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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第七章 花房さんちの陽和くん

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笹舟

 私は喪服に運動靴で家を飛び出して、川へ向かった。二人がよく行くのは川だ。急いで川へ向かうと、やはり二人は川辺の大きな岩の上に二人並んで座っていた。夕暮れの紅く細くて頼りない光が、二人の小さな背中を照らしていた。

 私が近づくと陽和くんが振り返った。腫れた目が痛々しい。

「花奈ちゃん」

 陽和くんの声に凌くんも振り返るが、私の顔を見てまた背を向けてしまう。二人は何枚も葉っぱを集めて、一枚ずつ笹舟にして川に流していた。私は陽和くんの隣に膝を抱えて座った。

 ざあざあと止まらない川音だけが耳に響く。陽和くんは小さな手で器用に笹舟を作りながら、教えてくれた。

「じいちゃんが、ここをこうするのがコツやって言うてな……何回も競争してん。じいちゃんの舟はめちゃ強くてオレ……一回も勝てへんかった」

 だんだんと震えていく陽和くんの声に、私の目の奥も震えてしまう。陽和くんは完成した笹舟を川に流した。すぐにゆらゆらと流れていく笹舟を目で追った。

「花奈ちゃん……じいちゃん、もう帰ってけえへんなぁ……あの舟みたいに行ったらもう帰ってけえへんのやなぁ……!」

 ぼろぼろ泣き始める陽和くんを、私は強く抱きしめる。まだ、小太郎さんがいなくなったことすら飲み込めていないのに。笹舟を流して、初めて受け入れようとしているのに。今いる場所さえ失うのだと、残酷な話をした。

 小さな陽和くんが抱える悲しみを、半分こしてあげたいのに。幸せでいてほしいのに。その幸せが遠い。彼を一人にしたくない。けれど、今ここに在る情動だけで彼を引き取ることが、彼を本当に幸せにするだろうか。

 もう何が正しいのかわからない。

 私は行ったらもう二度と戻らない笹舟が流れる川音を聞きながら、陽和くんが私に抱きつく強い力だけを感じていた。


 小太郎さんの葬儀が済んで数日後、陽和くん宛てに小包が届いた。小太郎さんが亡くなる前に、病院の看護師さんと一緒に初めて挑戦したネットショッピングの成果だった。

 小太郎さんはクリスマスナンジャーを作るくらいクリスマスが大好きな陽和くんを、驚かそうと思っていたのだろう。

 小包の中にはサンタの大きな靴が入っていた。チョコのお菓子がいっぱい詰まった靴だ。茶の間で小包を開けた陽和くんは、久しぶりに笑顔を見せてくれた。

「花奈ちゃん、これ食べてもええ?」

「もちろん」

 私は小太郎さんの粋なプレゼントに、心から感謝した。

 凌くんは学校に休まず行き、お茶の時間にも顔を見せてくれた。だが大人たちと一言も口を利かなくなってしまった。

 澄江さんはしばらく置いておきとだけ言い、私も旬くんも腫れ物を触るようにしか凌くんに声をかけられなかった。

 いつもあったかかったお茶の時間が、夢みたいに消えてしまった。

 澄江さんの「いつこの家が終わってもええように、お茶の時間は濃く大事にしい」という言葉が浮かんでは胸に沁みた。居候たちの絆は脆い。こんな風に呆気なく、終わってしまうのか。

 子どもたちが学校に行き、旬くんも茶房へ仕事に出かけた。寒い風が容赦なく吹き付ける家の庭で、私は洗濯物を干していた。私は手を動かして、考え続ける。

 もし、私が陽和くんを引き取るとしたら、リスクは何か。どうしたら私はそれをクリアできるのか。子育てを元にした人生について何度もリスクマネジメントを考えてみた。

 けれどやはり、限界がある。打開するプランも考えた。だが、これを実行に移す勇気がどうしても湧かない。

 見渡す限り山に囲まれた庭で、陽和くんの服を干していると珍しくスマホが鳴った。

 相手は來山君だ。私は驚きつつ電話に出た。

「花奈さん、お久しぶりです。旬さんがいるからダメってのはわかってるんですが。店長に言われたので一応、お知らせさせてください」

 元気そうな來山君の話を聞くと、元職場の店長が私に本気で戻ってきて欲しいと言っているという。新しいマネージャーが酷いもので現場が回らず解雇した。だが、店長が倒れそうになっている惨状を聞かされた。

「とまあ、そんな感じですが。ダメですよね?」

「……ちょっと、考えさせて」

「え?旬さんとうまくいってないんですか?」

「そんなんじゃないけど……いろいろあって」

 來山君には濁したまま、私は電話を切った。元職場からの再オファーだ。私の仕事の価値を、身をもって認識してくれただろう店長の元なら。今のダメの使い方を覚えた私なら。今度はうまくやれる可能性が高かった。

 私は凌くんのシャツの皺を伸ばしながら考えた。

 凌くんはもう一年もすれば山村留学を終える。陽和くんの件で納得いかないままなら、もっと早く果林さんの元へ帰るかもしれない。

 旬くんの働きすぎは、農繫期に來山君が来てくれるので心配ない。

 澄江さんは運転さえしなければ、まだまだ元気だ。

 そして、陽和くんはクリスマスの日に施設へ移ることが決まった。

 もう、私が花房さんちにいる意味も、ないのかもしれない。十二月の厳しい風の中で、濡れた洗濯物を干す手は千切れそうなほど痛かった。

 旬くんも澄江さんも口数が減ってしまって、凌くんはだんまり。お茶の時間は息苦しい日が続いていた。

「みんなーお茶の時間だよー」

 いつものようにそう言ってみんなを集める旬くんの声と、湯呑から立つ湯気だけはあたたかい。それが虚しく、沈黙が痛いお茶の時間。陽和くんが黙々とお菓子を頬張るのを眺めるしかない時間になっていた。

 お茶の時間は花房さんちのバロメーターだ。何か噛みあわなければ、お茶の時間に異常が出る。

 それでもみんなが集まるのは、陽和くんとの細い糸を、一杯のお茶だけが繋いでいてくれるからだ。


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