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第24話・依頼

1966年5月9日・ファエンツァ




『休暇中すまないな』

車の中で、アンサルド大将は謝った

『いえ、所在がなかったもので。渡りに船でした』

結成式をハラハラしつつ見物してた所、アルに見つかって連れて来られたのだ

『なら、助かる。出来るだけ若い日本人が必要になってな』

連れて来られたのは、イタリア半島の付け根部分、その真ん中あたりの街だ

『予算が獲得出来なかったのは、知ってるな』

『は・・・』

一介の少尉がどうこう言える話ではない。大将の影響力が低下していると考えていいんだかどうだか

『技研がな、例の敵の放つ光線を一回だけなら防ぐ着脱式の装甲を開発したんだが、予算が無くて海軍には配備できないでいる』

『ファエンツァにはその製造工場が?』

増産を頼みに行くのだろうか?予算は、後年度負担にでもして

『ああ、元々イタリアが誇るマヨリカ焼きの一大生産地だ。私もよく女の子への贈り物に、ここのティーカップ等を利用したものだ。どうかな?ヴォルペ(Volpe・狐)の姫君にでも』

『アンサルド大将』

アルは肩を竦めた

『公式の場以外ではアルおじさんでいいといっだろう?、上官としてでなく、保護者として名乗り出たっていい。気を抜いて、な』

『それはありがたく思いますが』

自分達の一番大きな後ろ盾をしてくれているのだから、文句は無いんだが

『遠慮するな。桂さんやミスミさんにはだいぶ殴られた仲なんだから。親父さんにはイタリア自体が助けられている』

イタリア海軍に志摩大佐を知らぬ人間は居ない。我らがドゥーチェは戦後、父君の事を映画化し、未亡人となってしまった二人に興行のいくらか・・・せめて映画会社の何%かを保有する株主に、と、取り計らったのだが、二人は丁重に断ってしまい。映画も立ち消えになっている

そのせいという訳ではないが、志摩大佐の存在は日本国内では全く以って語られていない。在伊時代は全て栗田中将、日本への回航時は最高階級だった航空戦隊の指揮官が、日本では全て私の手柄とされ、南米の邦人救出の時ですら、外交及び輸送上の問題にならないよう両国が穏便に取り計らった為、戦死にすらなっていない。事故死扱いで遺族年金も無かった(さりげなく弔慰金を水交社が出してくれたらしいが)

『あまりに酷すぎる』

アルがそれを聞かされた時、絶句したのも無理はなかった

『せめてイタリア国家として、彼の息子二人が多少羽目を外しても、大目に見る』

それが暗黙の了解となっていた

『父は父、私は私です。気遣いはおじさんにこそ無用です』

死んだ人間に振り回されるのは沢山だ

『・・・で、実際の所ヴォルペの姫君とはどうするんだ?』

『どういう意味です?それから、彼女はフィリネと言います。姫君は言い過ぎかと』

アルは笑った

『いやいや、女性は皆姫君さ。それで、どうするかって話だが。彼女を自分の物にするのかって話だな、端的に言うと結婚だ、結婚』

またその話かよ・・・

『おじさん。一応新聞にああいう事を答えたのもありますし、命懸けで助けに飛び込んだのも事実で、その・・・一線も越えてますが、まだ、そこまでは』

いや、それ以前としてろくに付き合ってもいないんですが

『おいおい、再転移もまたいつ起きるか解らないという現実も理解しておくといいぞ・・・放って置く気はさらさら無いのだろう?』

放って置く気は・・・確かに無いが

『どうするかは、六月中にでも決めておけ。早ければ早い程良い』

ジューンブライドにちょうどいい。物の用意はこっちがいくらでもしてやる。と、アルは言った



キキッ



車が教会の前で停車する

『目的地はここだ』

『教会、ですか』

各産業、特に古い物は教会と結び付いている事が多い。なるほど

『神父様はこちらに』

シスターに案内して貰って、教会の奥から中庭を通って宿舎を訪れる

『チマッティ神父様』

ベッドに横たわる老人にアルは声をかけると、十字を切って出迎えてくれた

『どうなされた、海軍の方々。赦しが必要でしたら担当の者がおります故、今や神に召されるために生きているこの老体に用はなかろうかと存じあげますが』

アルはベッドに近寄り、ひざまづいて十字を切る

『不躾なお願いを申しに参りました』

後ろで直純が、ここに来るまでに聞かされた事を話す

『神父様はサレジオ会の重鎮として、マヨリカ焼きのマエストロ達に、影響力があると聞きます』

『おお・・・この声は、東洋系のお方とは思っていましたが、日本の方でしたか、あぁ、神よ感謝したもう』

直純は目を見開いた。こちらに転移して以来、また言語の意味だけはとれるようになったから意志は通じるが、日本語だと解るのには、日本語の発音を知らねばならない

『解るのですか!?』

『それを、こちらに寄越してくれないだろうか?あぁ、若人よ、よろしければお名前を教えてくれませぬか』

指を差す方を捜す、これは!

『これですか?神父様。それから私は、志摩直純と申します』

『直純君か・・・』

神に感謝しますと再び十字を切った神父は、渡した額を抱きしめる。額の中身は勲三等瑞宝章であった

『私は日本で働き、日本の土に帰りたい、そう願っていた。だが、私の友人達、いや、それだけでは無い。畏れ多くも天皇陛下さえもが働き掛けてくだされ、ドイツの医療を受けさせてくれるよう取り計らってくれた・・・心苦しくも、その願いを果たすことは出来なさそうであるが、その愛を、私は忘れる事が出来ない』

神父様は興奮気味に嘆息する。このような機会を授けて下さるなんて

『私は長くは持たないだろう、私が神に召された時。私の遺灰を日本へ』

『神父様、それは我が海軍が誓って・・・つきましては、先程のお願いなのですが』

アルが答える

『閣下、申し訳ありませんがそういうやり方は・・・遺灰は私も軍人である以上確約出来ませんが、大使館を通じ、必ずや』

死の床に瀕している老人に口約束の希望を与えてゆするなんて、ふざけたやり方は・・・あぁ、つい勢いでやってしまったが、俺はなんて無謀な事を、少尉で大将の意見に異を、しかも交渉者の前で

『少尉』

冷や汗が止まらない。怒られた事は無いが、アルおじさんが激怒したらどんな感じになるんだか

『は、はっ!』

直立不動になって答える

『良く言った。こういう男ですので、神父様は、何とぞ安心の程を』

アルは笑いながら立ち上がる

『日本の方らしい方ですな』

神父様も莞爾と微笑む。こ、これはハメられたのか?

『教区の人間に、頼んでみましょう。力を貸してくれるかもしれませぬ』

『感謝いたします。どういった物を造るかは、既にマエストロ達に伝えられているでしょうから、数が揃い次第、タラントへ・・・連絡先は私の名を出せば繋ぐようにします』

アルは懐から取り出した紙に、連絡先の電話番号を書いて渡す

『確かに』

交渉が終わったのを見越してか、シスターがお茶を持って来たので、雑談を二人は始める・・・なにこれ、馬鹿は俺一人?

『して、神父様。近頃の結婚式はどうです?やはり数が減りましたか?』

『減りましたな。先行きの見えない事態に、永久の約束を交わすのを控えているのでしょう』

それもまた、愛の為でしょうと、チマッティ神父は頷いた

『やはり、率先して結ばれる者が必要でしょうかね』

アルは嘆息するが、ちょっと待て

『閣下、それは』

『海軍だけでも軍艦三隻、既に1000名を越える若人を失ってしまいました。今後も、間違いなくその数が増える事でしょう』

『・・・』

アルが自分の事を言うのでは無いとわかったので、黙る。1000人を越える成人男性の死、そしてその背景には、その数倍の悲しむ人間が存在する

『悲しみは増すかもしれませんが、私は一軍の長として、不実の恋人達よりも寡婦を増やすべきと存じます』

そうであれば、国家として保障を手厚く行える。財政側としてはたまったもんではないが

『なるほど・・・お考えは重々承知しました』

チマッティ神父は頷く。それもまた、愛でしょうな

『そこで、彼がもし結婚する事になりましたら、その式を盛大に行い、ある種のムーブメントを醸成したい』

アルは直純を見つめた

『君には。いや、君達には幸せになってもらわねば困るのだ。勿論、無理強いは出来ないが、な』

『閣下・・・』

フィリネと俺はどうしたら、いや、俺は彼女を・・・

『己が愛恋に忠実なれ、だよ直純君』

チマッティは言った

『私は日本に居た時、何もわからぬうちに海にたたき落とされるも、神の御加護か、運よく台湾の漁船に拾いあげられて、助かる事が出来た・・・そして一ヶ月後に帰って来た君達には、八年の年月が過ぎ去っていた。そして、私の教え子の内数人が、既に戦場で若い命を散らしていた。わかるかい?』

チマッティ神父は悲しそうな目で嘆息した

『一月前まで国民学校の元気いっぱいな生徒達だった彼等が、もうこの世に存在しなくなった恐ろしさを・・・私には、彼等に神の愛をもっと教える事が出来た筈だったというのに。あるいは、死にゆく彼等の魂に、いくばくかの救いを差し延べる事が出来たかもしれないのに』

伝えられなかった・・・伝えることが出来なかった

『己が愛恋に忠実なれ、だよ。私に言えることはそれだけだ』

もう一度、同じ言葉をかけられる

『閣下』

車の運転手が時間を告げに入って来た。どうやら時間らしい

『名残惜しいが、時間のようですかな』

『そのようですな』

アルは神父様に敬礼をして部屋を出ていく。直純もそれに続く

『神父様・・・』

直純は部屋を出る前に止まって問うた

『神父様の言う愛恋への忠実さが人を殺した時、愛恋を憎んだ人間は、いったいどうしろというのですか』

認めろというのか・・・!あんな死に方をした母さんを、いや、それをさせてしまった親父をだ!

『直純君、君は・・・』

『失礼します』

直純は背を向けて、場をあとにした



翌日・ナポリ航空基地




『こりゃまた大変なスケジュールで』

初は呼び出された司令室で渡されたスケジュール表を見て、呆れた。隊員達は今、機械や機体を使ってエミリアやプロディ、レシィらがそれぞれ付き添ってG訓練を行っている

『アクィラ航空隊はともかく、村雨さんとこのアグレッサー部隊、空軍のフレッチェ・トリコローリとの模擬空戦に、おいおい、ムッソリーニへの対艦攻撃演習まであるじゃねーか』

どんだけ短期間で鍛え上げるか知らないが、何と言う豪華メンツを揃えるんだ

『あ、おつかれさん』

目の前に紙を沢山抱えたフィリネが現れた

『お、姐さん。整備は良いんですか?』

整備はフライトが終わってからが本番だ

『見てのとおりや、紙が足らんのぅなってパシられとる所や』

ニカッとフィリネは笑った。紙は、整備に絶対と言って良いほど付き物の油漏れを受けるための代物で、機体の整備箇所の下に敷いておく。整備をする際には必ず用意する必需品だ

『確か、エンジン担当から外されたとか』

『危うく尻尾をこんがり焼くとこやったからなぁ、しばらく触れへんよ』

整備し終わったジェットエンジンの試運転で、身体の幅が尻尾で広いのを忘れてて、本当に危うく、だ

『こんがり狐色なんてしゃれにもならへん』

『はは、確かに。でも、気をつけてくださいよ?兄貴に俺が殺されかねない』

心配性だから、何をしてるんだと怒鳴り散らしかねない

『な、なんでそこで直純はんの名前が出るん?』

『何をいまさら。兄貴の整備も、よろしくお願いしますね』

ぼふん、と、フィリネの顔が赤くなる

『うちは直純はんとは!』

『はいはい、友達ですよねー、とーもーだーちー』

肩を竦めて、遠い目をする。わっかりやすーいリアクションありがとうですよねー?

『どこ向いとるんや』

フィリネはじと目で初を睨む。まったく、直純はんと違ってこん人は・・・

『いえいえ、で、次はいつ会うんですか?』

『別に決めてへんよ、別に恋人でもあらへんし!てか、なんでそないな事教えなあかんのや!』

フィリネは背中を向けて仕事場に向かおうとするが、そりゃあいかん

『あの堅物がまともな休暇とるわけないし、仮にとってきたとしても、休暇が重なるかどうか怪しいんじゃまいか?』

フィリネの足が止まった

『直純の兄貴は休みの時、大低宿舎で本でも読んでる事が多いんでー、連絡先、教えときたいんだけどなー?』

ああ、ニヤニヤが止まらない。葛藤してる葛藤してる

『や、約束があるんに不便があるんやから仕方あらへん、聞かせてもらおやないか』

顔を背けて戻ってくる

『2726-06-4873、電話のかけ方、わかります?』

ちなみに06はローマの局番である

『わ、わかるわ!そんくらい!』

『コインは?』

給与他の支給はまだだったはず。電話は隊内での使用であれば無料だが、外にかけるとなればコインが無いと無理だ

『・・・あらへん』

悔しそうに睨みつけるフィリネさん。あっひゃっひゃっひゃっ、俺様自重、テラ自重。つか、好きなら好きでいいじゃねぇか、兄貴じゃねぇんだし本人は

『どうぞ、足りなかったらごめんなさいです』

10枚程ポケットにあるものを手渡す

『な、長話なんてせぇへんよ!ほなあんたは用無しや!』

フーッと尻尾を膨らませてフィリネは去っていった

『お幸せにー』

手を振って見送る。いやぁ、いいことしたなぁ俺

『ふんふん、随分イジワルな事をするのね?』

後ろから声をかけられた。お、この声は

『レシィか、ちょうど良い所に。これから盗み聞きに・・・』

振り返るとそこには、エミリアをはじめとするヘルシアの方々も

『フィリネに随分な仕打ちをするんだなぁ、初』

『整備長になんて事を!』

『女の敵めーっ!』



ア゛ーッ!!!




そんな絶叫が響いたのは露知らず、整備を済ませたフィリネは電話コーナーへ

『えっと、受話器外して、コイン。そして番号やっけ?』

使い方を思い出す。あぁ、何をどう話したらええんやろ

『次、会う時の日程やな、それから、どこいくんか決めんといかんし・・・うっわ、あかへん。足りるやろか?』

いざとなると焦る。受話器をとって、くるくる紐を指に巻き付ける

『だぁーっ!こないなとこ他の人に見られたらまずいやん!か、かけたるで!』

コインを入れて、一気にダイヤルを回す



トゥルルル・・・



《はい、志摩ですが》

『あ、あああ、な、直純はんか!?』

電話越しに直純の声が聞こえて来た。すごいわぁ

《え?フィリネですか?なんでこの番号を、アルおじさんか功部大佐、あとは初しか・・・初か》

呆れたという声音がわかる

『あのなっ、あの、うちと会う時やけど、うちの休みがわからんと直純はんが二度手間になるやん?それで、な』

《ああ、そうですね。そういえば》

うん?なんか直純はん、おかしゅうない?

『なぁ、なんかあったん?』

《いえ、私も出来ればすぐに会いたいところでしたので・・・何時になります?》

気のせいやろか?

『えっとな、うーんと、三日後や』

渡された勤務表を思い出す

《わかりました。行くところは私が決めてる所でいいですか?》

『う、うん!ええよ!』

行くとこを、もう決めててくれたんや

《では、迎えにいきますから、正門で・・・時間は09:00あたりに》

『うん、待っとるで』

電話を切った

『はぁあああ、緊張した』

でも、三日後には直純はんとデ・・・はっ!?違う!違うで!約束を果たして貰う為やからな!




そう考えつつも嬉しそうなフィリネに、三日後、何を直純は告げるのか





次回、享楽と絶望のカプリッチョ第二十五話【~エンゲージ~】




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ジューンブライドですよ、ジューンブライド!

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