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その25



     25



「……開始!」


 という魔理沙の声はもうほとんど聞き取れなかった。その直後に、相手の少女は彼女のスペルカードと思われるものを取り出し、何か「宣言」らしきものをして、私に向かって輝きを放つ弾の群れを放ってきた。


 不思議と、恐怖はなかった。ただ、初めのうちは弾の見え方にすこし違和感があったが、それは俯瞰ではなく相手が撃ち出してくる正面から観ているためだということが分かって以後はそれもなくなった。


 こちらからはまだ攻撃は始めず、彼女の弾を避けることに専念した。空中で三次元六方向の自由度があるということを活かすには、結局いかに全体を観るかだった。そして分かったのは、こちらに向かってくる光弾は数が多かったが、確実に私の動きを追跡してくる弾は大量にあるわけではないこと。そして、むやみに大きく動かない方が有利だということもすぐに分かった。なにしろこちらは的が小さいのだから、動き回らないほうが被弾する確率は確実に低い。


 ただ、くるくると位置を変えながら弾を撃ち出す彼女の動きには幻惑されやすい。しかも、少しづつ軌道がずれた弾がさまざまな速度でやってくるので、こちらへの接近のタイミングを判断するのそれなりに大変だ。ただ、当たらない軌道に入ってしまったものはもう判断の対象からはずしてしまっていいので、その切り分けさえしっかりしていれば回避はできそうだった。


 問題は、少女に対してどう攻撃を仕掛けるかだった。こちらから弾を撃つということは、その軌道によって自分の位置を常に相手に教えることでもある。だからこそ、軌道を簡単には把握させないために幻惑するためのさまざまな技を駆使し、相手の動きを制限するような位置へと弾を配するようにしているのだろう。だが、私にはそんな複雑な攻撃はできそうもない。離れた距離から攻撃しても相殺されてしまうだろう。となれば、この身体の特徴を活かして接近して攻撃するしかない。


 私は次々と向かって来る光弾をかいくぐりながら、少しづつ少女の行動範囲へと近づいていった。



     **********



 宴会場は変じて見物席となっていたが、大半はある種の見世物気分で酒を酌み交わしつつ戦いを眺め、勝負の結果に賭けている一部の連中が、熱心に勝負の行方を見守り、声援を送っていた。


 が、それとは別に、この戦いをやきもきとしつつ見守る者がいた。


「何よ、チビは避けてばっかりじゃないの」


 上空に散乱する光弾の動きを見ながら霊夢は苛々としたように言う。


「あんなじゃ、いつまでたっても防戦一方よ」


「いや、あれはあれでいいんじゃないか?」


 魔理沙は腕組みしながら落ち着いた調子で答える。


「あんな状態だと相手を攻撃しても当てるのは簡単じゃないからな。むしろ避けながら近づいてって、一気に決めにいくってのが正しいぜ」


「それに、避け方もかなり精確だ」


 穏やかな声がふたりのやりとりに加わる。


「げっ、藍……」


 魔理沙が思わず後ずさりすると、八雲藍は薄く笑みを浮かべる。


「なんだ、魔法使い。そんなに嫌わなくてもいいではないか。ここのところご無沙汰だったが、相変わらず花火作りに精を出しているのか?」


「花火なんかじゃない。れっきとした攻撃魔法だ」


「まあ何でもいいが……それより、あの人の魂を宿しているという人形、なかなかのものではないか。そのへんの妖怪では、橙のあれだけ激しい攻撃を避けきることはできないぞ。本当ならもう何発か喰らっていてもいいはずだ」


「敵のことをそんな風に誉めるなんて、大した余裕ね、藍」


 霊夢はすこし不機嫌な顔つきで藍をにらむ。


「興味があるのさ、あの奇妙な存在に。紫様も、いたく関心をお持ちだ。なにしろ、あんなものはこれまで幻想郷になかったものだからな」


「それで、お前の主はあいつにどんなウラが潜んでいるかを探ろうとなさっているわけか?」


 魔理沙は上空を見たまま言う。


「紫も苦労性だな」


「境界に関わる者として博麗の巫女に近づく存在に注意を払うのは当然のことだ」


「チビが私に何か悪さを仕掛けようとしてるとでも? あの子はそんな妖怪の類とは違うわよ」


 霊夢の言葉に、藍は軽く首を横に振る。


「そこまでは言っていない。ただ、『彼』は……自身もそれとは気づかずに、私たちのことをよく知っている者であるかのように振る舞っていることはないか?」


「……そんなの、分からないわ。そりゃ、妙に落ち着いてるようなところはあるけど」


「すくなくとも、この幻想郷のことを何も知らない者に、いきなりあんな戦いをこなせるとはわたしには到底思えない」


 藍は再び上空を見上げた。光弾がさきほどよりも密集して動いているようだった。


「どうやら、そろそろ決着がつきそうだな」



     **********



 猫耳少女との戦いは、彼女が送り出してくるさまざまな軌道の光弾の群れを、私がひたすら回避しながら反撃の機会をうかがうという形で続いていた。


 少女に接近すればするほど光弾の密度が高くなり、命中の危険も高まるが、その分弾道が読みやすくわずかな動きで回避できるということも分かった。回転運動などを伴う相当に速い動きもあるが、それらは大抵一定のパターンをもっていて、それを把握すれば回避は可能だった。


 ただ、このままでは勝負はつかない。どこかで、相手に攻撃を仕掛ける時機がないか……。


 ぎりぎりで光弾を避けながら、仕掛ける隙がないかをうかがう。一方、少女はこちらの意図を察し始めているのか、表情に焦りが見え始めた。さらに光弾の群れが私に向かって集中する。


 と、突然、密集して流れていた光弾が一瞬にしてはじけ飛び、消えた。


 少女がしまった、というような顔つきになり、何かを取り出そうとする動きをする。


 だが、それより先に私の手が懐から符を取り出していた。


『霊符・夢想妙珠』


 勝手に口が動いたような感覚とともに、符を掲げた私の手の前に光が集まり、その中心から鮮やかな五色の光の珠が一気に撃ち出された。


 少女は周囲に集まってくる珠の攻撃を必死に回避しようとしたが、お互いの距離が詰まっていたこともあり、最後には避けきれず、連続して命中してしまった。


 何発目かが命中したあと、その小さな身体は痙攣にも似た光を放った後、力を失ったように地上へと落下していった。


 私はあわてて後を追ったが、その途中であの九尾をもつ式神が現れて、少女の身体を抱き取ってくれた。


「……見事だった。あそこまで接近されては、次の攻撃に移る前に反撃を喰らってもしかたがない」


『いや……その』


「なに、気にすることはない。あくまでも決めごとの中での勝負だ。お互いに遺恨を残さないようにと作られた決まりだしな。この子も、あなたに対しては何もしこりは残さないだろう」


『でも、本当にぎりぎりのところでしたから……今回の勝負を分けたのは運だったのではないかと思います』


「そうか。まあ、橙にはそう伝えておこう。では、また機会があれば」


 藍さんは軽く会釈をすると、気を失っている猫耳少女を抱いて、飛び去って行った。


 すると入れ替わりに箒に乗った魔理沙が上がってきて、私の身体をぐっと引き寄せた。


「お疲れ。やったな……そら、肩に乗れよ」


『ああ……』


 私は浮遊のための力を抜いて、魔理沙の肩に降りた。


「レミリアがお前に賭けてたんで、大もうけしたみたいだぜ。なにしろオッズは断然橙が有利だったからな」


『そうか、それは良かった……と言っていいのかな』


「しかしお前、よくスペルカードが使えたな。まあパチュリーはそのときに自ずと分かると言ってたが……カードは言ってみれば術式を制限するアイテムだから、前提として術そのものが使えなきゃどうにもならないはずなんだが」


『正直、そこは自分でもよく分からない。頭の中でなにか考えるより先に、符を出していた』


「つまりは、今のお前は霊夢の能力そのものを分け与えられた、分身みたいな存在だってことなんだろうな」


 魔理沙が地面に降り立つと、レミィがぱたぱたと駆け足気味に近づいてきて、私を魔理沙の肩から抱き降ろした。


「さすがね、大したものだわ。そんな小さな身体で、あの猫又を叩きのめすなんて」


 レミィは私を抱きしめ、髪をくしゃくしゃとかき回した。


『的が小さいからその分有利だったのかもしれないさ。まあ、できればふだんはあまりこういう場面には出会いたくないな』


「何にしてもよくやったわ。わたしの面目も立ったというものよ」


 どちらかというとあの八雲一家が一枚上手で、形の上では負けということにしても、私に関する情報はきちんと取ったということなのかも知れないが……そこはあえて触れないでおこう。


「霊夢もチビに何か言ってあげなさいな」


 レミィが促すように言うと、霊夢はごにょごにょ何か言いながら、私の頭を軽く撫でた。多少酔いが醒めてきていたのか、どこか伏し目がちになっていた。


「何を照れくさがってんだか。さっき、あんだけ心配してたくせに」


 魔理沙が言うと、側にいたアリスが袖を引っ張った。


「まったく……よしなさいよ」


「ともあれ、これだけの力をもつ存在なら、この幻想郷の住人として十分な資格を持つ者だと認められるはずよ」


 レミィは宴会場の面々に向かって言った。


「いいこと? 今後は、このチビに会ったら、相応の挨拶をしていただくわ。もちろん、チビも礼節をわきまえた行動をとること。ここに集まるような連中は癖のある奴ばかりだから、お互いに相手の立場を尊重してやらないと、揉め事につながるわ」


 はいよー、了解了解、などと適当に返事が返ってくる。


「しかし、そりゃまるで、自分自身への忠告みたいだねえ、れみりゃ」


 角を生やした鬼の少女、萃香がけたけたと笑いながら言う。


「れみりゃって言うな、この鬼娘!」


 レミィがすごい顔になる。子供扱いされることによほど反発があるのだろう。


「ほらほら、自分で言っててなんなのさ」


 萃香は私を指差す。


「チビ霊夢さんも困ってる感じだよ」


 レミィは咳払いをする。


「……ま、今回はこの子の勝利に免じて許してあげるわ。お酒の追加を屋敷から運ばせてあるから、みんな自由に飲んで頂戴」


 おー、と歓声が上がり、あらためて拍手が沸き起った。


 こうして宴会は結局、東の空が白むまで続いたのだった。



その26(最終回)につづく

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