第28話・リエーティの旗のもと
1966年6月7日・コピ鉱山跡
ゴォー
上空を空軍の偵察機が飛んでいる
『今日もまた事も無し、か』
『無くていいじゃないですか』
いつぞやの車長とローダーだ。ローダーはコーヒーを手にしている。湯はヒーターの熱で得た物だ
『噂だと空軍の奴ら、大型ロケット弾に牛乳ぶっこんでジェラード造ってるらしいぞ』
『まさか』
ローダーは信じて無いようだ
『いーや、発射してすぐ爆発するようにしたロケット弾の中身を液体にしたら、対レーザーの効力を減らせるんじゃないかって話だぞ?』
あの高度だ、噴霧した液体は凍り、凍った物によっては反射も期待できる。使わなかったら冷え冷えのジェラードの完成だ
『でも牛乳詰めますか、普通』
『隣の隊じゃこの新型装甲の水抜いてパスタ茹でて大目玉喰らってたじゃないか。考えることなぞ我々イタリア人、そうは変わらんよ』
敷き詰められたそれを、パンパンと車長は叩く
『奴らがジェラードを食えてる間は、俺達もパスタをたらふく食えるって寸法だ』
ああ、車長が言いたいのは
『いつ終わるんでしょうかね、調査』
鉄綱石の鉱山と言われるコピ、そこにこっちの地質調査官とモール族、そしてヘルシア王室に連なる人が入っている
『今まで10年以上放置してたもんだから、前進するにも危険で、少しずつしか調べられないらしいがな』
もどかしい。外で待ってる間、何処まで調査が進んでるかわからない
『移動も大変だったから、早く帰りたいもんだが』
当然の事ながら、ヨーロッパのように鉄道網が敷かれている訳では無い(10年以上も路線を放置していれば、それらしきものは殆ど無くなる)えっちらおっちら戦車を走らせて来たのだ
『工兵さん達には頭が下がりますよ、ええ』
整備その他、随分と負担をかけてしまった。そしてそれは帰路でも同じであろう
『鉄道工兵を連れてくる訳にもいかんしなぁ』
あれは本っ当に大工事だ。とてもそんな余裕は無い
『CPUが一つの国家として纏まってれば、鉄道網とかも維持出来たのでしょうか?』
『さぁな。まぁでも難しいだろう』
鉄道を入れるという事は、かつてのヨーロッパでもそうだったのだが、城壁に穴を開けるか、不便な郊外に駅を置くかしか無い。利点がどれだけあるか
ゴォー・・・
再びジェットの轟音が遠くから聞こえて来た
『いつもより早くないか?』
ローダーが腕時計を見る
『ええ、まだ一時間はあった筈ですが・・・』
何かが始まろうとしていた
翌日・ナポリ航空基地
『ヘルシア義勇航空隊並びに付属整備士はヘルシアに移動、鉱山に接近中の敵生物群に攻撃を行ってもらう。以上だ』
突然基地に現れた基地の飛行長は、初達にそう告げた
『よろしいでしょうか?我々は一応、アクィラ航空隊旗下にあるのですが』
初が手を挙げて質問した。基地の提供は受けているが、命令されるいわれは無いはず
『加えて、一部搭乗員を除く搭乗員はようやく烈風による飛行を始めたばかり、攻撃任務にはとても』
フェリー任務ならどうにかこなせるかもだが。飛行長も、それはもっともと頷いた
『だが、命令は下された。つまりはそういう事だ。攻撃の際には途中で空中給油も行う。技量に不安のあるものは、その時点での離脱を許可する・・・意味する所はわかるな?』
なるほど、攻撃に参加したという事実が欲しいのか
『しかし、空中給油は難しい物です。下手に失敗しますと母機も危険に晒してしまいますが』
一部出撃では駄目なのか?
『飛行そのものにリスクは付き物だ。違うかね?』
駄目らしい。こりゃあ新聞記者さん達でも取材にくるのかね?
『では我々の上に隊長他、人員が配置されるという事になるのでしょうが、その方々との顔合わせは』
ここは分遣隊だ。パイロットは俺と、エミリアを含むヘルシアの女性陣六人。あと二人、小隊長と中隊長を担う人が来る筈だ
『いや、それはない。今この時になって合流しても、隊の維持に支障が出るだけだ。君が中隊の指揮を採りたまえ』
ちょっと待てぇ!
『私は一飛曹に過ぎないのですが!?小隊指揮の経験もありませんし』
俺ぁまだまだしたっぱ一号っすよ、ねぇ!?
『ああ、それは無い。君は日本軍の階級では一飛曹との事だが、我がイタリア海軍では君を少尉待遇とし、その任に当たってもらう・・・他の者に異存がなければ、だが』
飛行長は後ろのエミリア達を眺めた。彼女達(ブロディらコ・パイの面々も居るが、野郎は無視だ)はニヤニヤするだけで文句一つ言わない。畜生、ハメられたか?
『という訳だ』
『・・・全員手篭めにされても知りませんよ。わかりました。引き受けます』
力無くうなだれた。あぁもう。人の上に立つなんて真っ平だってのに
『貴官らの移動は明日、私物の類いはヘルシアに戻るのだから最低限で良かろうが、最低限はそこの隊付きの整備士に預け給え。彼女は輸送機で送る』
飛行長はフィリネを顎でさした
『あの、飛行長はん。移動する整備士はうち一人なん?』
フィリネは不安そうだ。当然である
『うちかて整備はまだ全然身についとらへん。一人だとなんも出来ひんよ』
整備マニュアルは大仰な例えであるが、機体重量に比例するといわれるぐらい存在する。この期間で習得出来る技術もたかがしれてるとしか言いようが無い
『申し訳ないんだが、貴女がいないと異世界風に見えなくてね』
飛行長は申し訳なさそうに言った。エミリア達は人族、フィリネは狐族、そういう事だ
『そないですか』
フィリネは諦めた。することもなく待つのも任務の内なら仕方ない
『兄貴が半舷で上陸してくるかもだから、相手してもらったら良いじゃないですか』
今度は初も加わってニヤニヤする。ムッソリーニはヘルシアに停泊している。時間はあるはずだ
『初はん、機体からネジなりが脱落しても、うちはなーんも知らへんで』
うはっ、怖い怖い
『彼女には今日中に出てもらう。預ける物があれば急ぐように。他に意見や質問は?』
飛行長が隊員を見渡す。どうやら無いようだ
『では、解散。昇進並びに出撃前のパーティーでも、程々にしとけよ?』
『『『はーい』』』
それでミーティングが終わった
『はぁ・・・』
初がこっち向いた
『おめでとう初、これで隊長だな』
『それぐらいの甲斐性は見せてくれないと、ねぇ?』
口々にエミリアやレシィの意見に皆が賛同する
『お前ら、俺が隊長になったからには命令には従ってもらうからな』
ヒィヒィ言わせてやる。いろんな意味で、あんな事やこんな事
『もちろんそのつもりよ。可能な限りは、ね』
あの、レシィさん。おもいっきり従うつもりがないでしょう?
『じゃあ、ヘルシアのみんなはさっさと荷物纏めてフィリネさんに預ける。イタリア人のコ・パイで野郎はどっか店探して予約しろ、払いもお前らがしろよ?』
『そこは昇進した本人が払うんじゃないんですかー?』
払いの所で野郎どもがぶーたれる
『俺に媚び売っとくと良いと思うんだが?それから、払いが渋い男はモテないぜ?』
そう、いろいろと。えろえろと
『いってきます!』
うむ、現金な奴らだ。手ぐらいは握らせてやろう
『初・・・隊長、少しいいか?』
エミリアが聞いて来た
『隊長なんて余計なもんは要らん。で、どうした、何か持ってくもんぐらいあるんじゃないか?』
『私は既に天涯孤独だからな、土産は考えなくて良い。それよりも空中給油について聞きたい。私はこれでも先任だからな。失敗したら恥だろう?』
なるほど、そういう事か
初は待機室にある模型(古今東西、こういったものを作るパイロットは絶えない。手先の器用さを鍛えるという面もある)を手に取った
『こいつがG.222。こいつの給油機型から俺達は給油を受ける。胴体が通常機より太いだろう?タンクが入ってるからな』
給油パイプはこう下りてくる、と、翼から手で指し示す
『胴体からじゃないのか』
『きっちり胴体後部につけると機体の気流でがぶられる。機銃をケツについて撃つのだって少し上に位置するだろ?それと同じで給油もこの形でするんだ』
加えて胴体からだと、スペースの関係で一機ずつしか給油出来ない
『この作業で難しいのは、一定時間給油機と速度を合わせなきゃならない事だ』
最大出力で飛ばしてはくれるが、給油分を詰め込んだ機体だ、450キロほど出るか出ないか
『確か空母への着艦速度が360キロぐらいだったから、それほど難しくはないと思うが』
『一番難しいんじゃないってだけで、高難易度には違いないぞ?エミリアでも成功するかは半々だな』
そう初はエミリアの技量を断じた
『手厳しいな』
『単に飛行時間が足りんだけだ。他の奴らだったら十回に一回出来るかどうかだ』
乗りこなしてなければ、望む機動なぞ出来はしない
『わかった。とにかくやってみるしかないな』
必要な機動を聞いて、エミリアはとりあえず納得したようだった
『これは皆にも言うが、出来ないなら出来ないと諦めろよ?下手に意地を張ったら空に嫌われちまう。嫌われたら、後は落ちるだけだ』
エミリアは初の言葉にくくくっと笑った
『それはそれはでっかい彼女だな』
『女神様はたいていの場合豊満さ。ともかく、機体は消耗品だ、パイロットが無事戻れば万々歳』
とんとん、と、レシィが初の肩を叩いた
『うちの社の機体を消耗品扱いするのはかまわないけど、当然換えの機体は買っていただきますよ』
『や、安くしてくれるとありがたいなぁ』
そうでしたね、貴女は会社からの出向でしたね、すいません
『あら、予定に無いアフターサービスには、当然対価が必要ですわ』
『・・・勘弁してつかぁさい』
隊長の威厳なんてありはしませんよ、ええ
『じゃあ、私は結構準備があるから』
『ふむ、では機体でも見てくるか』
二人が去ると、待機室には誰も居なくなっていた
『・・・夜間ソーティも出来ない俺が少尉で隊長だと?参ったねこりゃ』
責任重大にも程がある
『全員うまく生きて帰してやりてぇなぁ』
それが初の偽らざる想いだった
同日、コピ
『あいつら、組織的にMMを狩ってやがる』
戦車長は目から双眼鏡を離して呟いた。黒い甲虫の大群がMMに群がっている
『カブトムシやクワガタタイプの奴らが角を突き出して足を止め、張り付いて喰ってるみたいです』
夜間に何度も空が光っていたのもあり、前進偵察に出たらこれである
『駄目だ駄目だ!全車撃つな!俺達だけじゃ無理だ!』
これじゃ各個撃破されてしまうだけだ!
『数の報告どうします!?』
ローダーが後退の制動に帽子を抑えながら聞いた。掲げたリエーティの旗がばたついている
『黒が七分に陸が三分だ!MMが喰われている!』
これは後の調査で判明した事だが、総量4000匹を越えるそれと対峙した時の言葉として、レオネッサ戦車師団の歴史に永遠に刻まれている
この翌日、単純戦力比1:16、イタリア陸軍史上に記される、Disperazione(ディスペラジオーネ・絶望)という言葉が相応しい戦闘が交わされるのである
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第29話【~蠢くモノ達~】
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