責任
陽和くんが学校を終えてから、お通夜、翌日には葬式が滞りなく行われた。小太郎さんは全ての段取りを整えてなくなっていた。川を流れるように自動的に事が進み、気がつけば終わっていた。そんな二日間だった。
陽和くんは葬儀場で小太郎さんの亡くなった顔を見て泣き崩れ、旬くんが葬儀の間ずっと、本当に片時も離さずに抱っこしていた。旬くんはきっと腱鞘炎になっても陽和くんを下さなかっただろう。
ずっと抱き合う二人を見て、かける言葉がなかった。私は泣く資格もないのではと思いながらも、何度もこみ上げてしまった。
葬儀を終えた夕方に、凌くんのお母さんの果林さんが家に訪れた。小太郎さんの遺言を預かっていた弁護士は果林さんだったのだ。
まだ夕暮れ時だが、果林さんの分のお茶も淹れて、お茶の時間をすることになった。
陽和くんの好きなチョコレートをちゃぶ台の上にたくさん並べたが、誰も一口も食べなかった。お茶を一口飲んだ喪服の果林さんは、畏まって口を開いた。
「小太郎さんの遺言をお伝えさせて頂きます」
凌くんはお仕事をする果林さんを見たことがないのか、しげしげと果林さんの横顔を見つめていた。泣き腫らした顔をした陽和くんは、旬くんの膝の上に抱っこされたままだ。
果林さんは澄江さんが言っていたのと同じ内容を述べた。全てを言い終わり、書類を提示した果林さんに、凌くんが震える声で言った。
「陽和が施設に行くって……遺言って絶対、覆らないの?」
「資産の部分では覆らないところが多いわ。けれど、子どもの居場所については故人の意向より、本人の意思と幸福を尊重して判断することもある」
故人が望んだことが絶対ではなく、陽和くんがより幸せになれる場所があるならば、そこが優先されるということか。
「じゃあ、陽和はこの家にいればいいじゃん」
遺言の文言は、陽和くんには難しかった。旬くんに抱きついたままの陽和くんはきょろりと周りを見回しただけで、内容を理解できていないまま、話が進んでいく。果林さんが回答する。
「陽和くんの将来を引き受ける、強い保護者が名乗り出たならば熟慮するわ。けれど、小太郎さんの遺言だから、凌が意見するところはどこにもないわ」
果林さんは仕事としてきっちりと線を引いた。凌くんもそれは理解したのか、旬くんに厳しい顔を向ける。
「澄江さんが歳なのはわかるよ。旬くん、どうして陽和を引き取らないの?何か理由あるなら教えてよ」
凌くんは頭が回る。陽和くんがこれほど懐いていて、旬くんの人柄も知っていれば疑問はわかる。私も旬くんの過去を知らなければそう聞いた。旬くんは陽和くんを抱きしめたままぎゅっと目をつむって頭を下げた。
「……ごめん。今まで黙ってたけど、俺、昔……罪を犯したことがある。そんな人間が子の親にはなれないよ」
このままでは凌くんが納得できないことを理解していた旬くんは、開示を選んだ。最も旬くんが最も傷つく、最も誠実な態度だ。
凌くんにとって予想外な回答だっただろう。彼は目を白黒させて黙り込んだ。陽和くんが、小さな両手で旬くんの頬を挟んで顔を上げさせた。陽和くんは旬くんの顔を覗き込んで問うた。
「旬くん……オレ、花房さんちの陽和くんじゃなくなるってこと?」
旬くんの目から涙があふれてしまう。
「オレ、ここにおったら……あかんの?」
口を手で押さえていた私も、どうしようもない嗚咽が漏れた。
「ごめん、陽和……」
旬くんが陽和くんに頭を下げる。陽和くんは旬くんに拒否されたことだけがわかったようで、彼に力いっぱい抱きついた。
「いやや……いややぁああ」
陽和くんの悲痛な泣き声に、立ち上がったのは凌くんだ。凌くんは陽和くんの手を引いて旬くんから引きはがし、果林さんを睨む。
「母さんは?陽和を連れて帰ってくれるなら、僕、東京に戻るよ」
凌くんは果林さんに条件を突き付けた。けれど果林さんは冷静に横に振った。
「凌、私が育てる責任を持つのはあなただけよ。これは情だけではどうしようもない、現実の話なの」
果林さんの揺るがない態度に歯噛みした凌くんは、私に顔を向けた。
「花奈ちゃんは?陽和を引き取ってくれないの?!」
縋るような声に私は涙を拭いて答えた。大人として、答えない卑怯だけはしたくなかった。
「ごめん……一人で育てる自信ないよ。陽和くんの将来に、責任が持てない」
「そう……わかった」
凌くんは静かに涙をこぼす陽和くんの手を握って、鋭い声を放った。
「大人はみんな意気地なしだってわかった!僕が、僕が大人だったら!絶対陽和をひとりにしないのに!」
凌くんの眼鏡の奥から、次から次へと涙が落ちた。
「責任責任って何だよ……罪があるとか、知らないよ! 旬くんはもう罪を償ったんだろ?! だからここにいるんだろ?! 今はちゃんとやってるのに、誰が文句言うんだよ! 花奈ちゃんも母さんも責任に逃げて! ビビッてるだけだってちゃんと言えよ!」
凌くんの刃物みたいな声に胸を刺される。正しくて一言も言い返せない。けれど、今まで黙っていた澄江さんが反論した。
「そうや。大人やからこそ、その重さに正しくビビってるんや。凌はまだ先を見通す力が足りてへん」
「大人ぶったあんたらよりマシだよ。もういい、行こう陽和」
凌くんは陽和くんの手を引いて玄関を出て行ってしまう。私は二人を追いかける。澄江さんが放っておきと言ったが、二人を追う足を止められなかった。




