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第11話・アンダーサバイバー

ヘルシア郊外



屋根であのあと二時間程浅い睡眠をとって、再び叫びながら起きた直純は、フィリネに連れられてここに来ていた

『壁の外、ですか』

ヘルシアは囲郭都市である。現在イタリア工兵の手が入った飛行場も、出城・・・真田丸に近い位置関係で壁に囲まれている

『そや、壁の外』

フィリネは頷く

『でも実態は違うんや、ヘルシアを囲う壁はあれやない』

『あれじゃない?』

フィリネは不意にしゃがみ込んだ

『どうしました?』

『おーい、ムイムイ、おるか~』

地面をドンドンと叩く



バタン!



『ひに゛ゃあああああっ!』

地面が開いて、扉がフィリネの足を潰す。尻尾がピーンと膨らんで伸びる

『はいはーい、フィリネさんなんですかー?あれ?こちらの方は?』

下から出て来たのは、初音よりも七歳くらい年下そうな女の子だった。茶色い髪の毛を纏めて、ポニテにしている。後は目にサングラス、身長はかなり低い、140台だろうか?

『む、ムイムイ!足!足!!』

『足?』



ペショ!



身を乗り出したムイムイが開いた扉に乗る。体重が扉にかかって

『アダダダダダダタ!』

『ほえ?』

気付いてませんよ、この娘

『ああ、君、いいからこっち来なさい』

『はぁ~・・・足で死ぬかと思うた・・・』

フィリネが足を引き抜いて安堵する

『私は志摩直純、近頃こちらにご厄介になっている軍のものです』

とりあえず自己紹介しておく

『あ、ムイムイです。よろしくお願いします!』

ペコリとムイムイは頭を下げた

『ムイムイ、モイモイばぁさんに深心鏡術を準備してやと伝えてくれるか?』

『え?また?』

ムイムイは心配そうにフィリネを見つめる

『うちやないよ、こん人や。部屋いれてもうてよかやろか?』

フィリネが指差して笑う

『いいよー、何もないけどどうぞー』

『ありがとなー』

ムイムイの姿が消えて、フィリネも中に入ろうとする

『子供には怒らないんだな』

何となくついて出た言葉だ。足、痛そうだけれども

『子供に怒ってどないなんのや、うちが気をつければどうにかなることはうちが気をつければいいんや』

ふぅん。子供好きなのか・・・

『さ、入りや、散らかすんやないで』

先に入ったフィリネが呼ぶ

『お邪魔します』

扉の下は階段があって、それなりの大きさを持つ部屋が広がっていた

『・・・』



ぽかっ!



部屋を眺めていたら、フィリネに小突かれた

『女の子の部屋を、そないしげしげ見るもんやない!』

『あぁ、すいません。女の子の部屋に入るのは初めてで』

ミスミおばさんちの初音の部屋にも、小さい頃以降入ってない

『そなん?彼女とかおらんの?』

『生憎、そんな暇は無くてね』

今度は逆にフィリネがへぇと感嘆している

『という事は、あの時の唇の責任、きちんととってもらえるわけやね?』

『・・・』

そ、それは・・・

『本気にするんやない!アホッ!』

即座に尻尾で後頭部をおもいっきりぶたれた

『・・・ムイちゃん、とか言ったかな?あの子がモール族?』

『そうや、あの子達は地中を主な生活圏にしとる。ああそれから、まず最初にいっとかなあかんのが、今さっきのムイちゃんはやめとき』

へ?同じ音が続くから、短く言っただけだけれども

『モール族の名前はみな同じ音が繰り返される形だそうや、そいで、名前を分けて呼ぶというんは、最大の親愛の情を相手に送るって意味になるんや、やからな』

一種のプロポーズと言っていい

『夫婦間でもないかぎり、間違っても使っていい言葉やない。ええね?』

念を押されたので、こくこくと何度も頷く。これは絶対に頭に入れておかねば

『助かるよ、流石にロリコン扱いは困る』

幼女趣味は自分には無い。下手な事にならずにすんだ

『あたりまえや、ムイムイちゃん泣かせるんやったら、九回殺してなお飽きたらんで』

『肝に銘じておくよ』

怒らせたらホントにやりかねないし、怖そうだ

『で、深心鏡術ってなんなんだ。そういえば、また?と聞かれてたな。やったことがあr』

『余計な事は聞かん方が身の為やで?』

手の甲を抓られる、イタタタタ

『フィリネさーん。準備出来ましたよー、あれ?』

部屋に扉を開けて入って来たムイムイには、手の甲を抓っているフィリネが、直純と手を繋いでいるように見えた。モール族はモグラらしく目が悪いのだ

『あははっ!仲良しさんなんですねー!わぁ・・・噂は本当だったんだぁ』

羨ましそうにこっちを見る

『ち、違うっ!違うんよムイムイちゃん!』

必死に否定するフィリネ、ホントに何も無いねんで!どいつもこいつも色恋に絡み付けて言うのは、慢性的に男日照りだったからだけや!

『そうですよ、私はフィリネさんの彼氏ではありませんよ』

ほら、直純少尉もそう言うて・・・なんかその言い方はムカっ腹立つけどな

『え~、またまた~、恥ずかしがらなくても~。そうです!折角ですし、二人でいってらっしゃいませ~』

ぐいぐいっとムイムイに二人とも手を引っ張られる

『ちょ、うちは入らないでいいってば!』

すごい力だ、というかイタタタタ!痣出来る、痣!



バタン!



無理矢理二人とも入れられてしまった

『フィリネさんはわかってると思うけど、真っ直ぐ進んでくださいね~』

『ちょっとムイムイ!ムイムイちゃん!?』

暗闇でも目が効くのか、フィリネは入って来た扉をドンドンと叩く。しかし扉は開かない

『モール族の馬鹿力には勝てへんし、あぅ・・・』

『真っ直ぐ、進めばいいのかな?』

フィリネはまぁしばらく黙って待ってれば扉が開くだろう

『ま、待ってや!この術は終わらんと扉は開かんのや!』

フィリネが隣にならぶ気配がする

『もしかして見えてへんのか?』

『まだ目が慣れなくて』

というより、何らかの光があるか?いや、フィリネは動いてるあたり、あるんだろうが

『光苔が生えてるから、順路はそのうち見えるやろ』

あぁ、それをフィリネは見てるんだな

『では先にいっててください、私が本来受けるものでしょうから』

沈黙が少しあった。手を握られる

『か、勘違いせぇへんでや!連れてったるさかい、感謝しぃ』

『あ、あぁ・・・』

ちょっと荒れてはいるが、まるで肉球のような肌の手が、力強く手を引いてくれる

暗闇の中、二人で歩く

『まるで、トンカラリンだな』

まだまだ続きそうなトンネルに、直純は呟いた

『トンカラリン?なんやそれ?』

『うちの国にある用途不明の横穴さ』



海軍主導の政治が行われるようになり、かなりの勢いで工業産業の育成が本土では行われたのだが、ある種船乗りとして迷信ぶかい海軍は、土地開発によって出て来た遺跡・遺物の類をきちんと調査、祭ることは忘れなかった

勿論、海洋民族説を推す海軍として陸軍がばらまいた日韓同祖論を資料を並べて真っ向から否定する思惑もあったのは確かだ。

あるいは、今現在でもそうなのだが、薩摩では祖霊を祭ることに金をかけることでは日本一である。そういった類の精神が、海軍内に根を張っていたせいかもしれない(皇族がかなり海軍内に居たのもあるだろう)・・・科学技術の粋を集めた世界最大の海軍でありながら、いつしかシャーマニカルネイウ゛ィーの側面を帝國海軍は保持していた




トンカラリンも、そんな中で発見された遺跡の一つだ

『あの遺跡もこんな風な用途に使われた物かもしれないな』

『ふ、ふぅん』

フィリネは気もそぞろな感じで生返事をした

『・・・もしかして、暗いところや、狭い所は苦手なんですか?』

『ちゃ、ちゃうわ!うちらの祖先だって、住居は横穴やったんや!怖い事あるかいな!』

『そうですか』

うちらがこの空間で困る事、それは先祖帰りしてしまう事。下手したら直純の臭いとか、くんかくんか嗅いでまうかもしれんし・・・ありえへんけど、発情してしまうやもしれん。なんというか、自分に素直になってしまうというか、欲望に忠実になるというか・・・個人ならまだしも、男と二人入るやなんて、最悪この男がうちを怒らせたら、殺してまうかもしれんのに

『ふぅぅっ!』

大きく息をついて気持ちを落ち着けさせる。前初めて入った時に、ある程度どうすればいいかわかってるからまだしも、まったくムイムイは~

『・・・』

フィリネは、黙っている直純の手が震えているのに気付く

『直純、少尉?』

『見えない、のか?』

フィリネの声に、直純は手を強く握り返した

『いや、見えない方がいい』

直純には見えていた、通路に被曝者がこちらを睨みながら立っているのが

『はぁっ、はぁっ!』

実際の被曝者に対しては失礼なのだろうが、その姿は醜い、正直見るに堪えないし、酷い。まだ直純が絶叫しないで済んでいるのは、声がないからだ。映像に伴う声が無いだけで、大分マシである

『いらっしゃい』

しわがれた声が限界ギリギリな所で響いて来た

『モイモイばぁさん!』

『おや、フィリネじゃないかい、連れは・・・近頃見る人達だね?』



パンッ!



モイモイばぁさんといわれた老婆が手を叩くと、幻影は掻き消えた

『はっ・・・はぁ・・・』

直純はへたりこんでしまう

『フィリネ、お前さんは今回特に何も起きなかったろう?』

『そ、そやな。思ってたよりは』

前の時は・・・こんな風やなかった

『ここは不安や、見たくない物を見てしまう場所、悩みの無い、或いは問題にしていない人間には、暗いだけの洞窟にしか感じない場所ぞ』

モイモイは語る

『人間の悩みなんて物はさ、自分自身に原因があるものさ、それをここでは見せる。フィリネ、あんたの場合は無力感からの自責さね』

『ちょっとモイモイばぁさん!』

そう、フィリネにだってショックだったのだ、妹の戦死というのは

『あんたさんの場合は、罪悪感さね、そしてそれにつらつらと理由をあげて違うと考える自分への羞恥』

よっこらしょ、とモイモイばぁさんは歩いて来て、へたりこんだ直純の前へ

『酷かろうがそうでなかろうが、死人は死人で一人さね』

モイモイばぁさんはきっぱりと言い切った

『生きてる人間が絶対の勝ちさね、罪悪感なんてのはある種の自己満足さ』

『・・・』

直純は何も答えない

『そりゃ、あんたが何も出来ない人間ならそれでもいいだろうさ。でもあんたさんには頭も、腕も足も、地位も残ってるじゃないか、何かが出来る。なら、罪悪感の前に出来ることを考えな、考えるだけでも、死んだ奴らの供養さね。忘れてないんだから』

モイモイが笑った

『大体、それを妨げるなんてのは死人のすることじゃあないさぁね、彼等は罵声を浴びせてくるんだろう?でも良くお聞き、その言葉は誰のもんだい?その怒りは誰の怒りだい?』

直純ははっと頭を上げた。モイモイの後ろに見える被曝者の列、それらが次々と消えて行き、最後に怒りに満ちた顔を見せている人物が一人、現れる

『っ!』

それは、自分自身だった

『このしがないばばぁから言えるのはそれだけさね』

フェッフェッフェッとモイモイは背を向ける



『ありがとう、ございます』

くおおおっと、しばらく直純は声を押し殺して泣くと、しっかりと立ち上がった

『少し気が晴れました』

『たいしたことはしとらんさね』

ランプがつけられたモイモイの部屋で、直純は頭を下げた

『フィリネさんも、ありがとう』

『え、ええってええって、別に』

へ、変に好意向けられても、その、うち困る

『しかし、あの通路は昔から?』

直純はそっちの興味から聞いてみる、歩いた感じでは、400メートルぐらいかと思ったが、古代からのものであろうか?

『いんや、掘ったのは十年前ぐらい、かの。わしらモール族は、都市周辺に地下濠を掘るのが役目になっとる』

都市に植物が侵入してくる場合、枝葉や種子もそうだが、根を伸ばして来るのが一番多い、それを防ぐ、あるいは襲撃を知らせるのがモール族の役割なのだ

『このヘルシアの外周にも、四周にわたって地下濠が掘られておるのじゃが、相手はアレじゃ』

二十四時間体制の警戒維持と範囲から、地下濠毎に集落がある

『死と隣り合わせの生活に、精神の場は必要じゃて』

必要から生まれた、うん。そういう物かもしれんな

『一番内側のこの地下濠にはな、もう歳のいった人と子供が住んでるんや』

種の保存と、技術、伝統の保持の為に

『それで御客人よ、時間はあられるかな?それにフィリネも』

モイモイが聞いて来た

『私は大丈夫です』

『ええよ、うちも』

『ささいなパーティーを用意したい。なぁに、遠慮することは無い。対価は簡単な話さね』

モイモイが微笑む

『ちょっとばかし、ウィットの聞いたお話をここの子らに聞かせてくれんかね?こりゃ、盗み聞きは駄目ぞ、出てきな』

モイモイから言われて、ワァーッ!と、扉から小さなモール族の子供達が出て来る

『お話聞かせて~!聞かせて~!』

『フィリネおねぇちゃ~ん!』

二人とも揉みくちゃにされる。直純にはこの空間に、なんともいえない温かさを感じていた






享楽と絶望のカプリッチョ第十二話【~変わるモノ、変わらない物~】

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