ぎる!上昇!上昇!》

あまつさえペトロ2に衝突寸前にさえなる始末

《隊長は楽そうに出来てたのに・・・》

んで、結局誰も成功することが出来ずに、いたずらに時が過ぎていった

《お前らの飛行時間じゃやっぱ無理だ。諦めろ》

《初、最後のチャンスをくれないか?何となく掴めた気がする》

エミリアの機が前に出る

《・・・よし、やってみろ。ペトロ2、おおとい来てやるから、最後に一回頼む》

《うー!(ウィルコ!のイタリア的表現)》

給油機が速力を上げ、それにエミリアの烈風が合わせ始める

《いいぞ、気流に注意を払うんだ。読めれば掴める!》





がぽっ




エミリアの機に、給油管が繋がった

《よし!掴んだ!》

エミリアの声に、隊の歓声が混じる

《こっちもロックした。給油を開始する》

《エミリア、よくやっt》ガクン、と急に給油機が速力を失った。エアポケットか!?

《避けろ!》

《わぁっ!?》




バキン!




エミリアの機体から、破片が脱落する

《エミリア!被害状況報せ!エミリア!》

《ブームが脱落した!翼端破損!破片がぶつかったらしい!》

安堵する。今すぐ落ちるという訳ではなさそうだ

《ソーマ2(エミリア機)済まん。こちらにも油断があった》

ペトロ2が済まなそうに機勢を取り戻してあがってくる

《いや、そちらも無事でなによりだ》

しかし、ブームが折れてしまったとなれば再チャレンジも出来ない

《皆よくやった。帰還しろ》

《・・・》

悔しげだ。当たり前ではあるが

《帰ったらみっちりしごいてやる。いいな?コ・パイの野郎どもも、慰めるのは良いが、落としたらただじゃおかんぞ》

《えー!?》

今度はブーイングの嵐が

《航法を間違えて落とすな、と言ってるんだ。変な想像した奴は後で修正!》

そんなこんなで新生第八中隊の初任務は、初機のみで行われるのである



コピ外縁部




《空軍、海軍、それぞれ担当空域を分ける。空軍は左縁部、海軍は右縁部を担当してもらう。陸軍側の要請では、敵群を広げぬよう鉱山跡に誘導されたしとの事。攻撃は一航過のみとする!》

アルジェント1から全体に通信が為される

《各隊、割り当ての機より管制を受け、逐次攻撃開始!》

少しノイズが入って受け持ちのアルジェント3に音声が変わる

『待たされるわね』

そして当然ながら、 1機だけの初達は後回しにされる

『しかたないさ、それにしても』

下をのぞき見る。なんて大群だ。ただ見るだけなら黒い帯にしか見えないが、目をこらすと、いくつもの粒がうごめいているのが解る。まるでモザイクだ

『一回の攻撃で足りるのかよ?』

正確に言えば、行って戻ってくる間に味方と乱戦状態になるのだろうが、味方を一部吹き飛ばしてでもやるべきじゃなかろうか

《ソーマ1、待たせたな。貴機は爆撃後に低空擦過、敵情偵察を行ってくれ》

《了解。だがこの機にも50番が四発あるんだが》

タイミング良く捨てないと、陸軍の要求に反する事になるやも

《保持しておいてくれ、足しにはならんだろうが、最後の支援に使えるかもしれん》

爆弾を抱えて低空飛行か。スリル満点だ!



コピ・フェインティア大隊



『戦車長、空爆が始まりましたね』

轟音が天に満ちる。まるで天使が破滅の笛を吹いているようだ

『豪勢なもんだ。転職したくなるぜ』

篭るしか出来ない俺達は、まるで蓑虫のような存在でしかない

『ですが、それは完璧な物ではありません』

『はぁ~、お前は気楽でいいよな』

ローダーを戦車長は羨ましそうに眺めた

『こっちの逃げ道は空しかないってのに』

あげく俺達のポリシーに反する事に、道に戦車を並べて防衛戦をするとか。気力が下がるぜ

『爆煙が・・・』

爆発に伴う煙りで、敵の姿が見えなくなった。ナパームを盛大に使ったせいでもある(ようやく今回の出撃から投入を始めたのだ)

『あのバカ野郎ども!』

戦車長が罵った。これじゃあスナイプ出来ないじゃないか!豪勢に煙幕焚きやがって!

『困りましたねぇ、せっかく夜間戦闘もあるかと付けてもらったIR照準も、これじゃあ・・・』

ローダーも困った、と頭を抱えた。両翼の大隊は接近戦をやらざるを得ない。彼等が下がったら、我々は孤立してしまう

『空軍と海軍のアホんだらぁーっ!!!』

戦車長はキューポラに立ち上がって手を振り上げる

その頭上を、一機の烈風が通り過ぎていった



ヘルシア





ヘルシアを形成する城壁の側を、フィリネは駆けていた

『あかん、ちょっと遅れてもぅた』

航空隊が帰ってくる迄の間、ちょうど半舷で上陸してくるらしい直純と待ち合わせをしていたのだ

『よぅ考えたら、みんなが帰って来たらまた整備手伝うんに、うちはなに着替えてんのやら、もぅ!』

自分のうっかり加減が恨めしい。ああ、髪型とかどうなってんやろ?ぼさぼさになってへんやろか?あわわわ



ガッ



『はうっ!』

足を引っ掛けられて前のめりに倒れる

『な、なにするんや!むぐぅっ!!!』

振り返った途端に、口を何か液体を染み込ませた布で塞がれる。相手の顔は、見えへん。押さえ込まれる。意識が・・・っ




た、助けて・・・!助けて直純はん!助け、て・・・っナオ・・・!






黒く蠢めくモノ、闇に蠢めくモノ、それが顕在化した時、人は何をする事が出来るのか





次回、享楽と絶望のカプリッチョ第30話【~レオネッサ!~】




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