第17話・エイギルの顎(あぎと)
1966年3月30日、V・ムッソリーニ
『・・・いかなる処罰も覚悟しております』
長官室に呼び出された直純は、ペンネに頭を垂れた
『ふぅ・・・そうもいってられなくなってな。それに、もってきた文書も読ませてもらった。気持ちは解る。軍人としては失格も良いところだが』
ペンネはため息をついた
『君の作戦が受理された。それで我が艦一隻での突入が実施される。それで、それが出来ると言った君だ、どういう手法を使うつもりなのか聞きたい。いや、その前に相手の射程外から釣瓶撃ちにする以外に、何が出来るのかが聞きたいね』
いわゆるアウトレンジ戦法だ。しかし、かの戦法を使ったとしても命中精度からして弾の浪費はまのがれないし、かといってあまり接近しては数に押し潰される。補助艦艇に刺される可能性も低くない。殺れて8~5隻くらいが限界だとしか考えられん
『・・・いえ、大丈夫です。中将のおっしゃられた13隻は間違いなく撃破できましょう。運がよければ20を越せますかと』
直純は言葉に熱を篭らせないように、注意して言葉を繋げた
『少尉が考えついて、我々が考えつかないというのには、多少いらつきを覚えるが、日本海軍独特の戦法かね?』
直純は首を横に振った
『これまでフィリネ女史と、比較的良く会話をする機会を得、かの海軍の艦艇に乗船出来たからこその戦法です』
この戦法は現有の艦艇、いや、日本であれば1930年代の巡洋艦にすら効果が無い戦法でしかない
『そうだ、これも言っておかねばならんが。フィリネ女史の件だが、あんな事があった後だ。すんなり帰す訳にはいかん』
話し合え、彼はそう言っているのだ。しかし
『彼女も海戦に参加するのですか!?』
『君が寝ている間に動かす訳にもいかなかったのでね』
【なにか】が、あったらなかった事に出来る
『中将、彼女が戦闘中司令塔へ入室する事を』
『許可しよう』
ま、少尉のこの必死さがあれば、彼女も許してくれるんではなかろうかな?
『ありがとうございます』
『きちんと話をつけたまえ、いいね?それから艦内での君の風聞だが、彼女があちら側でされた事により、君が凶行に走った。としたから、そのつもりで』
そこまで配慮して下さるとは、恐縮の至りである
『目の前で自分の女に手を出されたら、それはキレても仕方が無いからな』
『・・・は?』
ペンネはニヤニヤとしている
『彼女の為なら命をかける熱血漢となっているのだよ、君は。さて、続きを聞かせてもらおうか』
その後、直純は宵の口までペンネらと作戦について細部を詰めてまわり。部屋で休むようにと言われて解放された
ペンネや参謀達に、君は外道だなと呼ばれるのはまだしも・・・部屋に行くまでに浴びせられる兵の生暖かい目が辛い
『・・・』
そして目の前の扉。フィリネがこの中に居る・・・入れないままに10分以上佇んでいるのも、かなり目を引いている。ええぃ!ままよ!
『失礼する』
扉を開けて、勢い良く部屋の中に突入する
『・・・えらい長くドアの前におったな』
ベッドに座って外を見ていたフィリネが出迎えた。直純の顔は見ない。むしろそれがありがたかった
『しばらく仮眠をとります・・・それから、明日の朝には海戦が始まります』
『ほか』
それから10分以上、再びお互い沈黙したまま時が過ぎる
『司令塔に、絶対入ってください。間違いなく激戦になります』
『ほか』
また長い沈黙
『直純はん・・・寝たんか?』
『・・・』
直純は既に眠っていた。数日戻ってこんかったし、なんやら、少し痩せたようでもある
『・・・』
どう向き合ったらええんやろ、この人と。この人は決して悪い人やない。うちにした事も、状況からして、許せへん事やない
『でも』
怖い、この人が
『わからへん』
自分の感情の移り変わりが
『でも、ええ加減会話ぐらいはせやなや』
うちへの安全措置は、向こうでも良くしてもろたし。逆効果やったけど
『・・・おやすみな』
額を撫でる
そして翌4月1日
『私は艦橋に詰めます。昨日言ったとおり司令塔に詰めて下さい』
少し曲がってしまった制服を直し、制帽を被る。フィリネは向こうを向いたままだ
『それでは、行きます』
『まちぃや』
フィリネから声をかけられる。身体がビクリと震えた
『言い直しや』
『何をです』
お互いに振り向かない
『行って来ます、や。あんたは行って、必ずうちのとこに戻って来なならん。約束したやろ?約束したからには、戻って来るんは当たり前の話や』
フィリネさん、あなたは・・・
『行って・・・来ます』
軍帽を目深に被る、こんなに有り難いことは無い
『・・・行ってらっしゃい』
フィリネは去り行く直純に向き直り、その背中を見送る。ヘルシアで自分が整備した機体を使い、飛び立っていった航空隊を見送ったのと同じまなざしで
『帰って来ぃひんかったら、駄目やで・・・』
直純の姿が消えてから、フィリネはそう呟いた
1966年4月1日、テッカノン沖
『志摩少尉、入ります』
『良く眠れたかね、少尉』
ハッチをくぐると、艦橋では司令が出迎えてくれた。参謀達と副長は艦の内奥にあるCICに、ダメコンを主として行う運用長らは司令塔に詰めているので、艦橋はいつもより広い
『ええ、ぐっすりと』
直純は笑顔を見せる。その様子にペンネの方が拍子抜けした
『上手く話せたのかね』
『いえ、そういう訳では無いのですが』
帰って来いと言ってくれただけで、これだけ活力が湧くだなんて
『そうか』
ペンネも片眉をあげて笑った。ご馳走様だ、このやろう。だが、これで不安は無くなったな。思う存分戦える
『我が艦の姿を晒すために、あえて日中の突入。そして二万五千以下の距離での砲戦』
フフン、とペンネ
『被発見状態での艦隊撃破でなければ、今作戦は意味がありませんから』
奇襲では言い訳の種を敵に与えてしまう。二万五千でもちょっと遠いかもしれない。一次大戦時の艦船と現在の艦船で大きく違うのは、石油と石炭という燃料の違いである。無煙炭という存在もあるが、視認のしやすさに石油艦と石炭艦、どちらが有利かは言うまでもない。それに慣れた見張員が見落とす可能性も捨て切れなかった
『ああ、その事だが。杞憂に終わったよ』
『はい?』
何の事かわからず、首を傾げる
『電探に感あり、発見した艦隊上空に飛行物体が居る』
『なんですと!?』
皇国と言う国からして、それなりの航空戦力を持つ事は予測できたが、洋上直掩が出来るとなると、空母が居るとみるべきだ。海空で同時に攻撃されると、流石にかなりマズイ
『はっはっは』
あんまりな顔の真っ青ぶりに、ペンネは腹を押さえて笑う
『いや、空母はおらんよ。間違いない』
『え、ですが。艦隊直上に直掩機となりますと』
他に何が考えられると言うのか
『気球だよ、気球。我が海軍でもかつて運用していた過去がある』
見張り兼弾着観測用のそれだ。日本はあまり熱心ではなかったが、米国他、かなりの国が気球を配備していた
『見張りを怠っているという事だけはなさそうだ』
『なんと・・・浅学でした。申し訳ありません』
直純は頭を下げる
『私もな、久しぶりに戦史をひもといたら、偶然目に引いた物を覚えていただけさ。気にするな』
昨晩参謀達も含めて直純と話した事で痛感したのは、知識の不足である。将であることに安座し、戦史をひもとく事を疎かにしていた節を痛感したのだ。参謀達も同じ事が言える
逆を言えば、学んだばかりの直純だからこそ、その知識を総動員出来たともいえる。転移という非常事態に於いては、彼のような存在が一番役に立つのかもしれない。だからアンサルド参謀副長も、彼を送り込んだのではなかろうか?ううむ、侮れん
『司令、そろそろあちらの視界に』
艦長が告げた
『戦闘配置には付いておるな』
『勿論』
当然と艦長は答える
『ではマイクを』
ペンネは艦内放送のマイクをとった
『栄えあるイタリア海軍の戦艦、ヴェニト・ムッソリーニの諸君、聞け』
ペンネは言葉に間を開けた
『間もなく戦闘が始まる。我々には一隻の援護無く、敵は見渡す限りの多勢が待ち構えている事だろう。これは敗北を意味するのか?否!これは始まりを意味するに過ぎない。奴らに、我がイタリアと対等以上の関係を保ちたくば、己が身から滴る血の契約が必要なのだと理解させてくれようではないか。我々はその使者である!堂々と正面から彼等の戸を叩き、そして堂々と退場するのだ。諸君らの存在と働きぶりこそがイタリアの、この新世界に於ける価値を決する!これほどの名誉が他艦ではなく、本艦に与えられた事を神に感謝する!奮え!闘え!勝利を女神に捧げるのだ!』
『アバンティ!(前進!)』
ペンネは艦長に目配せした。艦長も頷いて続ける
『アバンティ!機関最大戦速!』
一気に機関が出力をあげ、艦が雄叫びをあげるように震えた。それに兵達が呼応する
『『アバンティ!アバンティ!』』
『ムッソリーニの諸君、扉を叩くぞ』
ペンネはマイクを切った
『見張りから報告!敵艦隊視認!距離三万!』
『早くないか?』
ペンネは首を傾げた。かつての日本海軍が保持していたという化け物見張り程の能力を、我が海軍は保持していない
『煤煙が上がっています!』
速力を上げるつもりだ
『主砲、指揮所、電探。互いに連携を密にせよ』
主砲が敵艦の動きをトレースをして旋回し、仰角を上げ始める。同様に艦橋直上の測距儀も旋回している
『副砲、高角砲に火を!副砲、高角砲共に分火射撃、照準は各FCOに委任する』
艦長が矢継ぎ早に命令を下していく
『戦艦らしき大型艦6、小型艦14か・・・』
直純は呟いた。20隻、 20:1、これを覆してやる
『後ろに居る奴らをもっと呼べ、おまえ達に期待するのはそれだけだ』
敵艦隊の方を睨み据える
『司令、敵との距離も含め、全ての準備が済みました』
艦長が両手を広げて告げた
『御命令を』
アウドゥーラ皇国海軍、第六戦艦隊・ウ゛アエレア
『敵は一艦のみか?ありえん!他にいるはずだ、良く探せ!』
戦隊司令は見張りに命じつつも安堵した。流石はコパン閣下、リヴァル閣下が帰ってくるのに送り狼を送ってくる事を予見して、我らを配備しておくとは何たる慧眼!
『敵は超大型!速い!近づいてきまぁす!』
『一隻でか!?良いだろう。こっちは戦艦が六隻、たとえ艦が大きくとも袋だたきだ!コパン閣下にも連絡!後詰めをしていただけ!』
この戦隊司令は、決して無能では無かった。数で優位にあろうと決して侮らず、周囲の警戒を命じて慎重にも後続を呼んだ。普通の相手ならば、これ以上はしようが無い。だが、悲しいかな彼の対峙してしまった相手は、1966年を生きる戦艦だった
『敵艦発砲!二万五千!』
『なに?そんな距離からか!?』
いや、我々の数が数だ、めくら撃ちに撃って数を減らすつもりなのだ。しかし戦争でそんな舐め腐った戦法が通用するものか!奴らの錬度は著しく低いのだ
『我が海軍n』
話の途中で戦隊司令は、信じられない光景を目撃する。天井に無数の穴が開き、艦橋要員の全てが身体を打ち砕かれる光景を。そしてそれが彼の見た最後の光景でもあった
『敵戦艦は危害半径収まりました』
満足そうに艦長は首肯した。砲術長は俸給分の仕事をしている
『二番艦へ目標変更!』
『一番艦!針路がぶれました!』
ペンネと直純が顔を見合わせて頷く。効果があったのだ
『対空ベアリングボール弾を対艦戦に使うなぞ、考えてもみなかったな』
ペンネは嘆息してそういった。直径数センチの金属の球をぎっちり詰めた対空砲弾。砲弾としては榴散弾の進化系と言え、対艦ミサイルや、その発射に向かってくる航空機用の装備である
『第一次世界大戦程度の艦だから出来る戦法です。ジュットラント後に艦橋構造物を建て増しした艦や、弾片防御を施した艦には、まず効果が無い戦法でしかありません。それに前例もあるのです』
昨日直純が話した内容だ。当時の頃の戦艦では、艦橋は露天も同然であることも多く、水平防御が疎かだった時代でもあった。艦橋横の垂直装甲板に76ミリ程装甲を張った艦は、我々の世界にもあったが、天蓋は果たして装甲があったであろうか?
航空脅威もなく、敵の弾は砲戦距離の必然として、大低が横からしか降ってこないのを考えれば、あったとして10ミリ程度と想定していいだろう。であれば、鋼球弾でもおそらく天井を抜ける
『日本海海戦に於いて我が方の砲弾が早発し、敵艦上でかなりの被害を与えた事があります。私はそれを、近代化して述べただけです。たいしたことは言ってません』
当時よりも効果範囲の広い対空砲弾を使ってやれば、艦橋に詰めている人員のことごとくを殺傷出来る。頭を失った戦艦なら、幾ら居ようが戦って難無く勝てる筈だ
『核よりは安いが、財務は良い顔をせんだろうな』
ペンネは笑う。その広大な効果範囲を得る為に、正確な球と量を必要としたかの砲弾のせいで、日本ではパチンコ業界が消滅したほどだ。その高コストはイタリアでも同じである
『それを見越しての一艦突入でもあります』
補助艦艇付きの方が安いかもしれないが、相手へのインパクトと同時に、この砲弾を使うためのはったりでもあったわけだ
『敵戦艦、全艦迷走を開始!他の艦も陣形乱れています!』
見張りが叫ぶ。砲戦開始時に艦長がしたように、直純もペンネに向き直る
『中将、そろそろ収穫の時分かと』
『刈り取る者、かね?少尉。死が生者にとって逃れ得ぬ契約であるがための』
ペンネは片目をつぶって笑った
『私が死神なら君はなんとするか』
直純は胸に手をあてて言う
『吊された男となれれば、これ幸いなり』
アウドゥーラ皇国海軍、第五戦艦隊・ケァ
『閣下!コパン閣下!』
『煩いなぁ、何事だい』
ドアをしきりに叩く音で、ベッドから彼は起き上がった。両脇には連れ込んだ女性兵が寝ている。いや、正しくは失神している
『第六戦艦隊から接敵と支援要請の報告がありましたが、その後全く音信が不通になりました!異常事態です!』
『彼の隊か』
戦艦6に随伴艦が14、あの男は慎重過ぎるきらいはあったが無能ではない。確かに異常だった
『動ける艦は全て集結!これは全力が良さそうだ』
『全て、ですか?』
概算で50は越える
『僕は全部と言ったよ。ま、姉上の船は動かないだろうけどね』
『は!畏まりました!』
やり取りの間に着たのだろう。第四皇子であるコパンは、服を着て部屋から出て来る
『僕は姉上みたいに甘くないからね。蹂躙してこそ皇国。欲しいままにしてこそ皇国、女も国も、服従させてこそ皇国。刃向かって来たなら海水をたんと飲ませてあげないと、ね』
コパンは美しい顔を歪ませて、不気味に笑った
エイギルの顎、全てを砕き割る海神の顎に、ムッソリーニは捉えられようとしていた
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第十八話【~これが嘘であるなら~】
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