第13話・コリージョンコース
1966年3月21日・モナコ
転移という非常事態に巻き込まれたこの小さな国は、現在イタリア軍による軍制下に敷かれ、かつてF-1レースが行われていた街道には戦車が駐車し、港には駆逐艦が停泊していた以外は比較的平穏な日常が続けられていた。その日常が崩れぬよう、モナコの人々も、イタリアの軍人達も望んでいた。しかし、その願いは悲しくも果たされることは無かった
それを最初に発見したのは、制限を設けられながらも、漁にと出ていた漁船だった
『訳のわからん魚も採れだしたのぉ』
本来採れていた魚の他に、見馴れない魚がちらほら混じっている。一応今、研究所の方で食用に耐えうるか?の実験をしているが、今は売り物にならない、困ったもんだ
『じっちゃ!近頃軍艦見えないね!』
漁を良く手伝ってくれる孫のマルコが、手を休めずに聞いて来た
『港に居たろう、ほれ、確か三隻ぐらいかの?』
『駆逐艦は軍艦じゃないって日本の本にあったもん!』
孫のマルコにとっては、大艦でないとお気に召さないようだ
『マルコや、新聞はちゃんとみただろう?』
『うん!悪い怪物をやっつけて帰ってきたんでしょ!?』
燃え落ちる木の化け物の写真が、先日の新聞に大きく出ていた
『という事は、たーくさん大砲を撃った事になるわい。そげんたら、大砲を交換しなきゃならないんじゃよ』
周辺地域の木の駆逐を、二月中旬から今月にかけて、イタリア西岸に展開していた第一艦隊は従事しており、一時的にラスペチアやナポリに艦を下げさせていた。現在稼動しているのは、その間にメンテをしていた第二艦隊の面々であるが、第一艦隊がそのような状態であるので、タラントに逗留して待機状態にあった。層の薄い海軍特有の苦労である
『じっちゃ、なんか大きい船が来るよ?』
孫は聞いてなかったのか、変な事を言っていた
『馬鹿こくでね、今は地中海航路の客船も動いてねし、海軍さん以外に大きい船が来る筈もねぇ』
しかし、年老いた彼の目にも大型艦特有ともとれる太い煤煙が映る
『釜たきの船かいな?』
艦の絶対数の少なさから、退役した船を持ち出したのだろうか?
『いんや、確か解体されたはず・・・』
軍縮条約のくだりは、全世界的に報道されていたから、記憶に間違いは無いはず。じゃあ、何物なんだ?あの艦は
『わぁ、他にも居るみたい!五、六、七・・・十隻!おおーい!』
孫が手を振って歓迎する
『いかん!やめるんじゃ!』
ありゃあイタリアの艦じゃねぇ!
『ほぅ、漁船が動くか。余裕がかなりあるようだ』
串刺しの日より沿岸に押し込まれた諸国の王は、陸地への拒否感と常に脱出の為の手段として軍艦を御座船とし、その燃料と共に後生大事に確保して来た
『奪い甲斐がありそうですな』
しかし、それは軍艦の使い方では無い。軍艦は戦わねばならぬ。その火砲は世界で最大の威力と運用性を保っていて、なおかつ木を撃破できる手段の一つだ。それを使う為には、他の国々、いや、そこの王族に牛耳られている軍艦や資源を解放しなければならない
最終的には残された人類全てが我等の指揮下に入って抵抗する事が絶対正義である。故に!
『アウドゥーラ皇国第三皇女、リヴァル・エレアノールが命じる!眼前の都市を、我が皇国の頸城に置く!人類統合の正義をもって、刃向かう者は突き崩せ!従うものには慈悲を与えよ!』
銀糸の髪が踊る
『艦長、このヴィナを前進させよ!』
腰に挿した乗馬鞭を握り、前を指す
『リヴァル皇女、この辺りに都市などなかった筈なのです・・・それにあの街がヘルシアとはとても、ここは慎重案を』
艦長が提案する
『危険ならばこそ、それでよいのだ。妾が死んだとなれば、我が国にとって良き警告になる』
守るにも、攻めるにも、な、とリヴァルは笑った
『それに、このリヴァル、兵の後ろにいる事は我慢出来ん性でな』
それはわかっていますが、と、艦長。勇将の元に弱卒無しを地で行く人だ。それでも第三皇女である事を忘れてもらうのは困る
『慎重だな、艦長。いの一番に最大戦力をぶつけ、圧倒するのが最良の戦だ。戦うのならば』
戦わずに済ますためにも、このヴィナを前に出して武威を示すのは当然である
『・・・了解です』
艦長はリヴァルの言い分に折れた
『一度も水に浸かっていないヴィナの駿足、存分に発揮してくれ』
リヴァルは満足そうに頷いた。多数の艦を接収して来た皇国では、一度岸壁や港で沈んだ艦の比率が小さくない。そういった艦は缶交換等の大規模整備が出来ず、速力を減ずる事が少なくなかった。そんな中で、一度も水に浸からず、26ノット超を誇るヴィナは、快速艦の呼び声が高い
『敵艦が三隻、見えます!出港準備中のようです!』
見張りが報告する
『やる気か、見事だな。乗員ともども、欲しくなった』
舌なめずりをする。皇国にとって軍艦とは、沈めるものではなく奪うものだった
『ヴィナ、戦闘開始!』
イタリアと皇国の初接触は、砲音から始まったのである
ジュリオ・ジェルマニコ
モナコ沖に停泊していた偵察艦のジェルマニコは、突然の艦隊来襲に慌てふためていた。配下の駆逐艦二隻も同じくだ
『ラスペチア、いや!タラントの艦隊司令部を呼び出せ!』
『戦艦です!戦艦!おおよそ三万トンクラス!』
第一艦隊が一時的に下がった事と、空軍部隊がイタリア周辺の森を焼き払う事に全力を尽くしていた結果、リヴァルの艦隊がモナコ沖へ現れる前に発見する事に失敗していた。ヘルシアの状態からして、皇国側から接触する事は無かろうと誤判断していた報いと言っていい混乱だ
『機関始動急げ!このままでは動く前にやられるぞ!』
『主砲は動きます!指示をください!指示を!』
ザッパーン!!!
そんな混乱を一気に鎮静化させるかのように、ヴィナが放った砲弾が水柱を立てる
『敵艦発砲!』
『もう遅い!』
見張りが報告に来たが、あまりに遅すぎる
『敵速計測・・・25ノットは越えてます!このまま寄られると・・・!』
戦艦主砲の直撃を貰ってしまう。万事休したか!
『・・・総員、聞け』
駆逐隊司令は判断した。ここモナコは政治的に見て非常に微妙な位置にある。勝てない相手と戦って、被害を及ぼして良い都市ではない。なにせ、フランス領(一応名義的には)であるモナコを、非常事態だから、と制圧した手前、もしなにかの弾みに元の世界に戻ると瓦礫の山でしたでは非常に困った事態になる。リヴァルは謀らずも、まさにピンポイントで厄介な場所に現れたのだった
『本隊は自沈を選択したい。モナコの陸軍には、山ぞいに内陸へ撤退を具申せよ』
『司令!せめて!せめて、槍の一突きだけでも!』
部下達は納得いかない、戦わずに艦を沈めるなんて
『ならん!戦うことはまかりならんぞ諸君!無駄死にしてなんになる!白旗を用意せよ!』
大体、もっとモナコより離れた地点で迎撃する事が出来なかった時点で、我々の完全な敗北なのだ
『先の大戦の折、紅海に閉じ込められた駆逐隊の司令もこんな思いだったのか』
エチオピア駐留の駆逐隊は、開戦に伴いことごとく自沈か撃沈されている
『白旗、掲げます・・・』
軍艦旗を下ろし、即席の白旗を掲げる。旗を掲げるという行為が降伏と取られればよいのだが。そして捕虜の人道的扱いも
『自沈作業、急げ!暗号表廃棄!あっちは待ってくれんぞ』
だが、それを私は選択した。駆逐隊司令はヴィナを睨みつける
『如何様にもするがいい、今日の我々は、明日の貴様らだ』
タラント沖、V・ムッソリーニ
モナコ陥落の凶報は、イタリア全土を駆け巡った
『なんとも面倒な所に現れたもんだ』
ペンネは参謀達に回した後、直純に文面を寄越した
『今となってはモナコそのものが人質という訳ですね』
直純は書かれた紙を伝令に返した
『まぁ、おかげで全面的に衝突せずに済みそうだがな』
交渉をまず行うことが必要とされよう。駆逐艦三隻が失われているから、財務省のあいつはブチ切れてるかもしらんが
『そこでこの艦の出番となるわけですね』
『ああ、威圧に最大の艦を・・・といっても、本来第一艦隊が動かねばならんのだが』
あいにく二艦とも砲身交換でドック入りしており、動けない。一足先に交換を済ませていたこの第二艦隊の戦艦二隻が動くしかない
『サルディニア島回りで退路を絶つ航路を?』
『そのつもりだ』
ラスペチアの方に進めば、第一艦隊の巡洋艦以下や、航空隊が相手取る。かの皇国艦隊が生き残る術は、モナコに残り続けるか、我が艦隊を突破してゆくかしかない。まず無理な相談だがな
『ひいては少尉、ヘルシアからあちらの武装や事情に詳しい者を一人ほど借りたいのだが、誰か適任を知らぬか?』
『中将の方が適任の方をお知りでは?』
ヘルシアの王族関係者や、軍部上層部、そのあたりから動ける人間を出してもらえばいいではないか
『あれはあれで、なかなか動きたがらん連中でな』
ようやく手に入れた安寧の中から、もう一歩も動きたくないという連中がほぼ全てなのだ。そんな連中が、外の為に何かするであろうか?いやしない、という訳だ
『誰か新進気鋭で、機械や情勢に詳しく、それでいて我々に抵抗の無く、女であれば身持ちの固い人間は居ないかね?』
『あー・・・』
居るには、居る。六本の尻尾付きで、少々喧嘩っ早い人間が・・・しかし、彼女を巻き込むとなると少し躊躇わざるを得ないんだが
『居るんだな?』
『えーっとですね・・・』
歯切れが悪いのを申し訳なく思うが、そうならざるを得ない
『ただ、とは言わんよ』
直純は観念した
『ヘルシアの航空基地で、向こうの航空隊整備班の班長に、フィリネという狐人が居ます。彼女ならば、あらゆる面で保障できます』
そうか、すぐに手配させてもらうと、ペンネが頷く
『あの、よろしいでしょうか?中将』
『なんだね?』
見返りの事で、最低限これだけは、と、言わせてもらった
『彼女は根っからの技術屋です。艦内を見て回る許可をいただきたいのですが』
なんだ、そんな事か、と中将
『持ち出しや分解は困るが、好きに見せてやるといい』
『ありがとうございます』
うん、少しはこれでご機嫌が取れるだろう
『しかし、意外でしたな』
話が終わったとみた参謀の一人が会話を挟んだ
『いくら規模の大きいこちらの都市群とはいえ、押し込まれている事に違いはありませんからな。対外派兵がそれほど出来る環境ではありますまいに』
それを恒常的になしていたならば、先に接触を果たしていたのはあちら側だったろう
『圧力が減った、という事かもしれんな』
我々が撃破した樹は、空軍や我が航空隊の訓練相手を兼ねて、おおよそ三十に登ろうとしている
『上手く力を削いだとされる証拠となれば幸いなのですが』
直純はいまいち懐疑的なようだ
『しかし、ま、こういう見方も出来る。彼等の国家防衛に支障が出て、都市占領に動いた』
何らかの物資を手に入れるために、各都市を占領しに来たのではないかという懸念だ
『蝗のような思考パターンですかな?』
参謀の方は顔を歪めた。蝗は植物を食い尽くすまで飛び続ける。今のイタリアなら払いのけられるだろうが、いきおい厄介さを増す
『国家という物には、少なからず蝗のような側面がある物だよ』
ペンネは苦笑してそういった。直純は何やら考えている
『どうした?引っ掛かる事でもあったか?』
『えぇ、彼等が何か足りなくて、このような遠距離に進出した軍事行動を採っているならば、貿易が成り立つかもしれません』
彼等だって、消費する軍需物資より少ない対価で欲しいものが手に入るならば、貿易に首肯するだろう
『対価をどうやってあちらが払うかも問題がありますが、財務も喜ぶでしょう』
いや、ここぞとばかりに儲けを得ようと画策するに違いない。ヘルシアは循環型の都市で拡充なぞ考慮の外だったから、イタリア本土から物資を持っていくばかりで、収支の上ではマイナスでしかないし
『ま、交渉がうまくいけば、駆逐艦の損失額を補えるかもしれないな』
財務への言い訳には使えそうだ。と、ペンネは肩を竦めた
『到着は23日の朝だったな』
おおよそ二日かかる。二日、か
『乱暴狼藉の類が及んでないといいのだが』
『・・・』
その言葉に、ペンネと話していない艦橋の乗員も沈痛に沈黙する。確かにモナコの街そのものは一時的には救ったかもしれない。だが、人々は街に置き去りにしたままなのだ。無人化は時間的問題としても、相手を刺激させない為にも、それは出来なかった
『現在の20ノットより速度を上げますか?』
艦長が言った。現在の艦隊速力は20ノット、これを5ノット程上げることは可能だ
『いや、途中で駆逐艦に給油が必要になる。時間的な差は少ない。気だけ急いても損するだけだ』
それに、もう一つ程利点があるぞ、とペンネ
『皇国とやらが、我々と付き合うのに足る奴らかどうか解るって事さ。もし、それに値しない連中だとしたら・・・』
ぎゅうと拳を握り、ペンネは顔を歪める。笑ったのだ、餓狼のように
『スエズ動乱以来の獲物だ、おいしくいただいてやるのが礼儀ってもんだな』
対戦艦のスコアで三隻目を、そろそろ加えてもいいだろう・・・18インチの牙を突き立ててやる!
第二艦隊はモナコへと進む、リヴァル艦隊へと接触すべく・・・コリージョンコースは避けられようもなかった
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第十四話【~月と英雄と~】
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