『希望の翼』
——即位1年、夏の夜——
王都近郊の森で、リアムは木々が生い茂って月明かりすら遮られた暗闇の中、無数の松明のオレンジ色の炎が揺れているのを見つめていた。その中には約三百人の人々が集まっており、スラムの住人たち、土地を奪われた農民たち、若者たち、老人たち——みんな粗末な服を着て疲れた顔をしているが、その目には希望や怒り、そして決意の強い光があった。
森の中央の少し開けた場所に木の箱を積み上げた即席の演台が作られており、その前に三百人の人々が集まって松明の光が彼らの顔を照らしている。緊張と期待の空気が漂い、誰も大きな声では話さず、ひそひそと小声で囁き合っているのが聞こえた。
「本当に、始まるのか……」
「リアムが、何か言うって……」
「革命、だって……」
人々の視線が演台に集まっているのを感じながら、リアムはその演台に立って深く息を吸った。胸が高鳴っている。緊張と恐れと、でも強い決意があった。
集まった人々を見渡した。三百人——三百の希望、三百の怒り、三百の未来。
拳を握りしめて一歩前に出ると、森が静かになり、人々の囁きが止まって全員がこちらを見ているのが感じられた。
松明の炎だけがパチパチと音を立てている。
リアムは口を開いた。
「みんな、集まってくれて、ありがとう」
力強く言うと、人々がじっとこちらを見つめているのが感じられた。
「俺の名は、リアム」
胸を張った。
「だが——今日から、俺はファルコンと名乗る」
ファルコン——鷹、空を自由に飛ぶ鳥。
人々の間にざわめきが起きるのが聞こえた。拳を上げる。
「俺たちは、長い間、虐げられてきた。増税に苦しみ、土地を奪われ、家族を失った」
人々が頷いているのが見えた。
「だが、もう——我慢する必要はない! 俺たちは、腐敗した王と貴族を倒す!この国を、正義の手に取り戻す!」
歓声が上がり、さらに大きくなって森が震えるほどの歓声が響いた。
「俺たちの組織の名は——」
腕を大きく広げた。
「希望の翼!」
人々が叫ぶのが聞こえた。
「希望の翼!」
「希望の翼!」
歓声が空を突き抜けるように響く。
「俺たちは、夜明けを告げる!新しい時代の、翼だ!」
歓声が森全体を包み、松明の炎が揺れ、人々が拳を上げているのが見えた。
「ファルコン!」
「ファルコン!」
その声が何度も何度も繰り返されるのを聞きながら、リアムは胸が熱くなった。
(ここから、始まる。集まってくれた皆のためにも、必ずやり遂げてみせる)
人々の中にエミールがいるのが見えた。十九歳には見えないほどに痩せているが、目は鋭く賢そうな顔をしている。幼馴染の一人で、スラムで育ち、共に食糧を配り、共に苦しんできた仲間だ。
エミールが大きく叫ぶのが聞こえた。
「ファルコン!!」
他の若者たちも次々と声を上げ、歓声は止まらなかった。
その歓声の中で、リアムは心の中で呟いた。
(俺たちは、まだ小さい。三百人なんて、王都の人口から見れば、ほんの一握りだ)
集まった人々を見た。希望に満ちた顔、決意に満ちた目。
(でも、いつか必ず——この小さな翼が、大きく羽ばたく日が来る)
そのまま、拳を天に掲げる。
「みんな、ありがとう!」
歓声がまたひときわ大きくなり、森の中、松明の光の中で希望の翼が産声を上げた。
◇ ◇ ◇
——同日深夜、王宮秘密書庫——
蝋燭の光だけが部屋を照らす中、アレクシオスは椅子に座って窓の外を見つめていた。
机の上には黒の書といくつかの羊皮紙が置かれている。
扉が静かに開き、イザベラが入ってくるのが見えた。
いつものように黒い外套を纏い、表情は冷静で、一礼をする。
「陛下、報告があります」
「聞こう」
イザベラが静かに言った。
「革命組織が、結成されました」
表情を変えないように努めた。
「リーダーは?」
イザベラが一瞬躊躇するのが見えた。
「……リアム様かと」
目がわずかに揺れるのを感じたが、すぐに元に戻して静かに頷いた。
「そうか……予定通りだ」
イザベラが続けた。
「しかし、彼らの規模はまだ約三百人程度……」
手を振った。
「構わん。2年かけて、千人まで育てる。それ以上は危険だ」
立ち上がって窓辺に歩み寄った。
「千人を超えれば、制御不能になる。中途半端な暴動では、さらなる内乱を生むだけだ」
振り返ってイザベラを見た。
「イザベラ」
「はい」
「黒鴉騎士団の一人を、革命軍に潜入させろ」
イザベラの目がわずかに見開かれるのが見えたが、すぐに冷静な表情に戻った。
「……御意。武器の供給は?」
机に戻って羊皮紙の一枚を取り上げた。
「ゲルハルト公が横流しした武器が、革命軍に流れるよう手配しろ」
イザベラの顔が驚きに染まるのが見えた。
「陛下! それは……!」
羊皮紙に目を通しながら、冷たく答える。
「革命を成功させるには、彼らに力が必要だ。中途半端な武装では、正規軍に瞬殺される」
羊皮紙を置いた。
「ゲルハルト公の横流し先を調べろ。そのルートを利用して、革命軍に武器を流す」
「……承知しました」
イザベラが深く一礼するのが見えた。
再び窓の外を見た。遠くの森——あそこで、リアムが——目を閉じた。
(すまない、リアム。お前に、武器を持たせる。お前に、戦わせる。全て、俺の計画のために)
だが、それしか方法はない。目を開けると、深い暗闇が自分を包んでいるのを感じた。
◇ ◇ ◇
——数分後、同じ秘密書庫——
イザベラは一人の若い男を呼んでおり、サイラスが緊張した面持ちで立っているのが見えた。二十二歳で、黒鴉騎士団のメンバーの一人、スラム出身で十年前に先王アルフォンスに救われて騎士団に加わった男だった。
「サイラス」
「はい、イザベラ様」
「あなたに、特別な任務を与える」
サイラスが背筋を伸ばすのが見えた。
「お命じください」
「革命軍に、潜入してもらいたい」
サイラスの目が見開かれるのが見えた。
「私が……革命軍に?」
「そうだ。あなたはスラム出身。彼らに溶け込みやすい」
サイラスがしばらく沈黙した後、言うのが聞こえた。
「……わかりました」
彼の目を見つめた。
「任務は、情報収集だ。革命軍の動き、規模、武装状況を報告してもらう」
「承知しました」
サイラスが一礼しようとして、途中で止まるのが見えた。
「どうした」
サイラスが躊躇いがちに言った。
「ですが、イザベラ様。もし……もし、私が彼らに共感する可能性を、考えなかったのですか」
沈黙の中、蝋燭の炎だけが音もなく揺れている。やがて、イザベラは口を開いた。
「それでも、任務を遂行しろ」
静かだが強い声で言った。
「これは、国のためだ」
サイラスがこちらを見つめているのが感じられた。イザベラは譲らず、揺るぎない決意を目に込めて見返した。
やがて、サイラスが深く息を吸って一礼した。
「……御意」
「明日、スラムに潜入しろ。革命軍に接触し、仲間になれ。報告は、月に一度。秘密の場所で会おう」
「承知しました」
サイラスが部屋を後にしようとする背中に言った。
「サイラス」
彼が振り返るのが見えた。
「……気をつけろ」
サイラスがわずかに微笑むのが見えた。
「ありがとうございます」
扉が閉まり、一人になった。窓辺に歩み寄って夜空を見上げると、星が瞬いている。小さく呟いた。
「サイラス……お前は……」
不安を感じていた。サイラスは優しい男で、正義感が強く、民を想う心がある。
だからこそ革命軍に溶け込める。
だが、だからこそ危険だった。彼が本当に革命軍に共感してしまったら——。
「……それでも、任務を遂行してくれ。この国のために」
イザベラの声は誰にも届かず、ただ夜の静寂の中に消えていった。




