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第18話・これが嘘であるなら

V・ムッソリーニ




硝煙の漂う海に、鋼鉄の巨獣は一人立っていた

『敵艦全艦停止!撃沈確実!』

おお!と、艦橋はざわめく。戦艦六隻を近距離戦を行いながら被害無しで沈めちまった

『まったく、やればやれるもんだな』

ペンネが肩を撫で下ろした。ワンサイドのパーフェクトゲーム。その効率は日本海海戦以上だ・・・俺達もしかして、とんでもない事やらかしてるんじゃないか?

『あと、72発。帰りの為に三分の一は確保しておくとして』

直純はいろいろ皮算用をしているようだ。ちなみにかの対空砲弾は高い為、ムッソリーニでは10斉発分、90発を搭載しているに過ぎなかった。それを砲塔毎に使って戦艦を一隻ずつ仕留めた訳だ

『次の接敵は激しいものになる。随伴艦にこれを向けても・・・いや、小型艦相手には効率が悪すぎる』

今の形を崩す必要は無い。現にこの手は効き過ぎる程有用だ

『司令!ラダールに感!敵泊地の艦隊が動き始めました!』

ムッソリーニのトップにある15メートル測距儀に設置された二基のセレニア社製RANー3L二次元探索レーダーが、その姿を捉えたようだ

ちなみにFCSはエルサグ社がイタリアでは請け負っており、日本の愛知時計機械、及び住友電気、日本光学と提携して開発を競い合っており、その操作には共通性が持たされていた(来たる第三次世界大戦では、損耗が著しいであろうイタリアに艦船を貸与する計画があったためである。実際は海域に合わせたマイナーチェンジをそれぞれやっているので、同一ではない)

『どう動くかね、艦長』

ペンネは艦長に戦術機動を尋ねる

『先程の海戦で明らかに思ったのは、先方の加速性の悪さですな。石炭や混焼の缶にしてもイマイチかと』

艦長は程よくカールした髭をしごいて言う

『しからば、円運動を繰り返しつつの突入機動を繰り返す事で攻撃をかけたいかと』

直純は似たような戦術機動を思い出した

『上杉謙信の車懸り戦法、ですね?やるのは我が艦一隻だけですけれども。それから、あちらの艦が速力発揮に問題があるのは、鹵獲の際に自沈した艦を浮揚させて使っている節があります、万全とはいかんのでしょう』

精度の高いであろう推論を提示する

『ふむ、それは善しとして艦長。君の案でいくとして、本艦一隻では敵に離脱されてしまう恐れがあるが』

いくらこの艦でも、一航過で敵を撃破しきれるとは思えない

我々は敵艦隊の鼻面を掠めるような動きを採るわけだが、この時敵に選択できるのは、逃げるか、追ってくるか

『一航過で与えた損害で、敵が逃げ出す事はありますまい。追ってくるならばしめたもの、この艦の駿足でのびきった戦列を、再び食い荒らせばよろしいのでは?』

この艦を追撃してくるのは、速力的に随伴艦である。再び戻った時には、護衛の少なくなった戦艦を食える

『逃げ出したならば、それなりの隻数を逃がしてしまうことになるな』

どこで彼等がそれを判断するかによるが、追撃戦は本当に難しい

『日本海海戦のもっとも重要な部分はT字戦法ではなく、T字をしたあとの追撃戦で、逃げるロジェストヴェンスキー艦隊を捕捉し続けた事にあります』

『そう、その通りだったな直純少尉。そしてトーゴーは何を以ってそれを為したか』

そう、それは

『水雷艇と駆逐艦です。損害もその時に』

T字という戦術機動を成功させ、優秀な技量による命中率を発揮させてなお、それということを忘れてはならない。しかしその困難を成し遂げたからこそ東郷、いや、連合艦隊の今に続く栄光は世界に轟いているのである

『時代は速力と機動性を戦艦に与えたが、単艦では包囲もろくな進路妨害も出来ん』

捕り漏らしが絶対出る

『しかし、深追いも良い判断とはいえん』

窮鼠、猫を噛む。で、無用意に損害を受けてしまっては困る。ここは彼等の庭なのだ、出来るだけ万全の態勢で離脱したい

『対空砲弾を対戦艦戦で控えるなら、出来ないことはないかも知れませんが』

艦長がそういって直純を見た。撤退する先頭の艦の操舵員をやれば、後続は混乱する

『弾数が足りなくなります、あまりお勧めは出来ません』

戦艦の打撃力は侮りがたい、それにこれから接近するのだ、頭を潰すなら彼等である

『ふむ・・・』

果たしてどのリスクを選択するか。ペンネは指で指揮官用の椅子のひじ掛けを叩く。そしてそれが止んだ

『目には目を、歯には歯を、戦艦には戦艦を、対空砲弾は敵戦艦に使用する。傷を負いながらも、艦隊撃滅をしたという衝撃を与えるより、自国の象徴たる戦艦を、無傷のまま撃破されたという衝撃の方が、私は優ると考える』

ペンネは決定を下した。完璧をきす必要は我々には無い、国家的な国難に際したトーゴーや、故ベルガミーニ元帥の立場に居るわけでは無いのだ。無用な死人は必要無い

『艦長、そのように』

『了解です』

直純も頷く事で同意を示す



さぁ、やってやろうじゃないか



アウドゥーラ皇国海軍、戦艦ケァ上空




『さぁて、どうなるかな』

コパンは楽しそうな声音で言った。戦う相手は見えている。確かにでかい、こちらの戦艦の二倍程か

『戦場見学はここに限るね』

双眼鏡から目を離す、彼は気球のゴンドラに移っていた。手元の小さな発光信号器で命令は下せるし、戦場の様子が手にとるように解る。彼のお気に入りの場所だ。眼下には五列横隊で待ち受ける艦隊が見える

『戦艦が14隻、本来なら勝ち目は無い。その前の戦艦6隻にも、一体どんなトリックを使ったんだい?早く見せておくれよ』

でないと沈めてバラバラにしちゃうよ?僕は撃沈した敵艦の上を走って、乗員を切り刻むのが大好きなんだ

『お、撃った撃った』

距離は二万五千、うん。かなり遠くから撃ったね。でもそれだけじゃ6隻の戦力差は生まれない。いくら命中精度がよくとも、あの戦力比じゃ自分もボロボロになってておかしくない

『あれ?早発?』

艦隊左端の先頭を進む戦艦ムアンの上空で、複数の爆発が発生する。放たれた三発全部がだ。砲弾の調整ミス?

『ん?』

コパンはあることに気付いた。ムアンの艦橋周辺や上甲板の色が、今まで見えていた物より、なんだか急にくすんで見えている事に

やがて、艦橋要員を失ったムアンは迷走を始め、左端の列は混乱し始める。何処に行くつもりなのかわからないからだ。そんな間にもあちらの第二斉射、左端から二番目、戦艦ツイの上空でも爆発、同じように色がくすんでいるように見える

『まさか!』

双眼鏡を手に、注意深くツイの艦橋上部を注視する。ああ、わかった。艦橋上部の一面がささくれ立っている、だから色がくすんで見えてる訳だ・・・ささくれだっている?その板の向こうには誰がいる、艦長や操舵員達だ。そして、あまりに自然に居なくなったので気付かなかったが。今さっきまで何人か居たはずの、露天作業を兵達が掻き消えている

『あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!あーっひゃっひゃっひゃっ!そうか、そういう手かぁ!いいなぁ、皆殺しじゃん!』

コパンが愉快に笑う

『リヴァル姉さんじゃないけど欲しいなぁ!物凄く欲しぃよ、あぁ勿体ない勿体ない!壊してしまうのが勿体ないよ、僕ならもっと殺せるのに!』

笑い転げる間に、手元の発光信号器を操作する。可能な艦は全艦、司令塔より艦の指揮を採るべし。これは第四皇子の絶対命令なり

『ここの深度どれくらいだったかなぁ?船自体は駄目でもさ、あの砲弾はすっごく欲しいよなぁ』



一方、ムッソリーニ




『っ!?』

横隊で進む敵艦隊先頭の三番艦を対空砲弾で撃ったあと、初めての異変が起きた。敵の針路が崩れない

『気付かれたか!?』

もし、わざわざコパンが自分の趣味で上空に上がっていなかったら、何が起きているのかわからぬままに(艦橋横板は無傷なのだから、砲弾の上空炸裂ぐらいで要員全滅が続くとは考えづらい)撃破され続けていただろう。その前提が崩れた

『どうやって防いだ!?』

ペンネは直純に怒鳴る

『・・・恐らくは艦橋要員を司令塔内に退避させたんです!しかし、無意味な訳ではありません!司令塔からの操舵では、視界に難がありすぎます!主砲の使用可能な範囲も、トップが使えなくなっては、幾分か落とさざるを得ません!』

なるほど、と納得でき、耳障りの良い言い訳が返ってくる。なら戦えるな

『徹甲弾に弾種変更!頭の有り無しでも、我が艦に対して奴らに勝ち目など無い事を思い知らせてやれ!』

五十年の技術革新がもたらす戦艦の恐ろしさ、たっぷり味わえ!

『弾種徹甲!テェーッ!』

弾種を変える為に、対空砲弾での二斉射を行ったあと、主砲指揮所で砲術長は裂帛の叫びをあげた



ドドドッ!!!



六つの軌跡が空に延びた



イタリア最精鋭の射撃管制、そしてウ゛ェネチアのガラス技術の粋を集めたレンズを嵌め込んだ光学照準。そしてこの日の為に、技量を見込まれた人員。風、重力偏重、自転、全てが作用した結果は、初弾狭叉という素晴らしいものだった

『砲術!舵を切る!全火力を使え!』

艦長が伝声管に叫ぶ。本来なら何たる事を!と、叫び出したくなるような命令だが、この時代になって、ようやく回頭しながらの砲撃でも、それなりの精度を期待できるようになった(戦後、米海軍のドクトリンの中で日伊、特にイタリアで研究が継続されていたのがこれである)ならば、指向出来る火力を増やした方が良い

『次は命中弾が出るかな?』

一発か、二発か

『敵艦轟沈。と、行けば助かるのですが』

流石にそうはいかんな、と、直純

『いいね、その時は少尉、上等の酒を君にやろう。彼女としっぽり飲むが良い』

『私だけではなんですから、皆さんにビールをお願いします』

そして、斉射からきっかり一分が過ぎ

『弾ちゃーく!今!』

敵艦の周辺に水柱が林立する。だが、その数が足りない。数は七本、つまり命中弾は二発。セント・アンドリュース級戦艦や、改装なった大和級の砲を除けば、最強クラスの18in砲弾が二発

射距離二万メートルから放たれた18in砲弾は、落角16.5度でケァの甲板を貫いた。この時に発揮される装甲貫徹力は167ミリ、一方彼女は、32ミリと35ミリの甲板装甲を持つに過ぎなかった。しかも材質はNS相当・・・50ミリ分の判定が出れば、でしかなかった

だから、ティッシュペーパーのように砲弾はケァの船体を貫き、一発はなんと、反対舷の石炭庫で炸裂。外板を吹き飛ばして大量の浸水を彼女にもたらした。だから、この一発でも時をかければ沈没は間違いなかった。だが、そんなものは、弾火薬庫に入り込んだあげく、そこにあった砲弾数発すら貫いて爆発した一発と較べれば、フィニッシュ前のリードブローに過ぎない

『おおおっ!!!』

余人の目から見るとそれは、爆発し、バランスを崩して転覆した戦艦が、まるで巨人がその手で、事もなげに艦を横に倒したかのように見えた事だろう

『少尉、なんと表現していいか・・・』

『い、言ってみるもんですな』

敵戦艦をやったというのに、直純とペンネの顔は引き攣った。こんな時、どんな顔をすればいいのか、そして

『目標変更!次だ!間を空けるな!』

『今のうちに他の敵にもダメージを!』

同時に我に返った二人は、異口同音に言葉を発していた



ア海軍駆逐艦・ブロンゾ13



『たったの一航過で、戦艦を三隻ももぎ取っていきやがった!』

艦長は感嘆した。それだけじゃ無い、最初に何か打ち込まれた二戦艦は、まだ指揮が回復していない。針路上の邪魔になって二列は混乱して使い物にならないといっていい。何もしないうちから艦隊の四割が戦場から切り離されたのだ

『ふざけやがって!』

上空を、ケァが揚げていたゴンドラが通過する。母艦をやられては、後は漂流するしかない(コパンが乗ってる事は、当然知らない)

『隊旗艦に信号旗あがりました!ワレニツヅケ、以上です!』

見張り員が叫ぶ、そうだよな、やり逃げはいけねぇ。駆逐艦隊旗艦の軽巡が速力をあげる

『旗艦に遅れるな!機関全速!』

『機関全そぉく!』

黄色い声で復唱が続く、そうだ、今の立場でいるためにも奮闘しなければならない。この艦橋にいるのは自分以外全て女、全てが自分の女である。この待遇の為に私はこの国に居る

『敵速、計測まだか!』

『・・・敵戦艦、20ノットで回頭中!』

速い!何と言う速さだ、うちの軽巡は直線でも24ノットが精一杯なんだぞ!?いや、今のうちになんとかしないと振り切られてしまう。単縦陣で追うんじゃおっつかんぞ。

『独立した襲撃機動を取るべし』

そう進言するべく伝令をよんだ途端、旗艦が水柱に包まれる。戦艦を取り囲んだそれよりも小さい、副砲か!?




ザババババ!



『ちょっと待て、なんて射撃速度だ!』

回頭中であるから、前部副砲はそのうちに射撃不能になるが、分に二発の6in砲弾が旗艦を襲っている計算になる



ドガッ!ドガッ!バゴッ!



特徴的な四本煙突が、相次いで打ち倒される。艦の装備品が宙を舞う、女性兵が何人もばらばらになって海に滋養散布任務に転属させられる

『各自、独立襲撃!旗艦はもう駄目だ!火力を分散させろ!』

あんなものに飛び込んでたまるか!

『それからもっと速力が要る!艦の備品でも構わん!要らん物は捨てろ!捨てるんだ!』

今は1ノットでも欲しい。弾幕から逃れる為のスピードが。実の所、この艦には串刺しの日以来、使わず乗せてきた物が多々ある。それを捨てたら結構な軽さになるのではなかろうか?それに期待したい

『艦長!クワシカリが!』

別の軽巡がまた、その身体と血肉を剥ぎ取られていく

『構うな!魚雷さえ叩き込めばこっちのもんだ!』

魚雷。そう、射程が4000しか無い魚雷。だが、この艦にあるものでは、これしか効きそうに無いんだ



V・ムッソリーニ




『127ミリ、発砲を始めます!』

ドンドンドン、と、軽い音程の射撃音が連続し始める。もっと近づいたならば、空薬莢の排出されて、カランコロンと甲板に落ちる音も聞こえるに違いない

『速力を27ノットまで回復させるぞ、舵中央!』

艦長が自ら舵をあてる

『砲戦を左砲戦に切り換え!砲術!敵艦との距離三万はあるが、やれるな?』

『これでやっと[通常]の、砲戦距離です。やれますとも』

砲術長との会話も、軽調そのもの

『累算9隻、笑いが止まらんのではないか?』

ペンネは直純に問い掛けた。客員将校と命令の出し終わった司令ほど、海戦で暇な人間は居ない。勝っていればなおさらだ

『半分ですね』

直純は単調にそう答えた

『おいおい、謙虚過ぎるぞ』

ペンネは肩をすくめる。自分の献じた策がここまで通用して、半分。とは

『まだ、13隻は越えてませんからね。言ったからには、やります』

ペンネはその答に笑った

『はっはっは、君は律義だな。敵にとっては不運きわまるがね』

だが、直純の本心は別な所にあった。半分は不愉快きわまりなかったのだ。戦果に?違う、自分自身にだ。自分は意図的に、敵艦隊の構成員の八割近くが女性であることを省いていた

理由は士気が落ちるからだ。女を殺すことに、誰の意気が揚がるものか

『敵戦艦撃沈!』

『10隻めだぜ!イェーイ!』

『ピューピュー!』

例えば彼らに、君らは少なくとも8000人は女性を殺したか、海に投げ出されるような事をして喜んでいるんだ、と言って、喜ぶだろうか?

『慎みたまえ!彼が見ているのだぞ!?日本海軍に我がイタリア海軍の程度を知られるぞ!・・・嬉しくなるのは私も解るがな。すまんね』

『いえ・・・』

そんな高尚なもんじゃ無いです



ドドドドド!!!



主砲が再び火を放つ。自然と腹が熱くなる。ふん、これだけはあのクソったれな親父の血に抗えないか

『再回頭始めます!』

艦長が高らかに告げる。再び敵艦隊に接近して打撃を与える。今度はどれだけの戦果を上げられるか

『車掛かり、第二陣。貴様達に武田信繁は居てくれるのかな?』

直純は不敵に笑った。もし志摩が居たならば、ここは気を引き締めるべきと、慎重すぎるほど周りを見ていた筈だ。しかし、直純はそれを怠った。いや、直純だけでは無い。撃破した敵艦を見てははしゃいでいた艦外の乗員全てに油断は当てはまる




車掛かりの回転を止めたのは武田信繁に相当する敵ではなく、己自身だった



V・ムッソリーニソナー室




『おつかれ~』

『キュ~』

海戦の際にソナー員が注意すべきものは、敵艦から放たれる不意の魚雷に気付く事である。今回の作戦に関しては、ムッソリーニにが艦の運動上で暗礁に引っ掛からないかどうか探る事にある。運の良い事にかの艦にはレーウ゛ァテイル(アルの三女)が乗り込んでいた

『勝ってるみたいだな』

『そうみたいですね』

ここからではその程度の事しかわからない。一回この海域を回ったこともあり、暗礁が無いのもはっきりした。気をつけるべきは魚雷だが、誰も使ってこない(5000メートル内に近付く事も出来ないのだから当然だ)

『ほい』

ペアのソナー員。勿論人間であるが、缶を置く。ワタツミ首長国特産、海洋深層水のお茶だ。酒保の自販機で売っている(割れるという事から、サイダーやコーラを製造して瓶詰していた日伊海軍は、罐詰技術の向上にあわせ、自販機に移行していた。因みにこの頃ホットコーヒーの自販機が誕生している)

『キュ~♪ありがとう』

喉を潤す。聴音も敵がまともに機能していないなら、休み休みでも問題はないだろう

『適当にな』

『はい♪』

海洋深層水使用のお茶《レーウ゛ァてゐ》を飲んで聴音を再開する

各種砲弾の弾着によって荒れる海面、魚雷の進むべき深度には何も無い。静かなものである

『大丈夫、やっぱり撃ってこないみたい』

『魚雷はやっぱり持ってないのかな』

これなら安心とペアのソナー員が胸を撫で下ろした。その時だった、海面に不審物を発見したのは

『なにこれ?』

丸いもの、何個か集団で浮いている

『ん?何か見えるのか?』

彼女はそれの外形を伝える。自力で動いてはいない事も

『うーん・・・沈没艦の浮遊物かもしれんな。一応上に報告をしとくか。海面に浮いているならもう見えている筈だが』

『あ、でも』

そのレーウ゛ァテイルはムッソリーニの航跡を見る。このまま進むのなら、浮遊物の間を突っ切れる

『なら、知らせなくてもいいな』

航路上にかからないなら問題無い。勝っている現状であれば、変針はまずない

『ヘッドフォン外しとくといい、疲れたろ?』

彼女の肩をポンポンと叩いて、促す

『ありがとうございます』

彼女も素直にヘッドフォンを外す

『なに、このあとは泊地に突入だからな。そのためにも耳は休ませとかんとな』

『はい♪』



こうして、必要な情報は必要な人間に伝達されないまま、海の底に消えていってしまった。誰も気付かぬうちに



ヴェニト・ムッソリーニ水線下3.7メートル。艦首に引っ掛かったそれは、ムッソリーニ自身の速力で引き寄せられ、無防備部分であるそこに、信管をたたき付けた



ドドドッ!!!



『うおおっ!』

いきなりの衝撃に、誰もが身体のバランスを崩し、何かに捕まったり、倒れたりした

『至近弾!?』

直純は直感的にそう思った

『艦長!』

ペンネが下手人を知るべく叫ぶ

『違います!艦砲じゃありm』



ドドドッ!



再び魚雷の直撃に似た衝撃に襲われる。また艦首だ

『な、何が起きている!?』

敵がまともに反撃出来る態勢にないのはわかっていたはずなのに

『ソナー室より伝令!撃沈艦の浮遊物が爆発!海面に注意!』

『遅い!』

ペンネが叱責する

『っ!?繋係機雷!』

直純がはっとして叫んだ

『チェーンマインか!』

かなりの昔に廃れてしまったそれ、しかも沈没艦の浮遊物が偶然に(ブロンゾ13が捨てた奴)だ

『艦首両舷域に浸水!速力を下げてください!隔壁が持ちません!』

『概算でいい!浸水量しらせ!』

艦長が報告に叫び返した

『浸水量の概算、2000トンを越えます!艦が沈降していきます!』

駆逐艦一隻を艦首に乗せて、無理矢理全力で走っている状態なのだ

この重さを抱え込んだまま速力を出していれば、当然圧力が区画にかかる。区画が破れれば浸水量は増える

『・・・やはり、罪には、罰が』

直純は一人呆けている

『速力そのまま!応急班は現状の維持に尽力せよ!』

『司令!無茶です!』

艦長が司令に懇願する。しかしペンネはそれを否定した

『今ここで速力を落とせばどうなる!敵戦艦に接近を許せば、今以上の損害を被り、撤退もままならなくなる!それは我々の望むところでは無い!』

奴らの兵器にはびくともしないと言うイメージを植え付けなければ、今回の作戦は意味を為さなくなる!

『ただし!これ以上の戦闘継続は不可能と判断し、離脱をはかる!』

しかし、離脱といっても深く敵隊列に突っ込んだ状態では・・・

『進行方向は前方!敵中を突破、そののち迂回して離脱する!』

前方、最初の車掛かりでいくらか薄くなっているが、まだまだ敵は存在する。なにより、まだ10隻を越える戦艦が存在する

『弱みを見せてこのまま後退するより万倍マシだ!』

恐らく逃げる姿を見れば、現在混乱中の敵戦艦も追ってくる。捕捉されたら、敵艦隊の全てを相手としなければならなくなる

『直純少尉!』

『は、は!』

呆けていた直純が戻って来た

『何か良い戦例を聞かせてくれたまえ!』

『は、は・・・』

止まっていた思考を再回転させる。敵中突破といえば、島津のアレだが、あんな満身創痍はこの場に相応しくなく思う。それに、島津隊がやったステガマリの為の小兵も存在しない。ステガマリ・・・?いや、それよりも

『司令・・・前例よりも、耳障りの良い話を聞きませんか?』

直純はニヤリと笑った。ステガマリによって徳川旗本の突撃を防いだのは、その指揮を執っていた井伊直政、徳川直吉を負傷させ、本多忠勝を落馬させた事からもわかるように、中世ではよくある、指揮官として先頭きって突っ込んでくるそれをピンポイントで狙い、指揮の移譲に手間取っている間に寡勢の島津は離脱に成功した

『接近上等です。我々には、当時より命中率のいいものを保持しております』

煙突とマストの間、そこにサジタリウスの矢は存在している

『アスピデか!しかし、アレの炸薬は35キロに過ぎん』

『火がスリットから多少入れば問題ありません!』

防御上弾庫を造らず、次発装填無しの八発しかないが、こいつを戦艦の司令塔に直撃させてやれば、目くらましにはなる

『問題はないのか?いや、やるしかないんだな?』

直純は頷く、やるしかない

こうしてる間にも、浸水量が増えていく。時間が無いのだ

『CIC!急いでイルミネーターに火を入れろ!対艦用プログラムは持ってたな!?』

ペンネは艦内電話をとるなり、命令を下した。この頃の対空ミサイルは、史実のターターを始めとして対艦使用もその役割に入っている。出来ない事はなかった

『面ぉ舵っ!』

艦長も納得したのか、敵に突っ込む針路に舵をとる

『砲術!多少傾斜がかかるが、今までのように頼む!』

先程の機雷を喰らって幸いだったのが、左右への傾斜が殆ど無いと言う事。これならまだ主砲等の運営に支障は出ないで済んでいる

『艦長!運用長からです』

艦橋がギョッとする。運用長はダメージコントロールを受け持つ。今以上の損害を被っては・・・

『何か問題か?』

『あー、艦長・・・』

ひとふた事会話を交わし、肩を竦めて艦長は電話を切った

『なんだったんだ?』

『例のフィリネ女史が、材木の扱いなら自分でもやれると、ダメコン班に無理矢理ついてったそうです』

ダメコンの充て木等のやり方を、海戦の最中に司令塔でヒマしてた運用長から聞き出していたらしい

『それは頼もしい』

ダメコンの兵も奮い立つに違いない。ペンネは平板にそう思った

『司令』

ペンネが振り向くと、直純が真っ青になっている

『彼女が危険です』

これから浸水量は増えていく、ダメコンはそこを出来る限り抑えにいくのだ。ムッソリーニにとって一番の修羅場に彼女が飛び込んでいく。あの性格だ、先頭きってダメコンやってるに違いない。そして限界を迎える隔壁

弾きとんだボルトやハッチが彼女を直撃して血の海に倒れる。あるいは、なだれ込んだ海水が彼女の肺から貴重な酸素を奪い、引きずり込んでいく

『連れ戻してきます!』

直純はペンネから答えも聞かずに飛び出していってしまった

『・・・おいおい』

まぁ、彼女の面倒を見るのを命令していたから、完全に命令違反という訳でも無いが

『若いって良いですなぁ』

艦長が笑う

『ますますこの艦を沈める訳にはまいりませんな』

『始末書100枚て所かな』

少なくとも献策はしていっているし、元々は我々の戦争だ。それに何度もいうようだが、彼は少尉にしか過ぎないのだ。ここまで出来ている事自体が上出来と思わねばならない

『可及的速やかに突破する。前進アバンティ!これあるのみだよ』

ペンネは海戦の冒頭に発した言葉を、もう一度繰り返した




テッカノン沖海戦は、最終局面を迎えようとしていた



『よっしゃ!ええで!そこ押さえとき!』

フィリネは足首まで海水に浸かった区画の応急修理の陣頭に立っていた。こういう作業はどの時代も変わらない。1メートル程に切った角材を隔壁にあてがい、楔を打ち込んで支柱にする。これぐらい、複葉機の整備をやっていた自分なら十分やれる。何もしないまま待っているのも性にあわなかった

『みなええ仕事しよるな!きばれやー!』

『ウィーッス!』

そして無理矢理参加した自分に、応急班の人らは良く指示を聞いてくれた。どうや!うちかてこの時代の先行っとる艦でも役に立つんや!



ギギィーッ



隔壁の歪む鈍い音が響いた。うーん・・・思ってたより圧力が高くかかってる、これじゃここは持たない

『あかん、ここはもうダメや。みんな、尻尾巻いて逃げるでぇ!』

『俺達に尻尾はねぇっすよ』

若いのがまぜっ返す

『しょうもない事いっとらんではよ行きや!』

『フィリネさんが先に』

たたきあげのおっちゃんが勧めるが、フィリネは首を横に振った

『うちの尻尾が邪魔で効率落ちる。最後でええよ』

流入する水の量が増えて来た。今ではふとももまで浸かってきている

『では、自分も最後まで。部下より先には逃げれませんからな』

『ありがとな』

おっちゃんに礼を言う。その間にも応急班の班員は次々と退避していく

『さて、我々も。早く出ないと、閉められますよ』

手に手をとって脱出といきますか、と、おっちゃんは笑った

『そやな、そろそろいこk』



パキュン!



水圧によって弾け飛んだナットが、おっちゃんの後頭部に直撃した。笑顔のまま海水に倒れたおっちゃんのまわりに、血が染み出す

『おっちゃん!』

慌てて抱き起こすが、頭の後ろから人間の生命に必要なものが零れ落ちる

『嘘やろ・・・!』

今さっきまでわろてたやんか、こんなん嘘や、嘘に決まっとる。そやけど、この暖かさを失っていく身体と血の海は・・・



チャプン



フィリネはへたりこんでしまった。胸の下にまで海水が来る

『あかん、はよ逃げな・・・』

でも身体が動かない、腰が抜けてしまっている。ああ、もうダメや

『ハッチももう閉められとるやろし』

うちも此処までや・・・ファム、ねぇやんもそっちいくから、待っとれや。エミリア、あんたはんはファムだけやのうて、うちにもよぅしてくれた。感謝するで。整備班のみんな、うちがおらんでも頑張るんやで・・・あぁ、みんなの分のガラス細工、作り終えきれんかったなぁ

そして、直純はん。何であんたがこんな時に思い浮かぶんかわからんけど・・・うち、あんたさんの事、嫌いやなかった

『フィリネーッ!』

ああ、これはもうダメやわ、幻聴まで聞こえてきよる。おとん、おかん、うち、頑張ったよね?そっちいったら、褒めてくれるかな?



バコン!



ハッチが破れて、今以上に海水が流入する。その波高は自分の頭を越えている・・・い、嫌や!死にとうない!死にとうない!うちは死にとうないんや!

『ひ、ひぃっ!』

逃げようとするが足が縺れるだけで立てない。なんでやねん!もう、水が目の前に・・・!

『フィリネ!』

突如両脇に差し込まれた腕で引き上げられる。押し寄せて来た海水は、胸のところに押し寄せる

『な、直純、はん?』

『何をしてるんです!こんな所で!』

ぶわぁああっと涙が出て来る

『ふえっ、ふぇぇっ・・・』

今は連れて帰るのが先か

『立てますか?』

手を引いて、とりあえず水に浸かったこの部屋から脱出を試みる

『立てへん・・・』

『わかりました』

海水の浮力を利用して、そのままフィリネを背負う

『しっかりつかまって下さい』

斜めになった床を、全力で踏ん張って進む

『まちぃ、そっちは出口やないで!?』

『あー・・・すみません。私も無理矢理ハッチを閉めるところを入って来たので、もう開いてません』

というより、閉めて良いと言って来たから。開いてるはずがない

『な、なんやて!そやったらあんた・・・』

『貴女が帰って来いと言わせた』

沈黙がしばらく続いた。その間も直純は進み続ける

『そか・・・』

フィリネは背負われてつかまった手を、しっかりとにぎりしめた

『・・・か、勘違いしないでください。死なせるには惜しい身体だと思っただけの下衆です。私は』

『ははは、そっか・・・で、どうするんや』

考え無しに直純が動いているとは思えない

『出来るだけ艦中央部に。主砲塔防御の関係で密閉性の高い部屋になってます』

『中央部?』

艦中央部じゃないほうが、救助されるのが早いんじゃないやろか

『ええ。密閉性が低いということは、浸水が及んだときに空気が抜けやすいという事です。それでは長時間耐えられません』

海戦がいつ終わり、どの段階になって排水が行われるかは解らない。長丁場を考えるべきだ。この艦が沈められたらそれまでだが

『高い気圧で死ぬ可能性もありますけれど』

『他にしようがないんやろ?好きなようにしてええよ』

不思議と不安は消えていた

『恐らくこれが中心線にそった区画だと思う』

比較的水の入り具合が少なく、区画自体の広さもある部屋に出た

『もう、大丈夫。降ろしてええで』

『大丈夫ですか?』

背中からフィリネを降ろす。足に力が入らずに倒れても大丈夫なように、手を握って腰を支える

『しこたま濡れてもうたな』

『濡れてますが、これでよければ着て下さい』

上着を脱いで渡す。至近では、主砲が断続的に射撃しているのか、振動と音が此処まで響く

『あんたの匂いがすんね』

『すいません』

フィリネは制服を嗅いで顔をしかめている

『ま、仕返しや』

『?』

直純は首を傾げる。ともかく、ここからは自分達の運次第だ。高気圧だけでなく、事と次第によっては上から降ってくる砲弾、予測を越えた浸水、有毒ガス。あらゆる死に方が待っている。しかもフィリネと一緒にだ

『どうにも俺には、意地が悪い神様がついているに違いない』





しかし、もはや頼れるのはその神様しか居ないのだ。これが嘘であるならと願いたい程に






次回、享楽と絶望のカプリッチョ第十九話【~絶望来たりて~】

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