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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第三章 花房さんちの凌くん

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お茶の時間

「ただいまー!」

 やっと帰って来た旬くんの声に、肩の荷が下りた気がした。陽和くんが居間に現れた旬くんの元へ駆けて行き、いつものように抱っこしてもらう。旬くんの後ろに澄江さんもいる。私は凌くんがご両親と揉めたことと、私が失態を犯した事情も話した。

「どうしてあげたらいいかわからなくて……私がさらに凌くんを怒らせてしまって」

旬くんは陽和くんを抱っこしたまま、大丈夫と笑った。

「凌のことを見ていてくれて、ありがとう花奈ちゃん。花奈ちゃんがいなかったら、詳しい事情がわからないままだったから。助かったよ」

 旬くんは陽和くんを腕から下して、すぐに凌くんの部屋に向かおうとした。だが、澄江さんが止めた。

「旬、ご飯の後にしいや」

「え、でも」

 旬くんが廊下で振り返ると、澄江さんが芯のある声で言った。

「これは凌の心の波紋を止めようって話やで?水辺でバシャバシャしたら止まらんやないか。今はじっとしとき」

 澄江さんの渋い例えがぐっと胸を抉った。私はバシャバシャしてしまったから凌くんに叱られた。

「何も言わんでも、凌はちゃんと出てくるわ」

 澄江さんは確信に満ちた足取りでダイニングに入って行った。廊下で立ち尽くした私と旬くんは顔を見合わせる。

「俺、しょっちゅうバシャバシャしちゃうから……波紋の話、よく言われるんだよね」

「私もバシャバシャしたので、お仲間で安心しました」

 二人で気をつけようと言い合ってから、凌くん以外の四人で夕飯を食べた。夕食後、旬くんがさっそくお茶を淹れ始めるので私も手伝った。

「凌は、お茶濃いめが好きだから、今日は濃いめに淹れるね」

澄江さんも寄って来る。

「あの子は辛いのがええから。ほらこれ」

 澄江さんは戸棚から、真っ赤な色の激辛せんべいを取り出してお茶請けに置いた。陽和くんはちゃぶ台で絵を描き続けていた。

お茶の用意が終わり、旬くんが凌くんの部屋の前へ足を進めた。私はこっそり居間から見守った。旬くんが凌くんの部屋に声をかける。

「凌ーお茶の時間だよー」

 旬くんがみんなをお茶に呼ぶ、いつもの声が響く。すると、襖がゆっくり開いた。目を腫らした凌くんが眼鏡を押し上げながら現れる。

凌くんは部屋を出るきっかけとして、旬くんがお茶に呼ぶ声を待っていたのかもしれない。凌くんがぺこりと頭を下げる。

「旬くん……味噌汁つくらなくて、ごめんなさい」

「そんなの気にしなくていいよ。でも……味噌汁がいつものところになくて、凌がいないなって。寂しいご飯だったよ」

 陽和くんが残した夕食の空白を、旬くんはきっちり胸に留めていた。旬くんの眉がへにゃりと下がる。

「俺、泣きそうだった」

「味噌汁ないくらいで大げさ」

旬くんが凌くんの肩を軽く抱き、凌くんはそのまま居間に連れて来られた。凌くんは私と目が合うと、すぐ私の前に座ってくれた。腫れた目の彼が私を見つめる。

「花奈ちゃん、さっき心配してくれたのに……機嫌悪くて言い過ぎた。ごめん」

私は全力で首も手も横に大きく振った。

「凌くんは悪くない!私が悪かった!気をつけます!ごめんね!」

頭を下げて大きな声で謝ると、凌くんはふふっと笑ってくれた。こんなに年下の子とケンカして仲直りだなんて、初めてだ。

私に告白してくれた年下のアルバイト、來山君にも、もっと丁寧に向き合えば、ボイコット事件になんてならなかったかもしれない。そんな可能性があったことを、凌くんの笑みが教えてくれた。


濃いめにいれた川添茶をちゃぶ台で囲んで、激辛せんべいをお供にお茶の時間が始まった。激辛せんべいは泣きそうになるほど辛いのに、凌くんだけが平然と食べ続けた。澄江さんが豪快に笑った。

「凌の辛党には誰も勝てんなぁ」

 旬くんが眉を歪める。

「凌が将来、高血圧にならないか心配だよ」

「あ、わかります」

 私が即答で同意すると、凌くんがさらっと言う。

「僕は若いから平気。年寄りの会話に巻き込まないで?」

私と旬くんは同じように口をあんぐり開けた。

「と、年寄り……?!」

 同い年の私と旬くんは、我々はまだ年寄りではないと本気で言い寄ると、凌くんはいつものようにけらけらと笑い始めた。

苦めのお茶を飲み切った陽和くんが、笑い始めた凌くんにもじもじしながら話しかける。

「凌、さっきはごめん。凌パパはあっち行ったらあかんって言うたのに、オレが行ったから……」

 下唇が突き出る陽和くんに、凌くんが優しく問う。

「怪我はどう?」

「もう痛くない」

「よかった。陽和はうちの親のケンカには関係ないから。気にしなくて良いよ」

凌くんが陽和くんの頭を撫でる。陽和くんはさっき描いていた絵を凌くんに差し出した。

「これ、オレと凌と凌パパと三人で遊んだ絵!魚釣れたよな!」

「へぇ、すごい。上手いじゃん」

 陽和くんがクレヨンで描いた絵を見て、凌の笑みにぐんと彩度を増した。

「僕も描こうかな」

「お絵描きしよ!」

 凌くんの意欲をキャッチした旬くんが、きょろりと周りを見回す。

「大きな紙あったかな」

「うちの部屋にあるで。この前、買っといたんや」

「さすが澄江さん」

 澄江さんは自室から大きな模造紙を持ってきた。旬くんがすぐにお茶を片づけ始める。

「じゃあでっかく描いちゃおっか!」

ちゃぶ台を部屋の端に寄せ、畳に新聞紙を敷き、模造紙を四枚繋げて大きな紙を作った。旬くんが絵の具を持ってきて、パレットに大胆に絵の具を出す。

「えー!楽しそうー!」

陽和くんが大はしゃぎでハケを使って、大きな紙に色を塗り始める。旬くんも陽和くんも大笑いしながら絵を描いて、すぐに服や顔が黄色い絵の具で染まってしまった。

 凌くんは反対側から、大きなハケで桃色を塗り始めた。澄江さんは座椅子に座って見学していたが、私は凌くんの近くに座り込んだ。

「凌くんは何を描くの?」

「えー何だろ……お父さんとお母さんかな」

凌くんが大きく桃色を描く。

「お母さんはしっかりもの。桜みたいに同じ時間にきっちり過ごす。うちのお母さんね、なんか可愛い人だよ。僕のことすごく好きなんだ」

塗った桃色を見て微笑んだ凌くんは、ハケを持ち換え、今度は菜の花色を塗り始める。

「お父さんは菜の花を揺らす風みたい。テント一つで世界中へ旅に行くんだ。お父さんの旅の話、すっごい面白い。もっと一緒に外で遊びたい」

凌くんの塗る色には濁りが無い。何度両親の諍いを見ていても、どちらもまるで嫌いになれなかったのがわかる。

凌くんにとって、二人は両方が春の色なのだ。

 一心不乱に色を塗る凌くんを澄江さんも目を細めて見ていた。凌くんの目がぱっと私に向いた。

「花奈ちゃんも塗ってよ」

「え、ダメだよ。どの配色が正解とかわからないから……」

「あー僕もそう思ってた」

 凌くんは私に大きなハケを渡す。だんだんと彼の笑顔が柔らかく戻ってきていた。

「親のケンカも離婚も、思い通りにならないことばっかり。だからさ、絵くらい好きにすればいいんだよって、前に旬くんが教えてくれた」

 模造紙を挟んだ向こう側で、陽和くんに鼻先に絵の具をつけられた旬くんが笑っている。そんな旬くんの横顔を凌くんが見つめていた。

「僕も絵下手だけど、みんなで色を塗るってなんか。みんなでお茶飲むのと一緒な気がしてる」

 花房さんちのお茶の時間には、正しさなんてない。

お茶を飲んで終わる日もあれば、カードゲームする日も、こうやって絵を描いたりする日もある。一緒に過ごす。ただそれだけで、心のどこかがそっと整う。

「……ちょっとわかってきたかも」

「じゃあどうぞ」

 凌くんに再度勧められ、ハケを受け取った私は緑色を選んだ。

茶畑の色、お茶の時間に淹れる川添茶の黄緑色、茶の間の畳の色。

色んな緑を集めてみた。凌くんが私の色を覗く。

「花奈ちゃんが茶畑を気に入ってるのわかる」

「私も凌くんが、果林さんと田沼さんをすごーく好きなのがよくわかった」

「……あたり前でしょ。両親なんだから」

 凌くんは照れ隠しに眼鏡を押し上げて、三色目を塗り始めた。桃色と菜の花色の真ん中にグラデーションを作っていく。

きっとそれは凌くんの色だ。

──二人の間でお互いを大事に想う、繊細で名付けられない層の色。

 みんなで模造紙いっぱいに色を塗り切ってから、凌くんはしっかりご飯を食べて部屋へ戻った。


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