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その3



     3



 しばらくして、ふたたび女性は部屋に戻って来た。


「お嬢様、お持ちいたしました」


「霊夢に見せてあげてくれる?」


「はい」


 女性はうなずき、傍らに歩み寄ってきて手に抱えていたものを差し出して見せた。


「これは……え、わたし? わたしの……人形」


「そうよ。なかなかよくできているでしょう」


 少女は愉快そうに笑う。


 大きさは人の赤ん坊ぐらい。紅白の巫女服を着け、髪の後ろには大きな赤いリボンを結び、足にはちゃんと足袋と草履を履いている。


「いったい誰がこんなものを……もしかしてレミリア、あなたが作らせたの?」


「いいえ。たまたま知り合いから手に入れたものなんだけれど……ただ、この幻想郷で作られたものではないかもしれないと聞いているわ」


「外から……? 外の世界で、わたしに似せた人形が作られた?」


「まあ、もしかするとその姿は偶然なのかもしれないわね。ただ、そうやってあなたと並べてみると、やっぱりよく似ている」


「ふうん……服はともかくとして、人形の身体そのものは何でできているのかしら? 軽いし、その割には固い……あまり見かけないものね」


「……わたしにも見せてくれる?」


 いつの間にかそばに来ていた帽子の女の子が手を差し出した。


「ああ、はい」


 霊夢が人形を手渡すと、女の子は人形をあちこち観察していたが、ふと思いついたように巫女服の襟を左右に拡げて腹のあたりを指先でさぐりはじめた。


「?……パチュリー、あなた何やってるの」


 霊夢の問いかけに、女の子は低い声で答える。


「なにか、ここに仕掛けみたいなものが……ふた?」


 女の子はテーブルの上に人形を横たえ、その腹を覆っている丸い蓋のようなものを器用な手つきではずした。


「これは……」


 霊夢が息を呑む。


 帽子の女の子がぽつりと言う。


「……おそらくここに魂の核になるものを入れればいいわ」


 少女も椅子から降りてテーブルに近づいてきて、その蓋の内側に現れたものを見る。


「ふふん、なるほど……つまりそこは子宮というわけね。魂の核になるものといえば、定番は名前、髪、それに……」


 エプロンドレスの女性がその言葉を引き取って言う。


「血、でしょうね」


 霊夢はふう、と息を吐く。


「レミリアの前でこういうことをするのはあんまり気が進まないけど……咲夜、あなたのナイフを貸してくれる?」


「ええ、どうぞ」


 女性はどこから取り出したのか、鈍い輝きをもつ鋭利なナイフを霊夢に手渡す。


 霊夢は懐から紙を出し、それをナイフで短冊状に切ると、左手の薬指の先をナイフで小さく切った。


 じわり、と広がる赤い血。


 それを見た少女が瞳を煌めかせ、ぴくっと肩を震わせる。


「……お嬢様」


「分かってるわよ、咲夜。だけど、これは本能だからね。しかも霊夢の血だし」


「ははは……」


 霊夢は苦笑しつつ、右手の人差し指に血を移し、短冊に「博麗霊夢」と書いた。そして息を吹きかけて乾かすと、それを筒状に小さく丸め、自分の髪の毛を抜いて縛り、人形の腹の中へと納めた。


 帽子の少女がふたたび人形の腹の蓋を閉じ、服の襟を合わせて整えると霊夢に手渡した。


「これを持ち帰って、お腹に抱いて寝なさい。眠ると魂の緊縛が緩んで移りやすくなるはず」


「分かった……いろいろとありがとう、パチュリー。助かったわ」


「お礼はレミィに言って。それじゃ、わたしはこれで」


 帽子の女の子はややそっけない口調でそう言うと、本の山をふたたびテーブルから抱え上げ、よろよろとドアに向かって歩き始めた。エプロンドレスの女性はその後を追い、ドアを開けてやる。


 女の子を送り出してから、女性がくすりと笑って言う。


「結局パチュリー様は何のためにあれだけ本をもってきたんでしょうね」


「細かい説明を要求されたら使おうと思って念のために用意したんでしょ、あの子はそういう子よ。それより……」


 吸血鬼の少女はすばやくこちらに近づいてくると、霊夢の左手をとった。


「あっ、こらっ!」


 霊夢があわてて手をふりほどこうとするが、少女はがっちりと両手で霊夢の手首をつかみ、薬指をくわえこんでちゅうちゅうと吸っている。


「うぃーややい、えうおんああひ」(訳:いーじゃない、へるもんじゃなし)


「いや、減るから!」


「お、お嬢様……」


 女性はどうしたものかという態でおろおろしている。


「うぃうういやうああうあえ、おっおあえお」(訳:傷口がふさがるまで、ちょっとだけよ)


 少女はやがて名残惜しげに口を離し、唇を指先でぬぐった。


「とりあえずあなた自身の『異変』に解決手段を提供してあげたんだから、これぐらいいいでしょ」


「いいけど……」


 霊夢はやれやれというように肩をすくめる。


「あ、それからね、その人形はとりあえずあなたに『預ける』という形にするわ」


 少女はチェアに座り直して言った。


「人形のひとつやふたつ、惜しむわけじゃないわよ? だけど、たぶんその方がいろいろとあなたにとって都合がいいんじゃないかと思うから」


「……まあ、『運命の操り手』がそう言うんだから、その通りにしておいた方がいいんでしょうね」


「そうそう。ただね、その人形と、あなたに引き寄せられた魂には、運命だけではとらえきれない何かがあるような気がするわよ」


 少女は謎めいた笑みを浮かべる。


「ま、とりあえず成功を祈るわ」



その4につづく

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