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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第五章 花房さんちの旬くん

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夏休み

 山の中で蝉の鳴き声に包まれた夏休み。私は陽和くんの付き添いで白浜の病院に来ていた。陽和くんのおじいちゃん、小太郎さんのお見舞いのためだ。果肉たっぷりの蜜柑ゼリーをお見舞いと称して買い、小太郎さんの病室でほとんど陽和くんが食べてしまった。

 夏日が明るい病室のベッドの横で、陽和くんはふくれっ面だ。小太郎さんは穏やかな笑顔を崩さない。

「どうしたんや、陽和?ゼリーおいしないんか?」

「ゼリーは美味しいけど……オレも遊びに行きたいねん」

「じいちゃんと遊んでるやないか」

 陽和くんはゼリーを食べつつ小太郎さんと私と将棋崩しの真っ最中だ。陽和くんは声を張った。

「旅行したいねん!友だちも凌も行ってるのにオレだけ……」

「あー……じいちゃんがこんなんやから悪いなぁ陽和。そんな怒らんと、売店で好きなもんでも買っておいでや」

 陽和くんは小太郎さんからお小遣いをもらっても、ぷいとそっぽ向いて病室から出て行ってしまった。私についてこないでと釘を刺すのも忘れない。

 ドアが閉まって、小太郎さんがつるつるの頭に手をやって頭を下げた。

「花奈さん、すまんなぁ。陽和が扱いにくくて」

「いえ、陽和くんは普段すごく聞き分けが良いんです……だからあんな風に思っていたなんて、全然知りませんでした」

 小太郎さんの前でだけ、わがままが言えるのだなと思うと、ちょっと切なかった。陽和くんはあの小さな体で、きっと色んなことを我慢しているのだ。小太郎さんが私を伺うように言った。

「澄江さんに陽和の生活費は渡してあるんや。十分渡してあるつもりやから、悪いんやけど……陽和をどっか連れて行ってやってくれへんか?」

 小太郎さんが深々と頭を下げるので、私は恐縮して両手を振った。

「あ、頭を上げてください!旅行に連れて行ってあげないと、って気が利かなくてすみません!」

 小太郎さんもご一緒に、とは言えなかった。彼は陽和くんの前では元気そうだが、見る度に細くなっている。

「澄江さんに相談しますから!」

「ほんまに手間かけてすまんなぁ……これ以上迷惑はかけへんつもりやから」

「いえ、迷惑だなんて」

 小太郎さんは申し訳ないと繰り返した。これ以上、迷惑はかけないつもり、とはどういう意味か。少し引っかかった。

 私は陽和くんに旅行の相談をしようと持ち掛け、大喜びの彼を連れて家に帰った。


 夜のお茶の時間に、小太郎さんからの依頼を受けたことを報告した。帰省から戻ったばかりの凌くんも、大人ももちろん賛成だ。

 しかし八十二歳の澄江さんは、あまり遠くには行きたくないと言い張った。全員で行きたいという陽和くんの主張を尊重して、家から車で三十分の白浜のホテルに宿泊することになった。旅行と言うには近場だ。

 凌くんのお父さん、旅好きの田沼さんのツテがあり、安く泊まれるというので即決した。


 夏休みの最終週。白浜の海が一望できる小高い山の上に私たちは車で向かった。純白で品が良いホテルの入口を前にして、全員の荷物を余裕で全部持ってしまう旬くんがしょんぼり言った。

「陽和、こんな近くでごめんね……」

「すごー!ホテルすごー!」

 旬くんはもっと遠くへ連れて行ってあげたかったようだ。だが、陽和くんは全く聞いておらず、凌くんと一緒にホテルのエントランスへと一目散に走って行ってしまう。私は旬くんが持った荷物をいくつか分けてもらいながら笑った。

「陽和くんはどんなに遠くへ行くかじゃなくて、みんなで一緒にいることが楽しいと思いますよ?」

 旬くんはエントランスではしゃぐ陽和くんを見つめて微笑んだ。

「そっか、そうだよね。俺もみんなとならどこでもいい」

 つい自分を責めがちな旬くんのご機嫌も直ったので、早速チェックインを済ませた。ベッドが置かれた部屋で大興奮した陽和くんを連れて、ホテルの室内プールへ向かう。

 海はダメでも室内プールなら澄江さんも入ると言ってくれて、全員でプール遊び計画していたのだ。

 やはり白浜は海が人気なのか、室内プールに人はまばらだった。

 高い天井から光が降り注ぐ大きなプールには、青い水が揺蕩っている。プールサイドには水着で寝転べる大きな天蓋ベッドがいくつも置かれていた。

 うちの男衆三人がすでにプールで遊んでいるところに、私と澄江さんも水着で仲間入りした。陽和くんがプールから出てきて私の腰に飛びつく。

「花奈ちゃんかわいいー!」

「ありがとう陽和くん」

 私はせっかく遊びに行くのだからと水着を新調した。チェックとスカートを組み合わせたタンキニ水着だ。肩出しとチラ腹見せで、程よい肌見せ感で品は悪くないはず。

 だが、旬くんがずかずかやってきて、おもむろにバスタオルを私に被せる。旬くんの真剣な声がプールに響く。

「花奈ちゃんダメだよ、そんなに肌出しちゃー!」

「そ、そんなに露出してないですけど」

「お腹冷えちゃうでしょ!お願いだからもっと着てて!俺心配で遊べない!」

 旬くんの勢いに反応できなかったのだが、世の父親ってこういう感じかなと考えてしまった。

 向かい合う私たちの隣で大ため息をついたのは、天蓋ベッドで寛ぐ凌くんだ。凌くんは持って来ただけで着ていなかったラッシュガードを私に渡す。

「花奈ちゃん、これ着とけば?旬くん言い出したら頑固だよ」

「あ、ありがとう」

 私は凌くんのラッシュガードを着てみたが、サイズがやや小さい。前チャックが胸あたりまでしか上がらない。澄江さんは天蓋ベッドに王女のように寝転んでからから笑った。

「花奈のせっかくのお洒落が、旬のせいで台無しやわ」

「え!?」

 旬くんの声が裏返った。陽和くんは旬くんの足元で口を尖らせる。

「花奈ちゃん、さっきの方がカワイイのに!」

「旬くんの発想がいやらしいよね」

「えぇ?!」

 旬くんが全員に責められてあわあわし始めるので、全員で笑ってしまった。

 大きな浮き輪と陽和くんを連れてプールへ入る凌くんを見送り、旬くんがプールサイドで肩を落とす。

「ごめん、花奈ちゃん俺、余計なこと言った……」

 すぐしゅんとしてしまう旬くんに、責める気も起こらない。

「旬くんは普段、全然ダメって言わないので。旬くんのダメは新鮮でしたよ?」

 旬くんからもらった「ダメ」は、きっと大切にすべきものだと思う。

「前に旬くんが、私のダメが優しい音だと言った意味がちょっと、わかった気がします」

 私は不格好なラッシュガードを着たまま、くすりと笑う。なぜか旬くんの口がずっとぽかんと開いたままだ。

「旬くんがいっぱい遊べる方がいいので、このままでいます。さあ遊びましょう!澄江さんも!」

「話終わったんか。ほな、入ってみよか」

 澄江さんが転ばないように手を貸しながら、プールへ案内する。プールサイドに座った澄江さんのもとに子どもたちが集まって来た。凌くんが旬くんを呼ぶ。

「ほら、旬くん!何ぼーっとしてんの!手貸してよ!」

「あ、うん!」

 ぼんやりして少し耳先が赤いような気がした旬くんの手を借りて、澄江さんは無事にプールに入水した。

 大きなドーナツ型の浮き輪を三つ持って来た。一つに澄江さん、もう一つに凌くん。最後の一つに私と陽和くんがくっついて入った。そうすると、旬くんが三つの浮き輪の紐を持ってプールの端から端まで引っ張ってくれる。

 旬くんの人力流れるプールに身を任せて、全員でゆらゆら水に揺られた。

「こりゃあ楽ちんやなぁ」

「旬くん!もっと!早く!」

「はーい」

 陽和くんのリクエストに応えて、旬くんがスピードを上げる。旬くんに身を任せて浮き輪で流れるとしゅーっと水に撫でられる感覚が心地よかった。

「旬くん馬車馬みたいに頑張って」

「凌は言い方がひどい!」

 花房さんちのみんなが笑う声を耳にしながら、室内プールの天窓を見上げた。天窓の向こうに、秋映えの空が澄み渡っていた。

 忘れたくないなと思う色の空。

 家からたった三十分のホテルのプール。

 ここはきっと、海を越えていくリゾートよりもずっと、素敵なところだ。


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