第26話・libellura(リベルーラ)
1966年5月20日、ヘルシア沖合
ムッソリーニの両舷に、潜水艦が接舷している
バダダダダダ
後部のヘリ甲板からヘリが飛び立つと、木箱がそこに残された
『港の能力が足りないから、本艦を補給のプラットフォームとして使うか。なんとも末期的な光景だな』
飛び去るヘリを見て、ペンネは笑った
『敵は海中ですから』
直純は回って来た補給名簿に目を通して、ペンネに返した
『確かに48本、受領出来ましたね。試作品も込みですが』
クロクスとナルシソ。二艦分の魚雷だが、相手が艦艇では無いため、通常魚雷だと柔目標過ぎて起動しない可能性があるし、レーウ゛ァテイルの居ないイタリア艦、外してしまう可能性も高かった。翻って高い命中率を得るには誘導能力が必要となるが、これも相手が艦艇では無いのがネックとなっていた
故に魚雷の補給を必要としたのだが、そういう要求だと本国のホワイトヘッド社や、シルフィチオ・イタリアーノから調達するしか無い
『一週間でとりあえずは仕様を決めて仕上げてくれたんだ。感謝はしても文句は言えん』
元案には誘導よりも高速魚雷を、とする要求まであったのだ(実際、高速魚雷の老舗たるホワイトヘッド社は、この案を推していた)
『しかし、他に攻撃手段が対潜臼砲とヘリしかないとなると』
沖合で決着をつけるには手が足りない。この対潜臼砲はmk.113と呼ばれるもので、分15発の発射速度で砲塔式、一撃必殺的な日本の対潜ロケット(この頃になるとRBUー6000相当に進化している)とはちょっと毛色が違う
『陸に上がらせるための誘導には十分だろう?倒すには足りんかもしれんがな・・・何か問題でもあるのか?』
『いえ』
直純は否定した。だが、心中では別だ
『ですが、今回は被害をもっと小さくしたいものです』
街に被害が及ばないようにしたい
『まぁ、な。手っ取り早く倒せるならそれが一番だ。海中からであれば、あの厄介なレーザーも撃てん。だが、今まで戦艦の砲撃を喰らわせて、ようやく倒した相手だ』
簡単に倒せるというのは、高望みが過ぎるというものだ
『それよりも、だ。少尉。敵は洋上でも船を襲い、沈めたとなると、何らかの攻撃方法を保持していると見ていい。どんな方法か予測がつかんか?』
こう毎回毎回化け物が相手だと、対応を考えるのに困る
『敵が昆虫、トンボのような形から、船底に張り付いて強靭な顎で、と考えます』
とにかく、喫水線より下に穴を開けられる方法を持っているに違いない。ああ、もしくは
『あるいは、今回滅んだルククは襲われて都市からの脱出を計った者と考えますと、人員の過積載をしていたのは間違いない所ですから』
たしか、ウェルズの宇宙戦争に同じようなシーンがあった筈だ。客船に人を積み過ぎて、宇宙人の地上モジュールに追突されて転覆。の流れだ
『衝突に注意せねばならんな・・・まぁ、そんな所か』
ペンネは不満そうだ。大体参謀達も同じ事を言ったのだろうな
『ひとつ・・・気になるのは敵が、あまりにトンボに似ている事です。空中を飛ぶからトンボはトンボになったのです。海中に居てトンボである必要はありません』
『何が言いたい』
息を吸い込む。ここからが本番だぞ直純
『トビウオですよ、中将』
海の上を、身体の何倍も飛んで再び海に戻る。現在のゆっくりした移動は本来の物では無く、翼も本来の役割の為にあるのであれば・・・
『トビウオは身体の1000倍飛翔するそうですから、こいつの場合、200キロですか』
200キロ、フランス海軍が運用する対艦ミサイルの三倍から四倍
『冗談ではないぞ、少尉』
『イタリアが転移してもう半年にならんとしています。敵が海中の養分から目標として獲物を選ぶとしたら当然ですが』
大都市があるイタリア本土。うん、なんとかもっともらしい理由になったな
『やり過ごされる可能性がある。か・・・』
ペンネは黙り込んだ。それでは意味がない。200キロも距離を離されては、イタリア本土に上陸されるまでに艦隊が間に合わない
『危険を伴いますが、本艦が接近しておくべきではないでしょうか?』
潜水艦と駆逐艦では決定的な対空火力は期待出来ない
『さらにゴリツィアは接触海域とイタリアとの最短海路の間に配置して、最終防衛ラインとし、核を用意します。本土の航空隊もスクランブル体制にしておけば』
『確実か』
頷く。実際の所、海中から飛び出すっていうのは、身体が小さいからこそ出来る物でもあるだろうから、飛び上がることはまず不可能だろう・・・絶対無いとは言えないが
『よかろう、何事にも万全を。今我々が行っているのは本土防衛戦だ。攻めに出るのならば、英雄的行動なぞいくらでもしてみせるが、守るとなればそうもいかん』
中将は決断を下した
『ありがとうございます』『いささか君に乗せられた感はあるがね・・・200キロか。本土哨戒の最低ラインがそれだな』
広くは無いが、大仕事だ
『我が国では、漁船に機銃と無線機をつけて配置しておりました』
『そこは、戦ってから詰めるとしよう』
中将は前を見据え、拳をにぎりしめた
翌日・ クロクス
涙滴型の潜水艦が、音も無く海中に鎮座している
『ソナーコン。識音に回します』
ソナーが捉えた音を、ソナーマンが静かに言って識別装置に読み込ませる
カタ、カタカタ
回るテープの音が静かに聞こえる
『出たか?』
艦長が聞いた
『はい。以前探知したものと同一の物です』
『・・・司令部は誤差を+-1時間としていたが、10分遅れただけか』
これはつまり、敵さんが正確な航路維持能力を持ち、疲労による力の減衰も無いという事を意味する。まったく。去年まで想定していたフランスの小うるさくてちっこいかわいこちゃんとは大違いだ
『機関後進微速』
これでムッソリーニで聞き耳を立てている音姫に、こちらが敵を発見した事が伝わる
『発射管注水、どうなさいますか』
『味方輪形陣内での後退停止と同時に行う。極力悟らせるな』
どれだけこちらの能力を知っているかわからないが、念には念をおす
『アイ、艦長』
慎重さは潜水艦乗りにとって必須のスキルだ
『ナルシソも同様の行動をとります』
僚艦も同じ判断を下したようだ。ま、一艦で戦いたいやつなぞ海軍にはおらんがな
『・・・来いよ化け物。533ミリでおもいっきりよがらせてやる』
ナルシソ
『輪形陣内、入ります』
ソナーマンが報告すると、どうやって維持しているのかわからないが、限りなく丸い艦長は笑って命令を下した
『ホヒーホー、制動と同時に発射管注水。手早くな』
シュゴポポポポ
空気の放出される音と共に発射管へと海水が充たされる。後は扉を開いて発射命令を出せば、魚雷は目標へと疾走し始める
『ホヒッ、再装填の用意、かかれ』
最初は録ってある音源を誘導魚雷に読み込ませて撃つ。出来る限りでの分析では、これは羽根部分の海中を掻く音だと判断されていた
だから、ナルシソとクロクス、二艦12発の誘導魚雷でそこを攻撃。攻撃が効いた場合、触発信管の魚雷と艦隊からの対潜臼砲で袋叩き。効かなければ、再び誘導魚雷で再攻撃した後に、我々は全力で撤退、艦隊に後を任せる事になっている
カーン!
ムッソリーニから、アクティブピンの一回発信。攻撃開始の合図だ
『ホッホゥ、魚雷扉全部開放、一番から六番、テェッ!』
『一番から六番!撃えっ!』
シュバババ!!!
発射管から魚雷がスイムアウトで発射されていく。二方向から六本ずつ
『目標進路そのまま。命中まで、五・四・三・二・一・・・』
V・ムッソリーニ
『コルポ、オーラ!(命中、今!)』
時計を、参謀が読み上げて叫ぶ
ザッバーン!!!
巨大な水柱が沸き上がる
『・・・出血を伴う水柱や、身体が軽くて海上に放り出されるかと思いましたが』
直純は双眼鏡から手を離して言った。冷汗をかいている
『思ったより硬目標。という事か。逆を言えば、通常信管でも攻撃が可能という事だ。なんにしろ、そこまで不利な条件では無い』
中将はそんなものだろうと泰然としている
『アクティブピン、打ちます!』
ソナー室から報告が入る。これは合図ではなく、敵状把握の為だ
『さて、藪をつついて何がでるか・・・』
魚雷が効かない。となると、かなりまずいが・・・
『報告!敵、羽根らしきもの一枚脱落!速度低下!』
『『『おおっ!』』』
艦橋がざわめいた。魚雷が効いている。これなら殺せる、殺しきれる
『駆逐隊前へ!畳み掛けるぞ!』
そう言って中将は直純の背中を叩く
『海中での爆発は、大型の物の方が効果的といいます』
だからとは言わないが、帝國海軍では特殊潜航艇直系の水中戦闘機とも言うべきモジュールが多数就役しはじめている
『敵の巨体が初めて災いしたな』
中将は頷いて笑った
ポン!ポン!ポン!ポン!
駆逐艦から4秒に1発の間隔で、まるで太くしたワイン瓶のような爆雷が射出される。駆逐艦は敵海中トンボを包み込むように布陣していたから、この爆雷はかの敵の行動を阻害する為の物だ
もし魚雷が効かなければ、もっと接近して敵に投げかけるようにしていただろう。投射量で考えればそちらの方が破壊力があるし、敵の頭を抑え、その飛翔を防げると考えたからだ
ドドドドドド!!!
時限信管による爆発に伴い、水柱が林立する
『魚雷、敵に向かいます!』
ソナー室から一拍おいて報告が入る。レーウ゛ァテイルの耳の保護の為しかたないが、戦闘中常には聴き続けられないのはやきもきするな
『あと二斉発で何処まで削れるかな?』
中将は呟いた。魚雷はあと24発しかないのだ。出来るだけ穏便に済ませたい
ザッバーン!!!
再び林立する水柱
『ん?』
直純は気付いた。位置はそれほど変わっていないはずなのに、いささか爆発のタイミングが早過ぎないか?
『アクティブピン、発信します!』
また敵情確認の為のピンガーが放たれる
『敵眼球、崩壊して浮上中!』
そして伝えられる報告
『目を潰したか』
これはやったも同然だろう。トンボの目をもげば死ぬ。というよりかは大低の生物で目をやられたら致命傷に近いと思っていいだろう。疑問に思う人間はいなかった、たった一人を除いては
『・・・いくら複眼だからといって、海中で光を基本とした知覚器官というのは、不自然だ』
そして、この海中トンボはトンボ程の機動性を持たなかった。何らかの障害物を避けるのに鈍いとなれば、致命傷となりうる場所に眼球のような重要器官を持ってくるのはおかしい。では、浮上して来ているのは一体なんなのか
『敵は、洋上にある船を襲い、沈めた・・・』
確かに、魚雷を受けた潜水艦が撃沈された時、洋上に重油や衣服、死体が上がってくる事はよくある。たとえそれが浮き袋のような役割を果たす部位だったとしても、それが《崩壊しながら》浮いてくるか?
『何をぶつぶつ言っとるんだ』
ペンネが訝しげに直純を見た時、直純にはそれが確信に変わっていた
『閣下!敵が来ます!!』
ザバババ!!!
叫んだと同時にそれが海上へと達する
『な、なんだあれ』
海中からわらわらとそれは飛び出し、空中で羽ばたく。見張りからしてみれば、どう報告したらいいやら・・・
『大きさに惑わされるな!』
直純が双眼鏡を構える・・・確かにわかりにくい。1m程あるヤゴにバッタと蚊を合わせたような、とでもいうべきか、ヤゴ分が大きいが。ええい!まぎらわしい!
『バッタタイプ多数!尚も増加中!飛来しますっ!見張り員!中へ!』
艦長はペンネを見る、ペンネは頷いた
『見張り員は退避!対空戦闘用意!』
艦長の命令を受けて、始めて見張りは中へと入る
『スクアドリスタ、接触します!』
そんな間に、一番近かった駆逐艦へ、それは群がっていた。ようやく始まった対空砲火の向こうで、キラキラと何かが瞬いている
『スクアドリスタに繋げ!』
『繋ぎます!』
いくらか雑音が混じったあと、スクアドリスタの艦長が電話に出る
『艦長!そちらでは何が起きている!?』
《中将!なんなんですかこいつらは!?奴ら、締めた扉ををバーナーみたいなもので!畜生!武器なんか手元にねぇぞ!うおああああっ!!!止めろ!こっちにくるなぁぁぁっ!!!》
『おい!どうした!?答えろ!?』
受話器の向こうからは羽音と悲鳴、そして咀嚼音しか聞こえなくなった
『くそっ!艦長!武器庫を開け!奴ら中に入って来る!』
『はっ!』
鍵を渡された伝令が走っていく
『参謀!少尉!策だ、策をくれ!』
現状を打破しなければ!
『核です!核を使いましょう!』
参謀の一人が叫んだ
『待ってください!まだ、スクアドリスタが駄目と決まった訳では!』
直純が否定する。ちなみに鋼球ぎっちりの対空砲弾はエリア防御の為の物であるため、時限信管がきっかり切っており、好きに使える訳では無い
『だったらどうしろというのだ!?』
少し逡巡して、直純は切り出した
『・・・駆逐艦を離脱させつつ、この艦を突出させます。人間の多いこの艦を、敵が放ってはおきますまい』
『何故、そういえる』
ペンネが間に割って入った
『敵が人を喰ったからです。あれが捕食器官であるならば、餌の多寡を選ぶ機能は備わっているとみるべきです!』
『スクアドリスタと同様な事にならんか?』
その事は考えた
『ハッチを溶断出来るにしても、駆逐艦と戦艦ではその数に大きな差があります』
『艦の操舵はどうする?ここと外は扉一枚だぞ』
艦長も流石に口を挟んだ
『中将と参謀の方々はCICへ、艦長ら艦橋の方々は司令塔へ、後は兵を武装させて各区画に配置すれば、かなりの長時間持ちこたえられるでしょう』
出来なくはない
『さらに、こちらが抵抗した事で敵に逃げられないよう。対空砲火はギリギリまで撃たないで待ちます。また、スクアドリスタに敵が集中している間に対空砲火を投げかける場合、本艦からの流れ弾で、結局沈めてしまうことにもなりかねません。ですが、本艦なら!』
『無謀過ぎる・・・』
参謀が呟いた。イタリア唯一の18in砲艦に犯させて良いリスクじゃないだろう
『だが、成功したならば一艦も沈めずにすむ』
コアを持ち込んだ時とは状況がだいぶ違う。母体を傷付けられて、この群体の個体を傷付けられないとは考えにくい
『中将、まさか!いけません!』
『採用しよう。各員退避を始めよ!艦長!艦橋要員だけでなく、外部に近いと思われる要員にも退避命令!』
ペンネに直純は最敬礼する
『私はここに残ります。中将を、お願いします』
恨めしそうな顔をした参謀に、直純はそういって頭を下げた
『何を言っている。君も退避せんか!』
ペンネが声を荒げた
『外部状況を目で伝える者は必要です。誰かが残らなければ』
『司令塔のスリットからも確認は出来るだろう!』
直純は首を横に振った
『視界が違い過ぎます。そうですね?艦長』
艦長も頷いた。航行の指揮には問題の無い視界が確保されてるが、敵が張り付いた状態での確認作業には、徹底して向かない
『武器をお持ちしました!』
さっき武器庫にやった者が、何人かと共に武器を持って戻って来た
『死ぬ気はありません』
その兵からベレッタM38/42短機関銃を選びとる。臨検用の品物で、多少装備としては古い
『マガジンは・・・20発入りを6個程もらいます』
40発入りのもあったが、大きくて取り扱いに困りそうだったのでやめる。ジャムったら目も当てられん
『しんがりぐらいは勤めてみせますよ』
マガジンをポケットに突っ込んで言った
『わかった・・・もう何も言わん』
慌ただしく舵機能の委譲や、必要物品を持ち出して司令部と艦橋要員は去っていった
『・・・』
手元の黒光りするベレッタを見つめる。自分の命を繋ぐものだ
『グリップは二つ、セミとフルオート、だな』
フルでは撃つまい、マガジン交換の時間を抜けば、一分持たずに撃ち尽くしてしまう
『・・・』
脳裏に浮かんだ人影を、首を振って追い払う
『速力をあげたな』
艦首波が延びている。スクアドリスタに次第に近付くが、あちらでも抵抗を続けているのがわかる。正確な戦況まではわからないが
『他の駆逐艦は、よし、離れているな』
ムッソリーニとスクアドリスタを取り囲むように布陣し始めている
ブブブブ
不快な羽音が響いた
ムッソリーニCIC
『スクアドリスタから、敵群体離れます!』
その報告を受けてペンネは頷く。目論み通りだ。後はどれだけ引き付けられるか
『ソナー室、敵母体はどうしたか、報告急げ!』
そしてもう一方にもソナーで確認を急がせている
『クロクス、ナルシソから返信!母体の牽制は任されたし!以上です!』
船体を叩くモールスでやり取りをしたらしい。取り敢えず海中は気にせずによいか
『失礼するよ』
対空レーダーのモニターを覗き込める位置に移動する。レーダー員が自分のペンで、群体のそれを示して教えてくれた・・・何処までこの艦に張り付かせるか
『機銃の射程は六千メートルだったな。敵がこの範囲に入りきったら撃ち方始め』
『了解』
昔の機銃座と違って、一度火を吹けば相手も相手であるから、かなりの率で落とせるだろうが
『無人で発射速度を維持できるのは即応弾の分だけだ』
機銃は一門につき600発。高角砲は44発。おおよそ一分で弾が切れる。一分でケリがつけられるか
『駆逐隊の位置は・・・』
見れば一万五千の距離を維持している。いいぞ、これで11艦分の高角砲が期待できる
『敵群体の先頭集団、本艦に取り付きます!』
さて、ここからだ・・・!
ナポリ基地
ちなみにナポリ基地、海軍航空隊も使用するが、空軍との共用基地でもある
『いきなりのスクランブル待機、何も聞いてないのかよ?』
『おいおい、俺だってしたっぱ一号に過ぎないんだから、わかるかよ』
ハンガーの椅子に座って待機しつつ、同じく待機中の空軍パイロットと初は会話する。目の前では整備班が全機をフライアブルな状態にすべく、走り回っている
『訓練未了のお前らまで出すなんて、イタリアもいよいよおしまいかな?』
『よせよ、縁起でも無い』
空軍の連中は、仲間である偵察機部隊の話や、レーザー攻撃を受けて被害を被った部隊も多い為、わりかし悲観的な見方をする奴が多かった。海軍の航空機乗りの場合、俺達が駄目でも戦艦がどうにかするだろ、という後ろ支えがあるからか、どちらかというと、どっしりと構えている人間が多いようだ
『兄貴が艦隊司令部に居るんだが、通信をどうこう出来る立場じゃないしな』
『無線の周波数とかわからんのか?戦況だけでも覗きたいもんだが』
初は首を横に振った
『無茶言わんでくれよ、戦艦とかは管制に関わらんし・・・そういう面では、そちらさんの最前線に航空支援の管制士官を置くやり方は結構進んでるよな』
『日本空軍、ああ、そっちはないんだったな。陸軍の航空隊には居ないのか?ま、ドイツのやり方を真似ただけだから褒められても困るんだが』
空軍のパイロットは逆に聞いて来た
『うちの陸軍航空隊は近距離防空担当でな、海軍の基地空は中距離から遠距離担当、中々でばる事がない。そしてうちの艦載機乗りは地上支援なんて考えない。それは艦艇の仕事だからな』
おかげさまで各航空隊にはACMのド変態が何人も存在する。模擬戦でコクピットにガンカメラの照準を合わせたらキル判定というハンデ戦を戦い、撃墜比率5:1以上が当然の第一航空戦隊(加賀・信濃・薩摩)は、アグレッサー部隊としても異常を通り越しているが
『おいおい、艦砲の射程以遠はどうなるんだ』
『無視だ。それを越えたら海軍は支援しない。陸軍予算でも砲兵はほとんど予算が認められない。大陸でやんちゃしたのが相当嫌われたらしい』
そのかわり帝國陸軍は空中砲兵(戦闘ヘリ)を重視して整備していくのだが、それはまた後の話である
『そっちの陸軍は大変だなぁ』
そこまで徹底するか
『俺も悪癖だと思う。戦うのはうちの陸軍だけじゃねぇ。友好国の陸軍の場合だってある。いざというとき支援出来ない、じゃな』
『だから、うちの海軍にそちらさんの前線管制官のようなのが居たら、それなりにマシになると思うんだがな。研究も進むだろうし』
あれこれと喋っていると、肩を竦めながら空軍の飛行長がやってきた
『スクランブル待機は解除だ。みんな、ご苦労だった』
『『『はぁ~』』』
出撃しなかった安堵と、今までの苦労が無駄になった事に、皆がため息を漏らした
『海軍さんのお仲間が洋上で敵を撃破しそうだ。とんだ取り越し苦労だよ』
空軍の飛行長がこちらに笑いかけた
『被害とかは何か聞いてませんか』
『船の沈没は無いみたいだが、駆逐艦だか戦艦だかが首脳部全滅で炎上中らしい。はっきりしたことはまだ錯綜しててわからん』
艦首脳部が全滅、か・・・兄貴、死んでねぇだろうな
『フィリネ、首脳部全滅らしいぞ』
『だからなんやっちゅうねん』
フィリネは作業を終えて黙々と工具を直している
『少尉の事、気にならないのか?』
『エミリアはん。妹に良くしてもろたから怒らへんけど、うちは・・・』
誰かの顔が過ぎった
『フィリネ?』
『っ!もうええ!』
フィリネは工具を抱えて行ってしまう
『・・・フォローしとくべきかな?』
こればっかりは本人から聞くべきなんだが
『なぁに?まだ少尉とあの娘をくっつけようとしてるの?』
その様子を見ていたレシィが、エミリアに話しかけた
『正直、あの少尉はどうかと思うけど?』
レシィは初とはそれなりの付き合いだが、直純の事を良く知らない為か、直純には否定的である
『あの少尉だから、あんなに怒るし、気にしてるんだ』
裏切られたと思ってるから、あれだけ頑なになってる。かなり本気で好きだった事の裏返しだ
『脈あると思う?』
頷く。まぁ、それもこれも少尉が生き残ってくれていなければ意味が無いのだが
『じゃあ、聞かせるしかないんじゃない?彼の本音』
『それが出来たら苦労しないよ』
席を用意したって、二人が話す訳無いじゃないか
『そこは、細工をごろうじろよ♪』
レシィは自信ありげだ。限りなく不安だが
『もうこじれまくってるし、いまさらこじれても問題ない、か。それじゃあレシィ、その細工、聞かせてもらえる?』
『まっかせなさーい』
彼等は戦訓を持って帰ってくる。そして、再び戦場へのとんぼ返りを要求される。つかの間の逢瀬で、はたしてどんな果実をつかみ取る事が出来るか・・・
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第27話【~綾はほつれるか~】
感想・ご意見等お待ちしております
オレサマ、オマエ、マルカジリ