第27話・綾はほつれるか
1966年5月27日、タラント海軍病院
今回のヘルシア沖海戦で負傷した将兵は、一度マルタ島に搬送されて精密調査を受けたのち(騎士団の方々は、またか、と、嘆いていたが仕方ない)タラントに収容されていた
『あーっと、名前を調べて貰いたいんだが』
初は袋を持って受け付けの女性に名前を聞く。ここに居なかったら死んでるか、生きてるかの二択、だ
『・・・あ、はい。居られますよ、部屋番号は』
『ありがとう。よければ今夜にもお礼がしたいね』
そんな誘い文句を、営業スマイルでスルーされたのにがっくりしつつ、部屋へ
『・・・ここか』
レシィに兄貴がどう思っているのか直接聞いて欲しいと頼まれたが、どうやってフィリネさんに聞かせるつもりだ?
『ありゃ?』
先客か?まぁ、野郎の声だからどうでもいいか
『失礼しますよ~』
ドアを開けると、ベッドで起き上がっている直純の姿が目に入る。そして高官の姿が、ペンネ中将だ
『誰かね』
『ああ、弟です。以前にも』
二人は穏やかに会話を続ける。す、すげえな兄貴
『じっくり、とは言えないが、養生したまえ』
『は、数日のうちには』
敬礼して、中将がこっちに来る
『ご苦労』
ペンネはそれだけ言って出ていった
『すげぇ!中将だよ兄貴!中将に見舞いに来てもらうなんて!』
俺なんて飛行長か空母の艦長の大佐クラスぐらいにしか喋る機会無いのに
『おいおい、その物言いだとアンサルド大将が泣くぞ、初』
直純は苦笑してツッコム
『ああそうか、すっかり忘れてた』
あのオッサンは居ても大将の重さを感じさせない人だから・・・ホメテマスヨ?一応
『身体は五体無事なのか?』
近場にあった椅子に座る
『ふとももを二カ所切り裂かれて、腕も一カ所、骨まで達してないし神経を断ち切られた訳じゃないから、後遺症もなくてすむ。まぁ、バーナーで傷口を焼かれたようなものだから、傷自体は残るそうだがな』
しかし、おかげさまで出血多量で死なずに済んだわけだ
『よくもまぁそんだけされて死なんもんだ』
『痛さで気絶して喰われかけたのは事実だよ』
直純は肩を竦めた。艦橋内に入って来た捕食体に弾切れで押し倒された所に、駆逐艦の対空砲弾が飛び込んでこなけりゃ間違いなく死んでた
『5in砲弾が不発で擦過した衝撃波を、捕食体が盾になってくれなかったら今頃は、な・・・』
オレサマ、オマエ、マルカジリだった筈だ
『『はぁ・・・』』
ため息が複数聞こえたように思えた
『うん?』
直純は訝しげについたての向こう側(部屋は二人部屋だった)を眺めた
『誰か入ったのかな?負傷者はそれなりの人数に上ったから、入れ代わったりするはするんだが』
『気のせいだろ』
・・・どうやって取り入ったんだよレシィの奴、なるほど、この方法なら聞かせられるか
『それで兄貴、聞きたい事があるんだが』
その前に疑われないよう会話を続けよう
『今回スクランブルがかかったんだが、敵が飛んだのか?』
『パイロットとしては気になるか』
クスリと直純は笑った
『体長1m程の捕食体はな。戦闘機でどうこうする相手じゃない。実際、対空砲火で八割片付いた』
極近距離で、集中砲火をかけたのもあるが
『それでも初期作戦案のヘルシア沿岸で迎撃しなくて良かったよ。奴らが都市部に飛び去れば、撃退は出来ても街に大被害を与える所だった』
そもそもムッソリーニに捕食体をおびき寄せる事も出来なかったろう。都市と戦艦では、人数に差がありすぎる
『そりゃ兄貴が言ったのか?』
『まぁ、な・・・』
直純は頷いた。結果的に正解を選んだからよいものの、為した行為は懲戒ものだ。軍事司法の場にでれば、有罪は確定である
『そりゃあやっぱ、フィリネさんの街だからか?』
『・・・約束、したからな』
直純は否定しなかった
『おいおい、約束だけで艦隊の行動に意見した、と・・・惚れてるんだろ?彼女に』
ああいかん、突っ込み過ぎたかな?
『・・・かもな』
お?こいつはいけるか?
『で、喧嘩したって聞いたぞ』
『喧嘩じゃない。悪いのは全部俺さ』
直純は一部始終を話だす。それで大まかの事は掴めた
『はっはっは!兄貴らしいな』
笑い飛ばす初
『そんなに笑うなよ、結構気にしてるんだ』
『気にするぐらいなら、いっそ自分の物にしちまえば・・・って、そういうわけにもいかんか、兄貴は』
睨まれたので笑うのは止める
『当たり前だ。残されても連れてかれても困るのは彼女だ。来てくれ、何て言えるかよ。ましてや自分は軍人だぞ?彼女を寡婦なんかにしてたまるか。そして、母さんのように死なせてなるものかよ』
『まーそりゃそうだけどよ、桂おばさんはそれなりに幸せな人生だったと思うぜ?』
直純の顔が真っ赤になった
『俺は!母さんにもっと幸せになってほしかったんだよ!これから、これからだったんだ!』
自分が自立して、これから母さんは好きに出来るねって話した後、あんな・・・!
『病院であんま叫ぶなよ、キャラじゃないだろ?』
大声に耳を塞ぐ
『・・・フィリネだって、幸せになるべきなんだ』
『それなんだがなぁ、結局兄貴って、フィリネさんだけじゃなくて、これから出会う全ての女の子を、自分で幸せにする気は無いって事か?』
それなら俺は、兄貴としても軽蔑するね
『幸せにする先がアレなら、愛なんて願い下げだ!』
『・・・兄貴、フィリネさんは自殺した桂おばさんとは違うんだぜ?』
あー、いい加減ムカついてきた
『ついでに言うなら、フィリネさんにそうさせるだけ愛してみせられんのかよ?ろくに女の子と付き合った事もないくせに』
『して見せるさ!俺はフィリネが・・・!』
ガタン!
あ、ついたてが
『『『きゃっ!』』』
おお、ナース服姿のレシィとエミリアが、眼福眼福。て、だいぶ解いてるけど、フィリネさん蓑まきにして運んだのかよ
『だ、誰だ・・・!?』
兄貴の顔が真っ青から真っ赤に
『あらあら~(汗)』
『ばれたら仕方ないな』
『・・・』
何と言う気まずい雰囲気か
『しっ、しっ、初・・・!』
おお、絶句ってこんな風になるんだな
『じゃあ、お二人を残して私達はおいとまを~』
『うん、そうだな』
スタスタとレシィとエミリアは出ていってしまう
『という訳だから、続きは二人でなー』
兄貴が激昂するまえに、俺も続かなきゃ
『待て初!』
げ、呼び止められちまったい
『な、なにか?』
あれ?怒鳴られるかと思ったら、一向に怒声がこない
『・・・お前はどうなんだ。エミリアさんやレシィさんだけじゃない。付き合ってた女の子達を幸せに出来るのか?』
なんだ、そんな事か
『エミリアやレシィを見ればわかるだろうけど、俺の好みって奴は、自分で行動して、自分の身の処し方ぐらい、ちゃんと自分でやって見せるような女の子でね。付き合ってて相手が望まない限り、俺は一度も手を出してない』
商売の女の子でも、ちゃんとする前に処理をしてる
『だから、皆が幸せになれると望むのであれば皆俺の嫁だし、子供も全員で作れるように励む。俺がもしかしたら死ぬ可能性があるのも、彼女達は理解してる。その上での付き合いさ、当然だろ?』
伊達にイタリア人よりイタリア人してる日本人と言われてねーぜ。ま、重婚は出来ないから大多数が愛人になるが
『少なくともうちのお袋は、親父と一緒になって幸せだったって言ってたぜ』
個人としての幸せは満たされたらしい。勿論、生きてて欲しかったには違いないが
『そう、か・・・行っていい』
『へーい』
許しが出たので退出する。これから先は、もう本当に兄貴次第だな
翌日・マルタ島
『ご足労いただき、ありがとうございます。閣下』
『あれかね、今回運ばれた敵の遺骸は』
ドゥーチェは分厚いガラスの向こうを見つめる。武装した兵に囲まれて、医官がそれを解体している
『これまでの敵と大きく違うのがわかりますか?』
『ああ、わかるとも』
枯死していない。これまでの敵は、倒されると枯死して腐葉土となっていた。それ故に運び込んで調査をすることが出来なかった
『コアを撃破出来なかった、という事はなかろうな』
『それは確実に。潜水艦による魚雷で六枚の翼状櫂が剥離・沈降した所に爆雷を投下し、母体が四つにちぎれるのが確認されています。一応念押しに駆逐艦を一隻洋上で待機させておりますが、活動再開の兆候は見られておりません』
プシュー
『おお!?』
いきなり噴出したガスに、医官らが少しどよめく
『あれは?』
ムッソリーニは問う
『酸素です。レーザーの代わりに、このタイプは酸素を吹き付け』
『バーナーか』
時間さえかければ、多少の鋼板や扉なら開けることが出来る。勿論、餌を細かく切り、食べやすくするのにも便利だったであろう
『確かに、ヘルシアの都市上で迎撃しなくて正解だったようだな』
こんなものが都市にばらまかれては、面倒は避けられまい
『現地司令部の独断が功を奏した形です。ですが、我が国唯一の18in砲艦をさらしてよい危機にさらしたかどうかは、考慮の余地があります』
その答えに、ムッソリーニはフフンと、楽しげに笑った
『よい。かけるに値する代物がそこにあった。儂が言うからには間違いない、そうだな』
『は?は!』
ムッソリーニは手術台に目を落とした
『あの液体は?』
『血液です。驚いた事に、人間の血液にかなり近いというデータが提出されております。ただ、相違点がいくらか』
大きな所で、血小板が存在しない。彼等の細胞壁が非常に柔軟性を持っている事は予測されていたが、こういった所にも巨大化や部位の促成能力が行える秘訣があるのだろう
『我が名を持つ艦の被害状況は、どうか?』
『システム系は内蔵したものが殆どですから、外装を直しさえしたなら実用に耐えます。主砲を主とした火器系統もほぼ無傷ですから、遠距離からの支援砲台としてなら現在でも活動可能です』
中破判定、といったところか
『リットリオが砲身交換ではなく砲塔交換を行っている現在、使える戦艦があるのは明るいニュースだな。工作艦を優先的に回そう』
支援艦の比率はイタリア海軍が内海海軍であるために少ないのだが、エチオピア進出の可能性も含めて、ある程度が確保されていた(二次大戦での苦労の反映でもある)
『既にピエトロ・カウ゛ェザーレを派遣しております。代替の装備も一通りは』
『Io sono molto buono(ロ ソノ モルト ブオノ・大変結構)!』
満足げにムッソリーニは頷く
『海軍には例の新型対潜兵器の増産も指示してあった筈だが』
Anti Sottomarino Razzo(ASRAZZ)日本の場合は投射能力さえあれば問題ないが、イタリアの場合は短距離でも誘導能力が欲しいという要望で開発されたもので、対潜臼砲の代替兵装である
『くだんの戦闘で損傷した駆逐艦から、順次改装していく手筈になっております』
『うむ』
もう一度、ムッソリーニは解剖される捕食体を眺めた
『軍備を整える事で、国内経済を落ち着かせてはいるものの・・・長くは続けられまい』
アメーは頑張ってくれているが、それにも限界があるだろう。いずれは資源なりを得る為に進出を始めなければ
『その為にも航洋路の確保、そして橋頭堡の維持は絶対、か』
『機甲部隊による大規模偵察も必要かと、都市を離れた駐留経験が未だ我々にはありませぬ故』
レオネッサの損失も既に補填されていますと続ける
『進攻という面からみるに、アリエテやチェンタウロ、リットリオ師団の方が適任ではないのかね』
『ある種の保険です。レオネッサは良くも悪くも予備部隊ですから』
死んでゆく兵士にはとても聞かせられない話であるが
『リウ゛ォルノかフリウリ師団(陸軍の強襲上陸歩兵師団、師団の性質上移動させやすい)を回せないのか?』
『かの土地は腐葉土による泥寧が酷いですから。工兵を増派して機動力、そして火力のより強い一個機甲師団を運用した方が効率的です』
数を重視するならば派遣数を増やすのが単純で明快だが、それが常に最適解ではない
『そうか。まぁそれでよかろう』
ムッソリーニもそれ以上言わなかった。彼にしても、二次大戦で介入し過ぎた事を反省しない訳でもなかったのだ。齢80を越えたというのも大きいのだろうが
『イタリア国家生存の為の第一歩を、貴君らが刻む事を望む。そう伝えてくれたまえ』
『は、仰せの通りに』
ほつれた綾は今、紡がれる糸口を得た。引き寄せた糸は、果たして千切れてしまうのか、それとも契れてくれるのか
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第28話【~リエーティの旗のもと~】
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ドゥーチェ『痛みに耐えてよく頑張った!ティ○・フィナーレしなかった!』
アメー『また縁起でもないことを・・・』