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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第七章 花房さんちの陽和くん

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32/35

本物の

 施設へ見学に行ったり、陽和くんの荷物の片づけをしたりしているうちに、着々と陽和くんが施設へ移る日が近づいて来た。

 陽和くんは行きたくないと何度も言った。だが、泣き叫んだり暴れたりは一度もしなかった。

 私は陽和くんが学校の昼間に、彼の部屋に入った。部屋の隅にきちんと置かれたサンタの靴の前にしゃがみ込む。

 チョコレートのお菓子がなくならないように、私は同じものをサンタの靴に補充し続けていた。私はサンタの靴に願う。

「小太郎さん、どうか……陽和くんの笑顔を守ってください」

 私はそう口にするだけで涙が出そうになる。もうずっとクリスマスナンジャーに変身する彼の快活な声が聞こえないのだ。

 陽和くんは小太郎さんの前でしか、わがままを言わなかった。

 これからもずっと、そうだったらどうしようと胸がじりじりした。


 陽和くんの引っ越しまであと三日の夜、お茶の時間になっても凌くんと陽和くんが姿を見せなかった。私が部屋に呼びに行っても返事がなく、二人の部屋を覗いても真っ暗だった。

「え?!」

 私は驚いて台所へ飛び込んだ。お茶を淹れる旬くんに訊ねる。

「子どもたちがいないんです!どこに行ったか知ってますか?!」

「え?知らないよ。まさか外に行ったの?!」

「わ、わかりません。もう一回部屋を見てみます!」

 旬くんと二人で慌てて部屋を捜索すると、わかりやすいところに凌くんの書き置きが見つかった。

『陽和は僕が連れて行く』

 何も言わない凌くんがおかしいとは思っていた。家出だ。まさかこんな大胆なことをするなんて。旬くんは上着を着てすぐに玄関へ向かった。

「俺、川を見てくるから花奈ちゃんは家にいて。澄江さんに知らせて」

「はい、気をつけて……」

 もう外は真っ暗だ。都会と違って、山は漆黒だ。夜は何も見えない。こんな時間に川へ行ったのかと思うと膝が震えた。

 震える足を立たせてまず澄江さんに知らせると、澄江さんがふらりとよろけた。

「澄江さん!」

「大丈夫や、ちょっと最近。寝れてないだけや」

「よ、横に!横になってください!」

 顔色が真っ青の澄江さんを、彼女の部屋の布団に寝かせた。澄江さんはこんなになるまで陽和くんを心配していたのかと思うと、目頭が痛かった。

「うちはただの寝不足や。うちは放っといてええから二人を頼むで」

「わかりました。だからゆっくりしててください。約束ですよ」

 皺深い目の奥に涙をいっぱい溜めて、澄江さんは頷いて横になった。もうみんな、ぼろぼろだ。

 でも一番傷ついているのは陽和くんだ。そんな陽和くんを凌くんはどうしても助けたかった。拙いけれど、大人の遠回りな気遣いよりずっとわかりやすくて、陽和くんには嬉しかっただろう。

 私は家の周りをぐるっと探したあと、また部屋の中に書き置きがないかどうか調べ始めた。陽和くんの片づけが済んだ部屋をひっくり返して探し回った。

 雑に動く私の肘が当たってサンタの靴がぽてんと転び、中からチョコではなく、紙が出てきた。

 昼に見たときはなかったその紙に、私は飛びついた。どこへ行ったか書いていて欲しいと願いながら紙を開く。

『クリスマスナンジャーへ このいえでほんものかぞくにしてください』

 読んだ瞬間、身体の血が沸騰したかと思うほど熱くなって、目からぼろぼろ涙が零れ落ちた。私は紙を顔に当てたまま崩れ落ち、畳に頭をぶつけて嗚咽を漏らした。

 陽和くんはサンタでも、小太郎さんでもなく、自分で作ったクリスマスナンジャーに願いをかけた。現実の世界で、誰にも頼れなかったからだ。


 この家で、本物の家族にしてください。


 あの子の精一杯のわがままに、涙があふれて止まらなかった。小太郎さんにしか見せなかったわがままを、私の見えるところに置いてくれた。私が応えるチャンスをくれた。

 不意にポケットに入れていたスマホが鳴った。画面を見ると來山君からだ。再オファーの件だろう。この電話が教えてくれる。

 私には戻れる場所がある。

 気ままな一人暮らしに戻って、仕事をうまくやって、家事なんて適当にこなす人生に今なら戻れる。

 けれどそれで本当に、私は、幸せになれるのだろうか。

 仕事を辞めた時「ダメダメ言ってちゃ、幸せになれないよ」と言われた。

 本当にそうだ。今、陽和くんのわがままにダメだと言ったらきっと、私はもう二度と幸せになれない。大げさではない。ずっとこの願いにダメだと言ったことを後悔し続ける。

 そんなダメはもう、言いたくない。

 陽和くんを乗せる人生の笹舟を選び、子育ての川に流れ出たら、私はもう後戻りできない。けれど、私はどんなに無謀でも、彼とともに生きるイエスを、選びたい。

 この家に来たときに思ったのだ。

 花房さんちの人たちが私にくれた優しさを受け入れて。

 さらに何倍にして返せるような人間になってみたいって。今、陽和くんが私にくれた優しさを何倍にして、返す時だ。

 そのために、私は何だって、やってやる。

 私はスマホの着信を切って、陽和くんの手紙をもう一度見る。よく見ると、端っこの方に凌くんが書いたような小さな小さな文字があった。

『茶畑』

 手紙をポケットに入れて部屋を飛び出した。するとちょうど玄関に旬くんが帰って来た。私は旬くんに走り寄って手紙を見せつけた。

「旬くん、茶畑!茶畑って書いた紙を見つけました!」

「ほんとに?!行こう!」

 私たちは急いで車に乗って、茶畑を目指した。


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