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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第五章 花房さんちの旬くん

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結婚

 翌朝の朝食後、私は凌くんと陽和くんを連れてホテル内のお土産屋さんを覗きに行った。澄江さんと旬くんはチェックアウト前に部屋で荷物を整理中だ。

 エントランスホールの遥か端にあるこぢんまりとしたお土産屋さんは、まだ人気ひとけがない。

 店の片隅に、川添茶のお茶缶を発見した。川添茶は高級煎茶として売られるのだ。凌くんが手に取って笑う。

「これ、旬くんが作ったやつだよね」

 お茶缶の隣では、以前、茶房ひきがわで見かけたパンフレットも置かれていた。旬くんの写真が載っているのだ。私は懐かしいパンフレットを手に取った。

「売られているのを見ると嬉しいね。結構いい値段しちゃうけど買っちゃおうか」

「川添茶なんて家に山ほどあるのにいる?」

「こういうのは思い出だから。陽和くんはどう思う?」

「オレはカッコイイのがええ!」

 陽和くんはキーホルダーのディスプレイを熱心に見始める。凌くんもお茶缶を置いてお土産剣見に行った。

 私は桜柄でころんとした缶の形が気に入ったので、お茶缶を購入した。一人でこっそり飲む用にしよう。

 お茶缶とパンフレットの入った紙袋を抱えて会計から戻ると、陽和くんと凌くんが昨日の女性、柚子さんと話していた。

「昨日は陽和がお世話になりました」

「お姉ちゃん!ありがとう!」

「どういたしまして。昨日はいっぱい泣いてたから、元気になって良かったね陽和くん」

 柚子さんは腰を屈めて陽和くんと目線を合わせる。微笑んだ時の目尻の皺の入り具合が、旬くんに似ている。

 彼女と旬くんとの隔たりが繊細で、第三者が入り込むのはダメだと思う。けれど、このまま別れていいのだろうか。

 せっかく偶然でも、縁が繋がったのに。

 私はお土産袋を握り締めた。くしゃりと音を立てた紙袋の向こうで、ころんと丸い茶缶が主張する。

 そうだ、ここにお茶がある。

 旬くんが自分を許せるよう祈りを込めて作ったお茶だ。私は一歩前に出て柚子さんに声をかけた。

「あの、昨日は本当にありがとうございました……柚子さん」

 私が深々と頭を下げて名前を呼ぶと、彼女の周りの空気が一気に固くなった。彼女が俯いてしまう。

 関わりたくないと、まとう空気が語っていた。それでも子どもたちには優しく接してくれる。そういうところが旬くんの妹っぽいなと感じる。

「では、失礼します」

 通り過ぎようとする柚子さんの前に、私は回り込んだ。

「も、申し訳ないんですがボールペンを貸してもらえませんか」

「……どうぞ」

 柚子さんは制服の胸ポケットに差したボールペンを貸してくれた。私は急いでお茶缶の入った紙袋に旬くんの携帯番号を書いた。私は事務仕事の手伝いもするので、旬くんの携帯番号なら覚えている。

 ボールペンを返して、私は紙袋を柚子さんの胸に押し付けた。

「お節介して本当にごめんなさい。これ、旬くんの電話番号です。何年後でも、何十年後でも、もしかしたらおばあちゃんになってからでも……いつか話したいときがきたら連絡ください」

 柚子さんは目を見開いてから首を振った。

「い、いや……迷惑です」

「わかってます……でも、何もしなかったら何もないままなので。勝手でごめんなさい。そのお茶、旬くんが作ったものなので良かったらどうぞ!」

 眉が険しく歪む柚子さんの顔を見るのはしんどかった。

 でも私は、何かせずにいられなかった。

 陽和くんが、柚子さんが持つお茶缶を指さした。

「お姉ちゃん、旬くんの妹なんやろ?昨日聞いたんや。旬くんのお茶飲みや!おいしいで!」

「そうそう、旬くんのお茶は信用してる」

 凌くんも同調する。柚子さんは紙袋がくしゃくしゃになりそうなほど強く握りしめていた。だが屈託ない二人になら口を開けるのか、ぼそりと言った。

「子どもは親を選べないのに、あの人の子どもになるなんて……」

 子どもたちへ向けた柚子さんの瞳には憐憫が浮かんでいた。「かわいそう」という言葉をぎりぎりで飲み込んだようだった。凌くんが、きぱっと言う。

「旬くんは僕の親じゃないよ。けど、親を選べない苦労は同感だよ」

「え……親じゃないって、どういう」

「みんな花房さんちの居候だよ……他人だけど一緒に暮らしてる。それだけ」

 凌くんのあっさりした調子に、柚子さんは目を白黒させていた。柚子さんは私に顔を向けた。説明が欲しいような顔だった。

「事実です。私たち本物の家族ではありません」

 柚子さんの顔がますます険しくなる。陽和くんは無邪気に笑う。

「オレ、旬くん大好きやで。お姉ちゃんは?」

 柚子さんは絞り出したように言った。

「嫌い……勝手なことして、ほんとに、許せない。前科なんかつくって取り返しつかない……!」

 唇を噛んだ彼女の沈痛な表情に、耐えてきたものが全部滲んでいる。けれど私は、どうしてもこれだけは譲れなかった。

「その言葉はダメです。『前科』ではありません」

 私はきちんと言葉を選んだ。ダメの後は、代替えを提示する。

「少年犯罪は繊細な問題です。線引きは重要だと思うのでその言葉は使わず、保護処分を受けたと言ってください」

「ど、どっちだって一緒ですよ……罪じゃないですか。あんな人とよく一緒にいられますね……」

 柚子さんの冷たい声が刺さる。

「あ、結婚してないんですよね。やっぱり前科があるから、結婚はしたくないんじゃないですか?」

 柚子さんの精一杯の悪態のような気がした。チクチクしたものを感じたのか、陽和くんは私の隣に来て服の裾を握った。

 事情を知らない凌くんも、旬くんの悪口を言われたことだけはわかるだろう。厳しい顔をしている。

 私は陽和くんと凌くんの間に立って、柚子さんに向けて声を張った。

「私が旬くんと結婚していないのは、私に魅力がないからですよ!」

 人のいないホールに私の声が響いてしまった。

「ですがもし……もし旬くんが私を望んでくれるなら、いつだって結婚したいと思えるほど素敵な人ですよ!過去があるからとか、勘違いしないで下さい!」

 柚子さんは睫毛をぱたぱたさせて驚いた顔をしていた。つい声が大きくなってしまった。陽和くんと凌くんがくすくす笑った。

「オレも旬くんとケッコンするで!」

「僕は結婚イヤだけど、旬くんはどことっても良い奴だよ。嫌う理由がない」

 柚子さんは旬くんを慕う人がいるのが受け入れられないのか、呆気に取られている。すると、私の背後にすっと影が差した。

「みんな、帰ってくるの遅いから探したよ」

「旬くん!」

 振り返ると、旬くんが頭をかきながら照れくさそうに立っていた。抱っこしてと両手を広げる陽和くんを、旬くんはひょいと抱き上げる。

「その、花奈ちゃんの声、結構響いてて……全部聞こえちゃった」

「え……」

 大胆なことを言ったと今さら気づく。旬くんは私に小声でありがとうと言い、柚子さんに正面から向き合った。

「柚子、騒がせてごめん……怒るなら俺に怒って」

 柚子さんは黙りこくって顔を逸らし、旬くんの顔も見ようとしなかった。旬くんは眉尻を下げて切ない声をそっと置いた。

「じゃあ、柚子。元気で」

 陽和くんを抱っこした旬くんは、私と凌の背を軽く押して、行こうと促した。私は柚子さんに深く一礼してその場を去った。

 エレベーターへ向かう旬くんの背中を追いながら、私はちらりと振り返る。ホールに一人取り残された柚子さん。

 これから彼女が何を想うか、私にはわからない。

 けれど、川添茶だけでも飲んでくれたらいいなと、彼女の伏せた睫毛を見て思った。


 部屋に戻るエレベーターの中で、旬くんがいつもの笑顔を見せてくれる。

「部屋で澄江さんが、お茶の用意をして待ってるよ」

 みんなで顔を合わせて頷き、澄江さんがお茶の香りで満たす部屋へ戻った。澄江さんが窓の外の海が見える特等席の椅子に座ってみんなを出向かえる。

「おかえり、遅かったな。どこ行ってたんや?」

「あのな!おみやげがな!キーホルダー剣が!」

「わかった、わかった、話聞くから先にお茶飲み」

「はーい!」

 明るい陽が満ちるホテルの小さな部屋で、小さな丸テーブルを囲んで座るお茶の時間。澄江さんが深く皺を刻んで微笑み、澄江さんを挟んだ子どもたちがきゃらきゃらと笑い合う。

 みんながいてお茶を囲めば、いつもどこにいても、そこが花房さんちだ。

 柚子餡最中とともにお茶を飲みながら、私は隣に座る旬くんをこっそり見つめる。

 澄江さんと子どもたちの笑い声があふれるその瞬間を、抱きしめるように笑う旬くんの横顔。旬くんは今、何を想うだろうか。

 私は熱すぎず冷めすぎず、体に馴染む温度のお茶をすすって、息をついた。

「旬くん」

「ん?」

 呼べば軽やかに振り返ってくれる彼に、思いがあふれる。

 もうこれ以上傷つかないでいて欲しい、幸せでいてほしい、ずっと健やかに笑っていてほしい。私は精一杯の気持ちを込めて微笑んだ。

「お茶、美味しいですね」

 そうだねと彼がお茶と同じ温度で笑う。

 柚子さんに押し付けたお茶缶の中には旬くんの作ったお茶がある。お茶は湯を注がれるその時まで、じっと出番を待ってくれているものだ。

 湯を注いで、立つ香りと、祈りがこもった味を知って、兄と話したいと思う日がいつか──そう、何度でも願いながら、彼の隣でお茶を飲もう。

 それが旬くんのために、私ができることだ。


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