過労
怒涛の一番茶の茶摘みがひと段落した初夏の日、ついに旬くんが過労で寝込んだ。澄江さんと凌くんは「茶摘みの後はこうなる」と言って平然としており、異常が常態化している農家の闇を知った。
さすがに夜のお茶の時間も旬くんは欠席となり、澄江さんが代わりにお茶を淹れた。
お茶の時間に茶の間に集まると、陽和くんが旬くんがおらんと寂しいわと言って、みんな深く頷いた。
お茶の時間を終えて片づけを終えた深夜、私は旬くんの様子を見るために彼の部屋に入った。点けっぱなしの電気は寝落ちの証拠だ。
旬くんの部屋はがらんどうだ。部屋の真ん中に敷かれた布団と、部屋の端にローテーブル。机の上に教科書のようなものが数冊置かれているだけだ。鞄一つでここに来た私の部屋より物がない。
旬くんは身体が限界を告げるまで、疲れたも休みたいも、一言も言わなかった。もしかして平気なのかと、勘違いしそうになったくらいだ。
そんな彼には、健康的な欲が見えないような、欲しがるのを自分にだけは許さないような頑なさがある。私は彼が静かに寝息を立てる布団の横に座って、起こさないよう彼の額に触れた。
「熱いな……」
まだ熱が引かない。ぬるくなった氷枕を替えてあげたいが、起こすのも憚られる。どうしようか考えていると、旬くんの眉間にぎゅうと力が入った。急に苦し気になった旬くんがぼそりと何か言う。
「……ゆず、ごめん」
旬くんはそのまま寝返りを打って、寝息を立てる。寝言を聞いてしまった。
ゆず、とは女性の名前だろうか。
旬くんの多忙を極める生活を知っている身としては、彼女がいるとは考えにくい。旬くんが妹と関係を拗らせるとも思えない。寝言で謝るような懺悔があるとすれば、元彼女と考えるのが自然か。なんて考えを巡らせてしまった。
旬くんが寝返りで枕から頭が外れた隙に、氷枕を交換した。旬くんがまた寝返りを打って、冷たい枕に無意識にすり寄るのを見て任務完了だと満足した。
ゆずさんについては引っかかるが、私にできることはなさそうだ。だが、元マネージャーが側にいた矜持として、居候の仲間として、過労者が出たことは大変遺憾である。
私はある提案をしようと決めた。
数日後、旬くんは快方に向かい、普通の昼食を食べられるようになった。彼が部屋に戻ったのを見計らい、私は澄江さんと向き合った。ダイニングテーブルでお茶を手に話を切り出す。
「澄江さん、込み入ったことをお聞きしたいのですが」
「どうしたんや?」
「うちの茶農家は、人を雇うのが難しい経営状況でしょうか?」
湯呑を手に、澄江さんが瞬きを増やした。懐具合を訊ねるのは不躾かもしれない。しかし私は今や、家や農業の備品に携わる買い物も担当している。茶農家の帳簿付けや、事務仕事も手伝うようになっていた。
なんとなくだが、お金の流れは見えているのだ。
帳簿を見て知ったが、私が白浜に来て最初に訪れた「茶房ひきがわ」は、花房さんちの収入の要だ。
高額で川添茶を取引してくれるのはあの店だけだ。茶房ひきがわが太客として存在してくれているおかげで、意外と経営難というわけではない。あの店は本当に茶農家を救っている。澄江さんが答えた。
「うちは経営が苦しいわけやない。花奈を一人食べさせても、まだまだ余裕あるわ」
「ならもう一人、力仕事ができる人を雇うのはどうでしょう?このままでは、ダメです……私は力仕事で役に立たないので、旬くんが潰れてしまいます」
澄江さんが茶を一口飲んで何度もこくこくと頷く。
「花奈の言う通りや。もちろん、今までも人を雇ったことはある。しかしなぁ……旬は人を使うのが絶望的に下手やねん」
わかる。と直感的に思った。
「旬は人にお願いはしても、指図とか注意とか言われへん」
それだ。現場を仕切るものはダメを言う場面が必ずある。
「好かれはするけど、舐められるんや……無断で休んだり、適当に仕事されてな。結局、旬がやり直す。最後にはうちが怒って追い出すの繰り返しや」
指揮系統が脆い組織はすぐに瓦解する。私は厳し過ぎて嫌煙される方だが、旬くんは逆だ。
「人を雇いましょう、澄江さん。今は私がいます。きっちり働いてもらうようにしますから」
澄江さんはことんとテーブルに湯呑を置いて、賛成してくれた。
「うちからみんなに話すわ」
澄江さんの許可をもらい、子どもたちにも承認をもらった。体調が戻った旬くんは遠慮したが、私の「ダメです」からの、「倒れて心配しました」の二枚看板でお茶の時間の間、懇々と彼と話して折れてもらった。
凌くんのプレゼント論争のときのように、私の猛烈な説得に、最後はみんな笑っていた。




