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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第六章 花房さんちの澄江さん

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「あの夜、うちは旦那を亡くしたばっかりでぼーっとしててな……」

 誕生日の特別な高揚感とお酒も手伝い、澄江さんの記憶の蓋が開くのだろう。

「何がどうしてそこに行ったんか、もう覚えてないんやけど……最終のバスなんかとっくに無い山の鄙びたバス停におってな」

 緑茶ハイをくいと飲み下した澄江さんは、その日を語り始める。

「褪せて崩れそうなベンチの端っこで……ひたすら風の音を聞いてたんや」

 澄江さんが語る夜には、ばたばた騒がしい茶の間の音とはまるで違う音があった。澄江さんは緑茶ハイを傾け、懐かしむように一つ一つ教えてくれる。

「そしたらいつの間にか、旬がベンチの端に座っててな。二人でぽつん、って……」

 世間から切り離されたような場所が思い浮かぶ。その日、自立支援施設から出た旬くんは柚子さんに会いに行って、拒否されたのかもしれない。緑茶ハイの微かな苦味に二人の痛みが重なる。

「長いことお互いに何も言わんかったんやけど……旬が『おばあさん、寒くない?』って話しかけてきてな……あれにはさすがに、泣かされたわ」

 この世にひとりっきりになった二人の細い縁が交わったその瞬間、張りつめていた糸が切れるのが見えた気がする。聞いてるだけで泣きそうだ。

「うちが泣いたら……旬も泣いてなぁ……二人で長いこと泣いたわ」

 長年一緒に茶畑を守ってきたご主人が亡くなった、澄江さんの寄る辺ない気持ち。

 生きていていいのかと疑うほど絶望した、旬くんの気持ち。

 そんな気持ちを、二人は夜のバス停で混ぜ合ったのだ。私は喉の奥に涙の塩味がしたが、緑茶ハイで流し込んだ。

「そこで旬の身の上を聞いてな。タクシー呼んで、そのままうちに居候させたんや」

 再び将棋崩しをし始めたうちの男子たち三人は、真剣に炬燵の上の将棋駒の塊を凝視していた。真剣な眼差しに澄江さんは笑みを堪えきれないようだった。

「どうしても子どもを育ててみたかったんやけど、うちは子どもがでけへんかってな」

 将棋崩しは凌くんの番になっていて、彼の指先がぷるぷる震えていた。

「若かったときは、山村留学生の受け入れもようやってたんや。年取ってきてでけへんようになってんけど……旬がうちに慣れてから、また山村留学生も来れるようになったんや」

 受け入れ先が高齢者宅では、保護者として預けづらい面がある。山村留学生の凌くんを受け入れられるのは、旬くんがいるからだったのか。

「この家に旬が来て、凌と陽和が来て……花奈が来た。もううちは歳やから花奈は最後の新入りやで」

 最後の新入り、という言葉はずしりと重かった。澄江さんは持病もなく健康だ。それでも、今日で八十三歳。いつ何があってもおかしくはないという意識が無意識にその言葉に乗っているようだった。

 澄江さんは緑茶ハイをぐいっと煽って、居間や台所をぐるりと眺めた。

「この花房さんちは、うちにとって夫と生きた家や。この家で子どもを育てるっていう夢をな……うちは八十三歳の今、叶えてるんや」

 澄江さんはまた旬くんが負けた将棋崩しを見て微笑んだ。皺がぎゅっと寄る目元は穏やかで幸せそうだ。私は前から聞きたかったことを聞いた。

「夜には丁寧にお茶を淹れて、一時間の団らんをってお約束は、澄江さんが作ったんですか?」

「それは夫の提案でな。お見合い結婚やったうちらの仲を深めようって考えやったみたいやわ」

 夫婦だって最初は他人だ。そうやってお茶の時間を重ねることで、澄江さんは旦那さんとゆっくりと家族になったのだろう。

「まあ、ようケンカの時間になったけどな」

 けらけらっと旦那さんとの思い出を笑い飛ばした澄江さんは、テーブルの片隅に置いていた二つのプレゼントを見つめた。

 お茶の時間の絵と、旅行の写真が並ぶ。

「澄江さんは毎日が、夢の真っただ中ってことですね。私もそんな風に歳を取りたいです」

 私はお祝いに澄江さんのグラスにグラスをカツンとぶつけた。澄江さんはにやりと笑って、グラスをぶつけ返した。

「年取りたいなんて思うのは早いで、花奈。夢ってのは、儚いものや。いつこの家が終わってもええように、お茶の時間は濃く大事にしいや」

 澄江さんの声にはどこか切なさが香る。

 まるでこの家が、この時間がもうすぐ終わるかのような、そんな言い方に聞こえた。

 私が聞き返そうとすると、陽和くんの声が私たちに向いた。また負けたのか、罰ゲームを受ける旬くんは再び馬にされていた。

「澄江さんと花奈ちゃんのところまでゴーゴー!トナカイ!」

「俺もトナカイナンジャーとして正義の味方やりたいんだけど……!凌が悪役だよね?!」

「今、超悪ブラックサンタ超休みだから」

「超悪ブラックサンタ出てきて!」

 旬くんが敵の登場を熱望し始めたので、茶の間が笑い声で満ちた。私も笑っていたが、澄江さんの「いつ終わっても」という言葉が喉にちくりと刺さったままだった。



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