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茶畑の里 花房さんちはみんな居候。  作者: ミラ
第一章 花房さんちのお茶の時間

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ダメです

 

桜の花びらが一枚一枚落ちていく春の深夜は、まだ冷える。

私は一人きりの真っ暗なワンルームで、深夜再放送の映画を見ていた。「イエスマン」というコメディ映画だ。

テレビの真正面に置いた一人用ソファに座り、ぬるい水のペットボトルがへこむほど強く握りしめる。テレビの青白い光が私の固い顔を照らしていた。か細い声が落ちる。

「何にでも……イエスって言えば良かったのかな」

 私はイエスマンの映画を目に映しながら、先日の「アルバイト集団ボイコット事件」を思い出す。

飲食チェーン店にてマネージャーを勤める私は一週間前、十歳も年下の男の子に呼び出しを受けた。閉店後の店の裏手で、私と彼は冷える風の中で向かい合った。俯いた彼は言った。

「俺、花奈さんのことが好きです。付き合ってくれませんか」

「え……?」

 夜の空が落ちてきたかのような衝撃だった。

まさか彼がそんなことを言い出すなんて。マネージャーとして若いアルバイトたちを束ね、指導する立場の私は面食らった。だが、落ち着いて返事をした。

「ありがとうございます。來山君の気持ちは嬉しいけど、私なんてすごく年上で、上司なんだからダメです」

「……そういう立場だけで返事されるのは、ちょっと」

 大学生の來山君は不愉快そうに眉を歪めた。遠回しに体よく断ったつもりだが、食い下がる彼にはもう少し直球で言わねばならなかった。私は彼を見据えた。

「來山君の気持ちに失礼でしたね。じゃあ改めて言いますけど、私は君を彼氏にしたいとは思いません」

「……どうしてですか」

「聞きたいですか?傷つくかもしれませんよ」

「き、聞きたいです……」

 前置きをした私は彼の希望に添い、真剣に答えた。彼に言いたいことは山ほどあった。

「君は今月、三回遅刻しました。床に落とした食材をしれっと再度使おうとしたり、勤務中のお喋りでお客様を待たせるところを幾度も見ました」

「俺は、仕事のことじゃなくて、俺の気持ちを」

 私は彼の意見を遮って口を動かす。気持ちを受け取って欲しいならそれなりに良い所を見せようとするものではないか。私の指摘に彼の顔がどんどん曇っていく。

「指導してもあなたは改善しません。私は改善しようと努力する姿勢がない方はダメだと思います」

 再三ダメ出しをすると、彼は何も言わず背を向けて去って行った。


 寒い風が舞う夜の中に消えて行った背中を見送って、彼はもうバイトに来ないかもしれないと思っていた二日後。

その日はなんと、來山君を含む若いアルバイトたちが全員、来なかった。

 誰も出勤して来ない店の控室で、私は仕事用のスマホを手に取った。彼らの出勤時間になると同時に、店とアルバイトたちの間で作ったグループラインにメッセージが立て続けに飛び込んだ。

『マネージャー、來山くんに相手にされないからって、無理に迫ったって聞きました。不潔です。こんなバイトもうできません。辞めます』

『來山くんにセクハラしたなんて許せない』

「せ、セクハラ?」

 來山君に告白を受けて断った。どこにセクハラがあったのか。來山君が私への腹いせにそう言いまわったとしか考えられない。メッセージは続いていく。

『喪女だからって若いアルバイトに手出してんじゃねぇよ』

『この女って口開けばダメしか言わない』

『「來山くんダメダメ言わないの」とか言って迫ったんだろ。キモ』

 私は弁明の返信も打てず、立ち尽くした。店の開店時間になってもアルバイターは誰も来ず、その日は開店できなかった。

 遅れて出勤した店長に事の次第を報告する。事務室のデスク席に座った小太りの店長はライン画面を見ながら大ため息をついた。

「このラインの内容が嘘か本当か、僕にはわからないよ」

 耳を疑った。來山君の件は報告したはずだ。私は唖然としながらも、嘘だと思いたくて聞いた。

「店長、私を信じてもらえないんですか……」

 店長はやや膨らんだお腹を胃が悪いときにするように撫でながら、またため息だ。

「普段から見ててさ。花奈ちゃんのダメダメってさ、若い子たちにキツいんじゃないかなとは思ってたんだよね。今の令和っ子たちはおだてて使わなきゃ」

 にこりと営業スマイルを作る店長は、私に大人の対応を求めているのだろう。私は俯いて唇を噛んだ。私はアルバイターたちが独り立ちできるように、何度でも同じ指導を同じ温度でした。

ダメという言葉は使ってしまうが、見捨てたことはない。でも私のそういう努力は店長の評価には値しなかった。

「ほら、花奈ちゃん。謝ってみんなを呼び戻してよ。じゃないと店を開けられない。大損失だよ、責任とれるの?」

店長が私にスマホを差し出した。

「心から謝れなんて言ってないよ。ハイハイすみませんでした~でいいからさ」

小枝みたいなか細い私の心が悪気のない靴の裏に踏みつぶされて、ぺきっとへし折れた。

私が「ダメ」と繰り出す生真面目さを、信頼という貯蓄に変換してくれる人はいないのだ。

私は握り締めていた拳をふっと緩めて、店長の油っぽい丸い鼻に向かって言った。

「謝罪はどうしてもできません。私が責任を取って辞めますので、アルバイターたちには私がいない職場に戻ってもらってください」

「えーボク別にそういうの求めてないんだけど」

「お世話になりました」

 深々とお辞儀をした私に、また店長からため息が降ってきた。

「そんなダメダメ言ってちゃ、幸せになれないよ?」

うんざりしたような店長の声を背中に受けながら、私は店を去った。


幸せになれないよ?が頭の中に何度も蘇っては、胃が痛い。何にでもイエスと答える「イエスマン」になることで主人公がどんどん好転していく映画を見つめる。

コメディ映画なのに、胃がきりきりする。私は私が今、こんなに寂しい状況であることを誰かに聞いて欲しくて、スマホを手に取った。

けれど、電話をかけようと思う、相手すら思い浮かばない。

 休日出勤が基本である業界で、学生時代の友だちからの誘いにも一言目には「都合が合わないからダメ」と言ってしまっていた。

今ではもうすっかり、友だちと距離が開いて夜中に弱音を晒せる関係ではない。

 真面目に生きて、リスクを未然に防ぐためにダメだと言い続けてきた。でもダメ出し癖は、私が一人ぼっちになるリスクは防げなかった。

私は一体、何をしてきたのだろう。

 映画の間に流れるCMから「静かな山合いの美しさ。和歌山県へ移住しませんか」と誘いがかかる。和歌山県なんて縁もゆかりもない。

けれど、私の口が自動的に答えた。


「……いいよ」


返事が青白いテレビの光だけの暗闇に溶けて消えた。だって、私だってイエスマンみたいに幸せになってみたかったから。


私はその日から、壊れたおもちゃみたいに「はい」を繰り返した。


 部屋を解約しますか。イエス。

 荷物を全部捨てますか。イエス。

 この部屋には帰りませんか。イエス。

 和歌山で移住先を探しますか。イエス。


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