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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第四章 花房さんちの來山君

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お茶の時間

 家に戻り、子どもたちの出立した静かな居間で、工場から帰って来た旬くんと話をした。露のついた茶を収穫してしまったことを理由とともに伝える。

 旬くんは感激して、來山君を逞しい胸に強く抱きしめた。

「もうめちゃくちゃ嬉しい!ありがとうね、來山君!こんな嬉しいことある!?ねぇ、花奈ちゃん!」

 來山君を抱きしめながら、旬くんは私に同意を求める。

「はい、私もそう思います!」

「……ここバイトに甘過ぎじゃないですか?」

 來山君は旬くんに謝罪して、照れくさそうに笑った。露が乾くのを待ってから、作業を再開するために來山君は率先して玄関を出て行った。來山君の背中を見送り、私は居間で旬くんにそっと相談した。

「旬くん、來山君が帰るまで……私と旬くんが付き合っていることにしておいてくれませんか」

「え?! 俺?! なんで、どうして?!」

 ひっくり返りそうなほど驚いて自分を指さす旬くんに、私は小声で言う。

「茶農家のお姉様方に誤解されてるノリで大丈夫なので。もし來山君に何か聞かれたら濁してくれませんか」

 旬くんは私の小声に合わせて肩を寄せ、ひそひそ話した。

「俺で大丈夫?というか、何かあった?」

「他に誰がいるんですか。來山くんに告白されたんです」

「……え」

 旬くんが半開きの口で真顔になった。

「これ以上、問題にしたくないので。そうしてもらえると助かるのですが、ダメですか?」

「いや、ダメじゃないよ。その、花奈ちゃんがその方が安心ならそうする」

「旬くんが彼氏(仮)の方が、來山君との関係も安心です」

 あくまでビジネスライクな提案のつもりだった。だが旬くんがほんのり耳を赤らめるものだから、私もちょっと耳先が痒くなった。

 旬くんは了解と、小さく返事をして茶畑に出勤した。


 その日から、ミスを防ぐために來山君は旬くんとずっとバディで動くことになった。ついには工場での夜通し茶蒸し作業にも精を出してくれた。工場の仮眠室で旬くんと交代で寝るのだ。

 來山君は日に日に疲れが顔に出たが、そのおかげで、旬くんにはまるで疲れが見えなかった。人を雇ってこれほど効果があるとは、マネジメント冥利に尽きる。

 私は澄江さんに相談して、予定よりも多いバイト料を渡す算段をつけた。來山君に働いて良かったと思ってもらいたかった。

 二番茶収穫の怒涛の一週間が過ぎて、明日は來山君が帰宅する夜。

 花房さんちのお茶の時間には、収穫したばかりの二番茶の製品が届いた。茶蒸し工場のあと、さらに製茶工場へ運ばれてやっと製品化するのだ。

 來山君のお疲れ会にお寿司を取った夕食を終えて、全員で二番茶を囲んだ。來山君が感動した声を上げる。

「これが、俺の採ったお茶……新鮮な味がします!」

「だよね、だよね!この瞬間のためにやってる感じある!」

 來山君と旬くんはちゃぶ台の周りで大いに盛り上がったが、凌くんは湯気で眼鏡を曇らせる。

「前も言ったけど、僕には違いわかんないよ?」

「凌!お世辞で良いから美味しいって言って!」

「オイシイデス」

 クールな凌くんに泣きつく旬くんにみんなで笑った。來山君は大学で農学を専攻していて、今回のアルバイトがフィールドワークの一環になると話してくれた。

「俺、二年なのでまた来年も茶摘み来たいです」

 澄江さんがすかさずオファーをかける。

「それは助かるわ。他にも友だち誘っておいでや。部屋はあるからな」

「ゼミの仲間を誘いますね」

 來山君との関係は円満に、旬くんが過労の様子もない。良い雇用関係が結べたと満足していると、眼鏡を拭いた凌くんが予想外の爆弾を落とした。

「翔太くんは彼女いないの?」

 中学校で隣の席の女子とデート計画中の凌くんは、ちょっと年上のお兄さん、來山君の話に興味深々だ。陽和くんも薄皮まんじゅうを食べながら丸い目で聞いている。

「旬くんも花奈ちゃんも全然、彼氏彼女とかいう話題を提供してくれないからさ。翔太くんに聞きたいんだよ」

 凌くんがやれやれと言うと、來山君の視線が私に向く。まさか私が告白を断った話をするのではとどきりとした。來山君は軽やかに笑った。

「旬さんと、花奈さんが付き合ってるんだから二人に聞けばよくない?」

 凌くんががたんと大きな音を立てて湯呑をちゃぶ台に置いた。

「え?! 二人、そうなの?! 僕、聞いてないよ?!」

 私は凌くんから目を逸らした。どうしようこの状況。來山君があれ、と声を漏らす。彼は私と旬くんの関係を公認だと思っていただろう。

「これ言っちゃいけなかった?凌くんが年頃だから黙ってたのかな」

「そうなの?」

 私は凌くんの顔を見られなかった。澄江さんも薄皮まんじゅうを片手にからから笑っている。澄江さんは私の方便に気づいているのだろう。陽和くんはにこにこしながら饅頭をかじった。

「旬くんと花奈ちゃん、らぶらぶなん?」

 子どもたちの視線が耐えがたく、私はとりあえず一口お茶を飲んだ。

「どうなの、旬くん!」

 私が明言を避けたので、旬くんに視線が集まってしまった。

 私の隣で旬くんはお茶を飲んでから、逃げずに凛と言った。

「こんな俺を見捨てずにさ、ダメって叱って、守ろうとしてくれる花奈ちゃんに……惚れないわけないよね」

 湯呑から上る湯気が止まったかと思うほど、一瞬、茶の間がぴたりと止まった。旬くんのやさしい微笑みが時間を再び動かして、私の顔がだんだんと熱さをおびていってしまう。

 旬くんは彼氏(仮)の演技があまりに上手だった。

 旬くんの声を受けた來山君は遠くを見ていた。

「澄江さん……ちょっとこの家、熱すぎません?俺、お酒飲みたい気分なんですけど」

「せやな。わかるけど翔太、まだ酒あかんやろ。特製の緑茶梅ソーダで熱冷まそうか」

「お願いします」

 來山君と澄江さんが立ち上がって、冷蔵庫へ向かう。私は火照ったままの顔を両手で覆った。

 旬くんの言葉は私の立場を守るための方便だ。けれど、私は今まで何かを守るためにダメを繰り返してきた方だ。

 だから、旬くんに守られる状況に慣れなくて、疼いた熱はいつまでも引かなかった。

 陽和くんが旬くんの膝の上に移動して収まり、ふと首を傾げた。

「あれ?旬くん、また熱?熱いで?」

「……いや、大丈夫。元気だよ」

 凌くんの声が弾けた。

「二人ともそろって照れるのやめて?! 痒いから!」

 私はつい言い返す。

「凌くんが余計なこと言うから!」

「余計なこと言って自爆したのは旬くんだよ!」

 わあわあ言い合う花房さんちの夜更けには、酸っぱい緑茶梅ソーダの香りと、二番茶の湯気が満ちていた。


 來山君が家を離れてから、旬くんの「惚れた」は方便だと凌くんに説明した。すると「わ、わかってたよ?」と全力で強がられた。

 バタついたこともあったが、花房さんちの過労問題マネジメントは無事、任務完了だ。

 新しく発生してしまった彼氏(仮)問題をどうするかは、次に來山君が来るまで一旦、棚上げとする。

 


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