授業参観
花房さんちに居候を始めて一ヶ月。茶農家である花房さんちは茶摘みの時期を迎え、わかったことがある。
旬くんは、働きすぎだ。
朝と昼は茶を摘んで、夜は製茶工場で新茶の葉を蒸すお仕事がある。夕食を食べ、お茶の時間を過ごした後は朝方まで帰ってこないのだ。
私はマネージャーの経験から、人の動きに目を配るよう身についている。全員が何曜日の何時に何をしているか大体把握できてきた。
私は花房さんちで「旬くんの仕事をできるだけ肩代わりする」よう自分の役を決めて動いている。
茶摘みが本格的に始まって数日後、夜のお茶の時間に子どもたちが授業参観の日を発表した。なんと明日。私は思わず湯呑を落としそうになった。
「明日?!もっと早く言って?!」
旬くんは湯呑を握りながら、ぎょっとして声を上げた。子どもたちがそれぞれ答える。
「忘れてた!」
「僕はもう見に来なくていいから、言わないでおこうと思ってた」
家にいる時間が極端に少なくなっている旬くんは、天井を仰いで目を両手で覆った。日置川の小中学校は統合校で、参観日も同じだ。旬くんは気を取り直して、疲れた顔でにっこり笑う。
「時間つくって行くね!」
「いいよ別に来なくて」
そんな顔で来られてもと凌くんが引いたので、私はすっと手を上げる。
「陽和くん、陵くん、私が行ってもいいですか?」
旬くんは茶摘み、すっかり足が治った澄江さんも茶畑で作業の指揮を取っている。
私は力仕事であまり役に立たないので、食料の買い出しや家事、子どもたちの送迎を一手に引き受けていた。だから、子ども周りのことは私が旬くんの代わりに出張るところだ。陽和くんがちゃぶ台に両手をついて、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
「旬くんじゃなくていいよ!花奈ちゃん来て!」
「僕も旬くんより、花奈ちゃん派。授業参観来るくらいなら、ちょっとでも寝なよ。顔酷いよ旬くん」
「えー……俺も行きたい……」
しゅんと肩を丸める旬くんに、私はぴしゃりと言った。
「ダメです。私も凌くんと同じ意見です。少しでも寝てください。茶農家はこの時期忙しいとお姉様方から聞いていますが、さすがに倒れますよ」
澄江さんがよしと手を打った。
「花奈に任せるわ。今年は小太郎の畑も摘むんやから、旬は体力温存しいや」
陽和くんのおじいちゃん、小太郎さんも茶農家だ。入院中に茶畑を放置するわけにいかず、旬くんが小太郎さんの畑も預かっている。旬くんは今年、去年の二倍を摘むらしい。素人目に見てもやり過ぎだ。
私の譲らない姿勢を見て、旬くんはしぶしぶ頭を下げた。
「……花奈ちゃんお願いします」
「お任せください」
子煩悩な旬くんだ。子どもたちの晴れ姿を見るのは、彼にとって大事なことなのだろう。けれど、何より大事なのは旬くんの体だ。
しょんぼりする旬くんのためにも、代わりにしっかり参観するぞと気合を入れた。
参観日当日、車で小中統合校へ向かった。小学生は九人、中学生は五人。限界集落の小さな学校だ。隣同士の教室で授業を行っている。
足し算の勉強中の陽和くんに手を振ってから、隣の教室を覗いた。凌くんは隣の席の女の子と笑顔を見せながら道徳のグループワーク中だ。
二人とも問題なく学校生活をしているようで安心した。授業が終わり、陽和くんと手を繋いで凌くんを迎えに行く。
すると、中学生教室の中で、凌くんが私を手招きした。凌くんを挟んで両側に男性と女性が一人ずつ立っている。私は会釈しながら彼らの前に立った。
「花奈ちゃん、これうちのお母さんとお父さん」
「凌の母、霧谷果林と申します。旬さんから新しく一緒に暮らす方が増えたと聞いていました。お世話かけますが、どうぞ凌をよろしくお願いいたします」
果林さんがパンツスーツで、きっちりと頭を下げて私にご挨拶してくれた。凌くんは「山村留学生」として花房さんちにやって来ているのだ。
凌くんの実家は東京だそうだ。しかし、参観日に両親そろってこんな山奥までやってくるなんてよほど大事にされている。凌くんはご両親が来るから、旬くんに見に来なくていいと言ったのかもしれない。
「凌の父、田沼航平です。凌、可愛いお姉さんで嬉しいだろ」
「花奈ちゃん働き者だから助かるよ」
凌くんがいつも通りさっぱり言う。田沼さんは凌くんの肩を抱いて生意気だなぁと大口を開けて雑に笑った。
果林さんはロングの髪を一つ括りにしたお堅い印象だが、田沼さんは金髪で髭をたくわえたワイルドな感じだ。
どうも夫婦の印象が揃わない。凌くんの苗字は霧谷。そしてご両親の苗字が違う。凌くんのご両親は離婚していたのか。果林さんが一歩前に出て言った。
「あの、花奈さん。もしお時間許せば、少しお話できませんか?いつもは旬さんにお聞きするんですが、今忙しい時期だと凌から聞いているので。凌の最近の様子をお聞きしたくて」
旬くんは凌くんをお預かりする身として、果林さんと定期的に連絡を取っているようだ。この手の連絡も旬くんの代わりができそうだと思ったので、私は快諾した。
「ぜひ、お話させてください」
果林さんは嬉しそうに顔を明るくした。
「では白浜でお茶でもしましょう。日置川にはカフェがありませんから」
「あ、でも子どもたちが」
大人同士の話では陽和くんが退屈してしまうなと思っていると、田沼さんがぽんと陽和くんの頭を撫でた。
「俺が子どもたちを花房さんちまで連れて帰るよ。凌と川で釣りをする約束なんだ。陽和くんも一緒に行くかい?」
「行くー!」
ランドセルを背負った陽和くんは、ぴょんと飛び跳ねた。私の手から離れて田沼さんと手を繋ぎ始める。あの険しい川で、魚釣りをするつもりだろうか。やはりワイルドな印象通り、アウトドアがお好きなのかもしれない。
果林さんがぴりっとした声を出す。
「子どもたちに怪我させないでよ」
「……お前は一言余計なんだよなぁほんとに」
「早く行こう父さん」
一瞬空気がヒリついてドキッとしたが、凌くんが田沼さんと陽和くんを伴って去っていき、場は収束した。




