第25話・エンゲージ
1966年5月13日、ナポリ航空基地正門
正門を伺える場所に、女が二人見張っていた。エミリアとレシィである。なんだかんだで二人とも野次馬根性旺盛である
『時間より15分前に到着。なかなかなんじゃない。デートに制服で来るのはどうかと思うけど』
レシィは鼻歌を歌いながら、正門で待つ直純を観察している
『そう、なのか?』
隣でエミリアが首を傾げた
『ま、服のセンスに自信がなかったら、制服も手だとは思うけどね』
下手にセンスの無い格好を見せるよりは、ボロが出なくてすむもの
『お、フィリネが来たぞ』
『ヘェー』
レシィは嘆息した
『ニットに下は、ジーンズね。良いんじゃないかしら』
ニットは身体のラインをくっきり現せる。胸が大きい人間だと、そういうのは男にぐっと効く
『おー、少尉は見とれてるな』
鼻の下のばして・・・どうだろう。あの人だし
『あれ?』
直純は気を取り直すと、二、三言葉をフィリネと交わし、フィリネを基地に戻した
『ちょっと!せっかく着飾って来た女の子を送り返すってなによ!』
『レシィ、落ち着け。ちょっと待とう』
しばらくするとフィリネが再び出て来た。どっからもらったのか、水兵服だ
『・・・そういう趣味?』
セーラー服じゃないと興奮しないとか
『車に乗り込んだぞ』
『まって、追いかけるわ』
そんな二人に気付かず、フィリネと直純は車を走らせ始めた
『どこ、行くん?』
セーラー服を弄りながらフィリネは聞いた。せっかくあの服着たんに、何も言われへんかった・・・そりゃ、どっか施設入るんに私服は良くないかて、一言くらい・・・
『この国で、技術が一番進んでいる所です』
直純は断言口調で言った。という事は、確実にあるんやろう。この国の軍隊かて、うちから見れば超技術の組織なんやというのに
『と言っても、エチオピアとリビアの基地が失われたので、現在は開店休業状態というのが正直な所なのですが』
エチオピア?リビア?
『ああ、私達が居た世界にあった国と地方です』
疑問符が頭に並びつつあったフィリネに説明する。ついでに自分の故国の事も
『信じられへん』
フィリネはポカーンとして思考停止している。例えで海軍戦力にどれだけ差があるのかは、まずったか
『・・・もし、行けるのだったら行きたい、ですか?』
信号で止まった時に聞く
『日本へかいな?』
静かに頷く
『もう、ヘルシアに戻れなくなるかもしれませんが』
『なんやと!?』
助手席に座るフィリネの膝に、手を乗せる
『・・・初の母さん。ミスミおばさんは私達の世界の人間じゃ無い』
それが親父と一緒になる事で巻き込まれて、日本の再転移でイタリアに飛ばされ、苦労した上に親父は・・・無責任にのこのこと危険に踏み込んでおっちにやがった
『このまま一緒にいれば、いずれそうなりかねません。勿論この瞬間にも』
『なん・・・やと?』
更に続ける
『それから私は、貴女と結婚するよう【命じられ】ました』
ファエンツァでアルが言った事を告げる。命じられた風に変換して
『私は・・・それを実行するつもりで行動します』
好きだから、とは言わなかった。ああ好きさ、彼女の事は。だが、それを言うのは、まかりならない
『そ、そな・・・そないな事・・・急に言われ、ても』
プップー!!!
信号が変わっても動かない直純の車に、クラクションが鳴らされたので発進させる
『来月中までに返事を聞かせてください』
混乱したままのフィリネに、期限を伝える
『な、直純はんは・・・どう考えてr』
『命令に従うつもりです』
にべもなく言う。そういう事をフィリネが聞きたいんじゃないとわかりながら。もしなにかを言ってしまったら、フィリネは咄嗟の判断で縋ってしまうかもしれない。それじゃいかんのだ!それに、フィリネには大切な自分の故郷がある
ファエンツァから帰って来た直純が出した決断がそれだった。命令だから、結ばれる。手段は選ばない。プロポーズとしては最悪のそれを伝える事、それが彼女にとって最良の選択肢を与えられると思ったから
『訳わからんがな!なんで、なんでや!なんでいきなりそないな事になるんや!』
直純はんは・・・その、好・・・ヘルシアは、ヘルシアはうちの・・・それに、復興手伝ってくれる言うたやん!?あれは嘘やったんか!?
『・・・貴女に色々言ってしまったのは、再転移の事を考えれば間違いでした』
そんな事今更・・・!今更言うなんて!
『あんた最低や!最低や!最っ低の男や!大っ嫌い!!!あんたの事なんて大っ嫌いや!!!』
シートベルトを外してドアを開ける
『待て!今下りたら怪我を!』
急ブレーキをかける
『うっさい!あんたとなんか一秒たりとも一緒に居とうないわ!!!』
そういってフィリネは車から飛び降りる、馬鹿!後続車に轢かれたら!
『フィリネ!!!』
車を停車させて、自分も下りる。フィリネは尻尾をふり乱しながら走り去っていく・・・それに続くよう光る物が見えたのが、直純の心を締め付ける
『くそっ・・・!』
直純は抑え切れない思いに、車を蹴り上げた
一方、レシィの車
初はいい加減面が割れているのと、仕事してくださいという事で動く事が出来ないが、街中に行くのに監視を続けるとなると、どうしてもイタリアを知っている人間が必要となる。それでレシィのお出ましとなったわけだ
『どこに行くのかしら』
『うっわぁ、すごいなぁ』
一方、そのレシィの監視役である筈のエミリアだが、見ての通り、お上りさん状態である
『ちょっと、聞いてるの?』
『え?なに?』
ん、もう!ちょっと聞いときなさいよ
『ああ、どこに行くのかってのは、少尉が決めてくれてたってうれしそうだったけどね』
あの少尉だから、変な所には連れてかないだろうけど
『今、油が制限されてんだから、あんまり遠くだとついてけないわよ?』
『流石にそこまで行ったら、二人の邪魔は止めとくのが・・・て、えぇっ!?』
フィリネが車から飛び降りた
『ちょっと!』
今出たらバレちゃうじゃないの!
車を緩やかに止める。走り去っていくフィリネに、車を蹴ったくる直純
『追う気、ないのかしら』
レシィは直純の様子を見ていた。最低ね
『早く追わないと!』
『そうね!』
レシィ達はその場を後にした。だから、直純がその後どこに行ったのかを、知る由も無い
同日、マテーラ
Agenzia Spaziale Italiana(アージェンツィア・スパツィアレ・イタリアーナ、イタリア宇宙機関)の運営施設が、ナポリとタラントの間のマテーラという都市にある。ASIは最初、ローマ大学の研究チームが立ち上げた物で、資金難で苦しむ在独のチーム(在米のユダヤ系科学者の多くは、アインシュタイン博士の音頭もあり日本へ)を取り込み、次第に拡大を続けた機関で、つい先年まではリビア、エチオピアに打ち上げ基地を持つ、大規模な宇宙開発機関であった
『基地の無い宇宙機関は飾りです。ここで昼寝をしとります』
尋ねて来た直純に、出迎えに出てくれた館長はそういって説明してくれた。しかし就任いらい、一度も発射を失敗したことの無い館長なのである
『連れの方がいらっしゃる筈だったのではありませんかな?』
『少々アクシデントがありまして』
カラビニエリ(軍警察)の方に連絡を入れて任せて来たが・・・心配ではある。マフィアは殲滅されてるから考えなくて良いが・・・
『待ってたよ』
地下に降りて、広い空間に待ち人は居た
『ドゥーチェ、ヴェニト・ムッソリーニ閣下・・・』
ローマ新帝国建国の父と称されるその人が、目の前に居た
『モニター、点火します』
館長が合図を出した。巨大なイタリア全土の地図と、それに繋がっている自分達の見知らぬ世界
『ここは世界一贅沢な、儂の見物席と言ったところだ』
元々は上げられ始めて、既に10基近く上がっていた衛星の情報統制センターだった。しかし、転移によって衛星は失われ、その機能は意味を無くした
『最近、北イタリアで群発地震が発生している。恐らくは揺り戻しだな。えぐられた地面とつぎはぎされた地面との』
震源地が光点で示された。アルプス山脈と一体化している
『軍事、災害、その両面の情報が、最短10分程のタイムラグで手に入る。どうかね?』
『凄いです』
いつの間にこんな物を。ここに政治首班が集まれば、緊急事態に陥っても迅速に決断を下しやすくなるに違いない
『エトナ火山が噴火した場合、すぐに使えなくなるのが難点だがね』
本来はローマに造るべきなんだろうが、ウ゛ァチカンは聖ヨハネ関係でクレームが出るだろうし、どこを掘っても歴史遺構がそこにある
『会議の時も思ったが、見る度に彼が生き返ったように思うよ』
ドゥーチェは笑った
『彼とはそれほど話した訳でもなく、今は亡き君の母上、桂女史から随分話を聞いた上での印象だがな』
『父は、父です』
だからこそ俺はフィリネに、くそっ・・・!
『それは当然だ、君は君だ。他の何者でも無い』
ドゥーチェが、館長に合図した。表示されている画面が、切り替わる
『今私が必要としているのは、1942年の志摩大地ではなく、1966年の志摩直純の意見だ。見たまえ』
ルククと書かれた街の海岸から、いくつかの光点が街から逃げ出すように瞬いている。それがゆっくりではあるが、消えてゆく
『これは・・・?』
比較的遠方に位置した海上でも、次々と光点は停止し、消える。その意味は
『これは一昨日のデータだ。ヘルシアと違い、今回は慎重にアプローチをかけるべく第四潜水戦隊を偵察に差し向けたのだが、な』
『海上でも、艦船を攻撃する手段を持つ。いや、海上を進める敵が現れた。そうですね!?』
なんという・・・なんという事だ!
『正確には海中に、だがね。それがどういう事か、解るね?』
解るもなにもない、いつ何時化け物が本土に上陸してくるか解らない・・・ちょっと待てよ
『何故、海中と?』
『音響データがある』
ムッソリーニが頷くと、別のモニターに絵が映し出された。なんだこりゃ・・・トンボ?
『繊毛の変異で、オールのような役割を果たすらしい』
レーウ゛ァテイルの方に録音したテープを聞かせて、たぶんこういうのと思う。と、再現して描かせたものだから、多少曖昧なのは勘弁してくれ。と、そういう事らしい
『大使館の百目鬼大佐がこう言っていたよ。地球で最も繁栄している種族とはなにか、わかりますか?とね』
『昆虫・・・!』
進化の上でも、最初に地上に上がったものは最初に植物、次に昆虫と目されている。それが逆になったという事か!
『なにか聞いていないかね?蟲使いであったミスミさんから、何かを』
『いえ・・・初、はともかく。初音であれば聞いたかもしれませんが』
生憎な事に、初音はイタリアについてきてない
『あぁ、でも。場所が違うと蟲を操るにも周波数がかなり違うので、まともに調音するには、余程の幸運と精神的ダメージを負わなきゃ無理とかなんとか』
だから、クーデターの時にゴリツィアでその力を使った後、疲労困憊状態でまともに動けなかった
『もし、ミスミおばさんや初音が居ても・・・恐らくは』
役に立たないんではなかろうか・・・少なくとも我々には
『となると、これの戦訓を主にして活用せねばならんか』
ドゥーチェは、懐から一冊のファイルを取り出した。その題名は
『第二十一根拠地隊戦闘詳報・・・』
確か、レーウ゛ァテイルと初遭遇した部隊の本で、他の根拠地隊と較べて、稀有な異生物との遭遇が多く報告されている。一応、各国大使館に数冊は揃えてあるものだ。もしかしたらあるかもしれない転移に備えて
『確か、二人連れで来る予定だった筈だな?』
聞かれたくない事を聞かれる
『は、は!その、都合がつかぬようになりまして』
ドゥーチェはまじまじと直純を見つめた
『喧嘩かね?』
『・・・お恥かしながら』
直純は嘘をついた。しかしドゥーチェは若い頃、数百人の女性と浮名を鳴らせた男だ。何があったか、おおよそ察しはついた
『私もざっと目を通しただけだが、君も読むと良い。最初の出会いの後、第一発見者がとった行動は、特にな』
『は、必ずや』
ドゥーチェは微笑む。齢82にしてなお、その風格は他を圧倒する
『で、だ。前線に居た者として、君は今度の敵を、どれほどの相手とする?』
考える。ムッソリーニ閣下はどのような答えを望んでいるのかを・・・ああ、まずは自分の第一の任務として判断しなきゃならん事があるわな
『・・・見敵必殺と、核の即時使用を行う事は考えなくてよろしいかと』
『その判断を下した根拠は何かね』
ドゥーチェは問い質す。これまでそれをしなかったからこそ、イタリアは損害を増やしてきたと言っても良い
『今までの敵も、こちらの攻撃によって凶暴化したのちに撃破しました。個人の意見として、恐らくは痛みを感じたんだと思いますが、殺すには結局、コアを破壊する事が必要でした』
核砲弾を使うとしても、放射線だとかの問題は差し置いて考えれば、徹甲弾より破壊深度は浅い
『ですから、最良の撃退方法は爆弾でも砲弾でも構いませんが、通常の攻撃でコアを一突きする事です。核で表皮を焼き、出血死や病死を願うにはあの巨体。かなり時間がかかるでしょう。その間に上陸されては』
『逆に厄介か』
いや、これまでの敵のように、倒されたら枯れて腐葉土になるのを考えると。核使用後に本土で倒したときの、その汚染は考えたくもない。痛みに悶えている化け物の暴れようも問題だ
『本土上陸の可能性が上がった今は、そうだと考えます』
直純は頷く
『なんとしても、洋上でけりをつけなければなりません』
『では・・・ヘルシアに誘引は出来んか?あそこなら、既に戦車師団と航空基地があり、尚且つ、撃破に核使用も考慮に入れやすい』
直純は首を横に振った
『誘引の方法がありません』
『そうでもないみたいだよ』
背後から第三者の声がした。聞き覚えのある声、日本大使館陸軍部
『百目鬼大佐・・・』
『おうよ、少尉。元気してるかー?』
くわえた煙草を燻らせ、ファイルを持った手を振る
『大佐、誘引方法があるとな?』
ムッソリーニが聞く
『ええ閣下。貴空軍の偵察結果を見させてもらいまして。完全確実とはいえませんがねー』
ファイルの中身を、いくらか引き抜いて手渡す大佐
『無塗装で鏡面加工した我が閃光は、なかなかいい仕事をしましたな。今お渡ししたのは、かつて樹があった場所の物です』
『これは・・・』
ムッソリーニの顔が険しくなる。ヘルシアに進攻してきたMMと同じ化け物が、全ての写真に存在している
『枯死した樹の腐葉土を摂取していると思われます。ヘルシアにこれが現れたのは、近場に我々が撃破した樹と、人が吐き出す養分があったからだと想定できますねー』
だから、後は簡単だ
『工兵隊に溝を掘らせ、水を流し込んで海に流せば』
『こ、この敵がその栄養に気付く海域まで撹拌するには時間が』
直純は異を唱える
『戦艦以下多数の艦船が既に居るんだから。演習の一つや二つ行えば混ざるよ。やらなくても、海岸離流に乗せればすぐさ』
『し、しかし・・・』
直純の目が泳いだ。これではフィリネの・・・ヘルシアの街が・・・!
『直純君、これはある意味チャンスだと思うがね』
ムッソリーニは静かに言葉を続ける
『ここで、被害を最小限に抑えて街に被害を出さずに倒せたなら。彼女は許してくれるのではないかね?それに関して一番努力出来るのは君だ。我々にとって、ヘルシアは大事だが無くても良い存在だ』
『わかります』
直純は蒼白な顔になって頷く
『では、君は戻りたまえ。休暇もそろそろ終わりだった筈だ』
『は、失礼します!』
彼が出ていったあと、笑いを押し殺していた百目鬼が笑う
『尻に火をつけるとは閣下もお人が悪い』
『なに、観客としては。出来るだけハッピーエンドで物語は終えて欲しいものだからね』
彼は化け物の注意を引く(エンゲージ)為に、任務へ従事し始める
彼女と結ばれん(エンゲージ)が為に
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第二十六話【~libellula~】
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不器用とはこのことか。