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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第一章 花房さんちのお茶の時間

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イエス

 お茶の時間の効能を微笑ましく思っていると、旬くんが私に話を振った。

「花奈ちゃんは白浜へ旅行に来たんだよね?」

「あ……旅行というか、移住しませんかっていうCMを見て、それで勢いで来たんですその、移住先を探そうと思って……」

 私の行動を言葉にすると何とも行き当たりばったりで、情けなくなってきた。

「何でまたそんなことになったんや?仕事はしてなかったんか?」

 澄江さんが私の痛い所にぐいぐい踏み込んでくる。

「実は……仕事を辞めてしまって」

 私は上手に誤魔化すこともできず、聞かれるままにここへ来た経緯を洗いざらい話してしまった。

 おかえりと、あったかいご飯と、お茶の時間まであるこの家に絆されて、口が緩くなってしまったのかもしれない。

 黄金色の川添茶の水面を見つめる。ほんの一時、自分を許せる時間になるようにと、川添茶に込められた旬くんの祈りが、私に届いてしまう。流れ出る感情に歯止めが利かなかった。

「私がセクハラなんてしないって……誰にも信じてもらえなくて……!」

 私の口は止まらず、ついには涙まで許してしまった。

 ぽとりと茶の水面に雫が落ちる。子どもたちは呆気に取られ、澄江さんも旬くんも驚いて顔を見合わせていた。凌くんが私の横にとんとティッシュ箱を置いてくれる。

 私の鼻をすする音だけが虚しく響いた居間に、旬くんの濁りが全くない声が通った。

「花奈ちゃんは悪くないよ。真面目に働いただけ」

 ティッシュで鼻を拭く私は、思わず顔を上げてしまう。その瞬間、澄江さんの声がぱちんと弾けた。

「旬の言う通りや!今日の事故で花奈ちゃんがあの場を見事に仕切るのを見たわ!花奈ちゃんが優秀やから、その店長もバイトも僻んだだけや。そんなとこ辞めて正解やで!」

 ここにいない職場の人たちに向かって、叱りつけたような声量だった。私よりずっと怒っている澄江さんの姿を見て驚き、瞬きしかできなかった。

 凌くんが血圧上がるよとぼそりと言う。澄江さんの眉が吊り上がっていた。

「花奈ちゃんには返せんくらいの恩ができたんや。和歌山に移住するんやったら、もうここに住んだらええ!」

「え……?」

「俺も賛成」

「え?!」

 澄江さんの隣で旬くんが小さく手を上げる。視線が旬くんに集まった。

「澄江さんを助けてくれたこと。花奈ちゃんに、どうやってお礼をしたらいいかわからなかったんだ。いや、返しきれる恩だなんて思ってないよ。でももし、移住先としてこの家を選んでもらえるなら、少しは役に立てるんじゃないかな」

「いやでも、ご迷惑ですから……」

 突然、人の家に居候だなんて、とてもではないが私が受け入れられない。絶対断ろうと思っていると、凌くんが旬くんに続いた。

「ここはみんな居候だしね。澄江さんが良いって言うなら、一人くらい増えても別にいいんじゃない?」

 みんなの目がさっと陽和くんに集まった。陽和くんが自分の番を察して、びしっと高く手を上げた。

「オレ、花房さんちの陽和くんって言われるんやで!だから花奈ちゃんも花房さんちの花奈ちゃんになるのさんせー!」

 陽和くんは私にからっと笑いかける。あっさり全員にここに住めばいいと言われて戸惑ってしまう。

 今度は私に全員の目が向いた。さあどうですかと問われている。私はごくりと息を飲んで正直に答えた。

「あの……そんな風に言ってもらえて嬉しいです。でも私は、職場でさえうまく関係を作れなかった人間で。それが他人と一緒に暮らすだなんて……また、ダメダメ言って、嫌な気持ちにさせてしまうかもしれません。それはしたくないので……」

 私が俯くと、澄江さんがけろりと言った。

「この家にはそろそろ、ダメダメ言う人間がおった方がええわ。旬は子どもらを叱らんからな」

 凌くんがうんうんと頷いた。

「澄江さんはもう歳だし、旬くんは優し過ぎ。大人の規律側がもう一人くらいいてもいいと思うよ」

「え、あの、頼りなくてごめん……!」

 背を丸くする旬くんは、とばっちりを受けていた。しょんぼりする旬くんに凌くんが良い所だけどねと言って笑ってから、澄江さんがぴしっとした声で締める。

「花奈ちゃんあのな、うちの家はそこのアホな職場とちゃうで。周りの人間次第、居場所次第で人生は変わんねん」

 陽和くんが突然、膝で立ち上がり、私の頭をよしよし撫でてくれた。

「オレ、ひとりで家におったときいっぱい泣いたねん。でも花房さんちに来てから泣いてへん。花奈ちゃん泣いてるから、ここにおった方がええで!」

 陽和くんは自分の泣いてしまった経験を、人に返すことができるのか。

 陽和くんは私の頭を優しく撫で続けてくれる。きっと彼はそうやって色んな人に撫でられて育ってきたのだろう。彼を育んだ時間が見えるやわらかい仕草だった。

「また明日も一緒にお茶の時間しよ!」

 陽和くんがくれた無邪気な約束があたたかく、私の頬をぽろりと涙が伝った。

 私が私のままいて、誰かと一緒にお茶を飲む時間。私はそんな小さなものが欲しかったのか。

 もしかして私は、こうやって誰かが向けてくれた親切を「ダメ」とないがしろにしてきたのではないだろうか。

 ダメだと線を引いて、何も受け入れないから、私は独りぼっちになってしまったのかもしれない。

 もらった優しさに素直に甘えられたなら、私はひとりではなくなるのだろうか。そんな微かな、希望が見えた。


 花房さんちの人たちが私にくれた優しさを受け入れて。

 さらに何倍にして返せるような人間に──なってみたい。


 何でもイエスと言えばいいのだとやけくそになっていた私に、真っ当な欲が湧いた。

 顔を上げた私は、一人ずつ顔を見て、最後に澄江さんをまっすぐ見つめる。

 私は流されただけでも、投げやりでもなく、きちんと決断した。

「明日もお茶の時間……したいです。花房さんちに、私も居候させてください」

 清々しいイエスを選んだ私に、花房さんちの澄江さん、そして居候たちはみんなようこそと笑ってくれた。

 


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