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その7



     7    



 その頃、里に出た霊夢は。


「えーとね、そのわさび醤油焼煎餅と黒胡麻煎餅もくれる? あとね……」


「だいじょうぶですか霊夢さん、そんなにたくさん」


 煎餅屋の親父が少し不安そうな笑みを浮かべる。


「心配ないわよ、煎餅ってのは日持ちがするから」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


「ああ、こっちのこと? 心配ないわよ。ほれ、見なさい!」


 霊夢はびしっと手に持ったお金を突き出してみせる。


「今日のわたしはいつものわたしとはひと味違うわよ。お勘定の心配なんかしないで、さっさと袋に入れなさい」


「は、はあ……そりゃどうも、少々お待ち下さい」


 親父はたちまち態度を変えて、いそいそと袋詰めにかかる。


「ずいぶん景気が良さそうですね、霊夢様」


「え……あら、咲夜」


 いつのまにか霊夢の傍らに藍色のワンピースと白のエプロンにヘッドドレスといういつも通りの姿で紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が笑みを浮かべて立っていた。


「まあ、ちょっとね……今日は思いがけない臨時収入があったから」


「それはまた……」


 珍しいことも、と喉から出かかった言葉を飲み込んで、咲夜はさりげなく続ける。


「良かったですね」


「咲夜は買い出し?」


「ええ。今朝お嬢様から急にお申し付けがあって。なにしろこの手のことはうちの妖精たちには任せられないので……まあ、いつものことです」


「お待たせしました、霊夢さん」


 親父がびっしりと煎餅が詰まった紙袋を霊夢に差し出した。


「ああ、ありがと」


 霊夢が勘定を済ませて煎餅屋の店先から離れると、ついてきた咲夜が小声でささやいた。


「……ところで、例の件はその後どうなりました?」


「あ、ああ……」


 とたんに霊夢はバツの悪そうな顔になる。いまのいままで頭の中からすっかり消えていたのだ。


「いや、その……実はおかげさまでわたしの中からはアレはいなくなったのよ。ただね、あの人形には移ってなかったみたいなの」


「まあ、そうですか……」


「正直わたしもね、その……ちょっと期待してたところもあったのよ。わざわざわたしの中にまで入り込んでくるような魂なら、なにかそれ相応の意味がある存在なのかもしれないし……なんていうの、もう少し違う形でつき合ってみるのも悪くはないのかなって」


「なるほど……それで、人形はいま神社の方に?」


「うん、それが実は魔理沙がね……」


 霊夢がこの臨時収入にからむ今朝の経緯を話した。


「それはまた……」


 咲夜は喉から出かかった言葉を飲み込みかけ、この場合はいいのだと気づいて、続けた。


「珍しいこともあるものですね」


「そうなのよ。わたしの記憶違いじゃなきゃ、そんなことをしてくれたのって魔理沙と知り合って以来初めてじゃなかったかしら」


「相当気落ちされてたと思われたんじゃないですか」


「わたしが? まあそう見えたのかなあ……自分じゃよく分からないけど」


 霊夢は首をかしげる。


「でもそうなると、結果としてはわたしが霊夢さんの気晴らしのお邪魔をした恰好になってしまったみたいですね」


「ああ、気にしないで。いいのよそれは」


 霊夢はあわてたように手を振った。


「っていうか、わたしもつい浮かれちゃって……すっかり忘れてたから。ただ、この件はレミリアには黙っといてくれる? なんか、わたしも預かった人形ほったらかしにして無責任だったような気もするし。それに、魔理沙ももしかしたらこういうことは人には知られたくないかもしれない」


「まあ、お嬢様はそんなことは気にはなさらないとは思いますが……霊夢さんがそうおっしゃるなら」


「悪いわね。また何日かしたらこちらから紅魔館に伺うから」


「分かりました……それでは、これで」


 咲夜は霊夢と別れ、歩き始めてからふと、もしかするとこの霊夢との出会い自体、自分の主人が仕組んだものなのだろうか、と思った。里で葡萄のジュースを大量に買い付けてこい、などという指示は、いつもの気まぐれにしてもあまりに唐突すぎる。


「…………」


 まあ、そこまで考えても仕方がない、と咲夜は思い直す。運命の操り手がどのように自分の運命に干渉してくるのかをいちいち気にしていたら、紅魔館のメイド長はつとまらない。


 少なくともあの博麗の巫女がからむことなのだから、そう悪いようにはならないだろう。そう言い聞かせつつ、咲夜は歩みを自然に速めていった。



その8につづく

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