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その24


     24



 紫さんが私の対戦相手の式神を連れて来るため、しばらく待つことになった。


 私の周りにはこれまで関わった面々がぐるりと並ぶ。


「ちょっと、パチュリー……本当に大丈夫なの? そんなに簡単に能力が使えるものなの?」


 アリスが心配そうに訊く。


「この子の身体には魂以外の精気がないから、霊夢の力を阻むものはなにもない……飛んでご覧なさい、チビ。いまのあなたなら自分が浮遊する様を思い描くだけで飛べるはず」


『……思い描くだけでいいのか?』


 私は霊夢の身体にいたときに初めて彼女とともに飛んだあの感じを思い出してみた。


 と……。


「おおっ?」


 魔理沙がすっとんきょうな声を出す。


 私の身体がすっと浮き上がったのだ。


「動く方向と加速をイメージしてみなさい。できるでしょう?」


 言われた通りにしてみると、実際に空中に浮遊したまま上下前後左右に移動が可能だった。


「すごいわね」


 アリスはため息をついた。


「ある意味、こういうのがわたしの夢ではあったんだけど……」


「でも、スペルカードは……?」


 と咲夜さん。


「発動のさせ方が分かっていないと、難しいのでは」


「わたしたちもそうだけど、発動のさせ方は他人に言葉で伝えられるものじゃない」


 パチュリーは慎重な口調で言う。


「おそらくまさに発動が必要なときに、それをチビ自身で感じ取るはず」


「つまり、そうした訓練も兼ねているというわけね」


 レミィがうなずく。


「これも巡り合わせというものかしらね。でも、この幻想郷でわたしたちと関わるようになったからには、これ程度の試練は超えなくてはいけないということでしょう。まあ、この際、勝負の結果にこだわることはないわ。それにもしかしたら、あなたが何者かということについても、何か得るところがあるかもしれない……」


『それがレミィの力で視える私の運命……か?』


「らしきもの、ね。何もかもが視えるわけじゃないのよ、わたしだって」


「……ちょっと待ちなさい」


 それまで近くで横になってつぶれていたかに見えた霊夢がむくりと起き上がった。


『なんだ、起きてたのか』


「あたりまえでしょう。身体が動かしづらいだけでちゃんと頭はまわっているわ」


 霊夢は私の身体を引き寄せて、膝の上に置いた。


「わたしは勝負の結果にはこだわるわよ。相手は橙でしょ。紫の式神のそのまた式神じゃないの。そんなのに負けたら承知しないわよ」


『しかし、こればかりは私も予測がつかない。弾幕を撃ち合う戦いというのもまだ一度も体験したことがないし……』


「あんまり細かいことを考えないほうがいい。どうせ身体が勝手に動くわ。それにあんた、このあいだはチルノの氷弾をちゃんと避けてたじゃないの。頑張ればできるわよ」


「…………」


 魔理沙がすこし困ったような顔をした。


「まあまあ、あんまりプレッシャーをかけるのもどうかと思いますよ」


 咲夜さんがとりなすように言う。


「ところで、個人的意見なんだけど……」


 とアリスが手を上げる。


「橙と一戦交えるってことは、またチビさんの衣裳が台無しになるってこと? 徹夜で作った身としてはけっこうつらいんですけど」


「……ふっふっふっふ、そこで皆様、チビ霊夢さんにぴったりの戦闘用衣裳のご入用はありませんかな?」


 例によって東洋風味の無国籍な服装をした男性が私たちの前にぬっと現れた。


「香霖、お前もいたのか」


 魔理沙が驚いたように言う。


「いましたとも。そして、まさに僕が必要とされる機会をうかがっていたというわけだ」


 霖之助さんはにこやかに言う。


「戦闘用衣裳って、どういうの? まさかあなたが作ったとかいうんじゃないでしょうね」


 霊夢が疑わしげな目つきで霖之助さんが手にしている紙包みを見る。


「最近外の世界から流れて来たものを入手したんだ。大きさ的にはちょうどいい具合だと思うんだがね。試しに着てみてくれないか」


「まあ着せるだけならタダだろうからな」


 魔理沙とアリスが私の身体からあっという間に紅白の巫女服を脱がせ、戦闘用の衣裳とやらに着せ替えてしまった。


『……それで、これのどこが戦闘用なのか説明してくれると嬉しいね、霖之助さん』


 黒の胴に黒のミニスカート。フリルのついた白のブラウスに黒のリボン。脚には薄生地の黒タイツ。


 何と呼ばれるタイプの衣裳なのかは見当がつかなかったが、着ていて非常に恥ずかしい気分がするのは確かだった。


「どちらかといえば、うちのメイドたちの仕事着に似ているわね。それよりはもっと可愛らしいけど」


 とレミィ。


「ヘッドドレスもあったんだが、頭のリボンはあえてそのままにしておいたのがポイントだぜ」


 魔理沙はにやにやする。


「これが本物の霊夢だったら、という想像をかきたてられるだろ?」


「よしなさいよ、そんな言い方。わたしはこんな服絶対着ないわよ……それ、霖之助さんの趣味なんじゃないの?」


 霊夢が横を向く。


 咲夜さんが苦笑する。


「でも、動きやすさという点では巫女の服よりもいいかもしれませんね」


「いいわ。わたしがその服をチビにプレゼントしてあげましょう」


 とレミィ。


「それぐらい、この子の後見役として当然のことだわ。かまわないわね、咲夜?」


「支払いの交渉をお任せいただければ……」


『レミィ、しかしそれは』


「まあ、いいじゃない`。いろいろあったし……ね?」


 レミィが私に小さくうなずきかける。つまり、そのいろいろをこれで、ということなのか。


 そこまで気遣ってくれなくてもいいのに……とは思ったが、それで彼女の気が済むのならそのほうがいいのかもしれない。


『……じゃあ、ありがたく受け取らせてもらうよ』


「そんじゃ、あとはあれだな……パチュリー、いまチビのもってる魔力だと、スペルカードを何回ぐらい発動できそうだ?」


 魔理沙が訊くと、パチュリーはぼそぼそと答える。


「よくて三回……二回ぐらいにしておいたほうが無難」


「だそうだぜ、霊夢。チビにカードを渡してやりな」


「……なんか、何やってんだろわたし」


 霊夢は懐から文字というよりは記号の羅列が描かれた短冊状の紙を取り出して、私に手渡した。


「別にこんなつもりはなかったのに……」


「あなたのような人でも、たまには心の底に押し込める事があるという、ただそれだけのこと」


 パチュリーがさりげなく言う。


「なによそれ、気になる言い方ね」


「ひとりごと……」


 小柄な魔法使いは小さく微笑み、あとは黙った。


「おっと、どうやらお相手がいらっしゃったようだぜ」


 魔理沙が鳥居の前の参道の中空に開いた裂け目を指さした。他の連中も注目しはじめる中、その裂け目からは次々に人物が登場した。


 初めに出て来たのは尾が二本ある猫のような姿をした小柄な女の子で、初めて見る顔だった。次に出て来たのが九の尾を持つ女の子、そして最後に出てきたのが、宴会の前に会ったあの紫という女性だった。


「出て来た順に、橙、藍、そして親玉の紫だ。藍はこのあいだ霊夢と戦ってたの見たよな。橙は藍の式神、そして藍は紫の式神という関係さ」


『なるほど』


「ちょっと魔理沙……あんた藍との件も知ってたの? なんかひどいんじゃない?」


 霊夢の問いに、魔理沙は慌てたように手を振った。


「どっちにしたってわたしが割り込むわけにはいかなかったろ……それより、向こうさんが挨拶に来るぜ。わたしらも用意をしよう」


 私は霊夢の腕に抱かれ、魔理沙たちに付き添われる形で、空間のすきまから出て来た三名と、境内の中央で対峙した。


 周りには宴会場が移動する形で見物席が設けられつつあった。どうやら勝負の結果に関して賭けを始めている連中もいるようだった。


「皆さん、お待たせしました」


 紫さんはにこやかに一同を見回してから、ふたたび私に向き直る。


「チビちゃん、こちらの大きいのがわたしの式神の八雲藍。留守番させてたのを引っ張り出して来たから、挨拶してもらうわね」


「初めまして。八雲藍と申します」


 彼女は基本的には人型の姿をしていたが、腰の後ろに九本の輝く尾をつけたその姿は、最上の霊位をもつとされる妖狐にふさわしい神々しさを備えていた。


『こちらこそはじめまして。チビ霊夢です。お見知りおき下さい』


「そして、この子が橙よ。式神である藍のそのまた式神なの。橙」


 すると、藍さんの脇にくっつくように立っていたその女の子は、「橙です」と短く言ってぺこりとお辞儀をした。被っている緑色の帽子の脇から猫型の耳がはみ出しているのが可愛らしい感じだったが、表情はさすがに堅い。


「いまのチビの力だと、スペルカードは二枚発動させるのがせいぜいらしいんだ。だから、そっちもそれに合わせてくれると嬉しいんだがね」


 魔理沙がそう言うと、紫さんはうなずいた。


「いいでしょう。その代わり、手を抜かせないでいくから。いいわね、橙」


「はい、紫様」


 猫耳少女はこくんとうなずく。


 私は霊夢の腕から降りると、さきほどのように空中に浮遊できるかどうか、試してみた。


 上下左右、どうやら動きには問題ないようだった。


 それにしてもこの感覚は……何かを思い起こさせられるような気がする。


「……いけそう?」


 霊夢が低い声で私に囁きかける。


『ああ、なんとかね。さほど緊張もしていない』


「さっきはあんなこと言ったけど……無理しなくていいからね。半分以上は紫の遊びのようなものだから」


『でもまあ、せっかくだからどれ程度やれるものなのか、試してみるよ。これも得難い機会ではあるからね』


「そう。それじゃ、頑張って」


 付き添っていた者たちが離れ、私と猫耳少女の二人が向かい合い、その間に魔理沙が立った。


「それじゃ、わたしが試合開始の合図を八卦炉からの光で出すから、それに合わせて始めてくれ。いいな」


 魔理沙が言う。私と少女はうなずく。


「では、いくぞ」


 ざわめいていた見物が静まる。


 そして数瞬ののち、白い光がぱっと周囲に広がる。


 同時に、私たちは空中へと飛んだ。



その25につづく

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