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靴がトラウマな先輩

 僕の地元の先輩から聞かせてもらった話です。

その先輩はいわゆる陽キャ系の人種で、大人になってもベタな青春を送っていた先輩だった。

 先輩の名前はタカ先輩。タカ先輩は同級生の隆二先輩と佳奈先輩の二人といつものメンバーとして三人組で共に行動していた。

彼らは前述の通りベタな青春を謳歌する人々で、冬ならスキー、秋はキャンプ、春はお花見といったその季節にあった青春イベントをコンプリートするほどのイベント好き。

 しかし、それは夏に起こった。夏は他の季節よりもイベントが多い時期。

 タカ先輩達は毎年夏になると浮き足立って色んな予定を立てており、BBQや海水浴、夏祭りにビアガーデン、色んな夏の風物詩を次々とこなす予定だった。

 そんな中、夏といえば肝試しということで、地元の県では屈指の心霊スポットに肝試しに行くことになった。

 その場所は事件や事故などは無いものの、廃墟になった後に幽霊の類が集まり心霊スポット化したと有名な場所らしく、TV番組やネット配信者に度々取り上げられるほどの知名度を誇る心霊スポットだった。

 高速や下道を車で走らせ約二時間。車通りが少ない峠道の街路灯一本に照らされた待避所に車を停め、ネットで見た某廃墟への道のりに先輩達は足を踏み入れた。

草木が生茂る悪路をスマートフォンの拙い灯りが三本の光の線となって肝試しの雰囲気を余計に引き立てる。

日々の夏の暑さによってカラカラになった枯れ草を道中三人組が踏みしめる音だけが山に響き渡る。

 最初はキャッキャッと楽しげな声もいつしか神妙な雰囲気に呑まれ、そんな声も遠い昔のように感じるほど重い空気が流れた。

やはり普段陽気な人間でも、ある程度の場の雰囲気には流されるものらしい。

草木は声を吸収し自然の吸音材となり、不自然な程の静けさを呼んでいたのだ。

そんな長い道のりを経てタカ先輩たちはようやく例の廃墟を目前とした。

 その廃墟の漠然とした冷たく重たい空気に覆われるような感覚に襲われ、三人の背中をヒヤリとしたような生ぬるいような汗が流れた。

そんな空気を壊すようにタカ先輩がぎこちない笑顔で


「入ってみようぜ!」


と声高に二人に投げかける。

 二人はそれに同意し、玄関と思しき扉を見つけてドアノブに手をかけたが、不覚にもドアは施錠されており入れない状況だった。

タカ先輩はここで帰っても面白くないと呟き他に入れる場所を探そうと二人を連れ廃墟の周りを探索し始め、五分ほど経った頃にガラス戸を見つけ、それが人一人分空いてることに気が付いたタカ先輩が宝物を見つけた子供のような明るい表情で得意げに二人を見つめた。

そのガラス戸は人一人分以上には開かず、タカ先輩は仕方なく俺が先に行って中から押してみると先陣を切って隙間に入っていった。

その 瞬間、暗闇に消えたタカ先輩の叫び声が外の二人の耳を劈いた。

隆二先輩と佳奈先輩は驚きと焦りに身が包まれ、


「タカ大丈夫か?!」


と大声でタカ先輩を呼んだ。

 タカ先輩は半笑い気味に


「デケェクモの巣に引っかかっただけ…」


と返答し二人は引き攣った肩をストンと落とした。

 今にも壊れそうな軋む音を立てながらタカ先輩が扉の暗闇から姿を現し、入れるぞと手を扇ぎ、三人はいよいよ廃墟に踏み入った。

 中では老朽化で落ちたであろう天井の破片や当時の面影を残した雑誌、生活必需品が足の運びを制限させた。

 そんな中、三人は身震いをしつつも肝試しの雰囲気を楽しみ、探究心から来る興奮を噛み締め徐々に奥へと進む早さを加速させた。しかし、存外にも心霊現象や人を恐怖させるような物などは一向に見つからないまま探索は続いた。

 半刻ほど経った頃、何も起こらない事につまらなさを感じた隆二先輩がここで起こる心霊現象を調べ始めた。

 隆二先輩は、調べた内容を淡々と読み上げていく。大半の内容は男の声が響く、写真を撮ると男の足が映る等の在り来りな内容だった。

大抵、どこの心霊スポットでも一概に同じような心霊現象が起こる。人間の集団心理と言うやつだろうか。

一人が言い始めて、その場の雰囲気で俺も私もとそう聞こえたように脳が錯覚してしまう。自分だけが感じないというのもそれはそれで怖いというものだ。

 それはタカ先輩らも同じだった。

確かに声がするような気がすると佳奈先輩が言い出した。

次はタカ先輩が足音が聞こえると言い始め、隆二先輩も二人に賛同した。

あらかた探索し終えた頃、心霊写真を撮ってみたいと三人のうちの誰かが言い始めた。

確かにそうだとテンションが上がり始めた三人は今まで来た部屋を追う形で写真を撮って行った。

撮り続ける内にタカ先輩が部屋の一角で立ち止まり、何かを見つめながら眉間に皺を寄せながら首を傾げて何か考えているようだった。

隆二先輩と佳奈先輩はそれに気が付き、タカ先輩にどうしたか問いかけた。

タカ先輩はボソッと言葉を零した。


「こんな所にこんな靴あったかなぁ…」


そんな言葉を聞き、隆二先輩と佳奈先輩はタカ先輩の言う靴に目をやった。

まだ使われていないような、新品同然の靴。

埃や汚れまみれの廃墟には似つかわしくないような靴がそこにはあった。

靴には埃もかぶっていない、更に言うとこの廃墟が現役の時には無いような綺麗なスニーカーだった。

誰かがなんかの理由で置いてったんじゃない?

と佳奈先輩はとりあえずというような感じで答えた。


「なんか引っかかっるんだよなぁ、なかったと思うんだよなぁ。」


タカ先輩は不思議そうに二人と共にその部屋を後にした。

一通り部屋を周り、写真を撮り終えた三人は入ってきたガラス戸に差し掛かったところ、タカ先輩が、


「やっぱりあの靴撮ってくる」


そう言って靴があった部屋に1人戻って行った。

隆二先輩と佳奈先輩二人は、タカ先輩が戻ってくるのを仕方なく待つことにした。

数分してタカ先輩が走って戻ってきた。

隆二先輩が撮れた?とタカ先輩に聞くと、タカ先輩はキメ顔で


「撮れた!」


と自慢げに答えた。

 そうして、三人は車に戻り全身の力が抜けたようにふぅと息を大きく吐いた。


「撮った写真確認してみようぜ」


タカ先輩がイキイキと写真フォルダを開いた。

 まず一枚目、自分たちが目にしていた通りの部屋の風景。

二枚目も一枚目同様変わらず、そうして三枚目四枚目と次々確認していく。

しかし、調べた内容のように足が写っていたり、ベタな心霊写真のようなオーブが写っている訳でもなかった。


「最後はあの靴の写真!俺、なんかあれは写ってんじゃないかなって思んだ」


そう言いながらタカ先輩はスマートフォンの画面をスワイプした。


「え?」


 その靴の写真を見たタカ先輩の声のトーンが一気に落ちたのを、二人は感じた。

隆二先輩と佳奈先輩が何かを察し、恐る恐るタカ先輩のスマートフォンを覗いた。

そこには、例の靴が写っていた。

ただそれだけだった。


「なんだよ、俺結構自信あったんだけど。何も写ってないじゃんかよ」


三人は安堵と期待はずれの感情が混じった声を漏らした。

そうして、一通りの写真を見た三人は車を走らせ始めた。

有名な心霊スポットなだけあって、何も無かったにしろ雰囲気だけでも疲れたのか三人共帰りの車内ではほとんど会話を交わさなかった。

沈黙の中で、車のエンジン音と峠道特有の段差を車が乗越える音だけが響いていた。

そんな中、運転していたタカ先輩がとあることに気付いた。


「これ、俺たちちゃんと帰れてるよな?」


その言葉を聞いた二人は、窓の外を観察した。

しかし峠道というのは暗がりではどこも似たような風景だ。

二人は気のせいじゃないかとタカ先輩を諭した。


「いや、明らかに風景が変わらないんだ。運転してないと分からないかもしれないけど」


 不安そうなタカ先輩の横で、隆二先輩が仕方ないと言った表情でスマートフォンのナビアプリを起動させ、タカ先輩にナビの画面を見せながら、ちゃんとナビ通り来た道を帰ってることを見せた。


「勘違いならいいんだけどさ…」


タカ先輩はそう言いながらも不安をかくせていない表情だった。

 それから少し経って、三人揃ってタカ先輩の不安が間違っていなかったことに気付く。

廃墟に来た時に車を停めたたった1本の街路灯に照らされた待避所に戻って来たのだ。

待避所は峠道には定期的にあるものだが、行きの道中街路灯に照らされた待避所はそこしか無かった。

そうしている内に車はその待避所にウィンカーをあげ、減速していった。

隆二先輩が咄嗟に


「止まるな!さっさと帰るぞ!」


とタカ先輩の方を振り向いて強く叫んだ。

 しかし、タカ先輩は顔面を真っ青にしながら泣きそうな声で隆二先輩に語りかけた。


「俺…体が言う事聞かないんだよ…」


そうして、車は待避所に止まった。

そんな訳が無いと隆二先輩がタカ先輩の足元に目をやると、隆二先輩は言葉が出なくなった。


「タカ…お前、あの靴履いてきたのか?」


 隆二先輩の震えた声がタカ先輩に投げかけられた。

タカ先輩はもっと顔色を蒼白にし、自分の足元ゆっくりと見た。

その足には、廃墟にあったあの靴が履かれていた。

 その瞬間タカ先輩は発狂し、逃げるように車から外に這い出た。

それを見た隆二先輩は一緒に外に出て大声でタカ先輩に向かって叫んだ。


「その靴脱いで燃やせ!」


タカ先輩はその言葉の通りに急いで靴を脱ぎ、煙草用のターボライターを靴にあてがった。

 その靴は一瞬にして燃え上がり、青い炎を立てながら数十秒足らずで炭と化していった。

そんな光景には目もくれずにタカ先輩と隆二先輩は車に戻り、アクセルを一気に踏み込んだ。

 長い沈黙が流れたその車内で少しずつ、言い合いが始まっていった。

三人は、誰が肝試しを言い出したかやあの時廃墟に入ろうと言わなければなど、ただの水掛け論の口喧嘩が激化した。

 そうして次第に口論も収まり、地元にまで帰ってきた三人はタカ先輩の提案により、一人一人の家まで直接車で帰ることとなった。

 二人を送ったタカ先輩は、疲労困憊しているし次の日の仕事もあることだしで床に一直線向かった。

 次の日、いつも通りの時間にアラームが鳴り、仕事の準備を終わらせ、出勤場所である現場に到着した。

 まだ疲れが抜けきっていないタカ先輩とは裏腹に、タカ先輩の上司達が何やらワイワイしていた。


「おう、タカ!おはよう!見ろよ、奇跡が起こったんだわ!昨日全員新しい靴買ったんだけどよ、全員違う場所で買ったのに全員同じ靴買ってきやがった!」


 タカ先輩の上司が溌剌とした声でそう言う。

そう言う上司達の足には、昨日あの廃墟に置いてあった靴が履かれていた。

 あれ以来、タカ先輩は靴が怖いらしい。

あの靴の写真、撮らなければ大丈夫だったのだろうか。

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