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第16話・神は供え養い給うか

1966年3月26日・ヘルシア




『何がどうなってやがんだよ!畜生!』

あぐらに座った初は、床へ拳をたたき付けた。目の前には、八つのヘルメットに、誰が用意してくれたのか、砂の詰められた茶碗とそれぞれ立てられた一本の線香。ヘルシアで行われた葬儀で、特別に別けてしてもらえたのだ。アクィラに乗っていた航空隊で、戦死の出なかった飛行隊は一つもなかった

『それでいて出撃禁止なんてねぇぜ・・・敵討ちにもいけねぇ』

今現在、敵の正確な能力の把握の為、空軍のローマ管区から閃光の偵察改修型(史実Uー2準拠)が出ている以外は、出撃が禁じられていた

『畜生・・・』

どんな状態だったかは、生き残りのパイロットに聞いた。低空侵入の密集隊形で突入したところに、なにか光のようなものが走ってズドン。矯導をやっていた隊長機達は先頭かつ中央で、どうやっても避けようがなかった

『隊長、今度みんなでステーキ食おうっていってたじゃないっすか』

一体俺は、これから誰と飛べばいいんすか?

『畜生・・・』

艦に戻れば遺品整理をやらなければならない。今は帰りたくなかった

『・・・泣き言ばかりも言ってられねぇよな』

ヴィエステ艦長から伝えられた。残存機で航空隊を再編制する。それで、今度からは自分が部下を持つ身になるのだから

それだけじゃ無い。正式にエミリアをジェット戦闘機のパイロットに仕上げることも頼まれた。艦長の言によれば、頭の固い方々には、エミリアが自分達と同じ人間であるか疑っている人間が多いとの事だ

『昔の話だが、黒人は人間なのか?という議論があったのが欧州だ。馬鹿らしいとは思うだろうが、なんとしても仕上げてやってくれ』

それが艦長の言葉だった。おそらくそれが通れば、こちらの世界の人員を動員してパイロットを育てる事が可能になる

『・・・』

実際、エミリアはかなり順応して来ている。高G下での機動には甘さがみられるが、きりもみ等では、自由落下だから楽だなと言っているくらいだ。本人は元の機体で戦いたいとは言っていたが、ヘルシアの上からもそういわれては断りきれなかったらしい。まぁ素質は、俺が言うのもなんだが十分だ



コンコン!



背後の扉がノックされる

『どうぞ』

『失礼します』

入って来たのは妙齢の女性だった

『どなたか?って』

初は目を見開いた

『このたび貴隊に配属になる、レシィ・ウ゛ァイスロッテです』

『レシィじゃないか!?どうしてここに!いや、それ以前に配属ってのは』

彼女は技術屋で、我々の中隊とは浅からぬ仲だ

『私が何してたか忘れましたか?』

『あぁ、烈風の・・・という事は』

次期イタリア海軍の艦戦に決定していた烈風のライセンス生産に携わる電装系技術士の一人だ、つまり

レシィは初の後ろに並んだヘルメットの列に頭を下げた

『もう少し私達の仕事が早ければ・・・』

烈風はその搭載量と、火器管制員がいる事による爆撃の正確さから、例の化け物植物に対してかなり有効な戦力になりうる筈だった

『レシィが気に病む事はないさ、そっちも転移で大変だったんだろ?一時的に開発が停滞するのは仕方ねぇよ』

『そうね、でも渡す事が出来る寸前だった。うちの社でのコ・パイ研修だって進んでた』

元々日本では空母航空隊、しかも烈風に乗り換える研修を受けていた初らは、即戦力になってくれたはず(幸い、スパルウ゛ィエロの日本人部隊は出撃日ではなかったため、機種転換に問題はなかったが、アグレッサー部隊として前線から下げられてしまっていた)

『・・・悔しいわ』

レシィは唇を噛んで俯く

『レシィ』

『でも、あなた達に烈風を受け渡すことが出来ただけでもマシよね』

レシィは笑顔を作った

『コ・パイとして最善を尽くすから、簡単には落とされないでね』

初も笑顔を作る

『何言ってやがる。あんたも、あんたの機体も乗りこなして見せるさ!』




談笑する二人の声は、扉の外にも聞こえていた

『なんだ、大丈夫そうじゃないか』

エミリアは複雑な感情を振り払うように、その場を後にした




同日、ヘルシア郊外




『よしよーし、よしよーし。ゆっくりと進めー』

レオネッサ戦車師団は、その戦力が半分溜まった所で陣地構築にかかった

『空堀が下に埋まってるようなもんだからな、気をつけて進めー』

その事で一番のネックになったのが、街の全周に張り巡らされたモール族の地下防壁という空間だった。地下が崩落して戦車が嵌まってしまう事態になりかねない

『随分頑丈なもんですね』

副官が感心した声をだす。ケンタウロ戦車の重みを耐えているのだ

『うむ、たいしたもんだ。殆ど手作業と聞いたが、馬鹿にならん』

だがしかし、この線を越えたという事は背水の陣を敷いたも同じである

『しかし全力機動下で突き進めば、崩落は免れえんだろう』

『もっと前進配備した方が・・・言っても詮ない事でしたな』

ヘルシアより向こうにインフラなぞ存在しない。それを放棄して逃げ込んで来ているのだから。そして、油を無駄に浪費する事にもなる。財務がうるさい、今回の派遣も上が嫌味の一つ二つは貰っていることだろう

『撃破した樹の周辺は腐葉土の泥寧と化している、そこに展開してはむしろ機動力は落ちる。きちんと穴を掘って、射撃位置を変えながらやった方が戦えるだろうよ』

戦車一両に付き、五箇所ダックイン出来る場所を造るように工兵には頼んである。全てが出来上がったわけでは無いが、我々レオネッサ戦車師団は、こちらに到着以来、そこにどう機動して滑り込む事が出来るかを訓練している

『アリエテやチェンタウロの連中だったら、たとえ一歩でも前に出て戦うだろうがね』

奴らはドイツ式の運用を好む。ロンメルに感化された連中の巣窟だ

『ですが、それは我々の戦い方ではない。ですな』

『そうだとも』

戦略予備の戦車師団であるレオネッサ。ただただ前進していれば良い他の師団とは趣からして違う。攻めのアリエテ、守りのレオネッサの名は伊達ではない

『戦車をぎっしり地面に並べて射撃するなんて馬鹿な運用は論外だがね』

絵的に映えるんで、時々勘違いしているのが居て困るが、防衛戦闘に於ける戦車とは、そんなファランクス時代の盾のようなあり様よりも、もっと狡猾でしぶとい物なのだ

『地雷の敷設は?』

『・・・それが無力化等の関係上、進展が遅れていると』

後に討って出る事を考えるなら、地雷は確かに面倒だ。しかし、足止めとしてそれは是非とも欲しい

『海軍と砲兵、そして航空隊に期待するしかない、か』

何事も万全とはいかないものだ

『しかし、事実なのでしょうか?いえ、出撃した航空隊の半分以上が帰ってこなかったのを目撃してはおるのですが、例の新種が移動しているというのは』

信じられない、と、副官。これまで広がりはしたけれども、動くだなんて

『まだ確定では無いらしいが、ほぼ十割確実な話と師団長からは聞いたがな』

『・・・』

どんな化け物がやってくるのか

『話は変わるがな、副官』

『なんでしょう?』

副官は相槌をうった

『我々は微生物から魚類、両生類、そして爬虫類をへて、鳥類・哺乳類と進化したわけだが・・・海を媒体としていないそれは、どこに向かうだろうかね』

副官はキョトンとした。こんな事言う人だったっけ?

『おいおい、ダ・ウ゛ィンチを初めとして、我がイタリアは学問の地でもあるぞ、思考を続けたまえ』

あ、照れた。しかしそれは・・・

『いずれ空を飛んだり、海に進出すると言う事ですか?』

『そうだ。爬虫類と両生類を一緒にするならば、それぞれの類は、ある境界を突破するために生まれたといっても過言じゃない』

両生類や爬虫類は海から陸へ、鳥類は陸から空へ

『はて?我々哺乳類は・・・』

『宇宙だよ』

ああなるほどって、うへぇ

『我々は、どこまで付き合いきれるか・・・』

それは神のみぞ知る、であった



同日、モナコ西方沖合




『・・・』

『・・・』

ムッソリーニがゆっくりと近づいてくる。ヴィナからカッターで下ろされて以来。いや、昨日からずっとフィリネとは会話をしていない。出来るはずがなかった

『・・・答えなくて良い、そしてこれは褒められた事でもない。でもな、俺は奴らが、そして自分が許せん。だから、戻ったら皇国への強行案を推すつもりだ』

直純は独白する

『・・・』

フィリネは沈黙したままだ。俺は、彼女に取り返しのつかないことをした

『そのあとは、好きにしてくれ』

とても直視できなかった。ただ、こうなってしまったならば、彼女に利用されるなり殺すなり、煮るなり焼くなりされてもかまわない。そう思う

『・・・そか』

フィリネはそれだけ答えて何も言わなかった。泣きわめいて罵ってくれた方がどれだけ楽か・・・いや、それは逃げ以外のなんでもない。この苦しさこそが、罪に対する罰なのだ

『・・・』

『・・・』

艦舷登が下ろされる。フィリネを促して先にあがらせる。少し歩行がぎこちない



ギリィ



唇を噛んだ。鉄錆の味が広がる・・・フィリネの顔を見ず、しっかりとエスコートする

『少尉、司令がお呼びです』

一番上に水兵が出迎えてくれていた

『わかりました。彼女を部屋に、少し体調を崩しています。丁重に頼む』

『ハッ!』

そうして二人は別れた



『良く戻った、少尉』

艦橋では、ペンネ中将らが出迎えてくれていた

『・・・閣下、あの』

『ん?何か文書を渡されたのかね。預かっておこう』

自分のした事を白状するまえに、ペンネに先を越される

『ちと面倒な事になったぞ、少尉。あちらの艦で世話になったばかりだろうが、上の方は一戦交えて欲しいらしい』

自国より数的に大戦力を持つ存在を放置しておくつもりはない。それがイタリアの意思だった。勿論それには、あちらの新造能力が著しく低いであろう予測もあった

『作戦名はテスタメント(契約)だ、あちらの国と契りを結ぶには、必要な作戦という意趣だな。我々はこのまま、リヴァル艦隊を追尾、泊地を襲撃する』

『・・・うだ』

直純は呟いた



好都合だ、と



『ん、どうした』

『意見を、具申させていただきたいのですが』

その時確かに、彼は笑っていた。餓狼のように口元を歪めて

『聞こう』

ペンネは何かあったな、と、直感した

『参加する艦艇は、本艦一隻で十分です。随伴艦艇は要りません』

『そりゃ無茶苦茶だ!』

参謀の方から非難があがるが、ペンネは制する

『まぁ待て、理由を聞こう。話はそれからだ』

直純は頷く

『この作戦の根底には、イタリア国家の威信を見せ付ける意図があります』

直純は続けた

『敵は50近い超ド級、あるいはド級の戦艦、そして随伴艦を保持しています。その相手に、多少の艦隊で押しかけても鼻で笑われるだけです。海戦で勝利したとしても、得られるインパクトは小さい』

ペンネは頷く、参謀らからも、意見はでない

『が、本艦が単独で戦い、それに打ち勝ったならばどうでしょう?その高い火力、機動力、防御力に震え上がり、イタリア国家の持つ威信に気付かされる事でしょう』

ふぅん、と、何人かが息をついた悪くは無いと。しかしペンネはそれほど甘くはなかった

『打ち勝つとは言うが、前提として本艦でどれだけやるつもりかね?』

『それは・・・』

何を躊躇うか、直純、腹は決めたであろうが

『ユトランド海戦での独北海艦隊全艦と同数は沈められます。核抜きで』

はっきりと言い切った

『・・・話半分として、敵戦艦の13隻は沈められると?ドイツ人並の下手な冗談は止したまe』

『出来なければ腹を切ります!』

直純は短剣を手にとって叫んだ

『は、ハラキリ!?』

ざわつく艦橋で、ペンネは何事かを考えてか、返事をしばらくしなかった

『死にたがりに、艦を預けることは出来んよ』

『出来ます!この艦の能力を最大限に活かせるならば!』

ペンネはため息をつく。少しは使えると思ったのは間違いだったか

『少尉、君の一時の情動が生み出した産物で、我が海軍が動くと考えているのかね?』

『出来ます!やらせてください!』

尚も直純は食い下がる。彼らしくもない。ペンネは目を反らして水兵を目で呼んだ

『少し頭を冷やしたまえ!誰か、彼を営倉へ』

『貴様!何をしている!』

参謀の叫びで目を向け直した時、直純はあろう事か抜刀していた

『脅す気か!?』

『そんな事、しません!』

真っ青になった直純は、短剣を自らの腹に突き刺した

『ぐぅおっ!』

しかしあまりの緊張からか、そのまま直純は気絶した。刃も腹を滑ってあまり刺さっていない。直純は普段から切腹について色々考えていた訳でも無いので、失敗したのだ。それでも与えたインパクトは大きかった

『バ、馬鹿者!戦う前に負傷してどうするか!医務室だ!医務室に運べ!』

おおわらわで直純は運ばれていく

『・・・そこまでするか?普通』

『日本人は複雑怪奇であります』

余程あっちで何かあったか

『・・・伝令』

ペンネは伝令を呼んだ

『少尉のさっきの案だが、海軍省の方に挙げてやってくれ』

出来ないし、採用されはしないだろうが、一応礼儀だろう

しかし、ペンネの期待は裏切られた。アンサルド海軍幕僚副長の鶴の一声があったからだ

『あの、誰もが考えつかなかった魚雷艇を飛ばすなんて作戦を考えだし、我々を勝利へ導いた男の息子の言う事だぞ』

と、確かに無茶な進言かもしれない。だが、そこに至る思考のプロセスはけして間違った物では無い

『たずなさえきちんと我々が引き絞れば良いだけの話だ』

それに、作戦内容は戦艦乗りの冥利に尽きるではないか・・・前大戦で戦艦ら大型艦が出てこないとぼやいていたのは一体誰だったか。軍事的冒険を好んでやっていたのは誰だったか

『このチャンス、どうしてやらいでか』





これより数日後、戦艦という名の龍が咆哮する。その業火に焼かれるのはラマンチャの男なのか、それとも、高貴な存在に群がる愚かな騎士団か





次回、享楽と絶望のカプリッチョ第十七話【~エイギルのあぎと~】


感想・ご意見等お待ちしております。


なお、烈風は、史実烈風が紫電改及び陣風に敗北した為二代目にあたります。えぇ、モデルはファントムです。私は旋風コルセアの方が好きですが

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