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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第七章 花房さんちの陽和くん

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ダメだよ

 茶畑まで車で五分、歩ける距離だ。それに凌くんは賢い。今日は二人ともご飯を食べたくないと言って、部屋に閉じこもっていた。部屋にいると思っていたが、明るいうちに家を出ていたのだろう。暗い夜道を避けた危機管理だ。

 私は旬くんが運転する車の中で迷った挙句、やはり今言わなくてはと決めた。

 私は陽和くんと一緒に、もう戻れない人生の笹舟に乗るのだ。

 助手席に乗った私は、旬くんに車を停めて欲しいと言った。旬くんは訝しがりながらも路肩に車を停めてくれた。もうこの時間の山道に車は通らない。

 旬くんが車内ランプをつけて、淡い光の中でお互いの顔を見る。

「どうかした?」

「凌くんは防寒具を持ち出してます。たぶん、茶畑の小屋にいるはずです。おそらく大丈夫だと思うので、行く前に十分だけ時間をください」

「う、うん」

 旬くんは戸惑いながらも私に時間をくれた。お茶が飲みたいなと思いながら、私は何度も深呼吸して息を整えた。

 私は旬くんに向かって、どうしても踏み出しきれなかった打開策プランを提案した。

「旬くん、形式上で構わないので……私と結婚してくれませんか」

 旬くんの動きが止まる。

「え?」

「私、陽和くんを引き取ろうと決めました」

 私は事情を説明した。

「何度も子育てのリスクマネジメントを考えました。けれど、どう考えてもダメダメが癖の私には一人で子育ては難しい。きっといつか関係を破綻させます」

 私は責任感を持って真面目に事にあたるほど空回りすると経験上知っている。陽和くんの子育てで同じ轍を踏むわけにはいかない。

「だから旬くん、私と蜜柑を半分こしたみたいに……子育てを半分こしてくれませんか」

 あの夜、二人でちゃんちゃんこを着て分け合った蜜柑に託した想い。

 甘いものも、苦いものも分け合えたら嬉しい。

 そう、本気で思っていた。

「私みたいにすぐダメを使わない大らかなパートナーが欲しいです。それから、結婚を持ち出した理由は……制度の盾が欲しいから」

「盾……?」

「旬くんも本当は陽和くんを引き取りたいと、同じ思いだと思っています。けれど踏み込めない理由への盾です」

 旬くんは私の唐突な提案に耳を傾けてくれる。最初にダメと断じない。彼のこういうところが何より信頼できる。

「結婚の盾があれば、旬くんが過去のことを何か言われても、私が強く前に出られます」

 肩書のない相手が出て来ても話にならないが、妻なら正当な意見が言える。それが社会の仕組みだ。私は眉間に皺が入る旬くんを見続ける。

「もし旬くんがこそこそ言われたり、陽和くんに旬くんのことで不利益があったら私が戦います。その代わり旬くんの優しさを陽和くんのためにください。そういう契約です」

 夜の寒くて厳しい山風が窓にあたり、車が揺れた。橙色のルームランプの下で旬くんの瞳が揺れる。旬くんはゆっくり口を開いた。

「……そんなのはダメだよ」

 私は旬くんの返答を受け入れて飲み込んだ。ダメと言われるのはわかっていた。

 けれど、私たちが夫婦という形式を取って陽和くんを養子にする。もし澄江さんがいなくなった後も、これが一番、陽和くんを守る堅実な形だと思った。

 けれど旬くんの合意なく、この計画は進められない。もちろん次のプランも考えている。次の話をしようとしたが、旬くんが先に言った。

「俺は形式じゃなくて花奈ちゃんと、本物の結婚をしたいと思ってる」

「え?ほ、ほんもの?」

 今度は私が呆気に取られた。旬くんの目も声色も真剣そのものだ。

「前に花奈ちゃんが言ってくれたこと、本気だって自惚れてもいいかな?」

「前?」

「ホテルで柚子に言ってた……俺が望んだら、俺とすぐ結婚したいくらいだって話」

 柚子さんに勢いで言った啖呵だったが、嘘は一つもない。私はなんだかむずむずする耳を押さえながら頷いた。旬くんの目が弧を描く。

「俺は望んでるよ。俺も花奈ちゃんのこと『花奈ちゃんが望んでくれるなら、すぐ結婚したいくらい素敵な人だと思ってる』から」

 旬くんは私が言ったことをそのまま真似した。それはつまり、同じ温度、ということだ。

「花奈ちゃんは俺を、望んでくれる?」

 また冬風が車の窓を打ち付けて、車が揺れる。外の風、世の風は厳しい。けれど、この車の中の橙色のランプと、見つめ合う私たちにはあったかいものが、確かにある。

 私はだんだんと熱くなる首筋をマフラーで隠しながら、頷いた。

 旬くんは私を望んでないと思ったから、形式上だと予防線を張ったのだ。でも旬くんがそう言ってくれるならもう、建前はいらない。私はありったけの素直を旬くんにぶつけた。

「望んでいます……旬くんの隣でずっと、一緒にお茶を飲みたいです」

 お茶の時間を重ねて、本物の家族になっていった花房さん夫婦のように。私もそうなりたい。

 旬くんは何度か瞬きした後、ハンドルの上に手を重ねて額を預け、項垂れた。

「ありがとう……俺もう、めちゃくちゃ嬉しいのに、嬉しいじゃ全然足りないよ」

 ルームランプに照らされた旬くんの耳が真っ赤で、私まで嬉しいでは全く足りないくらいの高揚を感じてしまった。旬くんはしばらくそうしてから、顔をぱっと上げてルームランプを消した。

「……行こっか、二人を迎えに」

「はい」

 固い約束を結んだ私たちは、堂々と陽和くんを迎えに行ける。

 車が茶畑を目指して走り出す。しかし、今さらだが、気にかかることがあった。

 罪の意識で陽和くんを引き取ることに抵抗を示していた旬くんが、まさか結婚なんて決断を下したのは、なぜだろうか。

 私はハンドルを握る旬くんの横顔に問いかけた。

「旬くん、どうして急に結婚を……?抵抗があると思ってましたが」

 旬くんはゆっくり頷いた。

「……実は、さっき川に二人を探しに行ったときに、柚子が電話をくれたんだ」

「柚子さんが?!」

 私は大きな声で驚いた。

「花奈ちゃんが渡してくれたお茶を飲んだって言って……それから」

 旬くんは口元の緩みを抑えきれないようだ。

「ホテルに一緒に来ていた人たちをちゃんと守らないと、今度こそ許さないから……だから、がんばれって言ってくれた」

 あの日渡した川添茶が、旬くんと柚子さんを繋いで、旬くんの背中まで押してくれたのか。

「俺の過去は消えなくて……親になる資格なんてない。でもそれを言い訳に陽和を一人にするのはもっとダメだと思う。凌が言うようにビビッてただけ」

 旬くんは大人として慎重だっただけだ。けれど、幸せになるために、勇気を持ってイエスを選ぶときは必要だ。

 それが私にとって、旬くんにとって、今だった。

 ダメダメだけでは、ダメなのだ。私は目に浮かんだ涙がこぼれる前に拭いて笑った。

「二人とも待ってますね」

「うん、早く会いたい」

 旬くんの運転する車が茶畑に到着して、私たちは急いで小屋のある上まで駆け上った。

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