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偽りの暴君、王座より革命を命ず ~親友に討たれる覚悟で、腐敗した国を救う~   作者: 朔月 滉


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9/9

孤独な絆

 

 ——即位1年3ヶ月、秋の深夜——


 アレクシオスは執務室の椅子に座ったまま、蝋燭の灯りだけが照らす中で、机の上に散らばる黒の書、羊皮紙の束、計画案、報告書、地図を見つめていた。

 いや、見つめているというより同じページを何度も何度も眺めているという方が正しかった。

 目の下には深い隈ができており、髪はぼさぼさで顔色は青白く、何日もまともに眠っていないのが一目で分かる。

 食事もろくに取っていない。手は震えており、蝋燭の光の中でその震えがはっきりと見える。

 窓の外は真っ暗で夜空には星が瞬いており、冷たい秋の風が窓の隙間から吹き込んでくるのを感じたが、寒さにも気づかずただ黒の書を見つめていた。


 その時、扉が静かに開いた。ノックの音はなく、イザベラが温かいお茶の入ったカップが置かれたお盆を手に入ってくるのが見えた。イザベラが静かに近づいてお盆を机の端に置くカタンという小さな音で、アレクシオスはようやく顔を上げた。


「……イザベラか」

 かすれたが、なんとか声が出た。

「陛下、少しはお休みを取ってください」

 お茶のカップを見ると、湯気が揺らめいている。

「……ありがとう、イザベラ」

 カップを手に取ると温かく、その温かさが冷えた手に染み込んでくるのを感じた。

 お茶を一口飲むと、ハーブティーの優しい香りとほのかな甘みが広がり、体が少し温まった。


 イザベラが横に立って静かに見守っているのが感じられた。

 沈黙の中、ただ蝋燭の炎がパチパチと音を立てている。やがて、アレクシオスは口を開いた。

「……イザベラ」

「はい」

 カップを置いてイザベラを見上げた。

「お前は、俺を恨まないのか?」

 イザベラの目がわずかに揺れるのが見えた。

「恨む……?」

 アレクシオスは視線を落とした。


「こんな狂った計画に付き合わせて。お前の人生を、俺の計画の道具にして」

 小さな声だった。イザベラが何も言わず、じっとこちらを見ているのが感じられた。

「お前には、お前の人生がある。なのに、俺は……お前を巻き込んで……」

「陛下」

 静かな声が響いた。顔を上げると、イザベラが微笑んでいるのが見えた。優しい、穏やかな微笑み。

「恨む? とんでもない」

 首を横に振るのが見えた。


 イザベラは椅子を引いてアレクシオスの横に座り、二人は並んで座った。

 窓の外を見ると、夜空に星が瞬いている。イザベラは静かに語り始めた。

「……私には、弟がいます」

 アレクシオスが驚いた顔でこちらを見るのが感じられた。

「え?」

 イザベラは感情を押し殺し、静かな声で続けた。


「10年前、シュタウフェン公の陰謀で、父が冤罪で捕らえられました」

 アレクシオスが息を呑むのが聞こえた。

「父は、真面目な騎士でした。誠実で、正義感が強く、民を想う心がありました。だからこそ、シュタウフェン公にとっては……邪魔だったのでしょう」

 声がわずかに震えるのを感じた。


 淡々と語り続けた。

「証拠は、全て捏造されました。裁判は、茶番でした。父は、牢獄で……死にました」

 拳が膝の上で握りしめられて震えているのを感じたが、声は淡々としたままだった。

「その後、母は……自ら命を絶ちました」

 アレクシオスの声が聞こえた。

「イザベラ……」

「そして、弟は……」

 声が途切れ、目を閉じる。

「行方不明です」


 重い沈黙の中、蝋燭の炎だけが静かに揺れているのが感じられた。目を開けた。

「私は、全てを失いました。家族も、家も、未来も」

 アレクシオスを見た。目には深い悲しみと燃えるような怒りがあるのを自分でも感じた。

「そんな私を、先王陛下が救ってくださいました」

 アレクシオスが静かに聞いているのが感じられた。

「父上が……」

「ええ」

 頷いた。

「先王は、私を見つけてくださいました。路頭に迷っていた私を、拾ってくださいました。そして、仰いました。『いつか、お前の復讐を果たせる日が来る』」


 アレクシオスが息を呑むのが聞こえた。

「復讐……」

 拳を握りしめた。激しく震えている。

「ええ。私は、シュタウフェンを……いえ、腐敗した貴族全てを、滅ぼしたい」

 声が低くなった。その言葉には強い決意があった。


 アレクシオスがこちらを見つめているのが感じられた。イザベラは彼を見る。

「だから、私は陛下に従います」

 強い声で伝えた。

「結果が全てです。過程など、どうでもいい」

 アレクシオスを真っ直ぐに見つめた。

「陛下の計画が成功すれば、腐敗した貴族は滅びます。それが、私の望みです」

 アレクシオスに向き直った。

「だから——私は、陛下の盾となります。どこまでも」


 その言葉は、イザベラの誓いだった。アレクシオスは胸が熱くなるのを感じた。

「イザベラ……」

 やがて一言だけ聞こえた。

「……ありがとう」

 アレクシオスは微笑んだ。優しい、先王によく似た、穏やかな微笑み。

 イザベラとの間に、深い信頼の絆が生まれるのを感じた。

 主君と臣下、だがそれ以上の——孤独な戦いを共に歩む同志。


 やがてアレクシオスが口を開いた。

「……正直に言うと」

 独白のような声だった。

「俺は、何度も逃げたくなった。何度も、計画をやめようと思った」


 イザベラは無言で静かに聞いていた。

 アレクシオスは、窓の外を見た。外には夜空に冷たい月が浮かんでいる。

「この城を出て、リアムに全てを話して……二人で、どこか遠くへ……」

 声が震える。

「森を駆け回って、剣の稽古をして、くだらない話で笑い合って……」

 目の奥が熱くなるのを感じた。

「ただの……友達でいたかった」

 アレクシオスは堪えきれずに、顔を手で覆った。


 その言葉が本音で、本心だった。王でも策士でも暴君でもなく、ただの十八歳の少年としての願い。

 イザベラが静かに問いかけるのが聞こえた。

「……なぜ、逃げなかったのですか」

 アレクシオスは顔を覆ったまま答えた。

「もし逃げたら……四公爵が、完全に国を支配する。そうなれば……」

 顔から手を離した。目が赤くなっているのを感じた。

「リアムも……民も……誰も、救えない」

 拳を握りしめた。


「逃げることは、全てを見捨てることだ」


 イザベラが静かに頷いているのが見えた。

「父上の遺言を読んだ瞬間」

 アレクシオスは、黒の書を見た。

「俺の最期は……決まったんだ」


 その言葉は重かった。十七歳の少年が背負うにはあまりにも重い運命。

 イザベラが静かに立ち上がって近づき、横に立つのが感じられた。優しい声が聞こえた。

「陛下」

 顔を上げると、イザベラが見下ろしていた。その目には優しさが宿っていた。

「陛下は、強くはありません」

 その言葉に目を見開いた。イザベラが微笑むのが見えた。

「ただ、必死なだけです」

 何も言えなかった。

「でも、それでいいのです」


 イザベラが肩にそっと手を置くのが感じられた。

「必死に、この国のために泥を被る。それは……」

 言葉を選んでいるのが感じられた。

「……王として当たり前のように思えても、一人の人間としては容易に選択できることではありません」

「それでも、逃げずに毎日戦っておられるアレクシオス様に、私は着いて行きたいのです」


 その言葉がアレクシオスの胸に染み込んだ。

 初めて人前で涙を流しそうになり、目が潤み、喉が詰まった。

 だが必死に堪えて唇を噛みしめ、拳を握りしめた。震える声で答える。

「……ありがとう、イザベラ」


 イザベラが何も言わず、ただ優しく肩に置いた手に力を込めてくれるのが感じられた。

 深夜の執務室で、蝋燭の灯りだけが揺れている。

 窓の外では冷たい秋の風が吹いているが、この部屋の中には孤独な王と忠実な騎士、二人の小さな温かさがあった。


 やがて立ち上がって窓辺に歩み寄り、夜空を見上げた。

 星が瞬いている。冷たく遠い光だが、その光は消えない。どんなに暗い夜でも消えない光。

 アレクシオスは小さく呟いた。

「俺は、この道を行く。最期まで」

 静かだが強い声だった。


 イザベラが静かに頷くのが感じられた。

「私も、どこまでもお供します」

 二人は窓の外を見つめた。遠くに王都の灯りが見え、その向こうにスラム街がある。

 あそこにリアムがいる。今頃、仲間たちと革命の準備をしているだろう。


 蝋燭の炎が揺れ、そして静かに燃え続けているのが見えた。

 長い夜が続いていたが、いつか夜明けが来る。それを信じて、二人は遅くまで秘密の会議を続けていた。



 

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