來山君
私はすぐに人を探し始めた。すでに二番茶の収穫時期が迫っているのだ。
私はみんな出払った昼間のダイニングテーブルで、事務用のノートパソコンを開き、人材要件の整理をする。
茶農家は年中忙しいわけではない。繁農期にだけ、人が欲しい。つまり期間限定。
二番茶の茶摘みの間、一週間ほど朝から晩まで泊まり込みで来てくれる人が望ましい。期間限定のリゾートバイト的な扱いだ。
欲しいのは男手。狙うのは時間的に余裕があり、農業に興味がある大学生の男性だ。
日置川地区や、白浜界隈のツテはすでに当たって、人が逃げた後だと澄江さんに聞いている。私は新しい人脈を探す必要があった。しかしアルバイト求人を大々的にかけるほど予算は潤沢ではない。
できれば、知り合いの繋がりで誰か探したい。しかし、私に大学生の知り合いなど数えるほどしかいなかった。
元職場の大学生アルバイトたちだ。
私がセクハラをしたと誤解している彼らしかいない。しかし退職した身で彼らに個人的に連絡するわけにはいかず、私は前職場の店長に連絡した。藁にもすがる思いだ。スマホでかけた電話はすぐに繋がった。久しぶりに聞いた店長の声はどんよりしている。
「花奈ちゃん、良いところに電話してきてくれたよ。職場に帰ってきてくれない?」
「え?」
こちらから求人をかけたくて電話したのに、逆にオファーされた。店長は私が退職してから、アルバイトたちの制御が効かず、職場が荒れ放題だと嘆いた。
正直言って少々、小気味良かった。店長は深いため息をついた。
「セクハラの件さ、花奈ちゃんが辞めてから來山君が謝ったんだよ」
「來山君が?」
「花奈ちゃんにフラれて情けなくて、自分がフッた話にしたんだって。そしたら仲間内で話が勝手にデカくなって止められなかったって」
來山君が間違った噂を訂正してくれたのは良かった。もっと早く言ってくれたらとは思う。しかし、言えない雰囲気だったのは、マネージャーである私に信頼がなかったからだ。彼のせいだけではないと今では思える。
「花奈ちゃん、あの時は信じなくて本当に悪かった」
店長の丸くて油っぽい鼻がしょんぼりしているのが想像できて、すっきりした。私はここぞと踏み込んだ。
「私は事実無根の罪で職場を辞めざるを得なかったわけですよね。これって訴える要件かもしれません。知り合いの弁護士に相談してもいいんですが……」
凌くんのお母さん、果林さんは弁護士だ。嘘は一つもない。店長が焦った声を出す。
「いやその、穏便に」
「もちろん私も店長への恩義がありますから、事を荒立てたいわけではありません。ちょっとだけ、お願いがあるんです」
「お願い?」
私の声に集中する店長に、通る声で告げた。
「学生アルバイトたちに、短期アルバイト募集をかけて欲しいんです」
「うちもアルバイト不足なのに?!」
仰天する店長に畳みかける。
「では、弁護士に相談を」
「いやいやわかったよ!募集かけるだけだからね!もう勘弁してよ?!」
「ありがとうございます、店長」
私はにっこり笑って電話を切った。店長はお願いした通りに短期アルバイト募集をかけてくれた。だが信頼がない私からの募集だ。予想通り、ほぼ全ての人から断られた。
一人だけ来てくれると連絡をくれたのはなんと、來山君だった。
迷ったが、私は彼を採用した。私のダメダメが花房さんちでは受け入れられる。來山君との関係も、ここでなら上手く築けるかもしれない。
「周りの人間次第、居場所次第」と言った澄江さんの言葉を、信じてみたかった。
六月の二番茶の収穫時期に合わせて、來山くんが車で花房さんちにやって来た。ご両親の車を借りて来ると連絡があった。ぶ厚い前髪の韓国男子風の髪型の來山君は、緊張した面持ちで現れた。
「來山翔太、十九歳です。一週間、泊まり込みでお世話になります。よろしくお願いします」
「こっちこそ、よろしく頼むで。翔太」
澄江さんが代表して彼へ返事をした。私も久しぶりに來山君と顔を合わせて緊張する。花房さんちの居候たち全員で彼を出迎え、陽和くんが彼の手を引っ張って家にお招きしてくれた。
「翔ちゃん、いらっしゃい!オレ、陽和やで!」
陽和くんに歓迎されると入りやすい。私もそうだった。陽和くんが來山君をダイニングへ案内して、彼のために一つ増やした椅子の背を指さした。「しょうちゃん」と書いた紙がぺたりとセロテープで貼ってある。
「ここが翔ちゃんの椅子!お名前貼っといたで!」
「あ、ありがとう」
照れて笑った來山君が椅子に座り、これから一週間ともに暮らす全員で、昼食を取った。食事中に居候たちの自己紹介や、茶農家の仕事の説明を済ませた。
食後のお茶を飲む際に、私はさっそく來山君に注意する。
「來山君、茶畑は新芽に匂いが移るといけないから、整髪料や香水は禁止なの。アクセサリーも混入防止のために外して欲しい」
私は「ダメ」と言わないように気をつけた。來山君はネックレスを外しながら、すみませんと俯いてしまう。厳しく言わないように気をつけたつもりだが、私からのダメ出しは彼の心の傷を抉るかもしれない。
横で注意を聞いていた陽和くんが、來山君の顔を覗き込む。
「翔ちゃん、しょんぼりしちゃった?」
「いや、そんなことないけど……」
「花奈ちゃんはな、怒ってるみたいなこと言うけど、ほんまは怒ってないねん。オレ一番ダメダメ言われるけど平気やで!ほら見てみ!」
陽和くんが両手を上げて元気ポーズを取る。陽和くんはもう少し、私の注意を聞いて欲しい。だが、今はそのフォローが助かった。凌くんがお茶の湯気で眼鏡を曇らせながら言った。
「花奈ちゃんの小言は親の小言と一緒だから」
陽和くんと凌くんがねーと顔を見合わせて笑う。私はもう、と思いつつ微笑んだ。旬くんは包むように優しく笑って來山君の背をぽんぽんと叩いた。
「俺も注意されて、來山君にアルバイトを頼むことになったんだ。花奈ちゃんが來山君なら助けてくれるって言ってたから、期待してる」
「……はい、頑張ります」
こうして柔軟に受け入れてくれるから、この家では私のダメが尖らないのだ。
來山君は少し肩の力が抜けて、お茶を終えてから陽和くんと凌くんと一緒にカードゲームをしていた。子どもたちと笑い合う來山くんは良いお兄さんの顔だった。




