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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第一章 花房さんちのお茶の時間

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事故

 白浜からはやや離れ、海の気配などない山の裾元にある古い民宿で、一晩を過ごした。私は連泊をお願いして昼頃までゆっくり眠った。起きると、お腹が健康的に鳴った。宿は素泊まりなので食料の提供がない。私は食料を調達に出かけなくてはいけなかった。

 浅く川幅が広い、ゆったりとした日置川を前にした宿から、歩いて十分のところにあるスーパー田辺に出かけた。森林の湿った香りがする風の中を歩き、小さくて古びたスーパーへたどり着いた。

 ここで何が売っているのか不思議になるような、薄く黒ずんだ壁の佇まいだ。だが、駐車場には車が多数停まっていて意外にも栄えているようだった。このあたりにはこのスーパーしか買う場所がないのかもしれない。

 ど田舎の辺境スーパーという、珍しい光景にきょろきょろ周りを見回しながら駐車場を横切っていた。

 すると、いきなりどこかから金切り声が響き渡った。

「ぁああッ!どけて!誰か!誰か助けてぇ!」

 何か異常が起こったと即座にわかる悲壮な叫び声に、心臓が飛び跳ねた。次々に高い声が聞こえてくる。

「これ、これどけてやぁ!」

「事故や!」

「大丈夫か!」

 声の緊迫度が耳に痛い。私はその場で何が起こっているのかを見るのが恐ろしくて、身が竦んだ。けれど高齢者の方々が、私を追い抜かして声の方に集まり始める。私もしっかりしなくてはと慌てて動き始めた。

 私は事故現場を目撃して目をつむりたくなった。

 高齢女性の右足が、軽自動車の右後輪に下敷きにされている。惨い姿だが、タイヤに踏まれた右足先から出血はない。

 軽自動車の前部分が傷ついていて事故のように見えるが、なぜかぶつかった相手はいない違和感が起こる。

「どうなったんやこれは?!」

 地面に倒れている女性の側に膝をついた人が問いかける。タイヤの下の彼女は叫びながら答えた。

「車が勝手に!下がってきたんや……!」

 やっと状況が飲み込めた。

 最初に、運転手である彼女が車の頭を壁にぶつけた。事故の状況を見ようとエンジンをかけたまま車を下りてしまった。そして独りでにバックしてきた自分の車のタイヤに、下敷きにされたようだ。

 高齢者の踏み間違えによる、連鎖的な自損事故だ。

「はやく!早くしてやぁ!車動かしてぇ!」

 女性が半狂乱で叫べば叫ぶほど、集まった人たちがパニックに陥っていく。何人もの高齢者が集まり、おろおろしている。

 救急車を呼ぼうとスマホで電話をかけ始める人もいたが、一人の男性が言った。

「エンジンついてるんやから、車動かせばええんやな。ちょっと前進させるだけで足抜けるやろ!俺がやるわ!」

 ダメだ。それはダメ。

「早くしてぇ!」

 運転席に男性が乗り込もうとする。

 それは絶対にやってはいけない選択肢だ。早く止めないと手遅れになる。

 この言葉に囚われてきた。けれど今、今こそ、この言葉が必要なのだ。私は己を奮い立たせた。私の詰まっていた喉からやっと声が抜け出た。


「ダメです!」


 私が放った制止の声に、救助に集まった全員の目が向いた。

「やめて!車を動かしたら二次事故になる!」

 私はマネージャーとして、あらゆる事故訓練研修を受けてきた。

 車のタイヤに下敷きにされた際、車を強引に動かすと、余計に踏み潰して怪我を酷くしてしまう可能性がある。私は運転席に乗った男性に駆け寄った。

「エンジンを切ってください。車にはタイヤ交換用のジャッキが搭載されています。それで車体を持ち上げましょう。少しでいい、少し隙間ができれば後は人力で引きずり出せます!」

 私の勢いに彼は一瞬ぽかんとしたが、すぐに頷いてくれた。

「お、おお!わかった!ほなそうしよ!」

「皆さん、協力してください!」

 私が周囲に声をかけると、高齢男性が手を上げてくれた。

「儂は車のタイヤ交換は得意や!」

「お願いします!」

 私は通行人の高齢者たちと協力して、車からジャッキを取り出し、タイヤを少しだけ浮かした。私が事故にあった彼女の両脇を抱え、男性たちが身体を引きずり出す。

 彼女がタイヤの下から抜け出した瞬間、周囲から歓声が上がった。

 彼女は引きずり出された瞬間ふっと意識を失いかけたが、すぐにハッと目覚めた。アスファルトの地面に座り込んだ私に凭れてぐったりした彼女は、私の腕を細い手できゅうと痛いくらいに握った。

「……家で待ってる子らが、おるんや。死ぬわけにいかんかったねん」

 彼女のしわしわの目に大粒の涙が溜まっていく。八十代くらいに見える彼女は叫び過ぎて擦れた喉で言った。

「ありがとう、ありがとうなぁ」

「いえ、大丈夫ですよ。すぐに救急車が来ますからね」

 私の声に彼女は細かく頷いた。彼女は救急車が来てもずっと私の腕を握って離さなかった。救急隊員によってストレッチャーに乗せられた彼女は私に懇願した。

「一緒に救急車に乗ってくれへんか」

「いえ、それは……」

 ダメと言いかけた私はとっさに止まってから「はい」と改めて頷いた。家族ではないのだから、断っても良かった。

 けれど、心細そうな彼女を放っておくのも心苦しく、どうせ誰も待っていない私だ。流されるまま、イエスを選んだ。


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