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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第二章 花房さんちの花奈ちゃん

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茶畑

 六畳和室の客間で寝かせてもらい、新生活が始まった。

 花房さんちは茶農家だ。旬くんに「花奈ちゃん良かったら手伝って!」と頼まれて、私もさっそく茶畑に手伝いに出ることになった。居候なのだから、お手伝いは当たり前だ。

 それなのに、澄江さんは居候に家賃は取らない、茶畑を手伝ってくれるなら食費も取らない、さらに給料まで出すと言ってくれた。

 失業中の私には最高の条件だ。前職で溜め込んだ貯金もまだまだある。

 つまり、真面目に働く限り、私は花房さんちで金銭的な心配なく暮らせるのだ。張り切ってしまう。移住計画は完璧に遂行された。


 花房さんちから車でさらに五分ほど山を上ったところに、瑞々しい茶畑が広がっていた茶畑の頂上には農具を収納するための小屋があり、その前には茶畑を見下ろすウッドデッキがあった。

 ウッドデッキに上ってみると、山合いの景色が遠くまで清々しく見渡せた。春晴れの空の下、深い森の山の斜面に添って段々と広がる茶畑の眩しい新緑が圧巻だ。私は思わず感嘆の息が漏れた。

「綺麗……」

「でしょ?俺もこの景色が好きなんだよね。もうすぐ収穫だから茶畑は今、一番青々してる時期なんだ」

 作業服に白いTシャツの旬くんがにっと歯茎を見せて、飾らずに笑う。茶房ひきがわでもらったパンフレットとまるで同じ姿が目の前にあった。

「もうすぐ物凄く忙しくなるから、花奈ちゃんが来てくれて助かったよ」

「がんばります!」

「頼もしい!でも力仕事だから、疲れたら無理しないで言ってね。怪我したら嫌だから」

 花房さんちに来るまでは、無気力にイエスを使っていた。けれど、仕事をする限り、曖昧な返事は使わない。それは誠実でないからだ。

「わかりました、約束します」

「うん、お願いします」

 ウッドデッキの上でお辞儀し合っていると、澄江さんから声がかかった。

「みんな来たで」

 澄江さんは松葉杖をつきながら茶畑を上って来た。旬くんが家にいるように言ったが、まるで聞かないのだ。澄江さんの後ろから、麦わらの農作業帽子を着た高齢女性たちが数人やって来た。

「今日はみんな、お手伝いありがとう。怪我しないでね」

 旬くんが七十代オーバーのお姉様方の前に立って、朗らかに笑った。

 日置川の茶農家はもう十軒に満たないそうだ。人手不足のため、互いの茶畑に人を回して全体で畑を運営していると、旬くんが説明してくれた。今日は花房さんの畑に人が集まる日なのだ。

 旬くんが私を隣に呼んで、お姉様たちに紹介してくれる。

「こちら、今日から手伝ってくれる花奈ちゃん!うちの新しい居候だからよろしくね」

「榊原花奈です。よろしくお願いします!」

 私の挨拶にお姉様方がわっと色めきだった。互いに隣の女子たちを叩き合いながらきゃっきゃと笑いだす。

「こりゃ可愛い子が来たわ!」

「ほんまもう待ちに待ったで!うちらのアイドル、旬くんのお嫁さん!」

「花房さんちの花奈ちゃんやね!ゴロがええわ~」

 嬉しそうに騒ぐお姉様方が、茶畑の中で花咲いていた。女性はいくつになってもこんなに元気で可愛いものなのか。

「良かったなぁ澄江ちゃん!」

「花奈ちゃんはすごいんやで~!」

 澄江さんも愉快に笑って事故の話をし始める。この女性たちの元気が茶畑を支えているのか。旬くんは軽く息をついて、みんなに大きな声で言った。

「みんなー!花奈ちゃんは俺のお嫁さんじゃないよー!って、わざと聞いてないよねー!」

 みんな言いたいことだけ言って、旬くんの声を全く聞いていない。見事に無視される旬くんの横で、私は笑ってしまう。

「ごめんね花奈ちゃん、みんな若い女の子が珍しいから喜んじゃって。こういう時だけ聞こえない年寄りのフリするんだよ」

「平気です。旬くんは大人気ですね」

「若い男が俺しかいないからだよ」

 旬くんは頭をかきながら、照れくさそうに笑った。

 明るい陽、青々とした茶畑、そこに響くちょっとしたからかいと、女性たちの笑い声。とても健やかな場所だ。

 挨拶を終えた私は、お姉様たちに今日は肥料を撒くのだと教えてもらった。

 茶畑のうねの側で、旬くんが運んで来た肥料の説明をしてくれる。

「収穫の間に茶畑が疲れてしまわないように、収穫前に肥料をいっぱい撒いて甘やかせるんだ」

「木を甘やかせるってなかなか聞かない言い方です」

「そう?茶畑に我慢させると良いお茶はできないからね」

 旬くんは茶畑にまで優しいようだ。今度は指導員お姉様が、肥料散布機を押して来た。肥料散布機の使い方を教えてもらい、実際に使ってみる。重みのあるスーパーのカートのようだった。

 肥料散布機のハンドルを握った私は、指導員お姉様に聞いた。

「重いですね」

「ほんま重いねん」

「ではご高齢の方より私が適任です」

 きっぱり言い切った私にお姉様は驚いていたが、やってみてと期待の声で許可された。初めての農作業に緊張しながら没頭した。

 ウッドデッキで座って作業を見守っていた澄江さんが、休憩に川添茶の冷茶を用意してくれた。汗をかいてから、ウッドデッキで茶畑を眺めながら飲むお茶は、生き返るほどおいしかった。

 けれど、農作業は重い肥料を運び、肥料散布機を支え続ける重労働の連続。昼前には、腕も足も上がらなくなってしまった。

 私は誰よりも茶畑を行ったり来たりする力持ちの旬くんに、しょんぼり声をかけた。

「旬くん、申し訳ないのですが……もう腕が痛くて……」

「だよね、慣れないと変に力入るから余計そうなるんだ。今日はもう家でゆっくりしてて!」

「お力になれなくて情けないです」

 旬くんは目を見開いて、全力で首を振った。彼は茶畑を走る風を軽やかに受けて笑う。

「茶農家は一人で作業を進めることもできるんだ。でも『一人でやる方が早い作業』は、一つもない。だから今日花奈ちゃんが手伝ってくれて、俺は助かったよ。だから、ありがとう」

 旬くんの丁寧なフォローに、私は胸を撫でおろす。私のしたことをきちんと評価してくれる人の元で働くのは、やる気が出る。私はぷるぷるする腕を上げて両手の拳を握った。

「明日はもっとがんばります」

「期待してる!あ、澄江さんを連れて帰ってもらっていい?さすがにそろそろ休ませないと」

「了解しました!」

 旬くんのにっかりした笑顔に見送られて、元気なのにと文句を言う澄江さんを連れて家に帰った。



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