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偽りの暴君、王座より革命を命ず ~親友に討たれる覚悟で、腐敗した国を救う~   作者: 朔月 滉


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血が導く道

 

 ——即位10ヶ月後、初夏——


 それから3ヶ月が過ぎ、春から初夏へと季節が移り変わった。

 だが、この国は何も変わらない。

 増税は続き、スラム街には相変わらず貧困が蔓延し、民の苦しみは深まるばかりだった。


 ある日の夕方、リアムはスラム街の一角の粗末な小屋の前で、若者たちと焚き火を囲んで座っていた。

 焚き火の熱が頬を焼くが、心は妙に冷たかった。

 リアムの目の下には隈ができ、疲労の色が濃く浮かんでいる。


 隣で、エミールが静かに薪を火に投げ入れた。

 パチパチと音を立てて火の粉が舞い上がる。

 そのまましばらく、沈黙が続いた。


 やがて、エミールが口を開いた。

「リアム、いつまで待つんだ?」

 表情より、さらに重い声だった。

 リアムは炎を見つめたまま、答えられなかった。赤く揺れる炎が、目に映る。


 トマスも頷いた。

「お前が王宮に呼ばれてから、もう、3ヶ月も経った。やっぱり、何も変わらない」

「……ああ」

 リアムは小さく呟いた。

「でも、俺たちに何ができる?」


 エミールがこちらを見た。

「だから、俺たちが立ち上がるべきだって言ってるんだ!」

「……」

「組織を作って、声を上げよう。みんなで立ち上がるんだ!」


 組織。革命?その言葉が頭の中でぐるぐる回る。

(本当に、それしか、方法はないのか……?)


 長い沈黙の後、焚き火の薪がパチッと音を立てて火の粉が舞い上がり、夜空に消えていくのが見えた。

 若者たちはもう何も言わず、ただこちらを見ている。

 リアムの返答を、期待と焦りが混ざった目で見ていた。


 拳を握りしめると、爪が手のひらに食い込んで痛みが走った。

(アレクへの期待は、もう捨てた)

(でも、声を上げるってことは、アレクを相手に戦うってこと……)

(本当にそれしかないのか?他に、方法は……)


 答えは出なかった。



 ◇ ◇ ◇



 数日後の昼下がり、リアムは亡き父、ジョン・エヴァンスの墓前に立っていた。

 命日ではないが、どうしても父に会いたくなった。

 質素な木の墓標の前で膝をつき、手を合わせて目を閉じる。

 風が吹いて木々がざわめき、葉が擦れ合う音が聞こえた。


「父さん……」

 小さく呟いた。

 目を開けて墓標を見つめる。

「俺、どうすればいい?」

 拳を握りしめる。


「アレクは、もう……あいつじゃない。それは、わかった」

 胸が痛んだ。

「でも、戦うって……革命を起こすって……」


 風がまた吹いた。今度は強い風で、木の葉が舞い上がって緑の葉が風に乗って空へと昇っていくのを見上げた。葉は自由に、風に乗って舞っている。

 それを見ていると、ふと気づいた。


(待っているだけじゃ、何も変わらない)


 風が髪を揺らし、頬を撫でる。

 冷たくて、優しい風で、まるで父が語りかけているようだった。

『動け、リアム』

『お前が、動かなければ』


 リアムは立ち上がって墓標に手を添えた。

「……そうだよな。俺が、動かなきゃいけないんだ」


 小さく微笑むと、風がまた吹いて、まるで父が頷いているようだった。

「ありがとう、父さん」


 踵を返して墓地を後にする背中には、まだ迷いはあったが、同時に決意の芽が小さく芽吹いているのを感じていた。



 ◇ ◇ ◇


 ——即位11ヶ月後、夏——


 焼けつくような暑さの昼下がり、リアムはいつものように食糧を配っていた。

 容赦なく照りつける太陽の下、汗が額を伝う。暑いが、辞めるわけにはいかない。


 その時、遠くで悲鳴が聞こえた。

「やめてくれ! 頼む! もう少し待ってくれ!」


 顔を上げて悲鳴の方向を見ると、スラムの一角の粗末な家の前に黒い外套を着た男たちがいた。

 徴税官——ヴァレンシュタイン公爵配下の冷酷な役人たちだ。


 彼らは一つの家族を取り囲んでいた。

 中年の男、その妻、幼い子供たち。男は必死に頭を下げている。

「頼む! 今は金がないんだ! もう少し待ってくれ!」


 徴税官の一人が冷たく言った。

「待てと言われても、我々も困るのだ。では、これを差し押さえる」

 家財を指差すのが見えた。

「待ってくれ! それは……!」

 妻が泣き叫び、子供たちは徴税官に怯えて母親にしがみついているのが見えた。


 リアムは走り出していた。人混みをかき分けてその場所へ向かう。

 その時、一人の若者が徴税官に掴みかかるのが見えた。

 マルク——十八歳で、スラムの住人で正義感の強い青年。

「やめろ! この家族から、これ以上何を奪う気だ!」


 徴税官がマルクを見下ろした。

「邪魔をするな、小僧」

「邪魔じゃない!お前たち、やりすぎなんだよ!」


 マルクが徴税官の腕を掴むと、徴税官の目が冷たく光った。

「……そうか」


 瞬間、徴税官が腰の短剣を抜いた。刃が陽光を反射してキラリと光り、そしてマルクの腹に突き刺さるのがスローモーションのように見えた。ブスリという鈍い音が聞こえ、時間が止まったように感じた。


 マルクの目が大きく見開かれ、口が開いたが声は出ない。

 徴税官が剣を引き抜くと血が噴き出し、マルクの体が崩れ落ちた。


「マルク!!!!!」

 叫びながら駆け寄ってマルクを抱きかかえた。

 体は温かく、まだ生きている。だが血が止まらず、自分の手が真っ赤に染まっていくのが見えた。鉄の匂いが鼻をつく。


「おい、しっかりしろ!」

 マルクを揺さぶると、マルクの目がこちらを見て唇が動いた。

「リアム……」

 か細い声だった。


「しゃべるな!今、助けを……!」

 マルクは首を横に振り、震える手でこちらの服を掴んだ。


「このままじゃ……俺たち、みんな……」

 血が口から溢れるのが見えた。涙が溢れそうになるのを必死に堪える。


「わかってる!だから……!」

「頼む……」

 マルクの声がさらに弱くなる。

「俺たちを……救って……」


 その瞬間、マルクの手から力が抜けた。目が焦点を失い、静かに閉じられた。

「マルク……?」

 マルクを揺さぶった。

「おい、マルク! 目を開けろ!」


 だが反応はない。もう息をしていない。心臓も止まっている。

 リアムはマルクの遺体を抱きしめて、慟哭した。

「マルクッッッ!!!」

 叫び声がスラム街に響き、涙を流しながらマルクを抱きしめていた。


「許せ……俺が、もっと早く決断していれば……」


 周りの民衆はただ呆然と立ち尽くし、子供たちが泣き、母親が顔を覆っているのが見えた。

 徴税官たちは血の付いた剣を鞘に収めて、何事もなかったかのように立ち去っていった。


 リアムはマルクの遺体を抱きしめたまま動けず、ただ涙だけが止まらなかった。

 その日、自分の中で何かが完全に決まった。


(もう、迷わない)

(これが、答えだ)

(戦うしか、ない)



 ◇ ◇ ◇


 ——数日後、夕方——


 スラム街の一角に作られた質素な葬儀場では、木の板を組み合わせた簡素な祭壇の上に、マルクの遺体が白い布で覆われて横たわっており、穏やかな眠っているような顔だけが見えていた。


 周りには多くの民衆が集まっていた。スラムの住人たち、マルクの友人たち、あの家族——みんな黙って頭を垂れている。リアムも祭壇の前に立ち、じっとマルクの顔を見つめていた。


 夕日が西の空を赤く染め、オレンジ色の光がスラム街を照らしている。

 風が静かに吹き、誰も何も言わず、ただ静寂だけがその場を支配していた。


 やがてリアムは一歩前に出て、マルクの額に手を置いた。額は冷たかった。

「マルク……お前の死は、無駄にしない」

 小さく呟いてから振り返り、集まった民衆を見渡した。


 若者たち、老人たち、女性たち、子供たち——みんながこちらを見ている。

 深く息を吸ってから、力強く言った。

「……もう、迷わない」


 その声が静寂を破り、民衆が顔を上げるのが見えた。

 決意と共に、拳を握りしめる。


「俺は、暴君を倒す」


 民衆がざわめくのが聞こえた。


 エミールが一歩前に出た。

「本気か?」

 頷いた。

「ああ。俺は、組織を作る」

 声を大きくして言う。


「俺は、革命を起こす!」


 民衆の表情が変わるのが見えた。驚き、恐れ、そして希望。


 トマスが拳を上げた。

「俺も、加わる!」

 別の若者も声を上げた。

「俺もだ!」

「俺も!」

 次々と声が上がるのが聞こえた。


 その声を聞きながら、再びマルクの遺体を見た。

 夕日がマルクの顔を照らしている。穏やかな、眠っているような顔。

「マルク……お前が夢見た世界を、俺が作るよ」

 小さく呟くと、風が吹いて白い布が揺れた。まるでマルクが頷いているようだった。


 リアムは再び民衆に向き直った。

「今日から、俺たちは戦う。腐敗した王と、貴族を倒す」

 力強く言うと、民衆が歓声を上げるのが聞こえた。


「そして——」

 拳を天に掲げた。

「誰もが、笑って生きられる国を作る!」


 歓声がさらに大きくなり、夕日がこちらを照らしている。赤く、強く、燃えるような光の中で、民衆がこちらを見つめているのが見えた。希望の光を、その目に宿して。


(もう、迷わない)

(もう、後戻りはしない)

(この道を、最後まで歩き続ける)

(たとえ、それが親友を討った後の道だとしても)



 ◇ ◇ ◇


 ——同じ頃、王宮——


 玉座の間の隅、柱の影でイザベラはその報告書を手にしていた。黒鴉騎士団の密偵からの報告——マルクの死、そしてリアムの演説。


 アレクシオスは玉座に座ったまま、窓の外を見つめていた。

 夕日が王都を照らし、スラム街の方角に光が差している。


 イザベラが静かに近づいた。

「陛下」

「……報告を」


 イザベラは報告書を読み上げた。

「革命組織の萌芽を確認。リーダーは……リアム様かと」

 アレクシオスは表情を変えなかった。

「そうか」


 沈黙が流れる。


「……予定通りだ」

 その声は静かで、どこか疲れていた。


 イザベラは一歩前に出た。

「しかし、陛下。彼らの規模はまだ約三百人程度……」

「構わん。2年かけて、千人まで育てる」


 窓の外を見つめたまま続ける。

「それ以上は危険だ。制御不能になる」


 イザベラは黙って頷いた。

「……御意」


 アレクシオスは立ち上がり、イザベラに向き直った。

「黒鴉騎士団の一人を、革命軍に潜入させろ」

「承知しました。武器の供給は?」


 アレクシオスは窓辺に歩み寄り、スラム街の方角を見つめた。

「ゲルハルト公が横流しした武器が、革命軍に流れるよう手配しろ」


 イザベラが驚きの声を上げた。

「陛下!それは……!」

「革命を成功させるには、彼らに力が必要だ」

 振り返らずに続ける。

「中途半端では、さらなる内乱を生むだけだ」


 イザベラは数秒の沈黙の後、深く頭を下げた。

「……承知しました」


 再び沈黙が流れた。


 やがてアレクシオスが小さく呟いた。

「リアム……すまない」

 その声は誰にも聞こえないほど小さく、夕日の光に溶けて消えていった。



 

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[一言] キャラクターの名前がうまく印象に残ります。
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