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その8


     8



 どこだ……ここは。


 まだ、暗い。何も見えない。さっきと同じなのか。


 だが、なんとなく居心地はそう悪くないような気がするな……。


 ……うん?


『どう、聞こえる? わたしの言葉が』


 これは……誰かが……問いかけているのか?


 誰だ……霊夢、ではないな。


『わたしは、アリス。アリス・マーガトロイド。いま、あなたの魂を外の世界に繋げようとしているの。でも、これはわたしの力だけではできない。あなたの意志も必要なの。外と繋がろうとする意志が』


 そう言われてもな……どうすればいいんだ。


『思い出して。あなた、霊夢の人形のことを覚えている?』


 ああ、覚えている。


『その姿形を思い描いて。そして、それをいまのあなた、その姿形を想うあなた自身に重ね合わせるの。いま、あなたはあの人形の中に居るのよ。だからその身体を強く想って』


 分かった、やってみる……。


 …………。


『いいわよ、その調子。視えてきたわ。まずは右の』


「……耳ね」


 !


 聞こえたぞ、声が。音として、聞こえる。


「よし、それじゃ今度は左よ。左から聞こえるはずの音を『聴』いて……うん、繋がった。どう?」


 ああ、聞こえる。両耳が聞こえるぞ。


「よおし、それじゃ今度は腕にいくわ……いま、右の腕にいま糸を張っている。それは、あなたの意志を伝える糸よ。腕を上げてみて。腕が『上がる』という様子を想い描くのよ……」


 ……こうか。


「そう……もう一度、やってみて。うん、動いてる。OK」


 こっちは動かしてるって感じがしないんだが……。


「他の感覚がまだ作用してないからよ。だいじょうぶ、そっちもだんだん活きてくるから。いまはまず運動系を順番に繋げていくわ……」


 彼女とのやりとりを繰り返しながら、わたしは次第に外の様子を感じ取ることができるようになっていった。


「……よし、それじゃいよいよ大詰めよ。今からあなたの眼を開くわ。これは両眼一度にやるから、まっすぐに前を視て。そのうちに、そこに白い点が見えてくるはずよ」


 ああ……見えてきた。なんか、チカチカしてるが。


「まだ安定していないのよ。そのうちに、きちんとした点になってくるはずよ」


 そうだな……うん、落ち着いてきたようだ。


「それじゃ、そこに集中して。一気にいくから、驚かないでね。いくわよ……」


 突然、ぱっとすべてが真っ白な光に覆われた……。


 そして、その光がゆっくりと薄れ、代わりににじみ出るように視界が開けていった。


 そこに、見えたものは。


「よう……」


 妙な形の黒い帽子をかぶった、金髪の女の子の顔だった。


『……きみがアリスか?』


「うんにゃ。わたしは魔理沙。霧雨魔理沙だ。アリスはいま、お前の頭の後ろっかわを必死こいていじってるよ」


「繋がったわ! これでいちおう全部の感覚が活きたはずよ」


「お疲れさん……それじゃ、自分の顔とご対面してもらうか?」


「あ、もうすこし待って、いま最後の仕上げをしてるから。顔を見るのは、きちんと元に戻してからのほうがいいでしょ」


 やがて、なにかを嵌められるような音がして、何度か後ろ髪を撫で付けられた。それから、くるりと身体が反転する。


 そこで初めて、私の身体を外に「繋げて」くれた女の子の顔を見ることができた。


 さきほどの彼女とはすこし色合いが違うがやはり美しい金髪で、肌の色が透き通るように白い。


「名乗るのは二度目だけど、いちおう、はじめまして。わたしはアリス・マーガトロイド。魔法使いよ」


『魔法使い……』


「ちなみに、こっちの魔理沙も魔法使いよ。わたしとは専門が違うけどね」


『そうなのか……ええと、ふたりとも初めまして。私は……と』


 そういえば、名前がまだ無い。


「名前か? とりあえずチビ霊夢でいいんじゃないのか」


 黒い帽子をかぶった方の魔法使い、魔理沙が言う。


「なにしろ霊夢そっくりなんだから。おまけに声も霊夢と同じだ」


「まあ、声って言っても、わたしたちにそう聞こえるだけなんだけど。発声用の仕組みはないから、とりあえずこの子が何か『言う』ときには直接思念が届くようになってる」


「なるほどな……しかし、それだと霊夢と一緒にいるときは区別がつかないじゃないか」


「そのときはちゃんと区別がつくように聞こえるようになるわよ」


「ふうん、そういうものか」


『ええと……じゃあ、その、私の名前はチビ霊夢ってことでいいのか』


「ま、あくまで仮の名前ということにしておいたほうがいいわ」


 とアリス。


「命名権は本来持ち主に与えられるべきだもの」


「しかしまあ、たいていそういう場合は仮の名前がそのまま定着しちまうもんだよ。物語の

お題とか、道具の名前とか、なんでもな。それに……」


 魔理沙はそこでなにか言いかけ、口をつぐむ。


『……それに?』


「ああ、いや……お前は言ってみりゃ霊夢の分身なんだから、チビ霊夢ってのはいちばんそれらしい名前だと思うぜ。ほら、見てみろよ」


 魔理沙はわたしの前に四角い簡素なつくりの鏡を置いた。


『これが……私か』


 それは不思議な感覚だった。かつては外から見ていたものがいまは自分自身になってしまっている……。


「どうだ、そっくりだろ?」


『ああ、うん……いや、実は霊夢の中にいたとき、霊夢の顔そのものをちゃんと見た覚えがないんだ』


「へえ、そうなの。それじゃ、神社に戻ったら霊夢とは初対面というわけね」


 アリスがにこにこと笑みを浮かべて言う。


『そういうことになるな……』


 そこで私はふと自分の状況をあらためて思い返し、この若い魔法使いに向かって頭を下げた。


『ありがとう、アリス。私とこの世界を繋いでくれて。改めて礼を言わせてもらう』


「そんな……そう正面から言われちゃうとちょっと照れくさいわ」


 アリスはすこし困ったような笑みを浮かべた。


「それに、お礼ならむしろ魔理沙に言った方がいいんじゃないの? このお節介さんがあなたをここまでわざわざ持って来てくれたおかげなんだから」


「それは違うぜ。わたしはただ単に自分がドジ踏んだ始末をつけに来ただけさ。寝てる霊夢から人形を引っぱがさなきゃ、こいつの魂はあっさり人形に移ったはずなんだ。そうすりゃ、こんな手間のかかることにならなかった」


 魔理沙は私のほうをちらりと見て言った。


「むしろお前にはその……迷惑をかけた」


『……正直まだ状況がよく分からないが、しかしやはり君には……魔理沙には礼を言ったほうがいいようだ。魔理沙がかかわってくれたからこそ、たぶんいまの私があるんだろう。なぜか、そんな気がするよ。ありがとう、魔理沙』


「いや……ほんと、そう言われても困るんだ」


 魔理沙は帽子のつばを引き下げる。


「ふふふ……」


「なんだよアリス、なにニヤけてんだよ」


「……別に。ところであなた、さっき自分がドジ踏んだ始末をつけに来たっていったわよね? ということは、いちおうわたしには何らかの報酬を支払ってもらえるんでしょうね?」


「いまはちょっと手持ちがないから、ツケにしといてくれよ。ちゃんと払うもんは払うから」


『いや、それは待ってくれ』


「え?」


「なんだ? べつに遠慮しなくていいぜ」


『そもそも私が霊夢の身体に入り込んだということ自体、霊夢には責任がないことだ。そして、わたし自身がまだ存在し続けたいという願いを持ち続けたからこそ、霊夢の身体からこうして人形に移してもらえることになった。つまり、これは私自身が……』


「だからって今のお前に何か出来るのか?」


 魔理沙がわたしの顔の鼻先を軽くつつく。


「幻想郷のことだってまだ右も左も分からないんだろう。そんな状況で自分でオトシマエつけようったってそりゃ無理ってもんだぜ」


『今はな。でも、私にも、私だからこそできることというのは何かあると思う。それは自分で見つける』


「……お前がやるべきことは、まず自分が何者かってことを思い出すことなんじゃないのか? あるいは、なぜ霊夢の身体にまで入り込んだのか、その理由をはっきりさせるとかさ。むしろそこが肝腎だろ」


『…………』


 そう言われると一言も無い。


「まあ、いいわ。とりあえず、その件は保留にしておきましょう。どっちにしたって魔理沙もいますぐ何か払えるっていう状況じゃないんでしょうし」


「……悪かったな」


「一服したら、今日はもう神社に戻ったほうがいいでしょう。上海、お茶の用意をしておいてくれる?」


 いつのまにかアリスの肩の上に乗っていた小さな人形がこくりとうなずき、飛び立って工房を出て行った。


「それからさ、アリス……今日話したことは」


「分かってるわ」


 金髪の少女は小さくうなずいて、笑みを浮かべた。


「つじつま合わせはあなたが自分でやって。ただ、その結果はちゃんとわたしに知らせてよ。そうしないと霊夢と話を合わせられないわ」


「ああ」


「調子がおかしかったらまたいつでも来てもらってかまわないわよ、チビさん」


『ああ、ありがとう……いろいろと迷惑をかける』


「迷惑なんかじゃないわ。お人形はわたしの友達だもの。用がなくても遊びに来てくれると嬉しいわ」


 アリスはそう言うと、にっこりと微笑んで私の頭を優しく撫でてくれた。



その9につづく

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