他人
小太郎さんの訃報を受けた昼頃、陽和くんの学校へ向かう前に澄江さんに呼ばれた。台所のダイニングテーブルで、私と旬くんを前に座らせた澄江さんは深く息をつく。
「近々こうなることは予想してた。小太郎が弁護士に残した遺言の内容も聞いてるから、先に伝えるで」
陽和くんがまだ帰っていない。それなのに遺言の話が出るということは、陽和くんに聞かれたくない内容なのだ。
喉が渇く。お茶を飲みたい。でも、お茶を淹れに立つ勇気はなかった。私は肩に力を入れたまま、澄江さんを見つめるしかできない。
「まず、小太郎が遺した家と茶畑は旬が引き継ぐ」
「俺?陽和じゃなくて……?」
「小太郎が旬に遺すって決めた。陽和は将来茶畑を継ぐかはわからんから、それまで管理が必要や。旬なら、茶畑の世話をしつつ、陽和が茶畑を継ぐと言ったなら問題なく返してくれる信頼がある。それに陽和がいらんやったら旬がそのまま続けたら良いだけや。この形なら誰も困らん」
旬くんはぐっと言葉を飲み込んで、静かに頷いた。旬くんなら茶畑という財産を横取りしたりしないと、誰もが知っている。陽和くんが大人になるまでの間、これほど財産を預ける相手として相応しい人はいない。
そして茶畑を預かり世話し続ける間、茶畑で得た利益は旬くんのもの。旬くんのメリットも加味されている見事な采配だ。
澄江さんは続けた。
「それから、陽和のこと」
私は当然、花房さんちで引き続き陽和くんが暮らすと思っていた。けれど、澄江さんの言葉は違った。
「陽和は児童養護施設へ行く」
「ど、どうして……」
私が思わず声を挟むと、澄江さんは重い口で説明した。
「小太郎がそう決めた。うちはもう歳や。陽和が大人になるまで生きられへん。それに旬はまだ若い。これから未来があるのに、陽和を預けるわけにはいかん言うてな」
小太郎さんの判断は現実的だ。澄江さんの寿命、旬くんの将来を考えて陽和くんが重荷になってはいけないと考えた。ふと、小太郎さんが夏の日に言った「これ以上迷惑をかけるつもりはない」という言葉を思い出した。小太郎さんは亡くなった後のことを、考え尽くしていたのか。
旬くんがテーブルの上に置いた手を強く握りしめる。
「俺、将来なんてどうでもいい。陽和のために生きられるなら何でもいい……けど」
旬くんの声が震えた。
「前科があるから……陽和の保護者になりたいなんて、言えないよね」
私の目頭にきゅうと熱が集まった。前科ではないと、そんなのもう関係ないと声を荒げてしまいたかった。けれど、罪は事実で、どうあっても消えない。旬くんは陽和くんの保護者として胸を張れないのだ。
澄江さんは頷いた。
「そう言うやろうと思ってたわ。もちろん花奈は陽和を引き受ける必要なんてまるでない。花奈は居候や。いつでも出て行ってええんや」
澄江さんは私の自由を保障するために居候と言った。けれど、居候の言葉がこんなに冷たく感じたのは初めてだ。他人だと、深い線を引かれた。
でもそれはただの、本当のことだ。
そして私は今、陽和くんの将来を最後まで背負う覚悟がない。いつでも出て行っていいと言われてほっとしてしまっている。一人の子どもの将来なんて重いものを、私が背負えるわけがない。
澄江さんはきりりと眉をつり上げて、凛と言い切った。
「これから何が起こっても、責任はうちが取る。責められるのはうちだけでええ。旬も花奈も手を出したらあかんで。花房さんちの家長は、うちや」
澄江さんには陽和くんを児童養護施設へ送り出す覚悟がある。彼女は自分の限界を知っている。陽和くんを安全な場所へ送ることこそが、責任の取り方なのだ。
私は、イエスとも、ダメとも言えず、ただその重さに、黙り込んだ。




