第七章 心の場所を確かめる
それから数日、美由紀の中では言葉にならない思いが静かに波打っていた。
レナと想いを確かめ合ったあの夜――
嬉しさと温かさと、ほんの少しの不安が、彼女の胸の奥で交差している。
朝、キッチンの窓から差し込む光の中で、
いつものようにコーヒーをいれる手元が、ほんの少しだけ震えた。
「……恋人、かあ……」
声にしてみると、その響きはまだ少しだけくすぐったい。
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その日、仕事が終わったレナが帰宅すると、
美由紀はひとりでソファに座っていた。
テレビはついているのに、彼女の視線はどこか遠くへ向いている。
「ただいま」
レナが声をかけると、美由紀はゆっくりと顔を上げた。
「おかえり、レナ……あのね、ちょっと話したいことがあるの」
いつになく真剣なトーンに、レナはうなずいて美由紀の隣に腰を下ろす。
「わたし、自分のこと……まだちゃんとわかってないのかもしれない。
女の子として見てもらえるのが嬉しいし、レナに好きって言われて本当に幸せだった。
でも……どこかで、まだ“自分を許しきれてない”気がするの」
レナは少しだけ間を置いてから、答える。
「うん、それでいいんだと思う。
全部をすぐにわかる必要なんてないし、迷ったままでも、一緒にいていいでしょ?」
「……それって、わたしが中途半端でも、ってこと?」
「そうじゃないよ。むしろ――そういう今の美由紀を、ちゃんと見たいと思ってる」
その言葉に、美由紀は目を伏せたまま、小さく笑った。
「レナって、ほんとズルい。そういうとこ、ずっと変わらないんだもん」
「ズルくないよ。本音だし」
ふたりの間に、ふっと柔らかい空気が戻ってくる。
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その夜、美由紀は日記を開いた。
わたしは今、たぶん途中にいる。
“男”だった頃の名前、“てつ”を捨てきれずにいたころの自分も、
“美由紀”として生きたいと思いはじめた今の自分も。
どちらも本当で、どちらもわたし。
レナといると、何も偽らなくていいって思える。
でもそれって、甘えすぎなのかなって怖くなるときもある。
だけど――
それでも、わたしは、わたしの名前を選びたい。
ペンを置くと、レナが寝室から顔を出した。
「寝る準備できたよー」
「……うん、いま行く」
リビングの灯りを落としながら、美由紀は胸の中で呟いた。
「少しずつでいい。ちゃんと、自分の居場所を見つけたい」
そして――その傍に、レナの手があることを信じていた。