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第22話・見知らぬ都市(まち)

1966年4月29日、ヘルシア




『・・・』

直純はムッソリーニから双眼鏡でヘルシア港を眺めた。一時退避で輸送船等の船舶に逃げていた人々が順番に戻りつつある

『彼女は街に戻ったのだったな?』

ペンネ中将が声をかけて来た。ピアーウ゛ェ作戦に間に合わなかった件で、いったん更迭されかけたのだが、被害が明らかになるにつれ、前線に置いておけとの事で立ち消えになっていた

『え?あ、はい。その筈です』

フィリネは一緒にかかってた高圧症の治療が終わってしばらく調査を受けた後、アクィラ飛行隊が先発で本土に帰還してきたのに合わせて、エミリアと初が連れていった

『今回の防衛戦までに失った人員の補填に、ヘルシアで義勇兵を募るとか』

今回の防衛戦にしたところで、こっちの物資を消費しただけだ。資源はともかく人員ぐらいは補充させてもらうという意向はおかしくない

『といっても、技術者のヘッドハンティングに近いらしいですが』

見舞いに来てくれた初から聞いた話だ。エミリアが実戦に耐えられた事から判断されたらしい。義勇ヘルシア航空隊の誕生、ってわけだ。パイロットは全員女だから映り栄えもいい。整備も出来るだけ自前で出来たら、と、フィリネも呼ばれたのだ

『ほう。彼女も志願したのかね』

『いえ、答えは保留すると答えたとか。でも、呼びかけはしてくれるそうで』

自分個人としては・・・複雑だな

『答えたとか、となると、本人とは話してないのか』

『見舞いに来た初から聞かされただけで、病院でもあまり顔を会わせませんでしたから』

たはーっとペンネが頭を抱える。小耳に挟んでいたらしい艦橋連中も、がっくり肩を落とす。なんだなんだ?

『おいおい、始末書は書かせたが、彼女と付き合うなと言ったわけではないぞ?』

新聞にも載せた手前、むしろよりもっと仲良くなって貰った方が、国内の新聞記事にも連続性が出て良いんだが

『ま、まだ友達ですよ!彼女とは』

直純は真っ赤になって否定する

『まだって言うからにはそれ以上にする意思はアリなんだな?』

『ちょ・・・それは答えなければなりませんか?』

その部分はプライベートに関わりますが?と、少々慇懃無礼に答える

『まぁいい、少尉。本来は艦長なり主計科が告げるべきだったのだが、君の所属が特殊だからな。休暇を取りたまえ少尉』

混乱する。休暇?

『は、は?いえ、病院で十分休めましたので』

『任務中の戦傷による治療だろう?それに君は休暇に休みをとっていない』

転移した新年当初、大使館で勤務していたのが思い出された

『我がイタリア軍は一年半の兵役中、40日の休暇が認められている。将校、少尉ならばそれに加えて20日、君はイタリアに来て艦隊勤務と換えの無い核使用の可否判断任務があったとは言え、着任六ヶ月目にならんというのに、休暇取ったのが6日とかふざけてるのかね』

そ、そんな事いわれても、ふざけてるわけじゃないし・・・

『しかも間に実戦を重ねて、だ。主計科が引き攣ってたぞ、金払いが三割増し以上かかるとな。それだけじゃ無い。核使用の可否の問題も、長期の休暇を取られてはいざというとき困る』

ああ、給金はともかくそう言われると問題か・・・こまめに休暇も入れてしかるべきだったな

『そして現状、敵襲来の可能性は薄い、よって、14日以上の休暇を取る事を命令する』

顔がポカーンとなった。14日?二週間も何しろってんだ

『私は命令したぞ、少尉』

『は、はっ!志摩少尉14日の待機を受けます』

ペンネ中将は、よろしい!と言った後、何やら生暖かい笑顔と共に便宜してくれて、あれよあれよと言う間にヘルシアへ送り出されてしまっていた・・・アレ?別に本土に送って貰っても良かったような・・・

『嵌められた、のか?』



同日・ヘルシア航空基地、OND酒保




『さっすが兄貴、俺に出来ないことをさらりとやってのける!そこに痺れる憧れるぅ!』

で、結局フィリネの所には行きにくいので初を飲みに誘ってみたわけである

『どうなんだ、そっちの調子は』

『いやぁ、女の子に囲まれてウハウハよぅ。全員じゃないけどな』

今回のヘルシア防衛戦で待機していたここの航空隊各員は、自分達の無力さに歯ぎしりしていた人間が多く、エミリアの呼び掛けに良く答えてくれていた

『しかし兄貴、フィリネさん所に先に行かなかったのは正解だぜ?』

初が飲んでいたグラスを傾ける

『ん?どういう事だ?』

『お、来たな』

初は直純の質問に答えずに、ドアの窓から見えた人影に顔を綻ばせた




カランカラン




『久し振りです、少尉。その・・・フィリネの事なんですが、聞いてくれますか?』

玄関の鈴をならして酒保にエミリアが入って来ると、適当に酒を選んで頼み、直純の隣に座ってから切り出した

『どうしたんだ?』

『かなりショックを受けてしまって』

深刻な顔でエミリアは俯いた。初も顔をしかめている

『航空隊はみんな機体に乗って待機してましたから、幸いにも被害はなかったのですが・・・』

整備班の仲間の三分の一近くが戦死してしまった

『それだけじゃなくて、フィリネは街そのものも誇りに思ってましたから』

三割に近い市街の焼失

『それは知ってる。フィリネの母上が創りあげた、と』

言わば街そのものが忘れ形見なのに、焼かれてしまった

『兄貴、こういうのは俺じゃ無理だ。笑い飛ばすには重過ぎらぁ』

『珍しく初が空気を読んだものな』

エミリアが笑う

『ま、でもさ、兄貴も知らない間柄じゃないし、兄貴は核使っちまった前科があるわけで、フィリネさんの気持ちがわからないわけでは無いと思う訳よ、俺は』

『・・・そうだ、な』

味方殺しに近いことをしてしまった。しょうがないこととは言え

『行ってくれますか』

『ええ、出来る限りはしましょう』

頷く。彼女は他人じゃ無い、ほっとけなどしない

『これを』

エミリアは鍵を渡した

『これは?』

『フィリネの宿舎の鍵です。私は妹さんのファムと関係がありましたから』

そう、か・・・フィリネは仲間も、妹さんも失ったんだな

『最悪襲っちまえ』

おいおい初、物騒な事を

『いや、それぐらいしてくれた方が』

エミリアさんまで

『ともかく、やってみますよ』

エミリアさんにそう言って、酒保を後にする。残された初とエミリアはそのままグラスを傾ける

『兄貴なら少なくとも自殺だけはさせねぇよ』

『うん・・・』

まだ心配そうなエミリアに初は言った

『あんまり他人に言える話じゃねぇが、おばさん。あ、兄貴のお母さんな、ついこの前自殺したんだ』

『なんだって・・・?』

エミリアは目を見開く

『兄貴が成人して仕事にもきちんと就いたから、死んだ旦那の元へハネムーンしにいったのさ。まったく、おばさんらしいぜ』

初は笑う。男としてはそれぐらいしたいと思わせてみたいもんだ

『でもな、子供の立場としては、母親に幸せになってもらいたくない人間なんてそうは居ねぇ。俺だってお袋が死のうとしてるなら止めにかかるさ。兄貴はそれが出来なかった人間なんだ』

『後追いなんて絶対させないわけだな?』

エミリアが合点がいったと頷く。しかしまぁ、そんな過去が

『その代わり、兄貴は恋愛が怖いみたいだがな。母親をそんな風にまで思わせたわけだし』

『難しいな』

良いカップルだと思うが

『そっちの方は心配してない』

初は笑う

『兄貴達は否定するだろうけど、今やってる事自体が恋愛そのものだろ?』

『そうか、そうだな。その通りだ』

エミリアは微笑んでグラスを傾けた



フィリネの宿舎には、明かりが灯っていなかった。エミリアに貰った鍵で扉を開き、侵入する

『・・・』

女性らしい小綺麗な部屋に漂う、酒と吐瀉物の匂い。それが強くなる方へ足を進める

『・・・フィリネ』

元が二人部屋な為か、部屋が広い。そんな部屋にフィリネは居た。机の上には缶が大量に並んでいた

『あ?あっはっはっは、あかんなぁ、幻覚迄見えはじめよったでぇ』

目が笑ってない。どこか冷めている

『う・・・』

『あ、ありゃ・・・?』

フィリネが取ろうとした酒缶(後で密造酒みたいな物と聞いた)先にとって飲み干す。かなりキツい酒だ

『・・・』

『・・・』

そしてお互いに無言

『・・・卑怯もん、こないな時にのこのこ来おって、見損のうたわ』

『・・・』

言われるままにする

『しばらく会わへん約束やったろ?なんや、こんなんなったうちを見にきたんか!?それとも弱っとるうちを好き放題しにきたんか!ええでええで、目茶苦茶にするがええわ!』

フィリネは服の前を開けた

『強姦魔、キス魔、とーへんぼくのアホ男!さっさとうちの前から消えや!』

別の酒缶の中身を顔に向けてぶちまけられる。言ってる中身も支離滅裂だ

『この酒はどういう風に飲むんです?』

酒缶の一つを開けて飲む。うえっ!まず・・・っ!

『うちに付き合うつもりか?趣味の悪いアホやの・・・ほい、これはな、氷砂糖を口に含んでから飲むんや』

『フィリネは?』

口にしてる様子はない

『酒ん飲み方くらい!うちの好きに飲んだかてええやろ!?』

『自分を痛みつけるような飲み方してたら、酒が可哀相だ』

せっかくの酒・・・良くみれば名前が書いてある

『ふふっ、みんなでなぁ、それぞれ造ったん・・・こつこつ材料持ち寄ってな』

酒缶を両手でフィリネは抱えた

『もう飲むもんもおらんようなってしもたもんを、どう飲んだって勝手やろ!?』

酒缶を煽る腕を握って止める

『フィリネを傷つける手段として、死んだ人間がそれを飲んでほしいと思ってるはずが無いだろ』

『うっさい!それを誰に聞いたんや!聞けるはずないやろ!』

みんな死んでもうて、死んでもうてるんや

『それとも・・・ここはやっぱりヘルシアや無いんか?うちの知っとるヘルシアやないんやろう?うちの好きなヘルシアやないと言ってぇよ!!!』

じわっとフィリネの瞳に涙が溜まるのを見ていると、咄嗟に沸き起こった衝動で、彼女を抱きしめていた

『はっ、はなれぇ馬鹿!バカ・・・!ばかぁ・・・』




翌朝




ガバッ!




『はっ・・・!?あ、あら?うちはいつの間に寝てしもうたんや?』

酒缶の散乱した自室でフィリネは目を覚ます。昨日はどんくらい飲んだんやっけ?

『う~・・・頭痛いわぁ』

二日酔いで頭がガンガンする。そういえば昨日・・・

『あんな夢見てまうなんて』

夜、直純はんがやって来て、戻って来てからの胸のたけをずっと愚痴り倒したら、抱きしめてもろて、それから

『・・・なんや、少しすっきりしてしもたな』

胸の奥がずきりと痛いが、まだ、認められる

『あん子達が見せてくれたんやろか?』

酒缶を眺める

『許してくれるん?いや、そないな事無いな』

直純はんに慰めてもらって幸せや、なんて、どれだけ勝手なんや、自分

『・・・』

それにしても、こんな時に直純はんの事考えてしまうやなんて・・・しかも、思いっきり取り乱してもうて

『ごめんな、直純はん』

あんたの存在を利用してもうt




ガコン!




フィリネは脳停止した。へ、誰?

『あぁ、起きましたか。待っててください、今朝食を用意しますから』

な、なんで直純はんがここにおんの?いや、それよりも、という事は昨日のアレは現実ってこt

『ーっ!!!(声になってない)』

直純が朝食の用意をして戻ってくると、フィリネは尻尾丸出しでベッドに頭を突っ込み、なにやらぶつぶつと唱えている

『こっ、これは夢や、夢の続きや・・・』

『あの、フィリネさん?』

異様な光景に直純の方が引く・・・尻尾の下にある、パジャマ姿の形のいいお尻に注意が向いたのは胸の中にしまっておく

『ゆ、夢の続きかて、う、うちどないすれば?』

『おーい』

呼び掛けると六つの尻尾がびょいーんと膨らんで立つ

『ひゃ、ひゃい!なんでしゅか!?』

あ、正座だ

『いや、朝食食べませんか?』

用意したコーヒーとバタートーストが二人分ある

『そ、そうやね!朝食朝食っと!』

わたわたとベッドから出て来て机の前に座る。いい香りが鼻孔をくすぐる。カップを無用意に触ると

『あに゛ゃああああっ!!!』

そりゃ熱いです。ええ

『だ、大丈夫ですか?』

そんな様子に直純もわたわたし始める。なんかしたかな、自分

『な、な、ななっ、なんであんたがここに居るねん!不自然やろ!?』

ようやく夢で無い事を理解したフィリネが、凄い勢いでツッコム

『エミリアさんから合い鍵を貸してもらって・・・その、だいぶ落ち込んでると聞いたもので、な』

直純は困った顔で頬をかく

『以前、モール族の人達の所に連れていってもらったのもあるから、上がらせてもらったというか』

『か、勝手にひとんちにあがりこむなやー!!!つーか鍵だせっ!没収や!』

エミリアもえらい余計な事をしてくれはる!ああ、まったくもう!なんでこんなどぎまぎせにゃいかんのや

『それで・・・あんた昨日、うちの事』

頭を抱えつつジト目で睨む

『お、襲ってはいませんよ?その、抱きしめてたら、すぐ寝てしまわれましたから』

直純は両手と首を振って否定する。そうやない、問題は昨日の事が全部現実やったかということである

『・・・最悪や』

見られたくないもの全部見られてもうた

『だから襲ってませんて!』

直純は別の方向で全力否定している

『それはもうええ!はよ出てけ馬鹿!』

『・・・出ていったら、また飲んだくれる気ですか?』

直純の視線に、胸がドキリとした

『か、関係あらへんやろ』

『あなたは以前、そんな私を放って置きましたか?それに、私はあなたの友人の筈です。放っておけません』

あうあう・・・そ、そうや

『あんた仕事は?艦隊任務があr』

『二週間の暇をもらいましたから安心してください』

なんでこないなタイミングで暇もろとんのやこん人は!

『あーっ!もぅっ!煮るなり焼くなり好きにしぃや!』

バターンとフィリネはやけになって床に大の字に横たわる

『だから朝食を・・・それとまぁ、少し聞きたいことがあって』

『ん?なんや』

フィリネはしぶしぶ起き上がってトーストをかじる

『イタリア行き、どうするんです?』

『・・・整備班は壊滅状態や、死なんかった者でも、あんな死に様見て、子供作りに辞めたもんも多いしな・・・それで、あんたはどうしてほしいんや?行くならうち一人になるで』

直純は考える

『・・・イタリアに来た方がいいと思うな』

『理由は?』

その言い回しに少しイラっとしつつも聞く。もっとこう、男らしゅう、いいから来い!とか、来て欲しいとか、はっきり言ったらどうなんやろか

『この街は、確かに破壊されたかもしれない。だけどフィリネが望むなら、治すことは可能なんじゃないかな?』

人は、そりゃ戻ってこないけれども

『来たら、それは整備士としてかなり時間を取られるだろうし、専門色が濃い、単能の技術者として矯正される可能性も低くない・・・だけど、学べる事は多いだろうし、俺も出来る限りの手伝いがしたい』

フィリネはほけーっとこちらを見ている

『フィリネ、聞いてるか?』

『う、うん』

遅効性の毒のように直純の言葉がゆっくりと入って来るのに比例して、顔が真っ赤になる。何をうちは考えてるんや、直純はんはうちの事をきちんと考えてはるんに、うちは、その、えーと・・・

『フィリネは、どうなんです?』

直純が聞いて来た。うちは・・・

『行っても、ええで。あ、あんた、ちゃんと手伝ってくれるんやろな!?見ず知らずの土地なんやし、誰か居てくれんと』

『あなたの責任は、私が持ちます・・・あ、いえ!素行の事ですよ!?』

直純も、自分が相当やばいことを口走ってっているのに気付いて訂正する

『と、とりあえず食べましょう。酒保からパンは焼きたてを持ってきたんです。食べたら、初達にフィリネの参加を言わないと』

『せやな、それじゃ食べよか』

それから二人は言葉もなく朝食を平らげて、フィリネが着替えるのを、直純は玄関で待つ

『ほな、いこか』

そう言って現れたフィリネだが、足が動いていない

『どうしたんですか?』

心配そうに直純は顔を覗き込む

『あはは、怖なってな・・・焼け落ちとる街見るのんが・・・動く気は、あるねんけど』

足ががくがくと震えている

『あかん、動かへん』

『フィリネ』

直純はフィリネの手を握った

『あっ』

もつれるように身体が前に出た。足もそれに追随する

『もしよければ、手を繋いで行きませんか?その、エスコート的な意味で』

直純の顔は真っ赤だ。言ってる事に自分で照れている

『そ、それじゃあ頼むわ・・・ゆ、ゆっくり歩いてな!倒れ込んでまう』

二人はぎこちなくも手を取り合って、宿舎から出て行った。見知らぬ都市まちになったここを、見知った都市まちへと取り戻すために




次回、享楽と絶望のカプリッチョ第二十三話【~Terme~】

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なお、ヴェルダースオリジナルより甘いという指摘は受け付けておりません、あしからず

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