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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第二章 花房さんちの花奈ちゃん

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陽和くん

 家に帰るともう動けなくて、私は居間で寝転んで眠ってしまっていた。ふと視線を感じて目を覚ますと、澄江さんがのぞき込んでいた。

「花奈、こんなところで寝たら風邪ひくで。うちは陽和を迎えに行って来るからちゃんと部屋で寝ときや」

「え、お迎えにって、どうやって?」

 私は身体を持ち上げて目をこすりながら、松葉杖をつく澄江さんに聞いた。私は今朝、子どもたちを、旬くんが学校へ送って行く車に同行した。小中学校は車で山を下る距離だ。澄江さんは首を傾げる。

「どうやってって、車でや」

「澄江さん、昨日車にはもう乗らないって!」

「へ?そんなこと言うたか?こんな山奥で、車に乗らな暮らされへんで?」

 旬くんがわざと年寄りのフリをすると言っていた。覚えているのに、車に乗れなくなると困るので、とぼける気だ。私は立ち上がって澄江さんの両肩に手を置いた。

「車の運転はダメですよ?!私が代わりに陽和くんを迎えに行きますから!」

「せやけど……今日は小太郎の見舞いもあるんやで?」

 澄江さんは他にも用事があるのか。意外と高齢者も忙しいようだと失礼なことを思う。

「小太郎さんって誰ですか?」

「陽和のじいさんや。入院してるねん」

 そういえば六歳の陽和くんが居候なのは、疑問だった。ご家族がいないのかと思っていたが入院中なのか。凌くんの名前が出てこないということは、凌くんと陽和くんは兄弟ではないようだ。あんなに仲が良いのに、それもまた驚いた。

「わかりました。お見舞いも私が付き添います。だから、澄江さんは運転ダメです。お家でゆっくりしていてください」

 澄江さんは年寄りのフリをしたくせに、年寄り扱いされて不満そうに口を尖らせた。事故にあったばかりなのにまだ車に乗ろうとするなんて、絶対ダメだ。

 これが田舎の高齢者事情か。確かにダメダメ言う人間は必要かもしれない。

 私は花房さんちの車で小学校まで陽和くんを迎えに行って、陽和くんの祖父、小太郎さんの病院にお邪魔した。白浜にある療養型病院は小高い丘の上にあり、海風の通る気持ちの良い場所だ。

 陽和くんと一緒に小太郎さんの個室にお邪魔した。陽和くんとベッドテーブルで将棋崩しをして遊び始めた小太郎さんがにこにこ笑う。

「可愛いお嬢さんが来てびっくりしたわ。陽和、花奈ちゃんが一緒に住むことになって良かったなぁ?」

「せやで!帰ったら花奈ちゃんと川で遊ぶねん!」

 陽和くんはした覚えのない約束を決定事項のように小太郎さんに話す。小太郎さんがつるつるの頭に手を当ててほくほく笑うので、そんな約束してませんとは言えない。私は帰ったら今度は川へ行くのか。

 朝は茶畑、昼はお見舞いからの川。田舎暮らしは思ったよりハードだ。

 将棋崩しが終わって、小太郎さんが陽和くんに小銭を渡してジュースを買ってくるように言った。私もついて行こうとしたが、陽和くんは一人で行くと病室を出て行ってしまった。小太郎さんが私に椅子を勧めて笑う。

「花奈ちゃん、陽和が迷惑をかけると思うけど、どうかよろしくお願いします」

「いえ、そんな……私が陽和くんに助けてもらっていて。昨日なんて」

 陽和くんが前はたくさん泣いたという話をしてくれたと語ると、小太郎さんは渋い顔だ。

「俺が出先で倒れて意識失ってしまってなぁ……誰にも連絡が行かんと、陽和が一晩、家で待ちぼうけしてしまったんや。めちゃくちゃ心細かったと思うわ」

「それは……大変でしたね」

 小太郎さんはその日を思い出すと、今でも泣きそうになると言った。その時、陽和くんはまだ五歳だったそうだ。よく我慢して家にいて、無事でいてくれたものだ。

「俺の目が覚めて、すぐ澄江さんに連絡したんや。車で五分もかかるけど、一番近所やからな。旬くんがすぐ陽和を迎えに行ってくれて。それからずっと陽和は、花房さんちに世話になってんねん」

 陽和くんが居候になったのは、そういう理由だったのか。陽和くんと話している時は元気そうに見えたのに、ため息をつくと途端に小太郎さんの細すぎる体が気にかかった。

「陽和は両親も事故で亡くしてて、もう俺しかおらんのに……俺はこんなんやから」

 小太郎さんの声が沈んでいくと同時に、陽和くんが光の塊のような笑顔で帰って来た。

「じいちゃん見てー!ナタデココジュースあった!」

「ほー!良かったなぁ!」

 小太郎さんは沈んだ声を明るく切り替えて、陽和くんの頭を優しく撫でた。陽和くんが私にくれた撫でる仕草は、小太郎さんに育まれたものだとすぐわかった。

 一時間ほど面会をして、名残惜しむ陽和くんに川で遊ぼうと誘いつつ私たちは小太郎さんの病室を後にした。

 私は車に陽和くんを乗せながら、病院を振り返った。

 小太郎さんが入院しているのは、緩和ケア病棟だった。

 私は小太郎さんの憂いと陽和くんのこれからを胸に秘めて、運転席に座った。


 車が家に着くと、陽和くんがドアから飛び出して走っていく。私は慌てて声をかけた。

「陽和くん!どこ行くの!」

「川!」

 走っていく陽和くんを、私も走って追いかける。茶畑で疲労した足が重い。

「待って!川に小学生一人とかダメだから!」

「ダメじゃないダメじゃなーい!」

 追いかけっこしながら家から徒歩五分にある川に到着した。なだらかな川ではなく、底が濁るほど深い川だ。しかも巨大な岩やごつごつの石ばかりの整備されていない川辺である。猪がこの川で水を飲んでいても何の不思議もない。

 驚くほど野性味の濃い自然だ。小学生が一人で行く場所ではなかった。

「花奈ちゃん!これ投げよう!」

「いや、ムリムリ無理!」

 陽和くんが自分の顔よりデカい石を投げようとしたり、川の中を覗き込むので、私は安全確保に動き回る。危なっかしい陽和くんに私はダメを連発し続けた。

「ダメダメ!陽和くんダメだって!怪我しちゃうからぁ!」

「花奈ちゃんっておもろー!」

 陽和はケタケタ笑って川遊びを楽しんでいた。最終的に、陽和くんが小太郎さん直伝の笹舟を私に教えるという遊びに落ち着いて、事なきを得た。


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