第1話・ネクストジェネレーションズ
1966年1月3日午前1時・ローマ、日本大使館
イタリア全土が混乱状態にあった一日が、ようやく終わりを告げた
『これは間違いなく転移だね』
功部間大佐は、自室に飾ってあるウ゛ェネチアガラスのウィスキー入れを指で弾いた
『は、はぁ』
特に、大使館の中でも40歳を越える人間は、全くといっていいほど混乱しなかった。上がそうだと、部下もおちつかざるを得ない
『直純君、イタリア外務省はおそらく対応仕切れないだろう。君が準備をしてくれ』
直純と呼ばれた武官附きの少尉は、頷いた
『はい、ですが、イタリア海軍省も混乱状態だと思われます』
功部大佐は、またグラスを弾いた
『うん、その懸念は正しい。だが、本国からの返信があるかどうか各国の大使館へ問い合わせる外務省よりは、艦艇をバラけさせている海軍省の方が、情報を得やすい。それに』
功部は窓を見た。見覚えのない星空に、二つの月が浮かぶ
『イタリア海軍航空部隊錬成の為に、ちょっとしたものとは言え、戦力を我々はイタリアに存在させている。それの無事を知らせる事は、彼の海軍でも最優先事項の筈だ。確か君の弟は、アクィラⅡに乗っていたね?』
『はい、戦闘機を乗り回してます』
初は、イタリア海軍ジェット艦載機運用のアグレッサー部隊の一員だ(したっぱ一号SA!と、あいつはいってたが)
『君達兄弟の事なら、アンサルド幕僚副長も動くだろうからな。志摩少尉』
わざわざ名字と階級をつけ、説明は終わりだと退出を功部は退室を促した
『は、失礼します!』
大使館の武官は、基本的に功部大佐のような人物が二人程度しか派遣されないのであるが、少尉風情の自分がイタリア駐在を命じられたのは、こういう時の為だ
午前2時、イタリア海軍省
『よぅ、元気か。大使館なら、いくぞ』
アルはシワの増えた顔を笑顔にして直純を出迎えた。普通の海軍軍人と違う所は、こんな状況下で、足を机に投げ出して寛いでいることだ
『戒厳令下なのですが、よろしいのですか?』
直接日本大使館まで来てもらう事を、二つ返事で了承されれば、流石に疑いたくもなる
『今は上がってくる情報を集めるだけで十分さ、下手に命令したらかえって混乱しちまう。俺も命令を欲しがる連中に詰め寄られたくねぇし、ふけるにはちょうどいいや』
『そ、そうですか・・・』
着任して初めて会った時からそうだけど、時々この人が海軍実動部隊の長で大丈夫か?と思う時がままある
『アクィラなら無事だぞ』
アンサルド大将は、外行きの服を着込みながら、ぼつりといった
『アフリカ以外の本土に居た艦艇は、そのほとんどが確認されている。状況がはっきりするまでは、貴軍のパイロット達をお貸し願いたい・・・うん、ふけるにはまっとうな理由だ』
・・・それって今ここで俺が聞いて、功部大佐に伝えりゃ済むことでは?
『んじゃ、行くか!』
完全にふける気ですか、そうですか。って
『そっち窓ですよ?』
アンサルド大将は窓際に向かっている
『ドアから出たら捕まっちまうだろ?常識的に考えて』
あっ、カーテンから紐が!
『こんな事もあろうかと、要らなくなった参謀紐やらを縒り直してて正解だったぜ』
もう、なんと言ってよいのやら
『ま、朝まで匿ってくれ。たぶん、戒厳令も解除されるからな』
『はぁ・・・わかりました』
翌朝、サンピエトロ広場で、久しく行われていなかったドゥーチェの演説と、教皇パウロ6世の演説で、イタリア国内の混乱は一時的な収まりを見せるのである。彼等は、20年前に日本の人々が突然どこからか現れたことを、イタリア市民に思い出させたのだった。そして今、イタリア全土が同じ状態に陥っている事に気付かせたのだ
1965年1月5日、アドリア海
空母アクィラⅡは、アドリア海の真ん中に位置しながら、アルプスの向こうに突然現れた土地に、偵察飛行を繰り返していた
『なんもない、近場には緑が広がるだけで、人っ子一人いやしない。つまんねぇ!』
アルプスの境界面から少しの荒野を抜けて、豊かな森が広がってる割に、何らかの生物が生活する村なり町なりコロニーなりが全く見当たらないのだ
『つか、貧乏くじ引いた俺達が、なんでまだ戻れないんすか!』
交代シフトが運悪く、正月を海で過ごす羽目になったのだ
『こらこら、初。待機所で暴れるんじゃない。仕方ないだろう。代わりのスパルウ゛ィエロは、モナコの制圧支援に出ちまったんだから』
転移した最西端の街であるモナコは、フランスの保護国である。なんとしても制圧する必要があった
『中隊長、これだと下手すると外洋に出ての探索になりかねませんよ!?』
そうなれば、結構長い時間海上で過ごす事になるだろう
『俺の姫始めは一体何時になるんですか!』
『んなのしるか!・・・でもまぁ、訓練と哨戒飛行をやっとるから、燃料が減ってる以上、あまり長くはならんだろう』
あからさまに肩を落とした初に、中隊長はフォローを入れる。この霜島初一飛曹、日本人にしてイタリア人と肩を並べる女好きで名を馳せている。双子の妹の初音には、全く頭が上がらないらしいが
『長期探索哨戒なら、スパルウ゛ィエロの奴らの方が適任だと上のお偉いさんも考えるさ』
港に戻りたいのは中隊長も同じ気持ちだった。得体の知れない空を飛んでいる。そのストレスは、自分だけでなく、初をはじめとする部下全員にかかっている。あまり長期間かけたくない
『うーん』
何故か初は冷や汗をかいて唸っている
『どうした?』
『いえ、以前そのお偉いさんに、落ち目の女ったらしと言ってしまいまして・・・直接』
母親から話を聞いていたのを、ついうっかり口にしてしまったのだ
『お前なぁ・・・』
『いや、今では大親友ですよ!?穴場の娼館教えてもらったり、モテる手品や化粧品教えあったり』
どんなお偉いさんだよ。しかし、なんて事を
『それじゃ、航海が延びたら貴様のせいだな。それで帰っても休暇を後半にしてやる』
『そ、そんな!殺生な!』
休暇が後半だと、何時呼び出しがくるかわかったもんじゃないから、おちおちカワイコちゃんとベッドイン出来ない。いや、休暇すら取り消しになりかねない
『ま、給油艦が現れなきゃ、戻れるだろうよ』
翌日、アクィラの前に現れたタンカーに、飛行甲板で灰になる初をよそに、中隊長は感じていた。これは長い旅になるかもしれない、と
この日、モナコ公国は一時的に財産を差し押さえられ、イタリアの軍事力の保護下に置かれる事が決定された
そして、最初の一週間が明けた1965年1月8日。イタリアは、この世界とのファーストコンタクトを果たすのである
次回第二話【~空母アクィラ~】
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